西洋美術館65年の歴史で初めての現代アート展が開催
Photo: Keisuke Tanigawa

西洋美術館65年の歴史で初めての現代アート展が開催

横倒しになったロダン彫刻や失われたモネの「睡蓮」、展覧会を楽しむ4の方法

テキスト:
Sato Ryuichiro
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国立西洋美術館」で初の現代美術の展示、「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか」が、2024年5月12日(日)まで開催中だ。開館65年目にして初めてとなる本格的なコンテンポラリーアートの展示である同展には、飯山由貴、梅津庸一、遠藤麻衣など25人21組のアーティストが参加している。

1959(昭和34)年に「松方コレクション」を母体として開館して以来、中世から20世紀前半までの作品を中心に収集、公開してきた同館。もともと、将来のアーティストらが所蔵品によって触発され、「未来の芸術が眠る」ような場になってほしいという思いが託されていた。

しかし、実際に国立西洋美術館がそうした未来の芸術を産み育てる土壌となり得てきたのかは、これまで問われてこなかった。今回の展覧会は、多様なアーティストたちにその問いを投げかけ、作品を通じて応答してもらうものだ。

展示内容は「0. アーティストのために建った美術館?」や「2. 日本に『西洋美術館』があることをどう考えるか?」から「5. ここは作品たちが生きる場か?」などの全7章から構成される。本記事では、その一部を取り上げて紹介していく。

作品に近づいて観る。

展示冒頭ではフランク・ブラングィン(Frank Brangwyn)「松方幸次郎氏の肖像」やル・コルビュジェ「国立西洋美術館およびその周囲の構想」など、国立西洋美術館の前史が紹介される。

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続く「1. ここはいかなる記憶の場となってきたか?」で出迎えてくれるのは、中林忠良(なかばやし・ただよし)の銅版画や内藤礼(ないとう・れい)の新作だ。中林の作品とともに並ぶのは、中林が影響を受けた版画家、ヴォルスのほかレンブラント・ファン・レインフランシスコ・デ・ゴヤなど。内藤の「color beginning」はポール・セザンヌの作品と並置される。一見無地のように見える内藤の作品だが、見ていると色彩が浮かび上がってくる

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Photo: Keisuke Tanigawa

いずれの作品も、ぜひ近寄って観てほしい。中林やオールドマスターの版画では、紙に刻まれたエッチングなどの技法を追体験できるだろう。内藤の作品は、遠近さまざまに距離をとって観ると色彩の感じ方が異なり、間近で観れば画面に置かれた色彩の形までもまざまざと感じられるはずだ。

展示の裏側を知る。 

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Photo: Keisuke Tanigawa

東京都写真美術館」の「記憶:リメンブランス―現代写真・映像の表現から」でも展示中の小田原のどかは、会場に作家による展示内容の詳細な説明が掲示されているので、それを読むと理解が深まるだろう。

ここで目を引くのは、オーギュスト・ロダンの「考える人」や「青銅時代」が横倒しになっている光景だ。彫刻自体とかけ離れた、意外なほど無機質な彫刻の裏側を観ることができる。彫刻が横倒しにされる際、作品に負担がかからないように床との接地面に緩衝材のような別の「台座」のようなものが敷かれているのも、展示する側の苦労をしのばせる。

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鷹野隆大(たかの・りゅうだい)は、同館に展示されている作品が、IKEAなどの家具が並ぶ一般的な住宅の部屋に並んだらどのように見えるのか、という発想で制作した

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どこにでもありそうな家具やインテリアに混じって、ルカス・クラーナハ(父)の「ホロフェルネスの首を持つユディト」やギュスターヴ・クールベの「眠れる裸婦」など、現在オークションに出たら1億円や2億円では買えないような作品がさりげなく並ぶ。自分の部屋のように錯覚して危うく触ってしまいそうになるくらい部屋に馴染んでおり、これだけ大規模に部屋を造作する職人も大変であっただろうと想像される。

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Photo: Keisuke Tanigawa
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遠藤麻衣の「オメガとアルファのリチュアル──国立西洋美術館ver.」は、エドヴァルド・ムンク「アルファとオメガ」の連作から着想を得た作品。遠藤と現役の踊り子が国立西洋美術館を舞台にしたパフォーマンスを行う映像だ。来館者は、回転ベッドのようなソファーに座って回転することで、踊り子の視点に立ちながら映像作品とムンクの作品を交互に楽しめる。

野外での撮影は「寒かった」と述べていた遠藤だが、そうした過酷さは感じさせず、真摯(しんし)に踊る姿がとても美しい作品だ。一方で遠藤は、本展覧会内覧会での抗議活動にも参加した一人。抗議の内容と直接関係はしないが、この作品でも「美しい」だけではなく、作品に込められた意図も考えてみるといいだろう。

「美術館」の外にも目を向ける。

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Photo: Keisuke Tanigawa

 西洋美術館の一般的なイメージから最も遠いと思われるのは、弓指寛治(ゆみさし・かんじ)の「You are Precious to me」だろう。この展示では、山谷に暮らす人々に密着した成果を、彼らの制作物とともに展示している。弓指自身の彼らへの愛着が感じられると同時に、ある意味で非常に暑苦しく、人々の生活を実感できるのが特徴だ。

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この展示は、もともと「上野恩賜公園」という皇室とゆかりの深い場所に暮らしていながら、大きな制度から一見最も距離をとっているホームレスたちの存在を意識するところから始まったという。「作品」や「アーティスト」という枠組み自体を再考させてくれる展示だ。

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「6. あなたたちはなぜ、過去の記憶を生き直そうとするのか?」でのパープルームの部屋も、併せて観ておきたい。梅津庸一が主宰するパープルームで活動する續橋仁子(つづきはし・ひとこ)、わきもとさき、星川あさこの作品は、描くことの楽しさと苦しさを余すところなく伝えてくれる。

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もちろん、そこに並ぶラファエル・コランやピエール・ボナールなどの作品と向き合った、真摯な応答を考えてみるのもいいだろう。

ただただ、うっとりする。

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「5. ここは作品たちがきる場か?」での竹村京(たけむら・けい)による「修復されたC.M.の1916年の睡蓮」は、モネの「睡蓮、柳の反映」の失われた部分を補うかのように絹糸で水連を編んでいる。着目すべきは、竹村の持ち味である色彩を意識した絹糸の選び方だけではない。

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モネの作品から離して中空からつり下げて展示することで、鑑賞者は2つの作品の間に立って、まるでモネと竹村の作品世界に入り込んだかのようなイマシブな作品体験ができる。さらにモネの描く作品は、もともとは水面も描かれており、竹村の作品が風にそよぐ様子は、あたかも水の揺らめきを感じさせる。失われた絵画を再構成するのではなく、一種の体験として文字通り、モネの作品を立体的に経験できるのだ。

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ポール・シニャック「サン=トロペの港」と並ぶ坂元夏子の作品は、非常に知的だ。新たな世界を絵画によって構築するという実践をストイックに続ける坂元の作品。シニャック同様に近づいたり、遠ざかったりして、その絵画世界を感じてほしい。

また会期中は一部日程で、参加アーティストの田中功起によるプロジェクト「いくつかの提案:美術館のインフラストラクチャー」の一環として、託児サービス(有料)も実施される。育児の息抜きに美術館賞を楽しんでみては。

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