「あの事件」が語られたLo-fi hip hop動画が波紋を呼ぶ

テキスト:
Kunihiro Miki
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※(7月11日追記)Apple Music、Amazon Music Unlimited、YouTube Musicなどで楽曲配信がスタート(Spotifyは準備中)。 YouTubeとは異なるエンディングが用意されたものになっているという。

6月10日、YouTube上に投稿されたあるヒップホップの楽曲が話題を呼んでいる。以下はネタバレとなるので、必ず先に動画を視聴して欲しい

サウンドとビジュアルはいわゆるローファイ・ヒップホップのスタイルを意識した作りだ。心地よいビートに乗るリリックは、音楽の道を諦め医学部受験を志す男性の苦難と成功を綴ったもの。と思って聴いていると、終盤に現れるサンプリングの音声の内容に、ハッとさせられる。

「年齢などを理由に不合格にされたと主張する元受験生の男性が、大学を提訴しました。34才の男性は去年、不合格にされましたが、その後、大学側が調査した結果、合格点に達していた事がわかりました」

サンプリングされているニュースキャスターの声。これは、2018年ごろから2019年にかけて世間を騒がせた医学部の不適切入試にまつわる報道の一環として昨年末に明らかになった、順天堂大医学部の入試で年齢を理由に不当に不合格にされていた男性についてのニュースから取られた素材のようだ。

続いて、画面はカバンに忍ばせた録画状態のスマートフォンの視点に切り替わる。「33才という年齢が」「真面目でいらっしゃる」「不正ではない」。ぼそぼそとした複数の男性の声は、大学側の担当者たちだろうか。

動画の投稿者であるcrystal-zは、自らその素性を語ることはしていないが、コメント欄や彼のTwitterアカウントのリプライ欄を見る限り、このcrystal-zこそが「不当に不合格にされていた男性」本人のようである。

crystal-z本人に取材を打診したところ、快諾してくれた。やはり彼は、リリックにもその名前が仕込まれている2校による不適切入試の被害者本人であるという。

また、動画を発表した背景や裁判の現状については「現段階でお答えすることは出来ません」としながらも、その理由については「自分としては単なるネットミームとして楽曲を消費して欲しくないという思いが強く、それがたくさんのイースターエッグを盛り込んだ理由でもあります。人々が立ち止まって考えて、時間をおいて楽曲を聴いてもらえたら。インターネットの遺産として少しずつ解読が進んでいくのが自分としての理想です」と答えてくれた。

「たくさんのイースターエッグを盛り込んだ」という彼の回答の通り、画面やリリック、トラックには多くの暗号が忍ばせてある。YouTubeのコメント欄では、その謎解きも行われている。

曲名の『Sai no Kawara』とはつまり賽の河原。親より先に死んだ子供が行くといわれる冥途の三途の川の河原のことだ。そこで行われる石を積み上げては鬼に崩されるという苦行から、「むだな努力のたとえ」とされる言葉でもある。

また、フックで歌われる「順調じゃなくていいから/天才じゃなくていいから/堂々巡り繰り返し/東京、偉大なこの街」の頭文字に隠されているのは、彼を落とした2つの大学の名前だ。そして、窓の外の風景は、本来彼が通学するはずだった街の風景である……。などなど、ディテールに隠されたメッセージはこれら以外にも多数あるようだ。

医学部入試における女性差別問題が取り沙汰されていた当時、件の事件が世間に投げかけたものは、性差や人種といった国際的なイシュー以外の、日本社会固有の根深い差別の存在だ。SNS上では、動画に対する反応として、そうした社会問題についての議論も起こっている。

crystal-z本人によると、今回のリリースのタイミングに大きな影響を与えた出来事のひとつにBLM(ブラック・ライヴズ・マター)があるという。

彼がこの曲に込めた思いについて考えを巡らせながら、今一度、この聞き流してしまいそうなほど心地よい音楽に耳を澄ませたい。


テキスト:三木邦洋

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