シュルレアリスム宣言から100年、大規模展が板橋区立美術館で開催中
Photo: Keisuke Tanigawa

シュルレアリスム宣言から100年、大規模展が板橋区立美術館で開催中

4月14日まで、シュルレアリスムと日本の関係を概観した展覧会

テキスト:
Sato Ryuichiro
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サルバドール・ダリやルネ・マグリットら、20世紀の美術や文学、思想、映画など多方面に影響を及ぼした運動、シュルレアリスムを知る人は多いことだろう。その端緒の一つが、1924年に詩人のアンドレ・ブルトンが発表した「シュルレアリスム宣言」であった。この「宣言」発表から100年を記念して、2024年4月14日(日)まで展覧会「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」が、「板橋区立美術館」で開催されている。

シュルレアリスム宣言から100年、大規模展が板橋区立美術館で開催中
Photo: Keisuke Tanigawa

フランスで誕生したシュルレアリスムは、当時の日本の画家たちをも魅了した。本展示が焦点を当てるのは、そうした日本におけるシュルレアリスムの展開だ。展示は、「序章 シュルレアリスムの導入」「第1章 先駆者たち」「第2章 衝撃から展開へ」「第3章 拡張するシュルレアリスム」「第4章 シュルレアリスムの最盛期から弾圧まで」「第5章 写真のシュルレアリスム」「第6章 戦後のシュルレアリスム」に分けて、シュルレアリスムと日本の関わりを見直していく。本記事では、その見どころを紹介していきたい。

シュルレアリスム宣言から100年、大規模展が板橋区立美術館で開催中
Photo: Keisuke Tanigawa

「序章」では、シュルレアリスム波及の糸口であったブルトン「シュルレアリスム宣言・溶ける魚」の初版本(1924年)を展示。西脇順三郎らによって編まれた日本最初のシュルレアリスムにまつわる書籍「馥郁タル火夫ヨ」(1927年)や、ダリなどシュルレアリスムやその美術についても積極的に関心を寄せた瀧口修造が訳した、ブルトン「超現実主義と絵画」(1930年)などの書籍も目にすることができる。ヨーロッパの流行をわずか数年のブランクでキャッチアップできる、当時の日本人の感性には驚かされる。

第1章では東郷青児「超現実派の散歩」、古賀春江「鳥籠」といった、日本でも初期のシュルレアリスム作品が並ぶ。こうした比較的具体的で端正な仕上がりの作品のほかに、福沢一郎「他人の恋」も観ておきたい。 

シュルレアリスム宣言から100年、大規模展が板橋区立美術館で開催中
Photo: Keisuke Tanigawa福沢一郎「他人の恋」

福沢は、「シュルレアリスム宣言」が発表された、まさに1924年にパリに学び、帰国後はシュルレアリスムの紹介など、いわゆる前衛画家の指導的立場として活動している。この「他人の恋」では、宙に浮かぶ古代風の服装の女性、仰向きになった猿など、通常はありえない事物を組み合わせるデペイズマンという手法が用いられている。

第2章では、吉原治良や井上覚造らによる「妙屍体(優美な死骸)」を観ておきたい。「妙屍体(優美な死骸 Le cadavre exquis)」とは、シュルレアリストの共同制作の一種で、互いが何を制作しているか知らない状況下で、複数人が一つの作品に取り組む手法を指し、詩や絵画などで実践された。当時のシュルレアリスムの手法が極東の地にあって、忠実に踏襲されていたのは興味深い。

シュルレアリスム宣言から100年、大規模展が板橋区立美術館で開催中
Photo: Keisuke Tanigawa

第3章では、北脇昇「独活(うど)」などの美術作品もさることながら、数多くの資料に圧倒される。「表現」「貌」「JAN」などの団体、「動向」「エコルド東京」「L’ANIMA」などの出版物が展示されており、程度の差こそあれ、実に多岐にわたる人々がシュルレアリスムに関心を寄せていたことが分かる。

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Photo: Keisuke Tanigawa北脇昇「独活(うど)」
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Photo: Keisuke Tanigawa

とりわけ見どころにあふれているのが、第4章である。伊藤研之「音階」は、比較的イメージの連想がしやすい。「貝→らせん→カタツムリ→聴覚→ピアノ」といった具合で、シュルレアリスム初級の趣きだ。

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Photo: Keisuke Tanigawa伊藤研之「音階」

しかし、それ以上に面白いのは、二枚貝の地面に接している部分では、端正に描き分けられている貝の模様をぼやかすことで抽象画のような風合いを醸し出している点であろう。二枚貝の模様はあたかも音の広がりを表すかのような趣きを呈しているわけだが、音階は必ずしも明確に区別できるわけではなく、重なり合い、ぼやけていくとでも言いたげである。 

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Photo: Keisuke Tanigawa浅原清隆「多感な地上」

浅原清隆「多感な地上」も近寄って観てほしい作品だ。浅原は帝国美術学校卒業後まもなく召集され、戦地で行方不明になるため、現存する作品はわずかである。少女のリボンが鳥に、ハイヒールが子犬に変容する様子、少女が地上(丘陵?)に顔を出す様は、思春期から大人への変容という解釈、ひいては浅原自身の出征を控えた自身の将来への不安、という解釈を促してくれる。

そうした分かりやすい解釈から離れて画面に近づくと、一見滑らかな色彩のグラデーションで描かれた画面が、思いのほかさまざまな色彩で彩られていることに気づくはずだ。青や黄色が微妙に混じり合う背景や、上塗りして鳥の翼の一部を隠したかのような痕跡など、画家の試行錯誤が見て取れるのも面白い。 

渡辺武の「風化」(1939年)もぜひ観ておきたい。渡辺は、終戦直前に沖縄の首里で亡くなっており、その作品は長野県上田市にある「戦没画学生慰霊美術館 無言館」にも所蔵されている。

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Photo: Keisuke Tanigawa渡辺武「風化」

「風化」は完成度が高く、この作品ほど当時のヨーロッパのシュルレアリスムの潮流に忠実な解釈ができそうな作品も珍しいであろう。作品と直接結び付く着想源は、ヨハネス・フェルメール「手紙を読む女」を基にダリが制作した「イメージが消える(The I image disappears」(1938年)であろう。リと同様にフェルメールを思わせる構図や床の模様を採用し、女性の頭部や腕の風化するような表現を採用している。

しかし、「風化」ではさらに一工夫が加えられており、女性の姿勢やしぐさ仕草などはフェルメールの「レースを編む女」(ルーヴル美術館)のそれに近い。そして、この「レースを編む女」はダリとルイス・ブニュエルによる映画「アンダルシアの犬」(1929年公開)の中にも出てくる。

さらに、ロートレアモン「マルドロールの歌(1869年)」の中の有名なフレーズ「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」の中の「ミシン」と、この「アンダルシアの犬」中の「レースを編む女」との関連を示唆する先行研究もある。

「風化」でレースや手紙の代わりにミシンが選ばれたのは、単に画家が、近代的なモチーフとしてのミシンを描くことでダリの作品をよりブラッシュアップしようと意図したのではなく、上述のようなさまざまなモチーフの関連を背景に読み込ませるためだろう。「マルドロールの歌すでに翻訳されていことを踏まえれば、ミシンとフェルメールの結びつきは、当時の画家たちにもある程度の浸透を見ていた推察できるかもしれない。

シュルレアリスム宣言から100年、大規模展が板橋区立美術館で開催中
Photo: Keisuke Tanigawa

戦争の影が色濃くなってくるのも特徴だ。戦時中にシュルレアリスムは危険思想の一つとして監視の対象となるとともに、浅原のように出征して戦死する画家も現れるなど、活動は徐々に制限を受けていく。吉井忠の日記(1941年)からは、戦争が進む中で滝口修三が当局に連行されるなど、シュルレアリストが警戒されるようになっていった様子や、展覧会の開催などに悩む姿なども見て取れる。

第5章では写真におけるシュルレアリスムを取り上げている。シュルレアリスムと写真の関係は、現在「東京ステーションギャラリー」で開催中の安井仲治の展覧会でも取り上げられており、美術と同様にシュルレアリスムが積極的に取り入れられた分野であった。

平井輝七「月の夢想」(1938年、前期展示)は、壁を写した写真に、印刷物から切り取ったモチーフを貼り合わせ、さらに手彩色を施した作品だ。平井は、安井も所属した「浪華写真倶楽部」などにも参加している。1937年には新たに「アヴァンギャルド造影集団」を結成し、シュルレアリスムの英気の下、写真のほかにも油彩や水彩画も手がけた。

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Photo: Keisuke Tanigawa平井輝七「月の夢想」

戦前の日本で唯一シュルレアリスムを掲げた写真集である、下郷羊雄「超現実主義写真集メセム属」は、ほかではなかなか見られない稀覯(きこう)本だ。

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Photo: Keisuke Tanigawa下郷羊雄「超現実主義写真集メセム属」

最後の第6章では、シュルレアリスムに傾倒した画家たちの戦後が描かれる。「新ニッポン物語」を描いた山下菊二は、福沢一郎に師事し、戦後は共産党にも一時入党した、戦中・戦後の時代と強く結び付いた画家だ。

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Photo: Keisuke Tanigawa山下菊二「新ニッポン物語」

「新ニッポン物語」は戦後、占領期間が終わった後もなおアメリカの強い影響下にある日本を風刺した作品。画中の動物や看板は、山下自身の絵をコラージュしている。山下は天皇を扱った作品でも知られ、「表現の不自由展」で展示されたアーティストたちをほうふつさせる。なお、会期は前期(3月24日(日)まで)と後期(4月14日まで)に分かれており、それぞれの期間でしか観見られない作品もある。「シュール」という言葉の原型ともなった、アーティストたちの多様で真剣な営みをぜひ観てもらいたい。

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