インタビュー:河合純一

日本パラリンピアンズ協会会長に聞く 誰もが安心して暮らせる社会を作る意味とは

インタビュー:鷲見洋之
写真:豊嶋希沙

2020年の東京オリンピック・パラリンピック開幕まで、3年を切った。大会期間中の東京は、世界中の人々であふれかえることが予想される。東京を、あらゆる人が快適に過ごすことのできる街にするために必要なことは何だろう。パラリンピックの周知や障がい者スポーツの魅力発信に取り組む日本パラリンピアンズ協会会長の河合純一に聞いた。

可能性の祭典

ー東京オリンピック・パラリンピック開催まで3年を切りました。

(競技会場や関連施設の)建設の遅れなどはあるが、全体としては順調にステップを踏んでいると思います。急がなければならないのは選手強化の部分。東京大会では金メダルランキング7位を目標に掲げています。過去の大会から考えると、(金銀銅)メダル20個以上は必要になるでしょう。

ーリオデジャネイロパラリンピックでは金メダルはゼロに終わりました。

リオの次が自国(東京)開催というプレッシャーも選手にはあったと思います。東京大会は、さらにプレッシャーがかかりますが、世界のレベルは急激に上がっています。オリンピックの記録の伸びよりも、パラリンピックの記録の伸びの方が早い傾向もあります。頑張らないといけません。

ーパラリンピックでは、競技よりも障害に注目が集まることもよくあります。ここを観てほしいなどの思いはありますか。

そんな細かいことは気にせず、観る回数を増やすのがいいと思います。要するに見慣れない部分に注目してしまうから本質が見えなくなるというだけのことです。慣れていけばもっと本質が見えるようになると思います。あとは会場に行くということ。ライブの楽しさに気づいたり、熱い思いでプレーしている人がいると感じることが重要だと思います。

ー本質とは。

「可能性」じゃないでしょうか。オリンピックが「平和の祭典」ならば、パラリンピックは「可能性の祭典」だと思います。歩けなかったり目が見えなかったりしても、そこまでできるんだという、人間の無限の可能性を示しているのがパラリンピックです。いろいろな理由で障害と向き合い、障害と共に生きる選択をした選手たちを観ることで、自分にできることは何かということにも気づけます。

2020年はあくまで通過点

2020年はあくまで通過点

ー9万人にのぼるボランティアには、障害に対する理解も求められます。

2020年までにすべてが間に合うかは分かりませんが、2020年はあくまで通過点。誰もが暮らしやすい社会を作るという当たり前のことに目を向けようというだけの話です。そんなに難しいことではないでしょう。

ロンドン大会からはボランティア側にも障がい者が入っており、東京大会でも実施する方向です。働いたり、遊んだり、一緒に何かをするという体験を積み上げていかない限り、共生社会など作れません。

ー 一都民として東京で暮らしていて困ることは何ですか。

東京(のバリアフリー化)は進んでいるんですよ。ですが、例えばエレベーターのような設備は、なぜか駅の隅の方に作ってしまう傾向があります。メインの改札の近くに設置せず、移動が大変な人たちを遠回りさせてしまっています。使う側の視点に立って整備してこなかったというのは問題だと思います。

もうひとつは、エレベーターやトイレなどで車いすの人がいても、先に使ってしまう人がいること。荷物があっても、エスカレーターで行ける人もいるはずです。そこの判断が非常に弱いなとは感じます。道路の幅のように、どうにもならないことはたくさんありますが、これ(判断)はすぐにでも変えられることです。

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パラリンピックに向けた街づくりは、未来への投資

ーオリンピックをめぐっては、莫大な予算をかけて開催する意味を問う声も多くあります。そのなかでパラリンピックが持つ意味とは何でしょう。

障害のある人たちの可能性を知ってもらうことで、生き方や働き方などに関して多くの提案ができるということがポイントではないでしょうか。誰もが歳を重ねるわけで、障がい者と同様の困難を抱える人もいます。パラリンピックに対応するというのは、障害のある人にフィットする社会を作ることではなく、自分たちが安心して年老い、生きていけるように未来に投資をするということなのです。そう捉え直してもらうことは非常に重要だと思います。

ー東京大会をどんなものにしたいですか。

日本人が大活躍する大会にしたいですね。あと、すべての会場を満員にしたいです。

ー満員にできそうですか。

現状は厳しいですね。生でスポーツ観戦したことがある人って結構少ないと思います。どうすれば会場に行ってもらえるかを考えなければいけません。パラリンピックは8月後半に開幕(開催期間2020年8月25日~ 9月6日)します。つまり子どもたちの夏休みが終わっている期間もあるのです。現在は夏休みを延ばすように(行政などに)要望しています。50年に一度のイベントなのですから普通でないことをやらないと。

ー誰もが過ごしやすい東京にするため、私たちにできることは何でしょう。

行政が住民の意見を聞く場で発言したり、パブリックコメントで意見を伝えたり、誰にでもできることはまだまだあると思います。例えばパラリンピックに関するFacebookの投稿に「いいね!」を押すだけでもいいと思います。無関心をアクションに変えることが大事です。1人で社会は変えられないですが、個人の行動はすぐにでも変えられます。それに気づかせてくれるということが、パラリンピックのひとつの大きな特徴なのです。

河合純一(かわい じゅんいち)

1975年4月生まれ。静岡県出身。生まれつき左目が見えず、15歳で右目も失明。パラリンピック競泳の視覚障害クラスで1992年バルセロナから2012年ロンドンまで6大会連続出場し、金メダル5個を含む21個のメダルを獲得した。2016年、日本人初のパラリンピック殿堂入り。日本身体障がい者水泳連盟会長と日本スポーツ振興センター先任研究員も務める。

日本パラリンピアンズ協会

パラリンピック出場経験がある選手と元選手の有志によって2003年に発足。選手間の交流促進や、パラリンピックの情報発信などを通じ、誰もがスポーツを楽しめる社会の実現に取り組んでいる。

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