東京、お江戸の香りを残す下町のバー15選

浅草、亀戸、湯島など。粋な街でたしなむ珠玉の一杯
Advertising

タイムアウト東京 > ナイトライフ > 東京、お江戸の香りを残す下町のバー15選

テキスト:たまさぶろ

 

ほんの少し前まで「下町」はお洒落とは無縁なエリアだった。洒落たバーと言えば、銀座をはじめ六本木や麻布を指すものと考えられていた。ところがご存じの通り、隅田川の向こうに東京スカイツリーが開業、2020年の東京五輪開催が決まり湾岸地区が会場の中心となると、「古臭い」と思われていた下町がにわかに脚光を浴びだし、東京の東へと人々が流れ始めた。そこは古来、「江戸」と呼ばれていた界隈。いまや週末ともなれば、新しい物好きが「川向う」にさえ足を運ぶ21世紀となった。

そんな下町には、今のような注目が及ぶ前から、老舗や凝った一軒が散らばり、子どもが足を踏み入れることのない落ち着いた止まり木が、バー好きを唸らせて来た。本当の東京を知らない人々の目には、触れて来なかったに過ぎない。

ここでは下町ならではの知っておきたい珠玉のバー15軒をつまびらかにする。

バー

バー ブランシュ

icon-location-pin 亀戸

暮れなずむ下町の亀戸で幹線道路の南の路地を歩いていると、洋酒の香りに敏感な者だけが気づく、瀟洒(しょうしゃ)なランプを見つけるだろう。「亀戸らしからぬ」という形容は失礼かもしれない。その扉を開くと下町とは思えない「非日常」を提供するカウンターに6つの特等席が待っている。

「新進気鋭の」という形容ももう似つかわしくない。「止まり木」として足を運んでもらえることを想定した「枝」という意の店名もあまねく知れ渡り、今年で創業10年を迎える。

オーナーバーテンダー佐藤剛は、レストランでの仕入れ業務や、伝説の店として名高い新小岩の「フストカーレン」勤務などの経験から、これまで手に入れてきたレアな年代もの、至高の逸品を惜しみなく披露する。一杯進むごとに、酒呑みを「うんうん」と確実に唸らす。そこに挟まれるアミューズもまた絶品。

「ああ、もっと足繁く通いたい……」。一度訪れた酒呑みを、そんな気持ちにさせる珠玉の一軒だ。

バー, カクテルバー

ドランブイ

icon-location-pin 北千住

寒い雨の日だった。数年ぶりに北千住の駅で降りた。せっかくだからバーに立ち寄ろうと思い立った。駅のもっとも南側の地下通路を抜け、警察署の角を曲がるとすぐのところに1軒、発見した。何も知らぬまま扉を開けると、そこは秀逸なバーであるとひと目でわかった。バー評論家として、煌(きら)めく宝石を見出したような気分になる瞬間だ。

店名は「ドランブイ」。ウイスキー通の方ならご存知の通り、スコットランドはハイランドのモルトウイスキーをブレンドし、そこへ蜂蜜やスパイスなどを加えて作るリキュールの名である。その語意は、ゲール語の「飲む(dram)」と「満足な(buidheach)」を合わせ「Drambuie」としたとされる。Buidheachは、「感謝」という意もある。オーナーバーテンダーの梅本裕基の言葉を借りると、ドランブイには「心を満たす」という意図があり、命名したと言う。

氏は「カクテルの街」宇都宮の名バーなどで腕を磨き、2010年9月にこの地で開業。美しい6.5mのブビンガ製のカウンターが印象的で、開業年5月にこの木が手に入り、オープンにこぎつけた。カメルーンからはるばるやって来たこのブビンガは、店の看板としても使用されている。ゆったりとしたソファは、イギリスの伝統的なチェスターフィールド製だ。

20年以上前からコレクションしているバカラなどのアンティークグラスは、氏の自慢。ちなみにエントランスのランプも、バックバーのランプもバカラ製。

これ以上、何を望むか......という一軒ながら、酒のお供も48ヶ月熟成のカサルバ社製ハモンイベリコベジョータ、フランスの国家最優秀職人賞「MOF」を持つエルベ・モンスによるチーズと最高級品を提供。

まさに心を満たすバーが、北千住にある。

Advertising
バー

Once Upon A Time

icon-location-pin 御徒町

銭形平次の主題歌にも謡われるお江戸「黒門町」は、現在でも古い家屋が立ち並ぶ界隈。その中にひと際、目を引く古い煉瓦(れんが)造りの洋館がある。夜には頑強な扉から淡い光が漏れ、覗き込めば酒飲みには、すぐそれとわかる数々のウイスキーボトルが目に留まる。この明治初期の煉瓦(れんが)蔵は、界隈でも有名なバーである。

開業は1978年。店主だった中村真人が2006年に他界。妻である現オーナーの中村弘美は店を閉めようとしたが、常連からの声があり、営業を継続。さらに2011年、東日本大震災に見舞われ、建物のオーナーが取り壊しを進言。これまた常連の尽力などにより、なんとか2023年までの延命が認められた。つまり残念なことに、すでに期限付きのバーとなっている。

元は酒屋の蔵だったものを改装し、バーに仕立てた。入って左手には8席のカウンター。カウンターに座ると天井の両隅に、JBLの大型モニター2機が備え付けられているのが見える。そこから漏れる奥行のある音色も心を落ち着かせる。

中央の大テーブルは12席。この重厚なテーブルトップはかつて蔵の鉄扉として活躍していた。入口右手の不思議な急階段を上がると、屋根裏には様々なガジェットの中にテーブル席が2卓。用もないのに秘密会議を開いてみたい気分になる。

「カクテルがどうの......」と論じるような店ではない。しかし、こんな一軒家でウイスキーのグラスを傾け、夜が更けて行く様を眺めていると、人生が豊かになった気分に包まれるのは確かだ。

バー

BAR DORAS

icon-location-pin 浅草

「旅するバーテンダー」、オーナーバーテンダーの中森保貴は、業界内で敬意と親しみを込め、そう呼ばれている。それと言うのも、店で出される珠玉の洋酒たちは、酒屋から仕入れるだけではなく、氏自身がヨーロッパに足を運び、各国を巡り、買い付けて来た品々だからだ。バーテンダーとして営みながら、旅をし買い付けに回るため、そう呼ばれている。

2005年に開業。当初はテキーラやバーボンなどヨーロッパ産以外の酒も揃えていた。しかし、買い付けを進めるうちにヨーロッパ産が増え、現在は「欧州を想起させる一軒」としての地位を確立している。

旅の中で手に入れるのは酒だけではない。先々の骨董品市などでグラスを手にしては「これなら、あの酒にぴったり」と思い巡らし購入。そうして店には、フランスのバカラやラリック、ベルギー王室ご用達のバル・サン・ランベールなどクリスタルグラスが並ぶ。カウンターの左側にかかるプラハの街の絵も、実際にプラハで手に入れたもの。

それほどの苦労をして手に入れた酒をふるまうのは、「産地の風景を思い浮かべてもらいたい。土地の香りなどを味わって頂きたい」との思いから。その哲学が店内に徹底的に具現化されている。

インテリアについても、旅先で得たインスピレーションから、バックバーをチーク材からグラススタイルに変更するなど、より欧州の光景に近い形へと開業以来、手を加え続けている。

ドラスはゲール語で「ドア」を意味する。地元の浅草、隅田川沿いの町名「花川戸」に由来するが、「花柳界への扉」という意味も含んでいるとか。さて、今宵も欧州の香りのする世界へとその「ドラス」を開いてみよう。

Advertising
バー

バー長谷川

icon-location-pin 根津

不忍通りを、根津神社に近い下町らしい路地を折れたあたりにある。極めて瀟洒な一軒家に見えるため、注意力に欠ける方は素通りしてしまうかもしれない。

しかし、正面のガラスブロックでできたサンルームの左側へと回り込み右手の引き戸を開くと、そこにバー空間が広がる。表からサンルーム風に見えたラウンド状のガラスブロックは採光に優れ、左右に広がるボード状のカウンターとともにバーの雰囲気を決定付けている。

寡黙な主は、長谷川森人。銀座の著名バー「ロックフィッシュ」から2015年に独立開業。谷根千に自身の名を冠した一軒を開いた。名高い「氷なしハイボール」が飲めるのはもちろんだが、ちょっと昔のブレンデッドウイスキーがひょいひょいと出てくる。

ガラスブロックから明るい光が差し込む時間に訪れ、賑やかなロックフィッシュとは異なる静謐(せいひつ)なカウンターで、氏の訥々(とつとつ)としたトークに耳を傾けていると、気づかぬうちに杯を重ね、まだ明るいにも関わらず千鳥足......となる。カジュアルな気分に乗せられ、ゆめゆめ油断するなかれ。

まだ新しい根津の一軒は、かなり侮れない。

バー, カフェバー

BAR bee

icon-location-pin 向島

「曳舟」という街は、東京に住んでいても訪れたことがない者が多いのではないか。そんな意味でも、1998年7月開業のこの老舗バーは、隠れ家中の隠れ家......と評しても構わないだろう。

店の歴史はさらにさかのぼる。この街で商いを始めたのは、オーナーバーテンダー山田隆之の祖父。始めは「丸八」という屋号の氷屋だった。夏だけの商売だったのが、小豆を乗せかき氷を出すように。そして、その小豆から冬はお汁粉を出す店に。さらに中華そばが加わり、父が継いだ頃は、この界隈から色街が消え去り、中華と甘味の店として地元の人々に親しまれて来た。

氏自身も調理師学校へと通い、昼は実家を手伝いながらも、夜は浅草の老舗「オレンジ・ルーム」にてバーテンダーを務めていた。そのうち父が廃業。その後を継ぐ形で、現在のバーを立ち上げた。バーの名称は、「丸八」のハチが転じて、蜂の「BEE」とした。

やっと合点がいった。なるほど、実は中華料理屋だったのか......。なにしろこの一軒、焼売などの中華が抜群に美味しい。「この街にバーがあること自体がサプライズ、バーに本格的に中華があるのもサプライズ」と氏。

美しい米松のカウンターは、丸太から切り出し、長さ9.5mを誇る。幅80センチ程度と広いので、ゆったりと食事もできる。重さ1.2tと三社祭の神輿と同様の重量のため、大の大人12人でなんとか搬入した。

ゆったりとくつろぐことができるので、バー初心者でも安心して足を運ぶことができるオールマイティな一軒ながら、氏のバーテンディングは、「巨匠」のコーナーでも登場願った「EST!」の渡辺昭男、および銀座の名店「オーパ」の亡きオーナー大槻健二のスタイルにならっているという本格派。

「曳舟ってどこ?」、そう思った貴殿こそ、このバーを訪れるべきひとりだ。

Advertising
バー, カクテルバー

なのないバー

icon-location-pin 湯島

少々ご無沙汰の上、久々に足を運ぶと屋号と扉が変わっていた。なにか理由があろうと、寡黙なオーナーバーテンダー青木一也に訊(たず)ねると「いや、なんとなく」とのこと。いやはや。

氏は東京藝大出身の画家。昼間に絵を描くためにバーを営んでいる。差し出されたメニューには、1ページにひと品ずつ、スタンダードカクテルのイラストが手書きされている。そのプロの絵心溢れるカクテルを目にしていると、オーダーすることを忘れてしまうほどに魅了されてしまう。

以前の建てつけの悪い銀の扉は姿を消し、ドアの向こうからでも少しだけ店内の様子がわかる木工のドアとなっていた。こちらの新しいドアを含め、店内のあちらこちらの装飾がマスターの作品。

右手前から奥へ逆L字型の屋久杉のカウンターに10席、左手に大きなテーブル席、玉砂利の埋め込まれたフロア、土壁のような壁面、そして各所にブリキのオブジェ......。そのどれにもすっかり年季が入った雰囲気をまとっている。

日本バーテンダー協会メンバーの空手チョップのようなカクテルではないが、スタンダードカクテルを大事にする氏の人柄と温かみにあふれる、微妙なさじ加減が利いた一杯は大きな魅力だ。

御茶ノ水駅方面から湯島天神に向かう坂を上り切るかどうかという辺りに、バーの屋号と地階へと続く怪しい入り口を見つけたら、ぜひ淫靡(いんび)な雰囲気すら漂う階段を下り、心地よくも妖しい湯島の隠れ家を愉しんでほしい。

バー, カクテルバー

BAR オーパ 門前仲町店

icon-location-pin 門前仲町

日本バーテンダー協会のコンペティションにおいて、数多の日本一バーテンダーを輩出している名店「バー・オーパ」と言ったら銀座店が広く知られているが、2001年9月開業の門前仲町店も、もちろん侮れない。私自身、「気軽に呑もう」と思い立つと、むしろこちらに足を運んでしまうほど。

オーナーだった故・大槻健二も、自身の自宅付近で気軽に呑む......そんな想いがあり、この地に2つ目の店を開いたと聞く。「オーパ」は、もちろん芥川賞作家、開高健のエッセイ集にちなんでいる。

下町らしい入り組んだ路地を入り、「オーセンティックバーのはずだよな......」と少し勘ぐってしまうような怪しい階段を上がって、その扉を開くとウッディな広い空間が目に前に。迷い安いので、初めて訪れる方は、電話番号をメモっておくことを勧める。

13席を擁する広い花梨のカウンター、図書館の本棚のようにボトルの詰まったバックバーなど木目を基調とし、温かみのある空気感を演出。また、テーブル席も広く余裕があり、カジュアルで入りやすい雰囲気も手伝って、バー通のみならず、門前仲町のお酒好きたちで、夜な夜な賑わう。

ひとりカウンターでグラスを傾けていると、3つほど隣の席に、はっとするほど人目を惹く可憐な女性がおり、声をかけるつもりもないのに、勝手にどぎまぎしていた記憶がある。そんな下町の一軒。 

生地から作るピザや夜食用のパスタも用意。フードメニューもバーとは思えぬ凝りよう。少人数で和気あいあいと利用する向きも多いが、ひとりでも、またデートでも気持ち良く過ごせる。門前仲町で「困ったらオーパ」という万能バーだ。

Advertising
バー, カクテルバー

Bar,C

icon-location-pin 門前仲町

クラブやスナック、焼鳥屋から焼肉屋、果ては割烹料理......と、とかく雑多に店がひしめく下町・門前仲町で「ここは銀座か......」と驚く一軒がこちら。門仲には近年、粋なオーセンティックバーが相次いで誕生しているが、こちらは「オーパ」とならぶ長老格。

下町の大動脈「永代通り」には、ネオンがぎらつくパチンコ店がどんと構えている。しかし、ほんの一本裏へと入ると、車が入ってくるたびに歩行者が脇に避けなければならないほどの細く、暗い路地......その先に、洋酒好きの希望を照らすランタンが灯っている。扉を開くと、その銀座かと見間違おう珠玉のバーだ。

オーナーの椎葉寛之は「JBA BAR SUZUKI」、「洋酒博物館」、「スペリオ」と銀座の名だたるバーで経験をつみ、この地にて独立、開業。店名は、店主の姓のバックワードとなっており、洒落たセンスを感じさせる。

もちろん氏の一杯にもそんなセンスが見事に反映されており、下町で華が開くようなあでやかなカクテルやレアな洋酒が堪能できる。この界隈で、ちょっとお洒落な気分に包まれたら足を運びたい止まり木だ。

バー, カクテルバー

バー エリシオ

icon-location-pin 両国

エリシオ(Helissio)......どんな意味を持つのか、少し気になっていた。なんと、フランスの競走馬の名だった。フランスの競走馬エリシオは、生涯で13レースに出走し8勝。うち5勝がG1レース。中には、日本でも名高いフランスの凱旋門賞も含まれる。それでも競馬を含め、ギャンブルに興味がない者からすると、なぜ競走馬を店名としたのかはわからない。

その意図をオーナーバーテンダーの上澤秀徳に訊(たず)ねると、「歴史に残る馬にちなんで、歴史に残るバーになれば......」と、いくぶんはにかみながら解説してくれた。

その志高き一軒は、首都高7号小松川線のガード下からほど近い、JR両国駅と都営線森下駅のちょうど中間点に位置しており、ある口コミサイトでは「森下のバー」、またある口コミサイトでは「両国のバー」として紹介されている。つまり、ちょっとしたバーの不毛地帯にある。

そして土地柄、下町・深川らしいお客が深夜まで愉しむことが多く、本場所でなければまげを結った関取がカウンターにいることも......。

オーナーも地元出身ではあるが、繰り出すカクテルは土地柄と無関係に華やか。そして、凝ったチャームを毎日SNSにアップしているので、「嗚呼、どうせなら今日、行くべきだった......」とその画像を目にしたバー好きを悔しがらせたりもする。少なくとも近隣の方には、ぜひ一度は足を運んでもらいたい一軒だ。

ちなみに氏は、プロのダーツプレーヤーでもある。初訪問の際は、「先週の大会はいかがでした?」と会話からスタートすると、さらに華やかな一杯を味わえるかもしれない。

Advertising
バー, カクテルバー

壱八

icon-location-pin 千駄木

東京の千駄木には「侍バーテンダー」がいる。いや、本当だ。

残念ながら「いつも」ではない。しかし、写真をご覧になってお分かりのように、今回の取材のように「特別な機会」には、地毛で結ったまげを披露してくれる。

常連客らが知っての通り、オーナーバーテンダーの市川昭博は、大の前田慶次(利益)ファン。慶次は、『北斗の拳』の著者、原哲夫によるマンガ『花の慶次』で知られる戦国末期の武将。氏は毎年、慶次の供養塔のある米沢市堂森善光寺に自ら足を運ぶほどだ。そんな憧憬が、彼のまげに具現化されている。

千駄木駅近く、ここは居住用のマンションではないのか......と思わせるビルの2階にバーは位置している。他人のウチに踏み込んでしまうのではないかという、開きづらい扉を開くと、カウンター席のみのアットホームな空間が広がる。

瀟洒(しょうしゃ)なオーセンティックバーの雰囲気はないが、カジュアルでありながらカクテルのクオリティも高く、季節のフルーツや野菜を使用したカクテルもおすすめ。通年楽しめる『生トマトのブラッディメアリ』は看板メニュー。『ミント・ジュレップ』は、自家栽培のイエルバブエナという中南米産のスパイシーなミントを使用。また、店名からも推察できる通り、18年もののウイスキーをズラリと揃える。

銀座の真ん中で光り輝くバーとは異なるが、こんなさまざまな愉しみ方のできる一軒は、ちょっとない。

バー

SHOT BAR Moorie

icon-location-pin 墨田区

「あそこには、かないません」。ちょっとしたレアなモルトウイスキーが自慢のバーのマスターも、そう呟いて白旗を揚げる一軒が深川にある。下町の洋酒通にはレアモルトがリーズナブルに飲めるバーとして知られている。

その名も「モーリー」。生まれも育ちも墨田区菊川の店主、森村和弘のニックネームから名づけられている。残念ながら(?)、全国的に有名な銀座の巨匠バー「毛利バー」とは無関係。

1997年オープン。まだNBAバーテンダースクールを出たばかり。しかも、資金不足だった。しかし、物件が空いてしまったため「えいや!」と開業にこぎつけた。

設計も自身で手掛け、塗装業を営む実父の協力、また地元ならではの友人の手助けを得て、古きハリウッド映画のポスターで飾られた手作り感あふれるアメリカンスタイルの一軒が出来上がった。著名人のサイン入り写真あり、米ユニバーサルスタジオで撮ったオーナー自身の写真あり、温かみにあふれる。

レアモルトだ、至高のカクテルだと、眉間にしわを寄せ通ぶるのも悪くないが、良きバーとは、やはりマスターの人柄だ。
それにしても「本日のカクテル 490円」というボードを目にする......確かにこれでは、他のバーは敵わない。

Advertising
バー

dashi & bar 俵木

icon-location-pin 月島

「死ぬまでに一度は足を運びたい」と称された月島の立ち飲みバーがあった。月島1丁目のわずか3坪の店。コンパクトな店内に満員電車のように常連が集い、人気を博していた。しかし、月島の再開発の余波を受け2017年3月末に閉店。移転するにしても、懐かしい空気感は失われてしまった。

それに代わって......と記しては、いかがかと思うが2016年3月、3丁目に新規オープンしたのがこの一軒。オーナーバーテンダーの俵木崇光は、その閉店したバーに2016年まで勤めていたバーテンダー歴20年のベテラン。銀座の数々のバーに勤務、月島にやって来た後に独立、自らの名を冠したこの店を開業した。

こちらの売りは、グアテマラで生まれたラム酒「ロンサカパ」。海抜2300メートルの高地で生まれたハイクラスのラム酒に思い入れがあり、メインに据えている。2014年には、そのラム酒を「日本で最も売り上げた」バーテンダーとして、グアテマラに招待されている。

そんな主のいる一軒は、月島という土地柄もあり、気軽に立ち寄れるのが売り。銀座仕込みのバーテンディングが、カジュアルに味わえるだけに常連客も増殖中。月島は「もんじゃだけではない」と痛感する幸せな止まり木だ。

バー

フォノシート

icon-location-pin 月島

2016年8月、もんじゃの街の月島らしい長屋の路地に、彗星(すいせい)のごとく現れた新しい隠れ家がこちら。何の脈略もなく姿を現したように見えたため、流行りの街でよく見かける「なんちゃって」バーか......と扉を開くが、意外なほどに、しっかりとコンセプトが詰められた一軒だ。

訊(たず)ねると、10年近く前、仙台市青葉区に出店した「樽出しウイスキーとレコードが生み出す音楽」が売りの「バロック」というバーが振り出し。たまたまそこを訪れた月島の長屋の持ち主が「こうしたバー文化を月島にも定着させたい」と店のオーナーと意気投合。バロックと同じスタイルを、もんじゃばかりが取りざたされる街に作り出す結末となった。

月島の長屋路地を抜けようとすると、煉瓦(れんが)造りの洋風の一軒が目につき「おや?」と思う。正面には、右と左に独立した入口が2つあり、右がメインのカウンターへ、左の扉がグループ用の大テーブルへの入口となっている。店内はバーテンダースペースをはさみ、騒がしくなりがちなグループ用テーブルと、個人客が使用するとカウンター席を隔てる構成になっている。

奥の壁面は、自慢のスピーカーとレアボトルが埋めており、新しい店とは思えない味わいのある雰囲気を醸し出す。ここでは洋酒のみならず、耳にする音楽も主役のひとり。

「むむ、まだこんなバーが隠されていたか......」、下町の懐の深さを思い知る一軒だ。

Advertising
バー

フストカーレン

icon-location-pin 新小岩

「伝説のバー」、そう評してかまわないだろう。

JR新小岩駅南口から住宅街をひたすらまっすぐと歩き、「はて、いったいその伝説のバーは存在するのか......」と訝(いぶか)しく思い始めた頃、右手に姿を現す。かつてはウェブメディアの取材に応じることもなく、住所、電話番号も未掲載のまま。店の情報がウェブでつまびらかになるのは今回が初めて。

この秘密基地は1997年に開業。他では見かけないレアなボトルたちに出会うことができる、まさに「知る人ぞ知る」一軒だった。元店主の目黒竹志は、洋酒好きの合間でその名を広く知られた人。しかし、その元店主が昨年、引退。「フストカーレンは閉店した」という噂が巷(ちまた)に流れた。

だが、かねてからこの店に勤務していた白石諒斗がこの伝説のバーを受け継ぐことが決まり、伝説のフストカーレンの灯は消されずに残った。足繁く通った常連が喜んだのは言うまでもない。

伝説の一軒だけに、元店主のテイストを継承して行くのは簡単なことではない。それでも、目黒の「お前なら大丈夫だ」という言葉を糧に白石は今宵も店を切り盛りする。師匠の遺産だけでは生き残れない。現店主は、凝ったバーボンをそろえることで、師匠のテイストにプラスし、独自のカラーを加えて行くつもりだ。

伝説のバーの第2章、いまこそ足を運び、この目で見守りたい。

Tamasaburau

たまさぶろ

1965年、東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。このころからフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社にてChief Director of Sportsとしての勤務などを経て、帰国。『月刊プレイボーイ』『男の隠れ家』などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで1500軒超。2010年、バーの悪口を書くために名乗ったハンドルネームにて初の単著『【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR』(東京書籍)を上梓、BAR評論家を名乗る。著書に、女性バーテンダー讃歌『麗しきバーテンダーたち』、米同時多発テロ前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』。「あんたは酒を呑まなかったら蔵が建つ」と親に言わしめるほどの「スカポンタン」。MLB日本語公式サイトのプロデューサー、東京マラソン初代広報ディレクターを務めるなどスポーツ・ビジネス界でも活動する。

Advertising