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東京を創訳する 第3回『江戸のからだ』

文化人類学者、船曳建夫の古今東京探索

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テキスト:船曳建夫

 

江戸時代には、からだが生みだす、3つのエンターテインメントがあった。それは、歌舞伎という演劇、相撲というスポーツ、芸者というサービスである。

第1の歌舞伎は、現在でも世界遺産になるほど優れた芸術として、日本の内と外で敬意を払われている。第2の相撲も、日本人の力士が活躍しない、八百長が噂されるなど、さまざまな問題を抱えながらも、いまだに人気を博している。第3の芸者は、近代に入り売春という側面が批判され、東京が持つ伝統のひとつとしてここに挙げるのに必ずしも適切ではないかもしれない。そのこと自体にも触れながら、この3つを順に、それぞれのエンターテインメント性が日本文化のどのような「からだ」に根ざしているか、を考えてみる。

その前に、日本人にとっての「からだ」がどんなものかを最初に知っておこう。江戸時代に入ると、キリスト教が根絶やしにされ、仏教を含め、宗教というものがすべて江戸幕府の管理下に置かれた。それによって宗教の力が衰え、幕府が作る社会秩序はしっかりしたものになり、それ以降、日本人の頭の中から神という超越性が徐々に失われた。神の超越性とは、私達を超えた存在が、私達の生きている世界すべての原理として働いている、という観念である。代わりに人間の楽しみを来世ではなくこの世、浮世に求めようとする考えが広まる。その時、私達が楽しむ源であり、楽しませてくれる対象でもある人間の「からだ」が重要となった。もとより、人を楽しませる浮世のエンターテインメントとして、文字による本や冊子、線と色による(浮世)絵といった出版文化があったが、他方、からだを使ったパフォーマンスが盛り上がった。それがいま挙げた3つ、 歌舞伎、相撲、芸者、である。この3つは、浮世絵に描かれる主要な典型でもあった。

歌舞伎は、最初は女性による集団的な舞踊であったが、舞台に女性が出ることが禁止されてからは、男性が女のパートを演じることになり、演じることの虚構性が増した。その中で、男の役は異様な力を発揮するヒーロー(荒事)を特徴的な表現とし、女役は男が女を表現する困難を克服することで、激しく深い情感を描き出すヒロイン(女形)を演じて見せた。すなわち、男役も女役も、普通の男や女以上のあり方を表現することが出来た。中でも他の舞台芸術と比べたとき、女形が、歌舞伎の精髄と言えようか。もちろん舞台上の男女の一方を演じる女形は、歌舞伎の半分しか代表していないようだが、歌舞伎の底に倒錯した魅力を湛えつつ、虚構を最初から観客に納得させてしまうという点で、歌舞伎の前面にあり、代表しているのだ。とりわけ、倒錯性と虚構性が極言にまで現れるのは、老いてなお女形が娘役、姫の役を演じるときだ。それは「老いたる娘」という矛盾したからだである。

相撲は、長らく神事としての武芸であった。庶民はそれを遊戯(プレイ)として楽しんだろうし、武士は戦闘に必要な技術として鍛錬に使った。しかし、江戸で町人の間に相撲が人気を高めたとき、それは武術としてではなく、見る娯楽であった。勝っても負けても、相撲取りが生み出す肉体の動きには無垢の美しさがある。だから、強いかどうかは別にその異常な背の高さや体の重さだけで有名な相撲取りがいた。中でも、子どもにして大人を超えるからだの持ち主は怪童として人気を博した。大童山文五郎という相撲取りは、7歳にして120センチ、70キロだったという(大人になった時にはあまり大きくはなかったのだが)。こういった相撲取りは、もっぱら土俵入りだけに出て、人気を博した。

いや、江戸時代の相撲はむしろ土俵入りがメインで、その見せ方のひとつとして相撲を取った、といっていいのかも知れない。 江戸時代の相撲は異形の「からだ」を見ることだった。今でも私達が相撲に求めるのは、練り上げた技術と凝った策略ではない。ばん、とぶつかると、あっという間に転がって肌に土がべっとり付く、けれんみの無さだ。そして、力士はなんでも「ごっつぁんです」と受け入れる。それは「大きな小児」という矛盾したからだである。

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さて、芸者だ。江戸時代、芸者には疑似恋愛をその表向きとしている高級なランクから、簡単に性的満足を与えるものまで幅があった。それは単に料金の差と言ってもいいのだが、いずれにせよ、男達にとっては、身の回りにいる女性とは異なる、普段の生活との間に線の引かれた、向こう側にいた女であった。実際に、江戸時代の遊郭は、「川向こう」に置かれたりしたのだ。彼女達の男へのサービスとはなにか。もちろん、それが表の顔なのか裏の顔なのかが判然としない、もしくは判然とさせないのだが、そこには常にセックス、売春がある。しかしもとより、私達の人類の生活すべてにセックスは通底している。ならば、向こう側の女性たちのセックスはどこが違うのか。それはこちら側の世界では、セックスが結婚の枠の中で、最終的には家族の再生産(出産)を導くものとして位置づけられているのに、向こう側にいる女性とのセックスでは出産は意図されていない。言ってみれば、セックスは社会的な帰結無しに終わる、と男たちに誤解させるのだ。男達は、金を棚上げにすればすべてが許される存在–かつて芸者と呼ばれた–とのセックスの可能性を願うのだ。もちろん、金が入り込むところには 社会性が生(なま)に露呈しているのだが。そして、そう願うゆるさには家庭の妻や恋愛の恋人とのセックスとは違った、対象への一方的な甘えが入り込む。そうした甘えの装置を生むことには、江戸に源を持つからだのエンターテインメント産業は、あの手この手を繰り出してくる。その倫理的評価は別にして、東京で、 そうしたからだのエンターテインメント産業が多様で隆盛であることは、盛り場を歩けば分かる。このとき芸者は母のように許す存在となり、「産まない母」という矛盾したからだを持つ。

船曳建夫(ふなびきたけお)
1948年、東京生まれ。文化人類学者。1972年、東京大学教養学部教養学科卒。1982年、ケンブリッジ大学大学院社会人類学博士課程にて人類学博士号取得。1983年、東京大学教養学部講師、1994年に同教授、1996年には東京大学大学院総合文化研究科教授、2012年に同大学院を定年退官し、名誉教授となる。近著に『旅する知』(海竜社)を2014年8月2日に発売。サンクトペテルブルグ、ニューヨーク、パリ、ソウル、ケンブリッジ、ロンドンを巡り、今、世の中ではどんな変化が起こっているのか。その変化には実は予兆があったのではないか。そしてその先にはどのような未来が待ち受けているのか。著者が文化人類学者として40年近く地球を旅する中で体感した、20世紀と21世紀をまたぐ、世界の文化と歴史を縦断する旅エッセイ。

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