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東京、巨匠に会えるバー15選

極上のスコッチから世界優勝カクテルまで、伝説のバーテンダーに乾杯

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テキスト:たまさぶろ

 

「どこのバーへ行くべきか」。そう訊ねられる機会は多い。いつも無難な答えを返してしまいがちな点、反省すべきと思っている。本当はこう伝えるべきだ。「まずは巨匠のバーへ行くべし」と。そして、バーのすべてを学んでしい。

おそらくバーの不文律を学ぶだろう。なぜバーの扉は開けづらいのか。なぜ「チャージ」が存在するのか。少なくとも「正す」襟がある服装で出向く必要があること。バーふさわしい話題とは…。なぜ巨匠の一杯には、摩訶不思議な魔力がけられているのか。淑女紳士の振る舞いとは何か。どれも明文化するのは無粋と呼ばれる。しかし、そうした知識が人生に潤いを与えてくれる。

人生のベテランでもある巨匠たちの一杯は、あと50年も続く代物ではないだろう。くだらぬ安酒を喰らうのも学びのひとつだが、今こそ、その強烈な洗礼を拝んでおくべきだ。なぜ巨匠たちが「巨匠」と呼ばれるに至ったのか、可能な限りの想像力を駆使してみるのも良い。

人生の深淵なる謎を解くためにも、まずは巨匠たちのバーを覗いてみよう。少し脅しが過ぎるかもしれない。気楽に足を運んでしい。ただし、その力の抜き加減を学ばないうちは「気楽」に通うのは難しいかもしれない。

もっともこちらに挙げた「Y&Mバー キスリング」と「TENDER」をハシゴしてしまう酔っ払いのスカポンタンに大口を叩かれたくないという同輩もいるやもしれんが…

さあ、まずは巨匠のバーへ。

STAR BAR Ginza:岸久

バー 銀座

「嗚呼、岸さんの一杯が呑みたい」と呟いてしまう日がある。1996年、『世界カクテルチャンピオンシップ』において31歳の若さで優勝。今やバー業界の重鎮として知られるが、何よりも岸久の一杯には、そんな不思議な魅力がある。多くの巨匠が店を構える東京銀座にて「今日は彼の一杯だな」と心を鷲掴みにされるような魔力だ。
店名は映画評論家、故淀川長治による。琥珀色を纏ったバーのインテリアも同様の魅力に満ち溢れている。

そして、氏の現在の立ち位置を決定づけたのはNHKの『アインシュタインの眼』に出演し解析、検証された「マイクロバブル」である。インフィニティシェイクによって生じる気泡が「マイクロバブル」と命名され科学的認知を得た。

初夏を思わせるこの季節、「喉が渇いた」と感じたら、銀座一丁目を目指してみよう。氏の巨体から繰り出されるとは思えない非常に繊細な一杯の虜になることを保証する。

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BAR 保志:保志雄一

バー カクテルバー 銀座

「銀座でもっとも成功を収めたバーテンダー」と評しても良いだろうか。しかし、保志雄一の一杯にありつこうと思っても、難易度は高い。銀座だけで6軒の店があり、「いったい今日はどこのバーに行けば会えるのか」、なかなか見当がつかない。どうしても氏の一杯を拝みたいと考えると、そのうちのいずれかの一軒に電話を入れ、今夜はどこにいるのかを訊ねるしかない。

「カクテルの街」宇都宮でキャリアをスタート。「リトルスミス」、「バー東京」など銀座の名店を経て、オーナーに。

現在では、故郷の福島にも「バー保志」を開き、自身がキャリアを磨いた宇都宮の店も持つ。多くのバーを構えるということは、巨匠としてそれだけ後進の育成にも手腕を発揮したことでもある。

銀座の一軒で呑みはじめ、ふらっと入って来る巨匠の優勝カクテル『サクラサクラ』を心待ちにするとしよう。極めて日本らしい味わいに、ついつい杯を重ねてしまう。

Bar HEATH(バー ヒース):大川貴正

バー 国立

その昔、オーナーの大川貴正はカフェを営んでいた。ところが、かつて新橋にあった1952年創業の伝説の一軒「トニーズ・バー」でスコッチに目覚め、故松下安東仁(トニーさん)を師として仰ぎバーをオープン。当時は仕入れのために毎年、スコットランドに通ったほど。東京都国立市で30年以上の歴史を持つだけに、昔ながらのバーの匂いが立ち込める一軒だ。

現在、かつてトニーズ・バーのあった場所では大川の弟子にあたる越智卓が「Bar T.O」を営んでいる。Tはトニーさん、Oは大川のイニシャル。また先日、横浜の名店「バー・スリーマティーニ」に久々に足を運ぶと、山下和男から「こんな店をやるはめになったのは、大川さんのせいなんで」と、若きころヒースに通った逸話を耳にした。

こうして巨匠の系譜は脈々と受け継がれて行く。大川の手によるカクテル「シャムロック」は、やはり懐かしい味がした。

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Cocktail & Wine KIYOMI:長谷川馨

バー カクテルバー 大井町

長谷川馨は群馬県館林市出身。当時通っていた、その界隈で唯一洋酒を出すバーのマスターに「向いている」と言われこの世界へ。銀座で働いていた際、同業者に「大井町で物件が出ている」と誘われ、東京五輪開催の1964年から大井町で営んできた。

50周年の8月にはホテルにて記念パーティが開かれ、数多くのバーテンダーが集い、4人の孫もステージ上で祝った。大井町にもこんなバーがあるのか……と思わせる趣の社交場は、仕事帰りに大井町を乗り降りする常連などで賑わっている。「思い出のカクテル」を聞かれると、初めて客に振る舞った「ジンフィズ」と答えているが、本日はマルガリータで。

次回の東京五輪の際は、やはり55周年を祝うことになるのだろうか。名店の60周年、70周年を期待したい。

テンダリー:宮崎優子

バー カクテルバー 大森

オーナー宮崎優子は、カクテルスクールにて毛利隆雄に師事。その後、生まれ育った大森にて、「バーテンダー」の「テンダー」から命名した「テンダリー」を開くに至った。

バーでありながら、自らカクテルスクールを開いたり、落語家を呼び寄席を打ってみたりと、愉しい企画を繰り出すことでも知られる。地域密着型のため、大森で暮し、そのまま足を運ぶ客を飽きさせることがない。

店の窓側から、毎春鮮やかに咲き乱れる桜を目にすることができる。宮崎は縁あって『大森さくらフェスティバル』実行委員長を務める。残念ながら2014年以来、開催が見送られているのだが、窓際に席をもらうと、艶やかなフェスの再開に胸を膨らませてしまう。
その艶やかさを体現するオリジナルカクテル『アデージョ』は特に女性客に勧めたい。この一杯に突然、悲しくもないのに「涙しそうになった」という客もいた。

ああ、また巨匠の一杯を求め、大森に足を延ばさないといかん……。

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Tamasaburau

たまさぶろ

1965年、東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。このころからフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社にてChief Director of Sportsとしての勤務などを経て、帰国。『月刊プレイボーイ』『男の隠れ家』などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで1500軒超。2010年、バーの悪口を書くために名乗ったハンドルネームにて初の単著『【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR』(東京書籍)を上梓、BAR評論家を名乗る。著書に、女性バーテンダー讃歌『麗しきバーテンダーたち』、米同時多発テロ前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』。「あんたは酒を呑まなかったら蔵が建つ」と親に言わしめるほどの「スカポンタン」。MLB日本語公式サイトのプロデューサー、東京マラソン初代広報ディレクターを務めるなどスポーツ・ビジネス界でも活動する。

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