熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshima
Photo: Kisa Toyoshima

インタビュー:海老原靖×原あかね「熟女扇風機」

「熟女」と「扇風機」から始まった自己受容の物語

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2025年12月2日(火)から20日(土)まで、銀座の「Wada Fine Arts」で海老原靖の個展「熟女扇風機が開催される。海老原の最新作は、モデルとなった友人との何気ない会話の中から生まれたものだ。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshima海老原のスタジオ

この作品は、海老原にとっても、そしてモデルとなった友人・原あかねにとっても、自分と向き合う大きなきっかけになったという。熟女扇風機をきっかけに、2人が感じた「アートの力」について話を聞いた。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshima

日暮里のネオンサインから生まれた「熟女扇風機」

ーまずは2人の出会いを教えてください。

あかね:出会いといったら……「スローモーション」(中森明菜の曲)?

海老原:そういうことじゃなくって!あかねと出会ったのは、2018年、僕が「バー 星男」というアート好きが集まる新宿2丁目のミックスバーで、月1回ママをやっていた時です。あかねが、共通の友人であるSMサロンのオーナーと一緒にお店に遊びに来てくれたのが最初の出会いです。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshima

僕の絵画のシリーズに、映画『ホーム・アローン』主演の子役を描く「マコーレー・カルキン」シリーズがあるんですが、2019年に緊縛したカルキンを描いた「BONDAGE CULKIN(ボンテージ カルキン)」を発表したんですね。あかねは「女王様」の仕事をしていて、すっごく美しく人を縛ることができるんです。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshima

それで、絵画の参考資料として実際に縛っているところを見せてもらいました。その後はカラオケ友達として今に至る感じかな。

ーそこから今回の「熟女扇風機」の絵を描くに至った経緯は何だったんでしょうか?

海老原:SMサロンのオーナーのお店に2人で遊びに行った帰り、日暮里を歩いていたら町中のネオンサインで「熟女」と「扇風機」の単語が同時に目に入ってきたんですね。それでつなげて読んでみたら「熟女扇風機」。「なんだそれ」って2人で笑っちゃって…この後はあかねが言って。あんたに譲ってあげる。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshimaインタビュー時は原の都合が合わずオンラインで対談

あかね:誕生はそれでいいんじゃない?

海老原:誕生はそうよね。そこから、2人で飲むたびに「熟女扇風機とは概念なのか?」「どう熟女扇風機を消化しようか」って夜な夜な話し合ってきたわけ。話を重ねるうちに、「僕にとっての熟女扇風機って何だろう?」とか次第に自分の内面に向き合うようなことまで考え始めるようになってきちゃって。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshima

そしたらなんだか、あかねを絵にしなきゃいけないんじゃないかって思うようになりました。だから、単純に熟女と扇風機をセットにして写真を撮り、2人で見てみて「いいんじゃない、これ」となったんです。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshimaスタジオに置かれた扇風機

ーそれは今年か去年のお話ですか?

海老原:いや、2018年のことですね。

ーえ!「熟女扇風機」という絵を描くために話し合ったのではなく、7年近く話し合った結果、絵になったいうことですか?

あかね:そうなんです。熟女扇風機もそうなんですけど、そもそも私と海老ちゃんのやり取りって、意味よりも音的なやり取りが多いんですよ。さっきの「出会いを教えてください」という質問に対しても、思わず「スローモーション」って言っちゃうみたいな。

意味は後付けすることが多くない?私たち。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshima

海老原:うんうん、感覚だよね。そういうフィーリングで、「熟女扇風機」というワードが出ちゃったから、消化するためにその絵を描く、って動いているんだと思います。

あかね:海老ちゃん側からすると絵を描くんだけど、私からすると、対話が始まったこと自体が、「コンセプチュアルアート」というか……「営み」なんですよね。私としては「熟女扇風機」は2人の間のコミュニケーションメディアみたいなものなので、絵という作品が目的ではないんですよ。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshimaスタジオ風景

絵を見て感じた「自分自身がそこにいる」

ー「熟女扇風機」の絵は当初、ヌードどころか、モデルの顔を出さない絵で完結する予定だったそうですね。しかし、あかねさんだけではなく海老原さんも脱いでいます。

海老原:最初、あかねをモデルに描いた絵は顔が隠れたものでした。「顔は出さないで」っていうことだったのでそうしたわけですが、あかねがこの絵を見てくれた時に、すごい感動して泣いてくれたんです。僕もすごく感動しちゃいました。自分が描いたものが、感情に響いたんだって。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshima

あかね:その時、私は1、2年ぐらいかけてセラピーを受けていた時期でした。セラピストと言葉で、過去や今の自分の状態に輪郭を付けて、自分と向き合うといったような作業をしていたわけですね。

でも、言葉ではやっぱりつかみきれないものがあるんですよ。そんな漠然と自分を捉えきれずにいた中で、海老ちゃんの絵を見た時、そこに「自分自身がいる」と感じたんです。

扇風機からある種の逆風に吹かれて、髪の毛がわーって乱されながらも、顔も出さずに、台の上にただ突っ立ってる――その姿が、まるで、社会の中での自分の振る舞いが可視化されているように見えたんです。「普通に社会に馴染んでいるよ」って自分に言い聞かせてきたけれど、静かに抵抗をしてきていたんだっていうか。

社会で生きていくためのどうしようもない、自分のもがきみたいなものを、この絵を見た時に初めて受け入れられるようになった気がしたんです。そんな、気づいていたけれど認められない自分自身を、この絵を見て初めて受け入れられたような感じがしました。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshima

ー人の心には、つらい現実やストレスを無意識のうちに認めないようにする防衛機制「否認」があるといいます。海老原さんの絵が背中を押してくれたんですね。

海老原:つらいね……。いつもね、この話をする度に2人で泣いちゃうんです。

僕自身も、「熟女扇風機」という言葉と出合ってあかねといろいろ話すようになってから、自分自身についてすごく考えるようになったんですよね。以降、自画像や男性パートナーのヌード画を描くようになりました。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshima海老原のスタジオ風景

それもあってか、本シリーズでは自分自身ともすごく向き合ったんだと思います。あかねの反応にすごく感動した後、ヌードを描きたいなって。それで相談したら、最初はOKだったんだけど「やっぱり無理」って断られました。でも最終的にはOKしてくれて、すごくうれしかった。きっと葛藤したよね?

あかね:さっきも言った通り、私は自己受容のジャーニーをしていたので、その一環として、ヌードの提案はすごく大きなことだなと感じていました。決してハードルが低かったわけではなく、とてつもなく高かったんですけど……「海老ちゃんだったら任せて大丈夫」「やってみたい」と思えたんだと思います。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshimaパソコンが置かれている台座は原が拾ってきた物

海老原:泣いちゃう〜。

アートはあらゆるマイノリティーの避難所に

ーコロナ禍がいい例ですが、文化芸術分野は何かと「二の次」的な扱いをされます。しかし、2人の話を聞いていると、人にとってとても意味があるものに感じます。

海老原:僕の美術家としての原風景みたいなものは、中学生の頃の美術室なんですね。僕は絵ばっかり描いていたり内気だったりで、いじめのターゲットにされやすくて。つらい時は、よく美術室に逃げ込んでいました。不思議なもので、そこには僕と正反対のヤンキーもいるんです。そして、美術室では仲良く、穏やかな時間を過ごせました。

その時、アートは僕のようなマイノリティーでも、ヤンキーのようなマイノリティーでも受け入れてくれるんだなぁと感じたんです。だから、美術って面白いなって思いますね。

熟女扇風機
Photo: Kisa Toyoshima

ー2025年12月13日(土)には、お二人のトークイベントが予定されています。

海老原:そうなんです!ギャラリーなのでちょっと行きづらいかもしれませんが、いろいろな人に来ていただきたいです。「熟女扇風機」っていうと皆笑ってくださるので、実際絵を見てくれた人が一体どう受け取るのか楽しみですね。あかねは、宣伝頑張ってる?…え、してないの? しなさいよ〜。

あかね:すみません〜。でも、トークイベントに向けてカラオケルームで予行練習など2人で頑張っていますので、ぜひ皆さん遊びに来てくださいね。

海老原靖

1976年茨城県生まれ。1999年に東京藝術大学美術学部絵画科油画を卒業し、2001年には同大学院修士課程を修了。小さい頃にテレビアニメ『フランダースの犬』の主人公・ネロに憧れたことをきっかけに、絵を描くことが好きになった。

生家の植木をモチーフにした「Garden」シリーズをはじめ、アメリカ映画『ホーム・アローン』主演を演じた子役マコーレー・カルキン(Macaulay Culkin)を題材としたシリーズ、VHSビデオのノイズをモチーフにした作品などを発表している。

熟女扇風機

2025年12月2日(火)から20日(土)まで、銀座の「Wada Fine Arts」で開催される海老原靖の個展。展示タイトルの「熟女扇風機」は、海老原と原が日暮里を歩いている時にしていた言葉遊びから生まれた絵画シリーズだ。

13日17時からは2人のトークイベントも開催予定している(事前予約制で、現在は満席となっている)。

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