サウナと創作

ある男の蒸されエクスペリエンス、食品まつりの記憶の物語

テキスト:
Kunihiro Miki
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地上波の番組で取り上げられることも増え、企業やブランドのイベントにテントサウナが登場するなど、ブームが加熱し続けているサウナ。

かつては「おじさん」のテリトリーだったが、今回のブームによってファン層は20代、30代の男女にまで拡大した。さらに属性で見てみると、Twitter上で熱心に発信をしているサウナー(サウナ愛好家)たちには、クリエーティブ系、IT系の職種に就いている人々、そしてアーティストも多いようだ。

トラックメイカーの食品まつり a.k.a foodmanも、音楽業界きってのサウナーである。アーティストとしての彼は、デビュー作をニューヨークの先鋭的なレーベルOrange Milkからリリースして以降、国内でのカルト的な人気はもとより、『Boiler Room』『Low End Theory』への出演など、海外での評価も非常に高い。

2020年3月6日発売の新作EP『Dokutsu』収録の『Kazunoko』

彼のTwitterをのぞけばわかるが、彼にとって音楽とサウナは切っても切り離せない関係にある。2019年に彼が出演したイギリスのメディアFACT magazineの人気企画『Against The Clock』でも、彼は収録の舞台として横浜のスカイスパを選び、サウナ上がりの館内着姿でのトラックメイクを披露している。

2018年リリースのアルバム『Aru otoko no densetsu』ではついに『Sauna』という曲が登場し、その後『Mizuburo』という曲もリリースされている。

彼はなぜここまでサウナを愛するのか? そして、彼のなかで音楽とサウナはどのように作用しあっているのか。そこには、フロイトも納得の記憶と想像の物語があった。

テキスト:三木邦洋

師との出会い

ーサウナとの出会いは?

サウナに目覚めたのは割と最近で、2016年。銭湯は小さいころから好きで、週1、2回の頻度で行ってました。

僕は家ではお酒を一滴も飲まないんです。日常的にお酒を飲む習慣はなくて、地元(名古屋)の友だちもあまり居酒屋に行かないやつらが多かった。その代わり、ちょっと銭湯行こうよという感じで集まることが多くて。銭湯行って、ダラダラして、休憩所で適当にだべるみたいな。

サウナも一応入っていたんですが、3分くらいで耐えられなくなって汗流して終了、くらいで、ハマっていたわけではなかった。

きっかけは、名古屋から横浜へ越しての2、3年経って、都会の生活に疲れてきたのかちょっと心身ともに調子が悪い時期があって。そのタイミングで、有名サウナーのヨモギダさんの記事をたまたま読んだんです。離婚を経験して軽いうつ状態にだった彼が、サウナに行ったらすごくリフレッシュできた経緯が書いてあって、これは?と思ったんです。

ヨモギダさんを通じてサウナの正しい入り方を知って、水風呂ってそんなに良いものなら早速試してみようと、横浜のヨコヤマユーランド緑というスーパー銭湯に行ってみたんです。そこで初めてのサウナ体験と言いますか、正しい入り方を実践してみたら、びっくりして、本当。

優劣のない平等な世界、現代のサイケデリックカルチャー

―どんな体験だったのですか?

これって、ほとんどトラブルじゃん、と。サウナ10分くらい入って、水風呂に入って休憩を繰り返していたら3往復目くらいで変な声が出たんです。水風呂入りながら、あ?あ?って声が漏れちゃって。1人でうわーっ、おー、おーっと、ってなっちゃって。

これはハマるわけだと。その後、『サ道』を読んで、まさにあそこで体験したことがそのまま書いてあってまた驚いたんです。これは現代のサイケデリックカルチャーだと。

あと、ネット上での盛り上がり方も印象的だった。サウナ王、サウナ皇帝、サウナ姫がいて、低温サウナさんとかDJ水風呂さんとか、Twitter上にサウナアカウントが沢山ある。サウナというキーワードでシーンが形成されているのも訳が分からなくて。何なんだこの人たち?と。サウナって個人で楽しむものだけど、ネット上で「飛び方」を共有しているという。

面白いと思ったのは、サウナで陶酔する体験って、そこにうまいも下手もなくて、誰がすごい、ということもない。自分が全て、というのが良いなと。日常生活では常に勝ち負けとか優劣という価値観が付いて回ると思うんですけど、サウナは万人に平等。すごく精通している人も初心者もいるけど、結局はみんなそれぞれ自由に入っている。その自由な感じが良いですよね。

音楽活動の話をすると、名古屋でダラダラやってた僕からすると、東京のグイグイ切磋琢磨している感じにちょっと疲れてしまうところがあって。

誰かより上か下か、という価値観が苦手なんです。もっと各々が楽しめばいいんじゃない? という考え方の人間なんです。だから、各々が各々の世界で追求すればいい、自分が良ければ良い、というサウナの世界にどんどんハマっていったのかもしれません。

ー確かに、「俺の方がととのってる」という価値観はありませんね。

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ぬるめの水風呂はBPM遅めのじんわり系

水風呂も、冷たければ冷たい方がいいという考え方もありますが、冷たければととのうわけじゃないですからね。確かに、グルシン(水温が一桁台の水風呂)の爽快感はすごいです。ユーランド鶴見の9度の水風呂は確かにやばい体験でした。

でも、それを体験した後に、横浜の竜泉寺の湯で割とぬるい18度くらいの水風呂に入った時に、これはこれでずっと入っていられる気持ち良さがあると思って。水風呂と休憩のミクスチャー感というんですかね。水風呂に入りながら休憩しているみたいな感じなんです。水風呂と外気浴が地続きになる。

僕は音楽でもBPMも遅めのじんわりしたダンスミュージックが好きで、ずっと聴けて体を揺らすこともできる、みたいなのが好きなんです。ぬるめの水風呂というのはそういう感覚。だから、バン!と来るグルシンはBPMの速い曲。最近は水風呂はぬるめ、冷たくて15度くらいという具合に落ち着いてます。

―フィンランドでは0度の湖に飛び込む、みたいな本場への憧れもあったりするのかもしれませんが、あちらでは否応なくその温度、気候なわけですからね。

そうですね。野外で湖の近くのサウナに入って、湖に飛び込むみたいなイメージは僕のなかにはないんです。もし現地で実際に入ってみたら、それはその良さがあるんだろうと思うんですけど、自分はいわゆる銭湯から来た人間なんで。銭湯から来た人間って、訳が分からないですけど……。銭湯で養われた気質があるので、常にじんわり行きたいという。

あと、最近はサウナは2セットくらいにしておいて、風呂もちゃんと入るハイブリッドなスタイルになってます。というのも、サウナで激しくキマり過ぎてバッドに入っちゃったことがあるんですね。昔のネガテイブな記憶が浮かんでしまったり……。この話は結構周りでも共感してくれる人多いですね。焦燥感が出ちゃうから、最近は風呂にまた戻ってるみたいな。

―戻っている……。確かに、サウナにハマっている人のなかには、風呂にほとんど入らない人もいます。

そうなんです。そういうハードコアな入り方も良いと思うし、自分みたいに両方入る人もいるし、もはや風呂もサウナも入らず水風呂にしか入らないという人もいます。自分のペースでいけばいいんです。

有史前のサウナが気になる

ー「ととのう」というワードについてはどう思いますか?

昨今のサウナブームで生まれた言葉ですが、昔からサウナに行っているおじさんも、「ととのう」という言葉こそ知らなくても、同じ状態になっているわけですよね。それを何て表現しているのかな?ということが気になって、最近観察していたら、「来たー」とか、「来るから」「これ来る」とか言ってるのを見ましたね。おじさんらしい簡素な表現ですよね。オールドスクールなサウナ。

ー言語化して体系化される以前と以後があるわけですね。

タナカカツキさんを中心にしたサウナーさんたちの活動は革命というか、以前以降で文化としてのあり方が違いますよね。なので、1964年の東京オリンピックから普及したらしい日本のサウナが、当時どんな感じで楽しまれていたのか、気になってます。

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「死ぬかも」と思ったあの頃を思い出す

ー思い出深いサウナ体験について教えてください。

横浜時代のホームサウナだったヨコヤマユーランド緑に行くと、いろいろなことが思い出されて「頑張っているか? お前大丈夫か? おごっていないか?」という、ちょっと自分を再確認できる場所になっています。

サウナだけじゃなくお風呂って、昔のことを思い出すことが多い。いきなりリアルな話ですけど、自分は両親が離婚していて、銭湯に行くと離婚する前の割と幸せだった家庭のことを思い出したりします。

あと、高校生のころに脾臓(ひぞう)が腫れていると医者から診断されたことがあったんです。脾臓が腫れているということは白血病の可能性もあるということで、精密検査をして検査結果を待つことになった。結果を待つ2週間の間は生きた心地がしなくてとにかく怖かった。

そのときに、よく行っていた名古屋の桔梗湯という銭湯に父さんと2人で行って。「俺死ぬかも」みたいな話をした。結局、病気は大したことはなかったんですが、あの「死ぬかも」というディープな空気はたまに思い出します。

なので、原点回帰の場所でもあるのかな。何かちょっと行き詰ったときには銭湯に行ったりサウナに入って、一旦リセットする。再確認の時間になっていますね。

想像する余白、ブルースを感じる空間

自分にとってそういう場所だから、サウナとかでうなだれている人とかを見ると、この人も何か考えているのかな? と思ったりして。ただダラダラしているだけかもしれないですけど、勝手に感情移入しちゃって、サウナにブルースを感じる。うまく言葉にできないんですけど、『ドキュメント72時間』みたいなロマンチックな光景を見いだせる感じも好きなんです。

友だちとも、酒の席よりも風呂とかサウナに入ってる時とか、入った後の方が深い話ができる気がするんです。酔っている時よりもポジティブな話ができる気がします。

僕はロールプレイングゲームが大好きで、基本的に思考が昔からロープレ脳なんです。真上からキャラクターを俯瞰して、それぞれのストーリーを想像したりするのが好き。アルバム『Aru Otoko No Densetsu』は完全にそういう考え方で作った作品です。

銭湯やサウナはそういう想像ができる余白があるというか。年齢も40近くなってきて、より敏感にそういうものを感じるようになって、涙もろくなってきて、勝手な想像をよくしてしてしまうんです。それが自分の作品に生かされたりするときもあるんです。

―実際に『Sauna』『Mizuburo』という楽曲も発表されてます。これらもロールプレイの一部ですか?

そうですね。この2曲はツインになっています。『Sauna』は考え込んでいる時、入り込んでる時みたいなイメージで、その後EPで出した『Mizuburo』は水風呂のトランス感を表現したんです。BPMは速めなんですが、キックはないんです。上音がすごいスピードで浮いている。浮遊して、座禅を組んで、座禅を組んだ状態で森をパーっと、すーっと、飛んで行くような。

ーなるほど。サウナは食品まつりさんの創作においてインスピレーションを与えてくれる場所でもあるんですね。

そうですね。サウナのおかげでやれている。サウナも銭湯も、ちょっと自分のなかでは聖域というか。そういう感じで今後も向き合っていきたいですね。

食品まつり

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