ローカルレジェンドシリーズ

東京のレジェンドと出会う

タイムアウト東京マガジン1号から連載しているローカルレジェンド企画。連載では、渋谷の絶滅危惧種ガングロギャルや、102歳のコーヒーレジェンド関口一郎など東京の街で活躍する個性的な人物にスポットを当てて紹介している。

ローカルレジェンド#13 テンナイン
ニュース

ローカルレジェンド#13 テンナイン

タイムアウト東京マガジンにて連載中のローカルレジェンド。この連載では、渋谷の絶滅危惧種ガングロギャルや、102歳のコーヒーレジェンド関口一郎など東京の街で活躍する人にスポットを当てて紹介している。今回は、和やかな雰囲気が流れる稽古場で、映画の名シーンをパントマイムで演じるテンナインのメンバーに話を聞いた。 彼らが演じる「シネマイム」とは、もとは1人で行う演技訓練方法のひとつ。これを集団でやったら面白くなるのではないかと主宰の関谷が思いつき、ある舞台の前座を務めたときに初めて披露した。関谷はこのパフォーマンスを俳優業の宣伝に使おうと考えていたのだが、今ではシネマイムの活動の方がメインになっているそうだ。     マイムのレパートリーには、『スターウォーズ』や『E.T.』、ジブリ作品など誰でも知っている名作から、邦画では『リング』、インド映画の『きっと、うまくいく』などバラエティ豊かに、合わせて30以上ある。そのなかから実際に『風の谷のナウシカ』と『魔女の宅急便』を披露してもらった。マイムは演者と活弁師に分かれ展開し、無声映画を観ているかのような気分になる。活弁師が、シーンの説明や役者に早口で的確な突っ込みを入れていくため、思わず笑ってしまう。 作品づくりについて尋ねると関谷は、「ジブリなどの作品は、子どものころから数えたら観ている回数が10回は超えている人が多いですよね。なので、シーンを演じたらだいたい皆さん分かってくれます。シーン自体が分かりづらいものでも、たとえば、ジャッキー・チェンってこうだよねという共通認識に訴えられるような、楽しめるものを意識して作っています」と教えてくれた。 また、今後の活動について関谷は、「2年後をめどにヨーロッパに行こうと考えています。『JAPAN EXPO』に呼ばれたいなと、そのためにシネマイムを色々な人に観てもらって、知ってもらえたらと思いながら活動をしています。また、海外で演じることを考えて、字幕を取り入れたパフォーマンスも検討中です」と語った。 テンナインのパフォーマンスは、早稲田松竹前で月に3、4回と、浅草橋の有鳥天酒場で月に1度行われている。スクリーンから飛び出して繰り広げられる名シーンの数々を見に行ってみては。 テンナイン公式サイトはこちら

ローカルレジェンド#12 関口一郎
ニュース

ローカルレジェンド#12 関口一郎

タイムアウト東京マガジンにて連載中のローカルレジェンド。この連載では、渋谷の絶滅危惧種「ガングロギャル」など東京の街で活躍するレジェンドたちを紹介している。今回は、2016年5月に102歳を迎えた、カフェ ド ランブルのオーナー関口一郎に話を聞いた。 銀座の路地裏に、意思表示ともとれる「コーヒーだけのお店」と書かれたオレンジ色の看板を見つけ扉を開けると、関口は焙煎作業の最中であった。 カフェ ド ランブルは、1948年に創業したコーヒーの老舗だ。店名になっているフランス語「ランブル」は、関口の理想とするコーヒーの色「琥珀色」を意味する。オープンのきっかけは、戦前に映画関係の音響のエンジニアをしていた際に、客にコーヒーを振る舞っていたところ、評判が良く、口々に「コーヒー屋を開いた方がいい」と言われ、決意した。元々コーヒーに興味を持ったのは学生時代で、コーヒー豆の問屋などに通い、関口の基礎となる様々な知識をこのころに学んだそうだ。そして戦後、営業許可を取得するために四苦八苦しつつも、「アルカロイド研究所」という名目でランブルの前進となるカフェを銀座でスタートさせた。 カフェドランブルのメニューには50種近くのコーヒーがある。そのなかでも10年以上熟成させたオールドコーヒーは、ランブルのキーとなるメニューで唯一無二のものだ。さらに、焙煎機、ミル、ポット、カップにいたるまで、関口が考案、設計しており、美味しい一杯への探究心は半端なものではない。「豆と焙煎はコーヒーの味を左右する」と関口は語り、現在も焙煎作業をできるだけ自身で行っている。   関口の悩みは、1970年代以前に涙が出るほど美味しいと感じたコーヒーをそれ以降味わえなくなったことだ。「大量生産の方向に向かってしまった市場からは、いい豆がなかなか入らなくなってしまいました。しかし、近年少しずつですが市場での価値が見直されており、希望を持っています」と語る。 また、最後にコーヒーとパイプタバコを愛する関口に長生きの秘訣を尋ねると、「ストレスを溜めないことではないでしょうか、コーヒーにはストレスの解消にも効果があることも発見されています」と教えてくれた。 カフェ ド ランブルの詳しい情報はこちら 関連記事『東京、ベストカフェ50』

ローカルレジェンド#11 チョークボーイ
ニュース

ローカルレジェンド#11 チョークボーイ

タイムアウト東京マガジンにて連載中のローカルレジェンド。この連載では、デコラティブな帽子を被ったアウトサイダーアーティスト「帽子おじさん」や、渋谷の絶滅危惧種「ガングロギャル」など東京の街にいるレジェンドたちを紹介している。今回は、レストランの黒板に美しいメニューを描いているチョークボーイに話を聞いてきた。 チョークボーイが黒板アーティストになったきっかけは、ウェイターとして働いていたときのことだ。彼の働いていたカフェでは、スタッフが交代で黒板にメニューを描いていた。時間は30分与えられ、ほかのスタッフは10分以内に簡単に仕上げることもあったが、チョークボーイは与えられた時間を活用し、ビールやワインのラベルの書体を参考に美しいメニューを描いた。その素晴らしいメニューが多くの客の目に留まり、チョークボーイは、カフェや古着屋などの黒板アートを手がけるようになった。   現在チョークボーイは、ワークショップや本(『すばらしき手描きの世界』)を通して自身の技術を共有するほか、食事と料理の音を録音して音楽にする「EATBEAT!」という活動も行っている。インクやペンキも巧みに使いこなすチョークボーイだが、チョークが彼の主要画材だ。 「チョークの独特な部分が好きです。チョークは、濃く書くことも薄く書くこともでき、消せますが、完全に消えることはなく白い染みが残ります。欠点に聞こえるかもしれませんが、これは他の画材にない魅力です」と語っていた。 今回、Bird 代官山カフェにある新作のそばで話を聞いた。新作は、巨大な鳥をモチーフにしたもので、仕上げるのに2時間かかったという。チョークボーイはこの仕事を初めて5年たつが、今だに時間をかけることを惜しんでいないのだ。 チョークボーイの公式サイトはこちら    

ローカルレジェンド#10 ガングロギャル
ニュース

ローカルレジェンド#10 ガングロギャル

タイムアウト東京マガジンにて連載中のローカルレジェンド。この連載では、デコラティブな帽子を被ったアウトサイダーアーティスト「帽子おじさん」や、銭湯のペンキ絵師「田中みずき」など東京の街にいるレジェンドたちを紹介している。 今回は、渋谷の絶滅危惧種ガングロギャルが接客してくれるカフェバー「ガングロカフェ」に潜入し、店長のぽみたん、スタッフのえりもっこり、あゆゆんの3人に話を聞いた。ガングロギャルは、真っ黒な日焼け姿と派手なメイクが特徴で90年代半ばに渋谷、池袋界隈で幅を利かせていた。しかし最近では、その流行も廃れてきており、街で見かけることはまれになっている。 あゆゆん 3人それぞれに、なぜこのスタイルを続けているのかと尋ねたところ「何を可愛いと思うかは、人それぞれじゃないですか。私たちの場合はギャルのスタイルだっただけです」と、現在25歳のぽみたんがきっぱりと言い切った。23歳のえりもっこりは「誰でも、自分自身の人生を楽しむ権利を持っていると思います。だからうちらは自分たちのやりたいことをやってるんです」と、他人にどう思われるか、どう見られたいかは気にせず、自分の信念を貫き通す態度こそが、真の「ギャル」である重要な要素であることを教えてくれた。 反抗的なガングロ精神が日本の礼儀作法と衝突した時期もあった。25歳のあゆゆんは、そうした過去を認めつつも、「今のギャルと過去のギャルの考え方は違う」と思っており、年長者に話しかける際に敬語を使うなど、社会の常識にあえて反発するつもりは全くないという。 ある日、あゆゆんが列車内で年輩の人に席を譲った際には、周囲から拍手が沸き起こったそうだ。「マジウケません?私は普通のことをしただけなのに、周りの人を感動させたらしいんです。でもいまだにギャルに対しての悪い印象があるのであれば、私たちはそれを逆手に取って、こうゆう日常的な場面から少しずつ良い印象に変えて行きたいと思います」。 保守的な国の少数派になることは難しいが、彼女たちは、ガングロギャル集団「ブラック・ダイヤモンド」として国際博覧会に出席し、日本の文化を海外に普及させようとしている。「和食のように、私たちはギャル文化だって輸出します!」 ガングロカフェの公式サイトはこちら      

ローカルレジェンド#9 田中みずき
ニュース

ローカルレジェンド#9 田中みずき

タイムアウト東京マガジンにて連載中のローカルレジェンド。この連載では、デコラティブな帽子を被ったアウトサイダーアーティスト「帽子おじさん」や、方南町のヒーロー「ベビーカーおろすんジャー」など東京の街にいるレジェンドたちを紹介している。 今回は、銭湯のペンキ絵師のひとり田中みずきに話を聞いた。田中は、銭湯の減少している近年の状況を見て、この文化を守るために銭湯アーティストになることを決心した。「ペンキ絵師の見習いを始めたころ、日本には私の師匠を含めて2人の専門画家しかおらず、2人とも60代でした。誰かが受け継がなければ、この文化が完全に失われてしまうことになると思いました」。 文化を発展させるために田中は、伝統的な手法を保ちながらも、現代に適した巧妙な変化を加えた作品を作成している。また、毎月4、5軒の銭湯で壁画を描き、若い世代に文化を広げるためのライブペインティングイベントも行う。 なぜ富士山の絵なのかと尋ねると「昔は、富士山を眺めることが大衆的なエンターテインメントののひとつでした。壁画を描く際のルールは、1日で完成させなければならず、事業が沈んでいくことを意味するため夕暮れを描くことはタブーとされています」と教えてくれた。  

ローカルレジェンド#8 帽子おじさん
ニュース

ローカルレジェンド#8 帽子おじさん

タイムアウト東京マガジンにて連載中のローカルレジェンド。この連載では、新宿の伝説の新聞配達員「新宿タイガー」や、方南町のヒーロー「ベビーカーおろすんジャー」など東京の街にいるレジェンドたちを紹介している。 今回は、横浜を拠点に活動するアウトサイダーアーティスト「帽子おじさん」こと宮間英次郎に話を聞いた。宮間は、カンフー服を身につけ、デコラティブな帽子を被り街中に現れ人々を驚かせている人物だ。   伊勢市出身の宮間は、横浜の寿町や東京の三谷などドヤ街を転々としながら日雇い労働を職業に過ごしてきた。60代になったある日「帽子」を被りだす。そのきっかけを尋ねると「誰でも人生上手く行かない事があるからね、何かしないと人生終わっちゃうと誰でも思うじゃない。だからちょっと変わったことをやってみたいと思って」と話す。当初は、カップ麺の容器などを被って街を練り歩いていたのだが、徐々に装飾を始め、現在のインパクトある形になっていった。   そして、2006年に行われた滋賀県のボーダレス アートミュージアム NO-MAでの展示をきっかけにアウトサイダーアーティストとして注目されるようになる。同展示で作品を知ったスイス、ローザンヌ市にあるアール・ブリュット・コレクションの館長が、『アール・ブリュット ジャポネ展』へ宮間を招待したのだ。現地でパフォーマンスや帽子の展示を行い、その存在は海を越えた。 こうして、アウトサイダーアーティストとして知られようになった宮間だが、「チンドン屋に毛が生えたようなもの」、「ただ、帽子に物を載せただけで誰でもできる」と言う。 2014年に80歳を迎え、毎朝健康のために黒酢を飲み、趣味のカラオケを楽しみながら過ごしている。どこで「帽子おじさん」に出会えるのか。横浜で行われる祭りや、月に1度原宿、巣鴨、浅草などに出向くと教えてくれた。 タイムアウトマガジン8号より    

ローカルレジェンド#7 TAKAHIRO
ニュース

ローカルレジェンド#7 TAKAHIRO

タイムアウト東京マガジンにて連載中のローカルレジェンド。この連載では、新宿の伝説の新聞配達員「新宿タイガー」、人気のファッションブロガー「Mappy」、方南町のヒーロー「ベビーカーおろすんジャー」など東京の街にいるレジェンドたちを紹介している。 今回は、東京で初めてヲタ芸クラスを開いたダンサーTAKAHIROに話を聞いた。 TAKAHIRO(上野隆博)は、24才の時にマンハッタンのハーレムにある劇場アポロシアターで行われている『アマチュアナイト』に出場するために東京からニューヨークへと旅立った。『アマチュアナイト』は、アマチュアの歌手やダンサーが出演するプロへの登竜門とされる大会で、当時、正式なダンスのレッスンを受けたこともなく、英語もほとんど話せなかったTAKAHIROだが、観客の拍手で優勝が決まるこの大会でマイケル・ジャクソンの記録を上回る、9大会連続優勝を果たす。 彼の人生はこれを機に大きく変わり、 マドンナのワールドツアー『Sticky & Sweet Tour』で専属ダンサーを務めるなど、世界的に活動を広げるようになる。そして、2011年の東日本大震災の後、TAKAHIROは日本に戻ることを決断。「家族が恋しくなりました、そして自分が成長した姿を日本に見せる時だと思ったのです」と当時を振り返る。 TAKAHIROは現在、ダンサー、振付師として活躍する傍ら TOPFIELD DANCE CENTER(トップフィールドダンスセンター)を経営している。このダンススクールでは、ヒップホップ、ジャズ、ハウス、バレエから、ヲタ芸まで習うことができる。 テンポの早いダンススタイルが特徴のヲタ芸は、アイドルやアニメ、ボーカロイドから発生したもので、激しい腕の動きや色とりどりのサイリウムを使用するのが特徴的なダンスだ。「ヲタ芸は世界のダンスの現象になると思っています」とTAKAHIROは語る。 レディー・ガガがヲタ芸にインスパイアされて作ったミュージックビデオを見れば、このダンススタイルが大きなブームになると信じざるを得ないだろう。 タイムアウト東京マガジンNo.7より 関連記事『世界初のヲタ芸ダンスレッスンを受講してきた』    

ローカルレジェンド#6 永野章一郎
ニュース

ローカルレジェンド#6 永野章一郎

タイムアウト東京マガジンにて連載中のローカルレジェンド。この連載では、新宿の伝説の新聞配達員「新宿タイガー」や、方南町のヒーロー「ベビーカーおろすんジャー」など東京の街にいるレジェンドたちを紹介している。 今回は、700年以上の歴史があり、3日間で180万人以上が訪れる浅草の『三社祭』の促進に力を入れる永野章一郎に話を聞いた。 現在85歳の永野は、1930年代に初めて『三社祭』に参加し、これまで神輿を担いで過ごしてきた。時代とともに変わっていく祭りについて「昔は特に決まったルールはなく、神輿に乗ったり、見物人は参加者に混じるなど、激しいものでした。しかし、近年では参加者が増えてきたことによって、事態が手に負えなくなってしまいました。ふんどしを締めて刺青を露わにし、騒ぎ立てる人さえいます。なので、許容事項を警察により厳しく定められ、参加するには必ず指定の半纏(はんてん)を着なければいけなくなりました」と語る。 『三社祭』を訪れればたくさんの人々に圧倒されてしまうだろう。客にとって充分な観覧スペースがなく、担ぎ手に近づき過ぎればアザができるか、大きな怪我をする可能性もあるからだ。初めて訪れる観光客へのアドバイスを尋ねると、「私たちのウェブサイトを見てもらえば、GPSのリアルタイム追跡情報が閲覧でき、神輿の正確な場所が分かります。これを利用すれば、混雑から抜け出す少しの助けになるかもしれません」と教えてくれた。 『三社祭2016』の詳細はこちら タイムアウト東京マガジンNo.6より  

ローカルレジェンド#4 Mappy
ニュース

ローカルレジェンド#4 Mappy

ファッションサイト『Droptokyo(ドロップトーキョー)』の編集者から原宿の路上でスカウトされた時、彼女はまだ12歳だった。その後すぐに『メルセデス ベンツ ファッションウィーク 東京A/W 14/15』の最前列の席に招かれた。 Mappyは10代のファッションブロガーで、2万7千人以上のフォロワーを持つ『instagram』のストリートスタイルのスターだ。彼女は日本のファッション業界に旋風を巻き起こし、海外でも存在感を現し始め、アメリカ版の『Teen Vogue』でも既に取り上げられている。 トレードマークのボブや、赤いリップ、外国風のスタイルのMappyは年齢とは対照的にクールな要素がある。 好きなブランドについての話をすると、彼女はいきいきと「『コム・デ・ギャルソン』、『ヴィヴィアン・ウエストウッド』、『ジャンポール・ゴルチエ』」と挙げた。「でも、買うお金がないから、古着屋で安くて可愛いファッションを探して買うの。今日履いている厚底シューズは貯金して買ったTokyo Bopperのものだけど、このリュックサックは40円」。 12歳のブロガーとして同様に有名になった、タヴィ・ゲヴィンソンに自然と比較されるようになったMappy。しかし、彼女は自分は同じではないと考えている。「私はファッションが大好きだけど、ピアノを弾くのも大好きなの。私の夢はニューヨークで音楽を勉強して、最終的に国際的なジャズピアニストになること。それで、もっと英語を勉強する必要があるわ」。 また、東京のファッションシーンに関して聞かれると「このシーズンは、60年代のリバイバルが流行っていて、私はそれが大好き。でも同時に、過去に依存しすぎているような気がする。チェーン店のおかげで、ファッションショーに出てくるような流行の服が手に入れやすくなった一方で、皆が同じような格好をしていると感じているわ。最近は、多くの人が目立ったり、違う格好をしようとしないけど、それは残念だと思う。もし着たいと思う服を着られる自由を感じれば、もっと楽しく面白い世界になるのに」と答えた。 MappyのTumblrはこちら タイムアウト東京マガジンNo.4より    

ローカルレジェンド#3 新宿タイガー
ニュース

ローカルレジェンド#3 新宿タイガー

今から約40年前に、歌舞伎町の稲荷鬼王神社祭りで偶然出会った黄色の仮面が、新宿の伝説「新宿タイガー」になった。それ以来、もう一人の自分を押し隠し、ど派手な戦闘コスチュームで新聞配達をしている。 ピンク色のファーを被り、様々な動物のぬいぐるみと花飾りを身につけ、音を鳴らしながら自転車に乗っている新宿タイガーを見失うことはまずない。また、映画ファンとしても知られ、本業の新聞配達が休みの時にはたいてい映画館に足を運ぶそうだ。新宿で上映されている映画はすべて鑑賞しているほどなので、映画館の最前列で見かけることもあるだろう。   なぜ新聞配達員は、この装いに行き着いたのか。新宿の街中で彼に足を止めてもらって質問してみた。返って来た答えは、「私の人生はタイガーに始まり、タイガーに終わる」ということだった。衣装について質問してみると、「ラブアンドピース」と答え、こうすることで「今の暗い世の中を少しでも明るくできたら」と説明した。確かに、私たちは日常から逃れる必要があるのかもしれない。午後3時から5時の間に新宿3丁目を歩くことがあったら、新宿タイガーが非日常をあなたに届けてくれるだろう。

もっとみる

次のカテゴリを詳しく見る ローカルレジェンドシリーズ

ローカルレジェンド#14 夜のケーキ屋さん Juli

タイムアウト東京マガジンにて連載中のローカルレジェンド。この連載では、渋谷の絶滅危惧種ガングロギャルや、102歳のコーヒーレジェンド関口一郎など東京の街で活躍する人にスポットを当てて紹介している。今回は、歌舞伎町で深夜まで営業しているケーキ屋のJuliに話を聞いた。 カラフルなネオンきらめく歌舞伎町のさくら通りに、深夜の3時までオープンしているケーキ屋がある。この店をオープンさせたのは、ケーキ職人のJuli。もともとは、老舗果物店の高野フルーツパーラーで、フルーツカットの仕事をしていたのだが、ある時フルーツアレルギーになってしまったJuliは、この仕事を辞めざるを得なくなった。それでも、フルーツ好きなJuliはフルーツカットの技術をいかした仕事を続けたく、自身で店をオープンすることを決意した。 Juliの作るオーダーケーキは華やかで、個性的なドールケーキやキャラクターケーキなどのデコレーションにはわくわくさせられ、見入ってしまう。ケーキには飴細工、繊細にカットされたフルーツが飾りつけられており、食べられる花として日本でも注目されている「エディブルフラワー」を使用しているのが特徴だ。この「エディブルフラワー」を使い出したのは、ほかの食材にない色合いが出せることや、花言葉に惹かれたからだそう。「最初に使ったというピンク色のミニバラには「幸せと感謝」という花言葉がありました。なので、お客さんへのサービスに付けるのにぴったりだと思い、ミニバラを飾ったケーキをSNSで発信したところ、エディブルフラワーを使ったケーキの要望をもらうことが多くなりました」とJuliは言う。 ホストクラブやホステスクラブが多い歌舞伎町という街柄、祝事も盛んに行われるため、デコラティブな『フルーツ盛りシャンパンタワー』や、サイズが選べる『フルーツ盛り』なども用意している。ちょうどこの日もオーダーケーキを注文するホストがオープン間もなく店を訪ねる姿を見かけた。 オーダーケーキやフルーツ盛りのほかにも、当日に買えるシンプルなケーキの販売もしており、ほかのケーキ屋が終わってしまい困った仕事帰りのサラリーマンが駆け込みで買いにくることも多々あるそうだ。オーダーケーキを注文する際は、専用のラインか電話で前日までの注文が必須。大切な日のサプライズには思わず笑顔になってしまう、Juliの愛が詰まったケーキを贈ってみては。 夜のケーキ屋さんの詳細はこちらJuliの公式インスタグラムはこちら  関連記事...