インタビュー:中村壱太郎

インタビュー:中村壱太郎

26歳、上方歌舞伎の若き担い手が語る、伝統のこと未来のこと

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テキスト:高橋彩子(舞踊・演劇ライター)
 

女方(女の役)を中心に、立役(男の役)もこなし、凛とした佇まいと瑞々しい色香で観客を魅了する歌舞伎俳優 中村壱太郎、26歳。人間国宝である四代目坂田藤十郎を祖父に、歌舞伎俳優の四代目中村鴈治郎を父に持ち、母は日本舞踊吾妻流宗家の二代目吾妻徳穂という、日本の伝統芸能界のサラブレッドだ。歌舞伎俳優として活動する一方、2014年には吾妻徳陽として吾妻流七代目家元を継承。さらに2016年は、シンガポール出身の世界的演出家オン・ケンセンが演出を手がけた野田秀樹作『三代目、りちゃあど』で現代劇への本格出演も果たすなど、目覚ましい活躍を見せている。

たくさんの「異ジャンル」のシャワーを浴びて

たくさんの「異ジャンル」のシャワーを浴びて

「歌舞伎では古典の上演が基本ですが、ここ数年、新作歌舞伎に出演する機会も増えてきました。なかでも僕が数多く参加させてもらっているのが、『システィーナ歌舞伎』。世界各国の美術品のレプリカを置いている大塚国際美術館の中に、システィーナ礼拝堂を原寸大で再現したホールがありまして、そこで毎年1回、歌舞伎を上演しているのですが、演目がほぼ新作なんです。これまでに僕はこの『システィーナ歌舞伎』で、女性のダンサーや現代劇の俳優さんなど、男性だけで演じる普段の歌舞伎とはまた違う出演者と一緒に、洋舞やフラメンコや歌など、それまでやったことのないものに挑戦してきました。そうした経験を積み重ねたからこそ、今、道が拓けているのだと思います」。

フラメンコにしろ洋舞にしろ、異なるジャンルを経験する際には、まず一から習い、練習を重ねて本番に臨むという壱太郎。

「せっかくよそのテリトリーを体験させてもらえるのですから、最初から『これはできません』とは言わず、100%そこに身を染めるつもりでいつも取り組んでいます。邦楽には西洋のようなカウントがないので、カウントで踊る洋舞は新鮮でした。また、フラメンコでの重心の落とし方には日本舞踊との共通点を感じましたし、先生が歌舞伎風の動きを取り入れ始めたときには、技術の交換の楽しさも感じました。とはいえ、何をやっても、染まりきらない自分というのは、数%残るんですね。染みついた日本舞踊の要素や、歌舞伎風の台詞回しといったものが、必ずどこかに出てしまう。でも、そこがむしろ面白い、と振付の先生に言っていただき、周りの方々に助けられながらなんとかやっています」。

『三代目、りちゃあど』は、壱太郎に加え、狂言師の茂山童司や元宝塚歌劇団男役トップスターの久世星佳など、日本、シンガポール、インドネシアからキャスト、スタッフが集まった国際共同製作。日本語、英語、インドネシア語の3ヶ国語が飛び交い、さらに現代的な音楽や照明、映像が重ねられる舞台は、壱太郎にとっても過去最大級に「異ジャンル尽くし」だったことだろう。


「オン・ケンセンさんは、歌舞伎なり狂言なり宝塚なり、アジアが育んできた伝統的な芸能を、現代的な視点と演出で見せることを考えている方。伝統的なものをやるだけなら生の伝統楽器で舞台を作ることもできたでしょうけれども、そうではなく、素材をたくさん集めて、そこで起こる衝突や融合を楽しんでいらっしゃる印象を受けました。僕自身も、ほかの皆さんから刺激をもらいましたね。インドネシアのキャストで、パペットを扱ったり伝統舞踊を踊ったりなさる方がいるのですが、その方も女の役をなさるので、手の動きがとてもきれいなんですよ。ある意味、京劇に似ていて、歌舞伎とも共通点がありました。パペットは文楽人形に通じるところがありますが、文楽が3Dなのに対してそのパペットは2Dというか平面的な作りなのも面白かったです。同じ日本でも、狂言と歌舞伎とでは動きが微妙に違うところがあるので、たとえば童司さんの足の運びなどを興味深く観察して。作品にもよりますが、同じすり足でも、歌舞伎は水面をすーっと歩くようなイメージでやることが多いのに対して、能楽は地面に押し込むようにするんです。このように、違いも共通点もありますが、能から歌舞伎になった演目は多いですから、歌舞伎の原点を知るような感覚がありました。様々な出演者が一緒に稽古場で作業をするうち、『アジア』という繋がりも見えてきた気がします。これから9月のシンガポール公演を経て、11~12月に東京で公演をするまでに、また多くの発見が生まれるのではないでしょうか」。

伝統の継承を担い、未来を見つめる

伝統の継承を担い、未来を見つめる

伝統芸能を担う両親のもとに生まれ、芸を継承する運命にある壱太郎。歌舞伎の家に生まれた俳優はしばしば、声変わりで舞台に立てない時期、自らの環境に悩むと聞くが、彼は歌舞伎俳優以外の道を考えたことがないという。

「父は歌舞伎、母は日本舞踊の人ですから、子供のころから、どちらについて行っても、邦楽を耳にし、稽古場や舞台の雰囲気を肌で感じながら育ちました。僕は声変わりの苦労があまりなく、コンスタントに芝居に出ることができたのも大きかったですね。歌舞伎の世界では、役者は『一声、二顔、三姿』と言って、まず声が大事だとされますから。学生生活も大学まで謳歌しつつ、芝居に出続けました。父は大学卒業まで、歌舞伎をそんなにやらなかった人で、何が正解かはわかりませんが、きっとその後の苦労があったと思います。だからこそ、僕を舞台からあまり離さないようにしてくれ、僕も離れたいと思わなかったため、自ずと今にいたっています。2年前には母の跡を継いで吾妻流の家元になりましたが、もともと日本舞踊と歌舞伎は切っても切れない関係にあるので、片方で培ったものはもう一方に生きてくる。どちらも大切に守っていきたいものだと考えています」。

祖父の藤十郎は現在84歳。今なお瑞々しいその舞台は、多くの観客を驚嘆させ、惹きつけている。

「祖父と舞台に立てるのは本当に嬉しいです。今年1月の舞台『桂川連理柵』では、祖父が長右衛門役、僕がお半役で恋人同士を勤めました。祖父と孫が恋仲の男女をお客様の前で違和感なく演じられるというのは歌舞伎ならではで、とても幸せでしたね。祖父は女方から立役もやるようになってきた人ですが、僕も今は女方が8割、立役が2割ほどで、両方兼ねる俳優になっていきたい気持ちがあるので、その意味でも、大先輩である方と共演できる喜びと、祖父と芝居ができる喜びとの両方を味わっています」。

その祖父は、歌舞伎のなかでも特に、上方歌舞伎の継承、発展に貢献してきた功労者。歌舞伎には、江戸を中心に発展した江戸歌舞伎と、大阪や京都で栄えた上方歌舞伎があり、今では厳密に分かれているわけではなく、どの俳優も様々な役や演目を勤めてはいるのだが、壱太郎の家は、上方歌舞伎の中心的家系なのだ。


「皆さんはもしかしたら、歌舞伎というとヒーローが出てきて見得を切って、とか、綺麗な女方が豪華な衣裳を着て、といったイメージをお持ちかもしれません。それも歌舞伎なのですが、上方の歌舞伎は近所で起きた心中事件や商家のどら息子の殺人事件を扱うなど、庶民の実生活に近いものが多く、今上演しても、生活にリンクしやすいんです。現在、上方の俳優は歌舞伎俳優全体の2割弱なので、なんとかその文化を大事にしていきたいですね。特に上方歌舞伎の継承を体現している祖父(藤十郎)の姿を見ると、自分もやらなくては!と強く思います。最近、ご一緒させていただく機会が多い片岡愛之助さんも上方で、『一緒に上方歌舞伎を盛り上げよう』と、引っ張ってくださっています」。

連綿と続いてきた芸の継承に邁進する壱太郎。勉強のため、歌舞伎のもとになった能狂言や文楽、さらに落語などの伝統芸能を観に行くことは多いという。昨年からは、海外向け歌舞伎紹介番組『KABUKI KOOL』のホスト役として、歌舞伎の普及に尽力している。

「驚くほど世界の色々な場所からメールやお便りを頂戴するんですよ。『歌舞伎のメイクを自分なりにやってみました』という写真をいただいたことも。そうやって歌舞伎に興味を持っていただき、2020年のオリンピックなどで日本にいらしたおりに、実際に観てくださったらありがたいです。たとえば、どなたか海外の方に自国のものと比べるかたちで歌舞伎を紹介していただき、僕が歌舞伎を実践で教える、といったことができたら面白いですよね。観客層を広げればいいというものではないけれど、少しでも多くの方に、まずは知っていただきたいという思いがあります」。

その一方で、『三代目、りちゃあど』のような新しい挑戦も続けていきたいと語る。

「映像作品にも素晴らしいものはたくさんありますが、やはりライブで、限られたお客様と作品を共有する時間というのはとても素敵なので、歌舞伎以外にも、外の舞台にたくさん関わっていきたいです。また、歌舞伎でも、もちろん古典も頑張っていくのですが、新作歌舞伎として、あのアニメーションが題材にならないかな、といった想像をすることはあります。ハッピーエンドの恋愛ものが歌舞伎には少ないんですよね。『廓文章』などそれに近い作品はありますが、もっと長さのある、物語になったメルヘンものなども作れそうな気がします。とある先輩から『何かしませんか、しましょう、と言われてから考えるのでは遅い。思っているからこそ叶ったり、いざという時に行動が起こせる』と言われたことがあるのですが、僕も常にアンテナを張り、未来を思い描いていきたい。自分の芸のルーツを知り探求することと、これから来る未来とは、日々の芝居のなかで自然に繋がっていくのだと信じています」。

高橋彩子

舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。『The Japan Times』『エル・ジャポン』『シアターガイド』『ぴあ』や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。
http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

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