あらゆるカルチャーを体験できる東京。もちろん映画もその一つだ。今年も「東京国際映画祭」が、2025年10月27日(日)から11月5日(火)まで開催される。
今年はベテランから新進気鋭の監督まで、国内外の作品を多数上映。トークイベントやゲスト登壇付きの上映など、多彩なプログラムも予定されている。ラインアップには国内外の新作から映画史に残る名作のほか、新鋭監督のデビュー作やアカデミー賞受賞監督の話題作、そしてアニメーションまで多様な作品が並ぶ。
ここでは、豊富なプログラムの中から、今年特に注目したい作品を紹介。チケットは10月18日(土)から、部門ごとに順次公式ウェブサイトで販売が開始される。
『夢』
映画界の世界的巨匠・黒澤明は、『羅生門』(本映画祭でも上映)をはじめ数々の名作で知られるが、1990年の『夢』はその中でもひときわ異彩を放つ作品だ。
このユニークな作品は明確な一つの物語ではなく、監督自身の夢に着想を得た8つの独立したエピソードで構成されている。森の中のキツネの嫁入り、命を吹き込まれたゴッホの絵画、核戦争後の荒廃した世界、水車小屋が並ぶ理想郷の村。どの場面も鮮烈な映像美で観る者を魅了し、忘れがたい体験をもたらす。
『Shall we ダンス?』
周防正行による1996年の映画『Shall we ダンス?』は、人生の虚しさを抱えるサラリーマンの物語。役所広司が演じる菊地正平は、会計士として成功して家庭もある、一見全てを手にした男だ。
ある日、社交ダンス教室の窓辺に立つ美しい女性(草刈民代)を見かけたことをきっかけに、周囲に内緒でダンスを始める。「中年男性がダンスを習うなんて」と奇異の目で見られる風潮の中で、菊池は次第に自分自身を取り戻していく。
一人の男が自分自身を見つめ直し、人生に再び喜びを見いだす姿を描いたこの物語は、役所が主演男優賞、草刈が主演女優賞を受賞。そのほか作品賞、撮影賞など実に14部門に輝いた。
2004年にはRichard GereとRichard Gere主演のハリウッド版リメイクも制作されたが、やはりオリジナルこそが心に残る名作だ。
『桃太郎 海の神兵 デジタル修復版』
戦時中の日本アニメーションに興味がある人には、見逃せない一本だろう。1945年に瀬尾光世が監督を務めた日本初の長編アニメーション映画で、上映時間は74分。第二次世界大戦中に制作された日本海軍のプロパガンダ作品ではあるものの、当時の感性や技術を知る上では貴重な資料ともいえる。
主人公は、昔話「桃太郎」から名を取った指揮官の桃太郎。モノクロで描かれる世界では、クマやサル、キジ、犬といった動物たちが兵士としてともに戦う。物語の途中には、カタカナの読み方を歌で教えるという軽快なミュージカルシーンも登場し、当時のアニメーションの表現力を今に伝えている。
『ホウセンカ』
最新のアニメも、今年の映画祭でしっかりとした存在感を放っている。『ホウセンカ』は、アニメシリーズ『オッドタクシー』で数々の賞を受賞した監督・木下麦と脚本家・此元和津也による最新作だ。
物語は、死刑囚の阿久津実が最期の瞬間を迎えるところから始まる。その時、一輪の花が彼の前に現れ、静かに語りかけながら、元ヤクザである彼を記憶の旅へと導いていく。
阿久津の声を演じるのは、俳優の小林薫。小林はNetflixシリーズ『深夜食堂』で「マスター」を演じたほか、スタジオジブリの『もののけ姫』(1997年)では、ジコ坊の声も務めた。
『長い夜』
新鋭監督として注目を集める草刈悠生のデビュー作『長い夜』は、喪失と再生を静かに描いたドラマだ。2年前の夏の夜、光一の友人である「ブッダ」ことカイが海へ出たまま行方不明となる。残された光一は、カイの恋人だった真理と付き合うようになり、互いを支え合いながら喪失の痛みを抱えつつ日常を取り戻そうとしていた。
本作は、デジタル長編映画の新たな才能に贈られる「SKIPシティアワード」を受賞。日本の若手監督による新しい表現に触れたい人に、ぜひおすすめしたい。
『ガールズ・オン・ワイヤー』
『ガールズ・オン・ワイヤー』は、20年にわたる時間軸の中で、シングルマザーのティアン・ティアンと、疎遠になっていたいとこファン・ディの関係を描く物語である。
ティアンは麻薬の売人を殺してしまい、組織から追われる身。一方のファンは、家族の借金を返すためにスタントウーマンとして働いている。5年間もの間音信不通だった2人は当初は和解を拒むものの、思いがけない出来事をきっかけに再び絆を取り戻していく。
本作は、北京出身の監督で脚本家、プロデューサーであるヴィヴィアン・チュウ(Vivian Qu)による最新作。彼女の作品はこれまでも、女性の視点から社会の片隅に生きる人々を描いてきた。本作でもその姿勢は貫かれ、「姉妹の絆」と「生き抜く力」を軸にした力強い人間ドラマが展開される。
ブロンクスに暮らすティーンエイジャー、リコの日常を描いた物語。彼は夏の定番ドリンク「nutcracker(果実入りの自家製カクテル)」をビーチで売りながら、気ままに毎日を過ごしている。しかし、恋人のデスティニーが彼の家に身を寄せたことをきっかけに、思いがけない妊娠が発覚。平穏だった日々が、大きく揺らぎ始める。
本作は、ドミニカ系アメリカ人の脚本家・監督、ジョエル・アルフォンソ・ヴァルガス(Joel Alfonso Vargas)による初の長編映画。ブロンクス出身の彼自身の体験をもとに、即興的な演技を織り交ぜながら、若者たちのリアルで繊細な現実を生々しく描き出している。
『キカ』
社会福祉士のキカは、支援先の人々のために日々奔走している。しかし、彼女には人には言えない秘密があった。それは、既婚者との不倫関係だ。やがて起こった悲劇をきっかけに、キカは一人で子どもを抱え、さらに多額の借金まで背負うことになる。追い詰められた彼女が選んだのは、セックスワークという道だった。
監督は、ベルギーを拠点に活動するフランス人映画作家アレックス・プーキーヌ(Alexe Poukine)。本作では見知らぬ世界に踏み込みながら、自らの欲望と現実の間でもがく一人の女性の姿を描いている。欲望と自己発見というテーマを深く掘り下げた一作だ。
2025年の「ミュンヘン国際映画祭」では、最優秀国際映画賞を受賞した話題作でもある。
『カザ・ブランカ』
ブラジルの監督、ルシアノ・ヴィジガル(Luciano Vidigal)による『カザ・ブランカ』は、リオデジャネイロ郊外に暮らす黒人少年・デーを主人公にした感動作だ。祖母が末期のアルツハイマーであることを知らされた彼は、絶望の中で残された時間を少しでも輝かせようと、親友2人と力を合わせる。
描かれているのは家族の愛や忍耐、そして「血のつながりを超えた絆」。本作ではブラジル社会の多様性と、その中に息づく優しさが映し出されている。2024年の「リオデジャネイロ国際映画祭」では、撮影賞や監督賞など4部門を受賞した。
『ハムネット』
映画祭のクロージングを飾るのは、アカデミー賞受賞監督クロエ・ジャオ(Chloé Zhao)の最新作『ハムネット』。シェイクスピアの名作『ハムレット』誕生の背景にある、愛と喪失の物語を描いた歴史ドラマだ。
アグネス・シェイクスピア役をジェシー・バックリー(Jessie Buckley)、ウィリアム・シェイクスピア役をポール・メスカル(Paul Mescal)が演じ、2人の共演が静かな感動を呼んだ。
原作となるのは、マギー・オファーレル(Maggie O’Farrell)の同名小説(2020年)。2025年度の「テルライド映画祭」で初上映され、批評家から絶賛を受けた。圧倒的な映像美と若手俳優2人の見事な演技が光る、必見の一作だ。
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