MAISON PETIT RENARD
Photo: Keisuke Tanigawa

地域の歓迎に感動、フランスのマンガ翻訳家が板橋に書店を開くまで

メゾン・プティ・ルナール店主、デビエフ・ティボーへインタビュー

編集:
Time Out Tokyo Editors
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テキスト:米谷美恵

東京で活躍する外国人にインタビューをし、実際に東京で生活する外国人がどんな思いで暮らし、人や街とどんな風に関係しているのかを聞いていくシリーズ『インターナショナル トーキョー』。

第2回は、フランス出身のデビエフ・ティボーに話を聞いた。1997年に初めて来日して以来マンガの魅力に目覚め、現在は日本のマンガをフランス語にする翻訳家としても活躍。17年間にわたり、日本とフランスの往来を繰り返している。翻訳業と並行する形で、2021年8月26日にフランスやベルギーなどの国で生まれたコミックの一種である「バンド・デシネ」を日本に伝える書店、メゾン・プティ・ルナール(MAISON PETIT RENARD)を板橋に開店した。

ここでは、デビエフ自身のマンガとの出合いやフランスの日本語翻訳マンガ事情、東京に店を構えて感じた良かった点、これから外国人が東京でビジネスを始めるためのアドバイスなどを語ってくれた。

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―デビエフさんと「マンガ」の出合いを教えてください。

覚えていないくらい小さい頃から読んでいましたね。私には兄が3人いるのですが、みんなフランス語のコミックが好きだったので、彼らが読んでいたコミックを自然に読むようになりました。成長してからは自分でいろいろなコミックを探して回り始め、フランス語に翻訳されていない日本語のマンガを発見したのです。

―でも日本語は全く読めなかったんですよね?

当時フランスでは、テレビで『ドラゴンボール』や『聖闘士星矢』などの日本のアニメが放映されていました。(私は)高校3年生くらいでしたが、専門書店で『ドラゴンボール』と同じような絵を偶然見つけたんです。ページを開いてみたらアニメとちょっと違う「マンガ」でした。それが初めての日本語との出合いです。

テレビで見たアニメから原作であるマンガにたどり着く。恐らく私と同世代のフランス人の多くは同じパターンではないでしょうか。

『AKIRA』との出合いが人生を変えた
「宝物です」と語る、バンド・デシネバージョンの『AKIRA』(Photo: Keisuke Tanigawa)

『AKIRA』との出合いが人生を変えた

―大友克洋のマンガ『AKIRA』との出合いが、デビエフさんが翻訳家を志し、今回、バンド・デシネを扱うショップのオープンにつながっているのでしょうか。

バンド・デシネは1冊48ページが定番です。それに対して『AKIRA』は、200ページありました。見た目はバンド・デシネなんですけれど、読んでみると話のテンポが全然違いますし、コマ割りも近いようで違っていました。

私が一番引かれた点はストーリーです。たくさんのページを使ってこんなに面白いストーリーを書ける人がいることにとても驚きました。同じ時期に劇場版『AKIRA』も上映されていたのですが、見に行ってみたら、600人入る映画館に兄と2人だけ。私にとっては最高の思い出で、そこから私の人生が変わったと言ってもいいと思います。

『AKIRA』と同じ時期に、士郎正宗の『攻殻機動隊』がバンド・デシネのような形態で、カラー加工などを施し出版されていました。そんな中、いくつかの出版社が日本と同じ「マンガ」の形態にしても売れるのではないか、と試しに出版してみたら大成功。その後、フランスでも販売価格が低い「マンガ」が定番となっていきました。

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ロックダウンの影響でフランスのマンガ市場は2桁成長
デビエフが翻訳した日本語マンガ(Photo: Keisuke Tanigawa)

ロックダウンの影響でフランスのマンガ市場は2桁成長

―今のフランスのマンガ事情について教えていただけますか?

すごいですよ。2020、2021年でフランスのマンガ市場は2桁の成長を遂げています。コミックの分野で売れているものの半分は、日本語から翻訳されている漫画です。10年前はバンド・デシネが3分の2でしたから、ものすごいことです。

原因として考えられるのはロックダウンですね。フランス政府はロックダウン解除後に、18歳の若者全員を対象に、文化に関わる体験や商品に使える300ユーロのクーポンを配布しました。

ロックダウン中に、NetflixやAmazonプライムなどでアニメをたくさん見ていた彼らは、解除後にアニメで見た作品の原作マンガを購入するという傾向があったのだと思います。バンド・デシネは1冊20ユーロくらいですが、マンガは6〜7ユーロくらい。バンド・デシネ1冊分で、マンガが3冊購入できますから。

―文化が全く異なる日本のマンガが、フランス人に受け入れられる理由は何でしょう?

フランスにもコミックマーケット自体はあったので、日本のマンガが受け入れられる素地があったのだと思います。フランスは、もともと書店の数も多く、マンガを配給できる会社も存在していましたから、そこに乗っかる形で、マンガブームが起きたのではないでしょうか。

ですから、日本人と同じように本に対する興味や好奇心は持っている。「文化は違えど共通している」ということが、フランスのコミックマーケットが成功した一つの鍵だと考えています。

バンド・デシネ好きのハブスポットに
Photo: Keisuke Tanigawa

バンド・デシネ好きのハブスポットに

ー東京で店舗を出してみて良かった点はどんなことがありますか?

私は翻訳者である前にバンド・デシネというマンガのファンなので、それをいろいろな人とシェアができることが一番のメリットです。恐らく現状で東京にバンド・デシネの専門店はここだけでしょう。だから、たくさんのバンド・デシネ好きな人と出会えるし、さまざまな情報も集まります。

毎週土曜日は、バンド・デシネが好きな人やフランス人が訪ねてきて、夢中で話しているうちにあっという間に閉店時間になってしまうんです。

また、思っていた以上に広告や宣伝になっているのはうれしい誤算でした。(当初はオンラインショップを計画していたのですが)オンラインに絞っていたら、ここまで売上が伸びたり、こうして取材を受けたりすることもなかったでしょう。

そういう意味でも、実物を手に取って自分で確認できることは実店舗の大きなメリットだと思います。SNSを見て、はるばる大阪から来てくれた人もいるんですよ。

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東京でビジネスを始めたい外国人にアドバイスするなら
Photo: Keisuke Tanigawa

東京でビジネスを始めたい外国人にアドバイスするなら

―話は変わりますが、外国人であるデビエフさんが、東京という場所で生きていくのに苦労した点と良かった点はありますか?

私の翻訳の仕事は、基本的にはユーロ建ての支払いなので、会社(店舗)設立のための口座開設がスムーズにできなかった点でしょうか。外国人だからなのか、フリーランスの仕事だからなのかは分かりませんが、信用してもらえなかったことはありますね。

もしこれから東京でビジネスを始めたい外国人にアドバイスするなら、「自分の知識の限界をよく知る」ということだと思います。できないことはできないのです。そこから少しずつ信頼を積み上げていくしかありません。それは外国人に限ったことではありませんけれど。

そして何より大切なのは「ひとりで抱え込まない」ことでしょうか。どんなことでも自分ひとりでやるには限界があります。そんなときはできる人、得意な人を探して頼ればいいのです。私たちも店をオープンする際は、会社設立の手続きや経理などを専門家にお願いしたんですよ。

外国人だから大変だったという一方で、外国人だから注目されたということもあります。近所の人からはとても温かく迎えてもらいました。オープン前は「ご近所からどういう風に見られるか」ということは想像もしていませんでしたが、実際には感動するくらい歓迎されています。それは、やってみて初めて気付けたこと。ここは毎日新しい発見があり、外国人でも十分楽しめる街だと実感しています。

デビエフ・ティボー

MAISON LIBRE合同会社代表

1997年から漫画翻訳業開始。ダルゴ出版(Editions Dargaud)と契約し、翻訳、通訳、編集コンサルなどに従事。1999年にフランス国立東洋言語文化研究所学士課程修了。2000年、日本文部省国費留学生として慶應義塾大学で修学。

2010年に、フランスの日本漫画ブームとともに翻訳業を拡大。カゼ (KAZE)出版社、アッシェット(Hachette)出版社、ピカ(PIKA)出版社などと契約し、これまでに100以上のタイトル、900冊以上の翻訳を手がけた。2019年、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(浅野いにお著)の翻訳者として第2回小西財団漫画翻訳賞を受賞。

2021年にメゾンリブレ(MAISON LIBRE)合同会社設立。同年8月、事務所兼書店(メゾン・プティ・ルナール)をオープン。日本で入手困難なアートブックや画集の販売を始める。

フランス文化に触れる……

  • Things to do

『東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会』(以降『東京2020』)が終わった今、多くの人は、新たな東京のビジョンを指し示すための新鮮なアイデアやインスピレーションを求めていることだろう。これまでも、東京在住の駐日大使へのインタビューシリーズ「Tokyo meets the world」を通して、持続可能な取り組みに焦点を当てながらも、幅広く都市生活における革新的な意見を紹介してきた。

今回は、2020年秋から東京に在住しているフランスのフィリップ・セトン大使にサッカー日本代表監督フィリップ・トルシエのアシスタントを務めたことでも知られているパリ出身のジャーナリスト、フローラン・ダバディがインタビューを実施。グリーンエネルギーや都市計画など、日仏両国が直面しているサステナビリティに関するさまざまな課題を語ってくれた。

また、『東京2020』のレガシーが2024年のパリオリンピックにどのような影響を与えるか、パラリンピックがどのように社会変革に貢献できるかなどについても提言。さらに、東京でおすすめの美術館や午後に食べたい懐かしいフランスの焼き菓子についても教えてくれた。

  • Things to do

 

花街であり、昔から邦楽関係者も住むエリアだけに夕暮れ時には三味線の音色が響く神楽坂。そんな風景になじむフレンチビストロやカフェは神楽坂ならではの風景だ。

フレンチインターナショナルスクールのリセや、フランス語学校などを中心につくられたフランス人コミュニティーがあるのだが、今はその本場の味を求めて遠方からも訪れる美食家の街になった。パリの小路を歩くように、神楽坂を散策してみよう。

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  • レストラン
  • レストラン

都心最大級のエンターテインメントエリア、東京ドームシティにある東京ドームホテルでは、20211119日(金)〜28日(日)、ホテル内のダイニング、ドゥ ミルにて『幕末維新の食卓外交コース~グルメな将軍の本格フレンチ戦略~』と題した特別ディナーコースを提供する。

  • Things to do
  • シティライフ

パリは何十年もの間、ロマンティックな街であると同時に、建物が多く、車でごった返している街としても知られてきた。しかしパンデミックの後、この街は「(大気)汚染された街」のイメージを払拭(ふっしょく)し、より「環境に優しい街」になろうとしている。

そのための嫌車的な取り組みの一つが、パリ市役所が最近発表した、2026年までに「100%自転車で移動できる街」を目指す計画だ。これによると、市はパリ全体の自転車インフラに2億5,000万ユーロ(約330億9,500万円)を投資。街における自転車の利便性を大幅に向上、改善していくことを目指す。

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