さいたま国際芸術祭
Photo:Naomi

アート作品を見るとは?「さいたま国際芸術祭2023」がもたらす視点の変化

何かが毎日変わっていく芸術祭、12月10日まで開催

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埼玉県さいたま市を舞台に、3年に一度行われている「さいたま国際芸術祭」。2016年にスタートして以来、市民や地域と国内外のアーティストが、また市民同士が文化芸術を介して交流を深め、「ともにつくる、参加する」市民参加型の芸術祭として続けられている。3回目となる今回、現代アートチームの目 [mé] がディレクターに起用され、早くから大きな話題を集めていた。

さいたま国際芸術祭
Photo:Naomiメイン会場の「旧市民会館おおみや」

目 [mé]は、アーティストの荒神明香(こうじん・はるか)、ディレクターの南川憲二(みなみがわ・けんじ)、インストーラーの増井宏文(ますい・ひろふみ)を中心に活動。2019年に「千葉市美術館」で開催された個展「非常にはっきりとわからない」が国内外で話題を集めるなど、観客を含めた状況と導線を重視し、「我々の捉える世界の『それ』が、『それそのもの』となることから解放する」作品を発表している。

いわゆる「芸術祭」や「アートの作品を鑑賞する」といった従来のイメージをくつがえし、新鮮な発見と貴重かつ興味深い体験ができる本展。閉幕まで残りわずかだが、現地を訪れ楽しんでもらいたく、詳細をレポートする。

市内を歩いて楽しむ芸術祭

メイン会場の旧市民会館おおみやは、JRさいたま新都心駅と大宮駅のほぼ中間地点に位置し、どちらの駅から歩いても15分ほどかかる。特に大宮駅は東北新幹線も停まるターミナル駅で、駅構内も広くて複雑だ。あまり土地勘のない鑑賞者や、訪問当日が悪天候の場合は、それだけで心理的なハードルになりかねないだろう。

さいたま国際芸術祭
Photo:NaomiJR「さいたま新都心」駅の構内

しかし目 [mé] は、市内を歩くところから芸術祭は始まっており、2つの駅のどちらからメイン会場へアクセスするかでその印象や体験が変わることも含め、あえて意図したという。ちなみに筆者は「大宮駅」から向かい、帰りはさいたま新都心駅を利用した。縁結びのパワースポットとして知られる大宮氷川神社の長い参道が、メイン会場のすぐ横を通っている。紅葉が美しく、非常に趣のある道だった。

さいたま国際芸術祭
Photo:Naomi大宮氷川神社の参道

すべてを見ることができない、変化し続ける芸術祭

旧市民会館おおみやは、1970(昭和45)年に完成し、2022年3月に閉館するまでの半世紀余り、多くの市民に親しまれた大ホールと小ホールのある劇場だった。本展ではこの建物全体を使って、美術家や研究者、編集者、演出家や盆栽師などさまざまなアーティストにより、写真や映像、音声、立体などの多様な作品の展示のほか、大ホールを活用した舞台公演、映画の上映などが連日展開されている。

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Photo:Naomiメイン会場の受付周辺

時代を感じる古ぼけた看板や内装、家具などが点在する館内は、地下2階から地上3階と案外広い。決められたルートが存在せず、鑑賞者はフロアマップなどを頼りに、自由に歩きまわって楽しむしくみ。一部の作品をのぞいて、写真や動画の撮影もできる。手荷物を預けるロッカーがなく、階段を昇り降りしたり、狭く暗い通路を歩いたりする場所も少なくないため、歩きやすく身軽な格好で訪問するのがベターだ。

さいたま国際芸術祭
Photo:Naomi毎日写真が入れ替わる「ポートレイト・プロジェクト」

芸術祭の大きな特徴は、常に同じ作品や体験が用意されておらず、毎日変化し続けていること。いつ誰と訪れたのか、その日の天候や歩んだルート、ふとしたきっかけで目に止まった景色にいたるまで、その日、その時、その場所限りの体験に、自分だけの固有性が生まれることを意味している。それは一方で、観客が作品を見逃したり、得られない体験が多く発生してしまう、とも言えるが、それこそが、ディレクターの目 [mé]が大切にしたことでもある。

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Photo:Naomi盆栽師・平尾成志「幻姿文飾」

単なる日常の光景に生まれる違和感

館内のいたるところには、透明の板がはめ込まれた黒いフレームが設置され、導線の役割を果たしている。特に大ホールでは、客席があったエリアから舞台上まで続く広い通路が、フレームによって形作られていた。この通路は、リハーサルから公演の本番中まで、時間帯を問わず自由に行き来することができるという。

公演では客席に座ることもできるが(事前予約制の公演もある)、あえて通路から舞台上に立ち、演者のすぐ横を通過しながら鑑賞することも可能。芸術祭ならではの得難い体験ができるだろう。

さいたま国際芸術祭
Photo:Naomiメイン会場 大ホール

展示されている作品はすべて、説明やタイトルなどのキャプションが付いていない。館内を巡るうち、ぱっと見で作品だと分かるものがある一方で、作品かどうかが分かりにくい展示にも遭遇することに気づいた。

さいたま国際芸術祭
Photo:Naomi大ホール脇の通路にある高田唯の作品

本展は、「予め用意された作品を鑑賞する」というより、迷路のような面白さと非日常感を味わいながら、空間から作品(のようなもの)を自ら見つけて体感する、という感覚に近いかもしれない。

作品なのか、そうではないのか。そもそも、誰かが故意にやったことなのか、それとも偶然なのか。何の変哲もない、よくある日常の光景だと思っていたものが、妙な疑問と違和感を抱く光景に見えてきてしまう感覚は、非常に興味深かった。

さいたま国際芸術祭
Photo:Naomi展示風景

もう一つ、疑問と違和感を抱いたものがあった。「SCAPER(スケーパー)」だ。SCAPERは、景色を表す「scape」に人・物・動作を示す接尾辞「-er」を加えた造語で、パフォーマンスなのか偶然なのか、見分けがつかないような「虚と実の間の光景」をつくり出す存在のことだ。

目[mé]と、振付家でダンサーの近藤良平(彩の国さいたま芸術劇場芸術監督)が、公募などによって集まった多数のSCAPERを、芸術祭の会場周辺やさいたま市内各所に、会期中の全日程、仕掛け、さらにはSCAPERを都市・建築論の観点から研究する《スケーパー研究所》の所長として田口陽子(都市・建築研究者)も参加しているという。筆者もメイン会場内で、案内や監視担当と思われるスタッフ、たまたま居合わせたと思われる鑑賞者、清掃の仕事をしていると思われる人物など、さまざまな人々とすれ違った。

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Photo:Naomi大ホールの舞台上で遭遇した人物

しかし、誰がSCAPERで、SCAPERではないのか、全くはっきりしない。メイン会場と、大宮駅やさいたま新都心駅の道中にも、SCAPERたちがいたのかもしれない。しかし見事に街の風景に馴染んでしまっていたようで、見つけることは困難だった。

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Photo:NaomiSCAPERの目撃情報を集めているという「スケーパー研究所」

誰もがSCAPERのようにも見えるし、SCAPERではないようにも見える、という妙な違和感は、芸術祭から日常に帰ってきて時間が経っても残っている。ほかの芸術祭とは一線を画す強烈な記憶と固有の体験は、まさに目[mé]の狙い通りと言えるだろう。

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Photo:Naomi公式ショップではオリジナルグッズを販売している

メイン会場の旧市民会館おおみや(埼玉県さいたま市大宮区下町3-47-8)は、10時〜18時(金・土曜日は20時まで)最終入館は閉館30分前まで、休館日月曜(祝日の場合は開館、翌日休館)となる。

合わせて巡りたい市民プロジェクト「SACP BASE」

芸術祭では、3人の市民プロジェクトキュレーターによるプロジェクトが、市内各所で関連展示を開催。三者三様、それぞれの視点でアートをひらくプログラムを展開し、芸術祭を特徴づけている。

メイン会場の隣に位置する「氷川の杜ひろば(大宮図書館)」では、会期前からワークショップ、レクチャーや展示などを行う「SACP BASE」が活動拠点を置き、会期中、展覧会プログラムなどを開催する。無料で楽しめるので、メイン会場の前後で立ち寄ってみてほしい。

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Photo:Naomi浅見俊哉「「BODY PRINT ACTION 2023」ーわたしとあなたー」

埼玉県立近代美術館などで連携プロジェクトも開催中

大宮駅近くの「鉄道博物館」をはじめ、さいたま市内の多彩な文化施設で行われる文化芸術事業や、開催エリア周辺の商店街や企業等と連携し、芸術祭に関連したプロジェクトも多数開催されている。

北浦和駅からすぐ、緑豊かな北浦和公園に1982年に開館した「埼玉県立近代美術館」へも立ち寄った。ファサードが特徴的な建築は、黒川紀章の手によるもの。黒川が初めて手がけた美術館建築としても知られているほか、公園の敷地内には、あの「中銀カプセルタワービル」から移築されたカプセルが恒久展示されている。

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Photo:Naomi埼玉県立近代美術館
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Photo:Naomi黒川紀章の中銀カプセルタワービル・住宅カプセル

企画展のほか、モネ、シャガール、ピカソなどの海外の巨匠から、地元・埼玉にゆかりのある現代作家の作品までコレクション、展示している。また、開館当初から近代以降の優れたデザインの椅子を収集し、「今日座れる椅子」として、常時数種類を館内に展示。実際に座ることもできるので、館内でぜひ楽しんでほしい。 

開催中の企画展「イン・ビトウィーン」は、同館の収蔵作家となった早瀬龍江、ジョナス・メカス、林芳史に、潘逸舟をゲストアーティストとして迎えて構成。活動していた時代や国も異なる4人だが、それぞれが日常的な営みを起点に、絵画、版画、ドローイング、映像など、さまざまなメディアの作品制作を通して、他者との境界や自身のアイデンティティといった普遍的な問題への思索を深めた。その足跡を丁寧な調査をもとにたどり、紹介している。

中でも、戦中から飯能市に住み、戦後はニューヨークでも作家活動を続けていた早瀬龍江の作品群は、戦後日本のシュルレアリスム絵画史において、更なる調査が待たれる興味深い展示と言えるだろう。

また、彫刻家の永井天陽(ながい・そらや)による「アーティスト・プロジェクト #2.07 永井天陽 遠回りの近景」も、同時開催中だ。永井は1991年生まれ。2016年に武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻彫刻コースを修了。ものや出来事へのささやかな疑いを出発点に、アクリル材や剥製、既製品など、異なる素材を重ね合わせた彫刻作品を手がけている。

さいたま国際芸術祭
Photo:Naomi展示風景

一見、カラフルだったり、親しみを覚えるようなモチーフだったり、直感的にかわいい、と感じたりする立体作品だが、よくよく観察してみると、居心地の悪さのような、不思議な印象へと変化していく。

人が無意識に抱く感覚や、認識への問い、輪郭とその内側にあるものなど、さまざまな「違和感」が制作の重要なテーマとなっている永井の作品群。偶然にも同芸術祭が掲げるテーマとも通底するような感覚があった。展示室でじっくりと対峙してみてほしい。

企画展「イン・ビトウィーン」「アーティスト・プロジェクト #2.07 永井天陽 遠回りの近景」は、2024年1月28日(日)まで開催中。

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