1. 津の守
    Photo: Keisuke Tanigawa
  2. 津の守
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  3. 津の守
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新たな文化を発信、お座敷ライブハウス「津の守」が四谷荒木町にオープン

芸者衆の「お座敷文化」を気軽に体験できる東京で唯一の場所に

テキスト:
Ayako Takahashi
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タイムアウト東京>カルチャー> 新たな文化を発信、お座敷ライブハウス「津の守」が四谷荒木町にオープン

テキスト:高橋彩子

2023年4月22日、四谷荒木町に「お座敷文化」を伝えるライブスペース「津の守(つのかみ)」がオープンした。店主は、昨年まで「ふみ香」の名で活動する赤坂芸者でもあった塩見文枝だ。

その人脈を生かして、5月7日までの「津の守 お披露目公演」では赤坂芸者から長唄、常磐津(ときわづ)、清元、琵琶(びわ)、落語、狂言、文楽など、さまざまな演者たちが登場。本記事では、そのうちの地元商店街やパートナー企業向けのクローズドの会のレポートを紹介する。

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日常と非日常が混じり合う場所
Photo: Keisuke Tanigawa

日常と非日常が混じり合う場所

かつて美濃高須藩藩祖の松平摂津守義行の上屋敷があり、花街としても栄えた四谷荒木町。その一角に誕生した津の守は、小さいながらも本格的な舞台のある、料亭とも劇場とも異なる空間だ。

そこは、日常と非日常、気安さと格調高さが共存する場所といっていいだろう。畳に20ほどのお膳が並ぶ席は、さながら料亭だ。至る所に銘木が用いられ、柱はカビで独特の模様を作り出す「錆丸太」などの通し柱、壁は化石サンゴと段戸石を使った新素材。赤い手古舞提灯が華を添える。

この日はこの空間で、赤坂芸者のよし子の三味線と、さつき、きく丸の踊りが披露され、その艶やかさに客席もうっとり。踊りの前後には席を回って来る彼女たちと会話を楽しみ、お座敷遊び「とらとら」も体験。紹介制だったり高額だったりする料亭と違って、ここでは誰でもチケットを買って気軽に遊ぶことができるのが特徴だ。

「もともとはここまで豪華な部屋を作る予定ではなかったんです」と塩見は言う。

「今、芸者衆の踊りや邦楽など日本の伝統芸能、つまり着物で演奏するようなものを見ていただく場所が非常に少ないんです。料亭はあるし、劇場はあるけれど、その中間の『誰でも気軽にちょっと楽しんで、つまらなかったら帰れるくらいの感覚で芸事に触れてもらう場所』をということで作りました。ですから、舞台だけ立派で、客席側は普通なものにするはずが、茶室設計の方に頼んだらこんなに立派なものができてしまって(笑)」

この津の守の向かいのビルで、カフェバー「穏の座(おんのざ)」を営む塩見。そこにもお座敷があり、さまざまな和のイベントを開催してきた。

「穏の座はコンセプトが茶室で、プライベートな空間として提供していますし、舞台はありません。一方で津の守は、完全にオープンな空間。そして舞台は、歌舞伎座の舞台の『所作舞台』、つまり日舞を踊るための舞台の会社に作ってもらったサイズの小さな本物です。

板の間で舞台のようになっている場所はよくあるのですが、日舞は普通の板の間の上では足を痛める。でもこの舞台はちゃんとした所作舞台なので、飛んだり跳ねたりしても痛くならず、踏むとポンという音がちゃんとするんです。

要は、提供する舞台は本物で、観ていただく方の人数が少なく、距離が近いのが、津の守の特長。『あの楽器、触ってみたいな』『踊りを習ってみたい』などと興味を持っていただき、演者たちとの交流を通して、芸事を楽しんでいただきたいですね」

クラウドファンディングで1,200万円の資金を調達
Photo: Keisuke Tanigawa

クラウドファンディングで1,200万円の資金を調達

津の守ができるまでの道のりは平坦ではなかった。塩見は言う。

「内装をお願いしていた工事会社の社長さんが病気で急死され、会社が倒産してしまったんです。材料も人件費も未払いのまま、私が前払いしていた分は雲散霧消。ただ、ちょうど津の守の企業資金としてクラウドファンディングに挑戦している際中で、結果的に1,000万円の目標額を超える1,200万円が集まりまして。その支援のおかげで、銀行も当初の予定通り融資してくれました。クラウドファンディングがなかったら頓挫していたと思います。

そして、ありがたかったのは倒産した工事会社の下にいた職人さんたちも、被害を受けているのに全員残ってくれたこと。彼らの司令塔になるべき業者がいなくなってしまったので、私と設計士さんとで手分けしてその代わりを務めました(笑)。

ですから、普通の店舗なら6カ月ほどでできるところ1年もかかり、最後ももう完成しないんじゃないかというほどギリギリ。時間がないので壁の一部は自分たちで塗りましたし、看板の電気が通っていないことに気付いたのはオープン前日……。

実はまだところどころ完成していないところもあるので、お披露目公演が終わったらもうちょっとブラッシュアップしたいと考えています」

今はやりのクラウドファンディングだが、どんな企画でも成功するわけではない。ここまで資金が集まった理由は何なのだろうか?

「やっぱり日本の伝統芸能や芸者衆の芸事を気軽に楽しめる場所という所に、皆さんが共感してくださったのが、一番大きいんじゃないかなと思います。

また、クラウドファンディングを応援してくれたり広めてくれたりしてくださった方の多くは出演者の皆さんですが、彼らにとっても、必要な場所だったようです。というのも今はお稽古場としても音が出せるところが本当に少ないんです。公共の施設は和室で音を出していいところが意外とないし、和室のレンタルルームも少なく音は出せない。

ですから、ここができて皆さん早速『幾らで貸してくれる?』『いつから借りられる?』と。この場所での演奏会やおさらい会をイメージをしてくださっていることがうれしくてありがたくて。作ってよかったなと思います」

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広告代理店勤務を経て40代で赤坂の芸者の道へ
Photo: Keisuke Tanigawa

広告代理店勤務を経て40代で赤坂の芸者の道へ

このユニークなスペースを作った塩見は、モダンダンスを主軸とするお茶の水女子大学舞踊教育専攻を卒業し、広告代理店などを経て40代から芸者になったという異色の経歴の持ち主だ。

「私の祖父が、まだ着物で生活をしている人でした。また、岡山にある私の実家というのが江戸時代に建てた家で、水道やガスは通っていたけれど、かまどもあって五右衛門風呂に入るような、周りの家から40年か50年遅れたような生活をしていたんです。

そういうわけで小さい頃から和のものに親しんでいた私は、歌舞伎のテレビ番組を観て『歌舞伎役者になりたい』『あのきれいな格好がしたい』と憧れたけれど、なれないと気がつき、『じゃあ宝塚の男役だ!』と思ったら身長が足りなくて(笑)。その当時は地元にダンスの教室がなかったので、高校生の頃には1年間だけ日舞を習いに行きました。

で、東京へ行けば歌舞伎に加えて、当時ブームだった野田秀樹や如月小春などの演劇もたくさん観られる、ということで、舞踊科のある東京のお茶の水女子大に進学したんです。学生時代は大学に行きながら歌舞伎座に入り浸り、ダンス仲間と作ったショーダンスチームで踊り、学生劇団に在籍し......舞台三昧でした」

ただ、そこで挫折も経験する。

「骨格が洋舞に向いていないことに気づいたのです。足が180度開かないし、ももの前側に筋肉が付くタイプなので、完全に日舞向きで。そこで、民俗芸能の研究室に入り、卒業論文では岡山の色街の辺りの芸能を研究しました。ですから、先に和があり、そこから洋に行くことで比較もできて、和に帰ってきたという感じでしょうか」

卒業後は、学生時代のアルバイトからそのまま、広告の仕事へ。その後、呉服のプロデュースなどを始める。この頃、趣味で習い始めた小唄の先生が赤坂の芸者衆だったことから、新たな道が開けた。

「小唄の小さな発表会に出た時、赤坂の芸者衆が鳴り物やお笛でお手伝いにいらしていて。 そのお一人で、今日も三味線を弾いてくださったよし子姐さんの笛の会をプロデュースするなどし、日舞のお稽古にも通うようになりました。

そのうち、よし子姐さんから『遊びに来たら』とお座敷に呼ばれ、仲良くなるうちに『芸者になっちゃえばいいじゃない』と誘われて。 私はその時既に40歳を超えていたので『私の歳は知っていますよね?』『知ってるわよ』『芸事、全然できませんけど』『大丈夫、何とかなるわよ』と(笑)。

芸事は年数が大事ですから、なんとかなるはずもなく(笑)、私は見た目が大ベテランで中身がひよっこという状態。普通なら3年かかるところは1年でというつもりで人の3、4倍お稽古をして、それでも追いつけはしませんけれども、多少は見られるようになったかなというところまでは来ました」

昨年、津の守のクラウドファンディングをきっかけに芸者を辞めるまで、13年間、芸者を続けた。

「芸者衆には地域によってそれぞれのカラーがあるんですね。今、東京には新橋、赤坂、神楽坂、芳町、浅草、向島の六花街がありますが、その中で赤坂は、なんとなくですけれども、はんなりとしてきれいでお嬢さん的な感じ。お衣装は一番華やかです。でも私のようにそれまで自分でバリバリ仕事をしていて途中から入ると、そのカラーになかなか染まらないところがどうしてもあって。それが苦労したことでしょうか。

だからこそ私には、芸者が本当に格好良くて素敵な仕事だということがよく分かるんです。例えば、私がお座敷に出たばかりの頃、ご年配の目の肥えたお客さまが 私の踊りをご覧になって『お前下手くそだね』とおっしゃった。同じ方が1年ほど経った らまたご覧になって『うまくなったね』と言ってくださる。それが励みになってまた稽古をする。

また、お客さまがお帰りになる際に『今日はありがとう。楽しかったよ』とか、接待のあとに『仕事がうまくいったよ』などと声をかけてくださる。日本文化を残したいなどと大上段に構えるつもりはありませんが、こんなに楽しくて面白い場所を、もっとたくさんの人に知っていただきたいし、できれば一緒に遊んでほしいなと思うんです」

新たな「和」の発信地として
お座敷あそび「とらとら」に興じる(Photo: Keisuke Tanigawa)

新たな「和」の発信地として

津の守は5月7日までのお披露目公演を終えたあと、2週間ほどの準備期間を経て、通常営業を開始する。

「今後半年ほどかけて軌道に乗せていきたいと思います。貸しスペースとしての運営のほか、自主公演としては、15時からのティータイムショー、18時からのディナータイムショー、21時からのバータイムショーの3つのコースを考えています。

ティータイムショーは、主に女性など昼間に出やすい方に、芸者衆の踊りなどをリーズナブルに味わえる席。そもそも芸者時代の私のお客様の半分は女性でした。女性ばかりの席もあって、楽しいとおっしゃってくださる。ということは、どなたが来ても楽しいはずなんです。

ディナーショーは、お食事を召し上がりながらお座敷や伝統芸能を堪能していただく。そして、バータイムショーは、飲み物に軽いおつまみで、お食事が終わった後の時間にショーを楽しんでいただく。これを毎週あるいは隔週でできれば、と」

インバウンドの観光施設としても重宝しそうだ。

「津の守では、日本語が話せない方向けに通訳付きのライブも開催予定です。実際にお扇子を使ってみたり手ぬぐいの扱いを学んだり、それをお土産にしてもいいですよね。私たちは海外発信が弱いので、ガイドさんたちと協力できたらとも考えています。

荒木町には小さなお店が200軒ほどあり、英語対応可能なお店もあります。例えば、津の守でディナーショーを見た後にほかのお店をご案内したり、うちが店をアテンドして、ほかでお食事をされた後にうちのバータイムショーに来ていただいたりといった具合に提携して、この界隈(かいわい)をみんなで盛り上げていきたいですね」

Contributor

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。「エル・ジャポン」「AERA」「ぴあ」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

  • ステージ
  • 四谷三丁目

※2023年4月22日オープン

「お座敷文化」を伝えるライブスペース「津の守(つのかみ)」が四谷荒木町にオープン。公式ウェブサイトから前売りチケットを予約して、芸者衆のいるお座敷を気軽に体験できる東京で唯一の場所だ。

店主は2022年まで「ふみ香」の名で活動する赤坂芸者でもあった塩見文枝。今後は15時からのティータイムショー、18時からのディナータイムショー、21時からのバータイムショーの3つのコースを企画しており、さまざまな楽しみ方ができそうだ。

伝統芸能の世界をもっと知りたいなら……

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700年近い歴史を刻み、ユネスコ世界無形文化遺産にも選ばれた、日本の伝統芸能、能。圧倒的に男性が多いその世界で、性差を感じさせない芸と存在感で光彩を放っている女性能楽師が、観世流シテ方の鵜澤久(うざわ・ひさ)だ。国際女性デーを迎える3月、そのインタビューを届ける。

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舞踊・演劇ライターの高橋彩子が共通点を感じる異ジャンルの表現者を引き合わせる「STAGE CROSS TALK」シリーズ。

第4回は、文楽人形遣いで、2021年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された桐竹勘十郎と、舞踊家で、愛知県芸術劇場芸術監督の勅使川原三郎が登場。共に1953年生まれの同い年で、どんな動きをもこなす優れた演者であり、また、「人形」「絵画」といった共通点も持つ二人。前編では、それぞれの原体験を聞いた。

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