星明彦
Photo: Kisa Toyoshima星明彦

観光の役割は、職場でも家庭でもない「第3の場」を提供すること

観光庁の星明彦が語る、相互性のあるホスピタリティーがもたらすもの

編集:
Genya Aoki
テキスト:
Kaoru Hori
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※本記事は、『Unlock The Real Japan』に2022年3月21日付けで掲載された『A good comeback』の日本語版。

日本の観光立国の実現に向け、2008(平成20)年に設置された行政機関、観光庁。現在、観光政策調整官を務める星明彦は、全国を駆け回って日本の真の魅力を掘り起こし、施策に反映している人物だ。日本における観光の変化と「ホスピタリティー」の本来の定義の再確認、『2025年日本国際博覧会』(以降『大阪・関西万博』)への期待について語ってもらった。

コロナ禍によって、住み方や働き方など生活スタイルは大きく変容した。旅のスタイルもこれからガラリと変わるだろう。

行楽シーズンや週末に家族や友人と有名な観光地を訪れ、食事をして温泉に入り、翌日はお決まりの寺社仏閣に出かけて写真を撮り、土産を買って帰る。というこれまでの旅の定型から、「長期間のワーケーション」や「唯一無二の体験や経験を探す旅」、または「地域住民と触れ合い、第2の故郷のように関わる旅」へ徐々にシフトしつつある。

問題は、その変化に対し、現状の観光(セクター)では十分に応えきれないことだ。変化に対応するために重要なことは何か? 星は「ホスピタリティーの本来の定義に立ち返ること」だと指摘する。

「日本では、ホスピタリティー=おもてなし、つまり『上げ膳据え膳の極み』みたいなものと捉えられていますが、本来のホスピタリティーというものは、相互性のあるもの。ゲストと迎え入れる側の双方がお互いを理解し、深い人生体験を共有して幸せになることなのです」

すでにその定義を理解し、感度の高いロイヤルカスタマーを多く抱える宿泊施設がいくつかあると星は言う。例えば、長野県南部の伊那谷エリアにある1日1組限定の1棟貸し古民家宿、nagareだ。500日間の世界一周の旅を終えた夫婦が、築100年の古民家をできるだけ原型に戻す形でリノベーションした宿である。

地域の職人やアーティストが手がけた家具や装飾品と、海外でオーナー夫婦が手に入れた調度品が程よくミックスされた空間は、抜群に居心地が良い。食事は、地産のものをゲストが最終的に調理するスタイルとなっている。

星は「押し付けがましくない適度なサービス、懐かしさと快適さが同居した空間で、地域というものに自分が受け入れられている感覚に包まれる」と同宿を絶賛する。

さらにもう一つの例として、福島県土湯温泉のゆもり温泉ホステル (YUMORI ONSEN HOSTEL)を挙げる。ここは、廃業した温泉ホテルを全面リノベーションし、貸し切り温泉付きゲストハウスに生まれ変わった宿泊施設だ。

食材を持ち込むだけで料理が楽しめるシェアキッチン、宿泊者以外も利用できるコミュニティースペースやカフェがあり、「地域住民と宿泊者の交流が、とても自然かつ活発に行われている。シカの皮でスリッパを作るワークショップなど、ほかにはない体験も魅力的です」。

観光がもたらす旅行者と地域住民の「幸せの連鎖」
Photo: shutterstock

観光がもたらす旅行者と地域住民の「幸せの連鎖」

「職場でも家庭でもない『第3の場』を提供することが、本来の観光の役割、機能なんです。親とか部長といった立場や肩書から解放され、『自分ってどんな人間なんだろう?』『自分が本当に好きなものは?』『自分には何ができるんだろう?』と自らに問いかけ、潜在的な意識を再確認して、顕在化してくれる場は人が生きていく上でとても有用なんですよ」

実際に星は、これまでにも旅行者と地域住民の「幸せの連鎖」をたびたび目撃してきた。第3の場だからこそ、人は社会や環境の循環を深く理解する。そして自らの潜在的な能力に気付き、花開かせるのだ。

それは地域にも波及して、より良い方向へと目覚めさせていく。「観光はホスピタリティーを発揮すれば、地域の人々も訪れる人々も共に幸福を増幅し合う幸せの仕組み」と星が言うゆえんである。

そしてこの「幸せの連鎖」は『大阪・関西万博』でも起き得ることだと星は断言する。これまで日本の観光は、東京を起点にした「クールジャパン」的な要素がこの国の魅力だと思われてきた。

しかし、2025年の万博に訪れた人々が大阪を拠点にして、それ以外の地域にも招き入れることができれば、百年単位で受け継がれてきた日本の文化、千年単位で引き継がれてきた精神性を知ってもらう絶好の機会になるだろう。しかも、再開発を免れた過疎地域にこそ大きな飛躍のチャンスがあるのだ。「あめ色の宝石」と名高い、東出雲の『まるはたほし柿』を好例に挙げる。

「現在、17戸の生産農家が一丸となって取り組んでいる、日本トップクラスの干しカキです。作り方がこの地に伝わったのは約450年前。これほどの『持続可能な地域』は世界でもまれでしょう。柿は今ヨーロッパの三つ星フレンチなどではやっているので、この村に星が取れるほどの一流フレンチレストランを作ろうかなんて話まで出ているんです」

パスタや『ル・クルーゼ』の鍋など、日本人の生活には海外の食や製品がすっかり浸透している。だが、日本の食や製品はなかなか世界で日常使いされない。星が目指すのは「日本文化を世界中のあらゆる日常に溶け込ませること」だという。

地方に眠る希少で価値の高いものを世界の目利きや資産家に知ってもらうには、新しい観光スタイルを受け入れ、応えるための準備が欠かせない。

「準備さえ整えば、過疎地域こそ日本の経済成長のドライバーになります。さらにコロナ禍によって公私の境目が薄れた結果、都会の人々が『マルチワーカー』として、地方でさまざまな役割を果たしてくれるでしょう」と星は地域の展望を語る。

「世界にはない価値やスタイル、SDGsを高い次元で超えた経済と社会の循環が日本には存在します。日本といえばフジサン、ニンジャ、アキハバラだと思っていた人々に、真の日本の魅力を知ってもらうのが観光立国の趣旨ですし、そういう意味で大阪・関西万博は日本の新観光時代の起爆剤になり得ると私は信じています」

星明彦

観光庁 観光地域振興部 観光資源課長

1972年3月 宮城県生まれ
(略歴)
1998年4月 運輸省(現国土交通省)入省
2005年6月 欧州連合日本政府代表部二等書記官
2008年7月 国土交通省自動車局環境政策課課長補佐
2010年4月 独立行政法人交通安全環境研究所(現自動車技術総合機構)企画室長
2011年4月 国土交通省自動車局環境政策課自動車使用適正化対策官
2013年7月 国土交通省自動車局安全政策課事故防止対策推進官
2014年7月 国土交通省航空局航空ネットワーク部首都圏空港課、東京国際空港環境企画調整室長
2017年7月 海上保安庁総務部政務課企画官
2019年7月 自動車局総務課企画室長
2021年4月 現職

観光の未来についてヒントを得る……

  • Things to do

2021年1月に観光を通じて地域の国際化を推進し、地域の 文化と経済を活性化することを目指して設立された一般社団法人 日本地域国際化推進機構(以下、機構)がその設立記念となるオンラインシンポジウムを2021年4月26日に開催した。  

機構では「NEXTOURISM(観光新時代)」と標榜し、次世代の観光をけん引していく取り組みを行っていくという。彼らの目線からは、観光立国である日本の未来がどのように見えているのだろうか。シンポジウムは2部構成で、第1部では、「観光立国ニホンの未来」をテーマに、コロナ禍によってダメージを受けた観光市場の回復について語られた。第2部は、「観光新時代ってどんな時代?」と題し、観光のニューパラダイムについてディスカッションが行われた。

コロナ禍で人々の価値観がシフトしていくことによって、観光や旅のスタイル、その意味がどのように変わっていくのかなど、登壇した6名の機構の理事によるトークセッションをレポートする。なお、全編を通してナビゲーターは堀口ミイナが務めた。

  • Things to do

「20年後の私たちはどのように生きるのか?」という問いを持って2013年から始まった「都市とライフスタイルの未来を描く」議論をする国際会議『INNOVATIVE CITY FORUM 2021』が、2021年11月22日〜25日に開催。24日は「地域と観光客の共生のあり方」を議論する「タイムアウト東京 × ICF2021 特別セッション『観光新時代に必要なこと~ハピネス・民俗学・テックで編みなおす新たな物語とは~』」を実施した。


2019年に3188万人と過去最高数の訪日外国人旅行者が訪れた日本は、活況なインバウンドに支えられていた。一方で、急速な成長によりキャパシティーを超える観光客が押し寄せ、観光地とツーリストとの間にさまざまな弊害を引き起こす、いわゆる「オーバーツーリズム」が問題視されていた。

コロナ禍で未曽有のパラダイムシフトを迫られる中、5人の登壇者の目に「観光新時代」の幕開けはどのように映っているのだろうか。

アーカイブ動画もあるので、ぜひチェックしてみてほしい。

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  • Things to do

「20年後の私たちはどのように生きるのか?」という問いを持って2013年から始まった「都市とライフスタイルの未来を描く」議論をする国際会議『INNOVATIVE CITY FORUM 2021』が、2021年11月22〜25日に開催。25日はエマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)によるキーノートをはじめ、さまざまなジャンルにおける未来への提言と議論が行われた。ここでは、「今後の観光の在り方」を議論した分科会『観光の未来像〜体験価値と消費の新たな関係〜』について伝えよう。

仮想とリアル、労働と余暇、密集から分散というライフスタイルや産業構造の変容により、これまで体験価値として消費されてきた観光の在り方がどう変わるのか。4人の有識者によるセッションをレポートする。

アーカイブ動画もあるので、ぜひチェックしてみてほしい。

  • Things to do
  • シティライフ

2021年12月4日、『観光会議「メタ観光マップで考えるこれからのすみだ」』がすみだ産業会館とオンラインで開催された。『メタ観光』とは昨今注目を集めている、新しい観光の在り方としてのスタイル。地域の文化資源の価値を歴史的意義だけでなく、アニメーションの聖地や「インスタ映え」などさまざまな角度で捉え、それを複数のレイヤーとしてオンライン上の地図『メタ観光マップ』に落とし込み、楽しむ観光のことだ。

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