Photo: Kisa Toyoshima
Photo: Kisa Toyoshima

今、際立つ伝統芸能の強度

九龍ジョーが見たコロナ禍以降の表現の可能性

テキスト:
Kunihiro Miki
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あらゆる分野で価値観や物の見方が大きく変換している現在。コンテンツに対しては、この状況で享受するにふさわしいかどうかといった「強度」を求められている。2020年の出版業界では、一部の古典や過去の名著がひときわ売れたという。

ライターの九龍ジョーが2020年11月に発売した単行本『伝統芸能の革命児たち』は、落語や講談、能、歌舞伎、ストリップといった日本の伝統芸能界において新しい挑戦をしている芸能者たちを紹介する手引き書である。と同時に、雑誌『文學界』での連載がスタートした2015年から2020年6月ごろまでにかけての、コロナ禍以前と以後の現場の移り変わりが記された一冊でもある。

驚くべきは、コロナ禍以前に書かれた章で取り上げられているものの先見性だ。映像と実演が入り混じる坂東玉三郎による『雪之丞変化』や歌舞伎NEXTのシネマ歌舞伎『阿弖流為(アテルイ)』、古典歌舞伎の『義経千本桜』と初音ミクの代表曲『千本桜』の世界観を融合させ『ニコニコ超会議』(2016年〜)で上演・配信された『超歌舞伎 今昔饗宴千本桜』等々。伝統に縛られない斬新な演目の試みの数々をコロナ禍を経た目で眺めてみると、そこで醸成されていた多様な表現は、いまのこの状況のために用意されていたかのような印象すら与える。

九龍は同書のなかで、時代とともに進化を続ける伝統芸能の「足腰の強さ」を説く一方で、コロナ禍以降の感覚の変化について「『いつか見たいと思っていた映画』『いつか見たいと思っていた本』その「いつか」をいまだと直感させるものの正体はなんなのか。<中略>失われてはじめて気づくありがたみでは遅い。『いつか』は『いま』である」とも記す。

2度目の緊急事態宣言を迎え、再び「オンライン」と「リアル」の間で揺れているエンターテインメントや芸能の世界。この模索の日々を九龍はどう見つめているのか。話を聞いた。

九龍ジョー(新宿 末廣亭前にて)

代替手段として配信、逆効果の可能性も

九龍は、100年ぶりの「講談ブーム」の立役者とも言われる講談師、神田伯山のYouTubeチャンネルの監修も務めている。コロナ禍になって活動の場をオンラインに求めたのは伝統芸能の現場も同じだった。そこでは、オンラインでも醍醐味を伝えられる仕掛けを用意できるか否かがポイントになるという。

「松之丞改め六代目神田伯山の真打昇進襲名披露興行が行われたのが2020年の2月。ギリギリ開催ができたタイミングでした。それ以降は、市川海老蔵の『十三代市川團十郎白猿 襲名披露』など、予定されていた大きな公演が延期になってしまいました。すべてが実現したら大きな盛り上がりが期待できただけに、残念でした。

私が監修として関わっている神田伯山のYouTubeチャンネル『神田伯山ティービィー』は、コロナ禍以前から計画されていたものでした。パンデミックが起こらなかったとしても、オンラインでの配信はやろうと決めていたのです。



現場に気軽に足を運べない地域に住んでいる人や、チケットが取れなかった人にも現場の盛り上がりをダイジェストにして届けたい、というのがその理由です。リアルの現場と配信は目的も使い方もそれぞれ異なるもので、すみ分けて考えています。『神田伯山ティービィー』の動画は、配信用にあらかじめ練られた内容を10分前後の長さに編集したものをアップしています。

コロナ禍以降、多くの人がリアルの公演の代替手段として配信を活用していますよね。緊急避難的にはありだと思う一方で、懸念もあります。配信コンテンツはどうしても迫力に欠けます。これまで伝統芸能に親しんできた人たちは、脳内で面白さや魅力を補完できるので楽しめると思うのですが、初めてそういったものに触れる人が見たらがっかりしてしまうかもしれない。芸能の面白さを伝える上で、逆効果になりかねないわけです。

例えば歌舞伎は一演目が1時間半から長いものでは3時間ほどあります。普段、Netflixなどの30分から1時間の尺に編集され、凝縮されたコンテンツを見ている人々に、長尺の中継をじっと見続けさせるのは現実的ではありません。おすすめの演目を見るために、友人を劇場に誘うのと配信を一緒に見るのとはワケが大きく違う。

現場での不意の出会い、例えばそれほど有名ではないが、お気に入りになるかもしれない演者を発見する機会も消失してしまっています。配信ではあらかじめセグメントがされてしまっていて、偶発的な出会いがなくなってしまう。

そういった機会を作るためには、例えば『渋谷らくご』のサンキュータツオさんみたいなキュレーターの存在は重要です。どんな人が出るのかわからないオンラインプログラムを見る人はいないわけで、回ごとの見どころがテキストで丁寧にまとまっているだとか、そういった二次情報、メタ情報が用意されていることが大切になってくる」

未来像の輪郭をはっきりさせた、コロナ禍

2020年の伝統芸能界では、オンラインを表現の場にする上で、劇場公演とは異なる視点の演出を編み出した芸能者たちも多くいた。

「中村壱太郎の『ART歌舞伎』は、配信向けの演出として、衣装や照明、カメラマン、舞踊などに第一線の人たちを招いた作品に仕上がっていて、映画的なカット割りなど、画面越しでも非常に楽しめるものでした。


松本幸四郎、市川猿之助らによる『図夢歌舞伎 忠臣蔵』はZoomを駆使した演目で、自撮りみたいなカメラのアングルをうまく利用した演出が見事でした。吉良上野介(歌舞伎や浄瑠璃の『仮名手本忠臣蔵』では、高師直の名前になっている)の高圧的な迫り方をZoom画面のクローズアップで見せられると、本当にイライラしてくる(笑)」

状況が後押しして生まれた新しい表現。しかし、松本幸四郎が「『図夢歌舞伎』は100年続く形式の初回」(※)と語るように、これらは災禍をやり過ごすためのものでもなければ、コロナ禍に対峙(たいじ)したことで急ごしらえしたものでもなく、発展を見据えた表現であるからこそ意味がある。

「幸四郎さんにとっても、こういう試みはいずれやるべきものとして構想されていた。俳優がひとつの場にいなくて、それぞれ離れた場所にいてもそれが舞台になるだとか、観客もバーチャルで参加するなんて未来は当然想定していたんだと思います。芸能のあるべき姿について日々思いを巡らすなかで、コロナ禍という状況がその輪郭をはっきりとさせたという感じでしょうか。

『図夢歌舞伎』の試みはコロナ禍を受けてのものではなくて、100年後の未来に向けての一歩だったんだと思います。トラブルはたくさんあったと思いますが、未来の世界で、今の歌舞伎のあり方の礎になったのはこれだったんだ、と後々語り継がれるであろう一歩。通信技術の進歩に沿って、表現は今後どんどんと次の次元に進んでいくはずです」


※『文學界』2021年1月号より

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変わった、ではなく加速している

新たな表現が生まれ、パラダイムシフトが加速した一方で、コロナ禍以前から続けられてきた試みがコロナ禍を経てその存在感を際立つようになった例もある。

「中村獅童さんの2020年の『超歌舞伎』は23万人が視聴したそうですが、このプロジェクトにようにコロナ禍前からあって内容をアップデートし続けていたものが、コロナ禍になって大きく注目され、その魅力が加速している。

 

コロナ禍の歌舞伎座で、坂東玉三郎さんは『鷺娘』『楊貴妃』といずれも映像と連携した演目を見せてくれました。映像のなかの玉三郎さんと現在の玉三郎さんが巧みに交差して、カメラワークもすごくて、ほとんどメディアアートのようで。舞台の使い方もものすごくダイナミックで、最先端の舞台芸術がやっているような演出に近い。

少人数でも成立するのでコロナ対策としても秀でた作品なんですが、もともとは玉三郎さんが地方公演を回るときに、それこそ少人数で成立するものとして熊本の八千代座などで以前から実験を重ねてきたものなんです。

自らの表現を常にアップデートしてきた人たちの作品は、この状況だから変わった、ではなくこの状況で加速していると見るべきものが多いと思います」

「いつか」が「いま」になったんです

「伝統」という肩書を再考したくなるほどに、実験的でスリリングな試みが絶えず行われている。伝統芸能と呼ばれるものの実態は、温故知新だけでなはない、貪欲に時代と混じり合っていく柔軟さにこそあるのかもしれない。

演者側たちのたのもしい挑戦があった一方で、コロナ禍以降の劇場やファンたちの状況はどうだったのだろうか。

「私の観測範囲では、コロナ禍が始まった後の寄席や劇場には若いお客さんが増えたように思います。演者も若手に出番が回ってくる場面が増えて、それに合わせてお客さんも若くなっている。ステイホーム中にネット上にある伝統芸能のコンテンツに触れて、ファンになった人も結構いたのかもしれませんね。あとは、歌舞伎界ではドラマ『半沢直樹』の影響が大きくて、それを受けてしばらくは、歌舞伎座へ行けば、ドラマに出演していた4人のうち誰かが見られるという座組が組まれていました。そうしたことが世代のシフトが進むきっかけになったのではないでしょうか。

ステイホーム期間中に印象的だったのは、影響力のある有名人たちが『伝統芸能の革命児たち』で取り上げているような演者やジャンルについて発信してくれるようになったこと。神田伯山のYouTubeにハマってるとか、歌舞伎や能狂言に興味あると公言する芸能人も増えました。おそらく、これまで多忙だった人たちにとって貴重なインプットの時間になったあの期間に、これまで見る機会が無かったものや、いつか見ようと思っていたものに触れることができたのかなと。

伝統芸能ってみんなちょっと気になっているものなんだと思うんです。気になっているけれど、いつか歳を取ったら見よう、くらいに思っている人が多い。でも、その『いつか』って来ないんですよ。今なんです。コロナ禍によってその『今』が訪れたという感じがしていて、長い時間を生き抜いてきたコンテンツにはきっとなにかがあるんだろう、今だから見ておこう、と思える。そんな時間だったんじゃないでしょうか」

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不要不急なものこそが社会には必要

伝統芸能は不利な状況でこそ、その強靭さを発揮して進化してきた。しかし、いくら強い生命力を持っているとしても、多くの劇場が閉鎖の危機に直面している今、その魅力の本質を伝える現場自体が失われてしまってはその歴史は途絶えてしまいかねない。

「芸能は、エッセンシャルワークに比べれば、不要不急なものであることはたしかです。でも、不要不急だからなくていい、ではないんです。多くの人が実りある人生を送っていく上で大切なものですし、社会にとってかけがえのない財産でもある。

歴史が醸成した場所というのは一朝一夕にはできないし、一度なくなったらお金をいくらかけても復元できません。テイクアウトすればいい、オンラインで見ればいい、とコンテンツだけ残っても意味がない。劇場や小屋をはじめ、それをとりまく場所が重要なんです。

昨年4月には歌舞伎座向かいの弁当屋、木挽町辨松が閉店しました。歌舞伎俳優にもよく利用されていたし、池波正太郎のエッセイにも登場し、実に150年以上の歴史があった店です。私も初めて歌舞伎を観る人を誘う時は、幕間用にかならずここで懐石弁当を買っていました。観劇の気分がぜんぜん変わるんですよ。でも、その店もなくなってしまった。

著書でも取り上げているストリップという文化も、存続をかけて綱渡りの状態が続いています。そもそもステージの踊り子が放つポジティブなパワーはオンラインでは伝えられない。小屋がなければ、成立すらしない芸能だと思います」

2021年は精神が「ととのう」能に注目

興行や営業に大きな制限がかかっている今、少なくない数の老舗や名店がすでに閉店している。文化芸術活動に対する行政のサポートの動向についても注目が集まっているが、デジタルで代替のきかない貴重な現場を喪失することで生じる損失の大きさについては、想像力をもって図る必要がある。

最後に、2021年の展望についても語ってもらった。

「先行き不安な状態で、メンタルヘルスを崩す人が増えているなかで、能という芸能に注目が集まる気がするんです。能は、何かを失ったり、敗れたり、傷ついた誰かの想いに、悠久の時を超えて、観客も含めて耳を傾けることで、その想いが昇華されていくという構造を持っている。能特有のゆったりした時間感覚のなかで味わうと、いつのまにか観客は自分の過去と向き合うような、内省的な体験をすることになるんです。

そういう体験を制度化したものって、今の日本にはすごく求められている気がするんです。昨今はサウナブームですけど、サウナが肉体的に「ととのう」なら、能は精神的に「ととのう」というか。キンキンの水風呂でも飽き足らなくなった人は、これから能に行き着くんじゃないでしょうか(笑)」

 

テキスト:三木邦洋
撮影:Kisa Toyoshima
伝統芸能の革命児たち

九龍ジョー
ライター/編集者。新刊『伝統芸能の革命児たち』発売中。ほかの著書に『メモリースティック』『遊びつかれた朝に』など。編集を手がけた書籍、雑誌、メディア多数。講談師 神田伯山のYouTubeチャンネル『神田伯山ティービィー』の監修も担当。『Didion』編集発行人&エランド・プレス相談役。

https://kowloonjoe.com/

伝統芸能に興味があるなら……

  • アート

洋の東西を問わず、歴史上、女性が芸能の表舞台から遠ざかっていたケースは少なくない。英国エリザベス王朝時代のシェイクスピア劇では少年俳優が女性を演じていたし、江戸時代には女歌舞伎が禁じられ、男性が女形として女性を演じる歌舞伎のスタイルが生まれた。その一方、女性が独自に継承し、今に至っている芸能もある。伝統芸能を担う女性の一人が、女流義太夫の語りを行う「太夫」の第一人者であり、重要無形文化財「義太夫節浄瑠璃」の各個認定保持者、つまり人間国宝の竹本駒之助だ。

  • Things to do

「ストリップとは何か」。こう問われたら「女性がヌードになる出し物でしょう」と、あなたは照れくさそうに答えるかもしれない。その通りだ。ストリップとは舞台上で、踊り子が音楽に合わせて服を脱いでいく大衆娯楽。そして、大人による、大人のためのエンターテインメントである。

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