Olympics Closing Ceremony - arigato
Photo: Dan Mullan/Getty Images

海外メディアが「東京五輪」を再検証、どんな良い影響をもたらしたのか

オリンピック史上初のコロナ禍開催となった『東京2020』の全貌に迫る(後編)

編集:
Marcus Webb
翻訳:
Genya Aoki
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※本記事は、Delayed Gratification Issue#44に掲載された『Running on empty』を翻訳、加筆修正を行い、転載。

『東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会』(以降『東京2020』)は、日本を再生し、停滞している経済を活性化させるはずだった。しかし新型コロナウイルスの大流行が世界を襲う中、『東京2020』が実現するかどうかさえ疑わしいものになった。

東京を拠点に活動しているライターのキンバリー・ヒューズ(Kimberly Hughes)とORIGINAL Inc.のエディトリアル・ディレクターであり、スロージャーナリズム誌『Delayed Gratification』のエディターも務めるマーカス・ウェブ(Marcus Webb)が、記憶に残っている限り最も驚くべきスポーツイベントの舞台裏に迫る。

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『東京2020』がもたらしたもの

日本が大会を積極的に誘致した理由の一つに経済がある。ケンブリッジ・イノベーション・センター(CIC)と世界的な経営コンサルタント会社であるA.T. カーニーの日本法人会長を務める梅澤高明は、「日本経済は何十年も停滞しています」と指摘し、その理由として労働力人口の減少、2011年の震災、過去の経済政策の失政などを挙げている。「オリンピックは、経済が必要としている大きな起爆剤になるものでした」。

東京では、2013年から2020年の間に250軒のホテルが建設されたが、パンデミックの間は旅行者がいなかったため、増設された5万3000室の大半は2021年の間、空室のままだった。「豊作の夏」を期待していた地元のレストランやバー、カフェのほとんども同様だ。

また、2013年の開催決定を受けて、東京都内の各所で大規模な開発プロジェクトが始動していた。戦後の工業化で多くの水路が広範囲に汚染され、1964年の東京オリンピックの都市計画では高速道路で覆われたり、コンクリートで固められたりした。こうした水路を再生する計画もその一つである。

隠された川を再発見する開発の対象となった街の一例が、若者文化で知られる渋谷だ。意欲的なベンチャー企業を誘致するために、渋谷は超高層ビルが立ち並ぶエリアから緑豊かな街に生まれ変わった。

再開発の目的の一つには、東京を「アジアの金融・ビジネス都市」として再構築することもあった。中国の影響力が強まる中で、欧米の銀行や企業の多くがアジアの拠点として香港を見直していることから、東京にもチャンスがあると考えたのだ。

経済産業省の顧問も務めた梅澤は「(『東京2020』は)東京がイノベーションを生み出す都市であることを世界にアピールし、アスリート、観光客、そして大会を訪れるビジネスリーダーや政治家たちに日本の能力を示す機会だと、政府も民間も心を踊らせていたのです」と語る。「しかし、最終的にはアスリートを受け入れただけでした」。

スポーツ施設に宿る「ポジティブレガシー」
『東京2020』大会当時の有明アーバンスポーツパーク(BMX)(Photo: Keisuke Tanigawa)

スポーツ施設に宿る「ポジティブレガシー」

東京湾岸地域の突端の人工島に位置する選手村は、大会から3カ月が経過した11月も、周囲が金属製のフェンスに囲まれたままだ。選手村の高層ビルは1室5,000万円から2億円程度の個人用マンションに生まれ変わる計画が進んでいる。

高谷は、都内に建設されたスポーツ施設が大会のポジティブなレガシーになると確信している。「1964年の東京オリンピックで建設された競技場は、50数年たった今でも現役です。今回もそうなると信じています」と語る。

スポーツ面では、『東京2020』は日本にとって文句なしの大成功だったといえるだろう。大会が終了するまでに、日本はオリンピック史上最高のメダル獲得数とパラリンピック史上2番目のメダル獲得数を達成した。

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若きスターの台頭
Photo: Patrick Smith/Getty Images(L-R) Rayssa Leal of Team Brazil and Momiji Nishiya and Funa Nakayama of Team Japan pose with their medals during the Skateboarding Women's Street Final medal ceremony

若きスターの台頭

13歳の西矢椛(にしや・もみじ)がスケートボードの女子ストリートで日本史上最年少の金メダルを獲得したこと、パラリンピックの開会式で車いすに乗った13歳の和合由依(わごう・ゆい)が「片翼の飛行機」になって「人と違うことをする勇気を持つ」という力強い演技をして、人々の心を魅了したことなど、多くの若き才能が日の目を見た。

また、ボッチャの個人競技で杉村英孝(すぎむら・ひでたか)が感動的な金メダルを手にしたことなど、日本中が感動した快挙の連続だった。

しかし、関西大学の准教授である井谷聡子は日本のスポーツでの成功に対する歓声が反対意見の声をかき消してしまうことを懸念している。「政府、企業エリート、IOCに対する非常にまれな市民の反抗の瞬間、そして政治的関与の仕方を変える貴重なチャンスは、この「祝賀資本主義」の災害的な祭典によって失われてしまったようです。

私たちは、多くの人々を苦しめ、死に至らしめた新型コロナウイルスの大流行を目の当たりにしましたが、最終的にメディアは金メダルの数にしか関心を示しませんでした」。

2021年10月に行われた衆議院選挙では、変化の兆しが見えていたにもかかわらず「いつも通り」という結果となる。1955年の結党以来、ほぼ一貫して政権を維持してきた自民党の支持率は、大会終了前に過去最低の29%にまで落ち込み、選挙での惨敗が予想された。

しかし、『東京2020』での日本の快進撃がまだ記憶に新しいうちに、岸田文雄が新党首に就任。岸田率いる自民党は世論調査を覆し、衆議院での単独過半数を獲得しながら、議席を伸ばした。

『東京2020』がオリンピック反対運動の分岐点に

それでも、井谷とボイコフの二人は、東京がオリンピック反対運動の分岐点になると考えている。「オリンピック反対運動は、国内外でより強くなったと思います。それは今回、オリンピックの問題点と、IOCの帝国主義的な態度や機能を明らかにすることに成功したからでしょう」と井谷は言う。

ボイコフは全ての開催候補地の住民が、大会開催の是非を問う住民投票を行うべきだと主張。しかし、IOCが大会の開催時期をどんどん先にすることで、反対意見に対抗していると考えている。

「オーストラリアのブリスベンでは、2032年のオリンピック開催が今年決まったばかりで、一般投票も行われなかった。誘致資料を手に入れるのにはかなり苦労しましたが、とても大ざっぱで曖昧なものでした。

私が主張しているのは、透明性を高め、民主主義を実現し、市民の声を反映させることです。オリンピックが開催されるとその都市は大きく変わるから、その都市に住む人々の声にも耳を傾けるべきでしょう。しかしIOCは、その反対の方向に進んでいるのです」。

2021年11月現在、日本のコロナウイルス感染者数はパンデミックが始まって以来最も低い水準にあり、オリンピックに関する最悪のシナリオが回避されたことを示している。オミクロン株の侵入を防ぐために課された新たな水際対策は、日本への国際的なアクセスをさらに制限した。

大会の経済効果に関する初期の分析結果は、楽観的なものではなかった。「2017年当時、東京都が出していたバラ色の予測では、2020年大会開催による経済効果が32兆円以上になる、とうたわれていました」と梅澤。

「大会による直接的な貢献は5兆2000億円で、残りは選手村の改築や観光、国際ビジネス需要の増加によるレガシー効果とされています。コロナ禍は、その計画を完全に破壊してしまいました」。

関西大学名誉教授で、経済学者でもある宮本勝浩の研究によると、大会の実際の直接貢献額は約3兆3000億円で、予測よりも1兆9000億円少なかったという。レガシー効果の差はさらに大きくなる可能性があり、宮本は間接的な貢献をわずか2兆9000億円と見積もっている。

梅澤は「新しいインフラがどのような影響をもたらすのか、まだ見てみないと分かりません」と指摘。「しかし、現実的に考えて26兆円にはならないでしょう」。

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「スタジアムの外には何千人もの熱狂的な人々が並んでいた」

組織委員会は、『東京2020』の影響が2013年の高い目標に達する可能性はまだ消えていないと考えている。「『東京2020』のビジョンには、さまざまな方法で社会にポジティブな変化をもたらすものが含まれています」と高谷は主張する。スポーツ施設というハード面のレガシーに加えて、ソフト面のインクルーシブでグローバルな社会の実現を挙げた。

「パラリンピックのレガシーという意味では、障がいのある新しいヒーローが日本に現れたのではないでしょうか」とスペンスは同意する。

「杉村選手がボッチャで金メダルを獲得した時は、トップニュースになりました。彼はヒーローになったのです。重度の脳性まひを持つ人が日本の新聞の1面を飾ることなど、パラリンピックがなければあり得なかったはずですが、スポーツがそれを可能にしたのです。

私たちは何でもできることを示し、それによって考え方は変わります。日本ではこれから、障がい者に対する考え方が大きく変わるでしょう。その結果、今後数年の間により多くの障がい者が雇用されるようになると確信しています」。

スペンスが今大会で一番残念に思っていることは、観客がいなかったことだ。「スタジアムで選手のパフォーマンスを楽しみ、応援してくれる人がいなかったことは大きな損失でした。もし観客がいたら、我々の会長は(閉会式の場で)間違いなく『史上最高の大会だった』と言ったでしょう」。

スタジアムには誰もいなかったが、ファンたちはそれでも声を上げていた。「私たちが閉会式の会場をバスで後にしたとき、スタジアムの外の通りに、応援する何千人もの熱狂的な人々が並んでいました」。とスペンスは振り返る。

「私たちは確かに約束を守った」
Photo: Kisa Toyoshima

「私たちは確かに約束を守った」

「抗議活動の人々から、(『東京2020』が終盤に向かうにつれ)大会を名残惜しむ人々へと変わっていきました。オリンピックとパラリンピックという6週間のスポーツイベントの間に、このような世論の変化を目の当たりにしたのは驚異的な経験でした。バスの中でみんなが泣いていたのを覚えています。(そして、その瞬間)『やり遂げたな』と思ったのです」。

経済顧問の梅澤は、もしも……と振り返る。「もし仮に、東京が2020年の招致に失敗していたら、代わりに2024年大会の開催権を獲得していたのではないでしょうか。今思うとその方がよかったのかもしれません。これまでの投資が無駄になることもありませんでした。

しかし、私たちは今を生きており、大会は中止しなくて正解でした。インフラは整備されていたのだから、あとは選手を受け入れて、東京が約束したものを提供できると証明しなければ損をするだけになってしまいます。そして、私たちはそれを実行し、約束を確かに守ったのです」。

東京2020オリンピック・パラリンピックを振り返る……

  • Things to do

緊急事態宣言下、2021年8月24日開幕の東京2020パラリンピックが、12日間にわたる全競技を終えて閉幕した。同一都市での2回目となるパラリンピック開催は史上初、日本が獲得したメダルは金13個、銀15個、銅23個、合計51個。この数字は2004年のアテネ大会時に次いで2番目で、大躍進を遂げたと言えよう。

  • Things to do

2ドイツテレビ(ZDF)プロデューサーとして、『東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会』(以降『東京2020』)の現場から自国へ向け発信してきたマライ・メントライン。彼女は、この国家的事業をどう受け止めたのか。同大会における文化的価値にフォーカスした総評を寄稿してもらった。

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  • スポーツ
  • スポーツ

『東京オリンピック・パラリンピック』は、ある種の「落胆」から始まった。新型コロナウイルスが流行する中、スポーツイベントを推進することは、本来ならば興奮と祝福に満ちた機会を無駄にしてしまうのではないかと感じられたからだ。しかし、大会が盛り上がるにつれ、恐怖と不安の時代に力強い光を放つことが証明されたと言えるだろう。

ここでは、東京パラリンピックの6つの印象深いハイライトを紹介する。

  • スポーツ
  • スポーツ

正直なところ、この困難な状況で東京オリンピックを開催するのは、簡単なことではなかった。選手たちは新型コロナウイルスの影響で、制限のある中トレーニングに励んだ。そして、コロナ禍に大規模な世界的イベントを開催することが適切であったかどうかについては、いまだに多くの議論がなされている。しかし、悲惨な状況が続いた1年半を経て、オリンピックは必要な気晴らしを与えてくれたとも言えるだろう。

今年のオリンピックは、開催に向けて長い期間準備をしてきた人々にとって思い描いていたものとかけ離れていたが、それでも多くの点で驚くべきことがあった。例えば、ヒディリン・ディアス(Hidilyn Diaz)がフィリピン史上初の金メダルを獲得したり、エレイン・トンプソン(Elaine Thompson Herah)が100メートル走で金メダルを獲得し世界最速の女性になったりと、画期的な出来事が起こった。

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  • Things to do
  • シティライフ

今年の『東京オリンピック・パラリンピック』は、アジアの都市で初の2回開催、史上初の延期、そして初の無観客など、初めてのことがたくさんある。2020年以前に誰もが予測していた状況ではないが、ようやく2021年7月23日に東京オリンピックの開会式を迎えることができた。

開会式には、オリンピックの名誉総裁に就任した天皇陛下が登場。VIPを除く観客の入場は禁止されていたが、隈研吾が設計した新国立競技場で打ち上げられた花火が、東京の夜空を眺める人々にイベントの開始を知らせた。

式典の冒頭では、新型コロナウイルスの大流行で失われた命と、2011年の東北地方太平洋沖地震と津波の犠牲者への追悼が行われ、ほろ苦い雰囲気に包まれる。しかし、国際的なアスリートのパレード、日本を代表するパフォーマンス、息を飲むようなドローンの飛行などにより、イベントは急速に盛り上がっていった。

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