タイムアウト東京 > カルチャー > 麿赤兒の死生観と神様との向き合い方
テキスト:高橋彩子(舞台芸術ライター)
ユニークな切り口で創作を行うK-BALLET Optoが、柳田國男生誕150年、戦後80年の節目に、柳田が岩手県遠野地方に伝わる伝承などを記した説話集「遠野物語」の世界と婚約者・響子への思いを残した特攻隊員の物語とを組み合わせた『踊る。遠野物語』を上演する。
演出・振付・構成をダンサー・振付家の森山開次が手掛け、出演にはK-BALLET TOKYOの実力派ダンサーのほか、舞踏家・俳優の麿赤兒を筆頭に多彩な演者が集結。82歳の麿は、独特の死生観を持つこの舞台にどのような思いで臨むのだろうか? 話を聞いた。
生き抜くための幻想
―『踊る。遠野物語』は、東北出身の特攻隊員が許嫁(いいなずけ)に宛てた手紙と、三陸大津波で亡くなった妻の幽霊と夫が再会する柳田國男の『遠野物語』第99話から着想されたとか。
今回の舞台に先駆けて公開された麿さんの語りによる紙芝居動画を見ると、特攻隊員の青年が『遠野物語』の様々な話に出てくる女性たちに許嫁の面影を見出すようですね。つまり青年は、遠野に着いた時点で死んでいるのでしょうか?
麿(以下同):そこは謎で、生きているのかもしれないし、あるいは死んで成仏するためのイニシエーションというか、それこそチベットの「死者の書」みたいに解脱へと向かっていく過程の話なのかもしれない。いずれにしても宗教的な死生観というより、もうちょっと情緒的な世界です。
そもそも神話や伝説というのは、天変地異や生活の苦しさなどに対する人間の折り合いの付け方のようなところがありますよね。この作品にはそういう面と、青年の眼の前に現れた山神や天狗をどうくぐり抜けていくかというイニシエーションのような面との両方が描かれています。
―麿さんはやはり青年に立ちはだかる存在として舞台に登場するのですか?
色々な役をやりますよ。オシラサマについて書かれた『遠野物語』第69話の、
―人間界を俯瞰するような存在でしょうか?
あるいはその辺にある草にぽつんといて、世界を見ているのかもしれません。
―「草葉の陰」と言いますしね。日本の神様は八百万ですし、死者も、天国ではなく色々なところにいそうです。
柳田國男の『遠野物語』自体、基本的にはアニミズム的なもので成り立っていると言えますよね。今は克服しているにしても、東北の気候は厳しく、地震や飢饉などもあって、生き辛く耐え難いところがあったでしょう。古くは大和政権による蝦夷征討のような人災があり、天変地異も多く、食べ物もなかった。
そういう生活を(舞踏の創始者である)土方巽がそのまま舞台に乗っけたのが“舞踏”だと、舞踏原理主義者は言っていて、それだけではないんだけど、まあそれもありか、とは思います。
いずれにしても、厳しい暮らしの中で、妄想も含めて死者が現れて眼の前で話しているような感覚が、生きている人間にとっては生き抜くための力になったのではないでしょうか。
神様を挑発し、神様と遊ぶ
―麿さんご自身にとっては、死者と生者の世界ははっきり分かれていますか? それとも地続きですか?
地続きだと思っていますね。年取ってくるとぼんやりしてきて、自分でも死んでいるのか生きているのか分からないことがある(笑)。若い人は生がいっぱいで死という荷物は小さくて重いけれど、こっちは死の荷物が大きくなっている。大きいけど軽い。そして自分が包まれるような優しいものにも感じます。
―ではその感覚が今回の舞台にも……。
活かせればなと思っている次第です。演技として出すというのではなくてね。演出の森山さんによれば、僕のシワがいいのだそうで。「シワ」と言ってから「年輪」と言い直していたけれど(笑)、シワでいいんですよ。ヨーダみたいな、シワだらけの存在。
だって、じじいにはじじいなりの、赤ん坊には赤ん坊の、青年には青年の時間がありますよね。まあ、世阿弥の「時分の花」みたいな……じじいには花とはなかなか言ってくれないけど……。
―それこそ「まことの花」ではないでしょうか!
ということに落ち着いてしまうと、世阿弥にひざまずくようでね(笑)。
―どうしても能は究極の世界という印象がありますから。とはいえ舞踏は、静謐さ以上に、抗いや猥雑さの色が強いですよね。
そう。僕の場合は欲張りで、ミニマムな収まり方をしたくないですから。
―それは反骨精神ですか?
反骨精神と言うほど戦っている感覚はなくて、受け入れられないタブーに手をつけてしまうような、いたずら心が行き過ぎているというか。神様に「バカ野郎」と言ってちょっかいを出したら罰は当たるのだろうかというような好奇心、あるいは「いたら出てこいやー」みたいな挑発の気持ちかな。
―どこかで神や霊を信じている部分もありますか?
あまり信じていないけれど、楽しめるなあ、と。対話の相手、あるいは遊びの相手って言ったら失礼かもしれないけど、でもなんで失礼だと思わなければいけないんだ!みたいな思いもあるんです。拝んだとしても願い事をするのではなくて「分かってるならちゃんとしてくれよ」「でなければ神様ではないんじゃないの?」って。ほとんど脅しだな(笑)。
―しかし、実在するかどうかにかかわらず、みんなが信じているということの先に、信じている対象が浮かび上がるというのはありますね。
共同幻想みたいなもので秩序が成り立っている面があるからね。東北だけ、日本だけじゃなく、あらゆるところに神話や伝説は残っていますよね。でも今は精神的な世界と物質的な世界に分断ができていて、共同幻想が少なくなって、物語が色っぽくなくなっちゃいましたね。
異ジャンルと化合する面白さを
―麿さんは、石川県生まれ。東北に近いところにルーツがあるという感覚はありますか?
いや、どちらかというと育った奈良のほうが大きいですね。どこにでも神様がいるし、ちょっと掘ったら奈良時代のものが出てくるから、何かというと罰が当たるぞなんて言われて、遠足で岩にションベンかけたら怒られた(笑)。
だから、「そんな古いかけらみたいなもの、しょうがないだろう」という気持ちと、「やっぱり大事かな」という気持ちとが、知らない間に葛藤していたところがあります。
―なるほど。さっきおっしゃった「いたずら心」や「いるなら出てこい」といった麿さんの感覚は、奈良で培われたのですね。
僕が育った場所は三輪山の辺り。三輪明神(大神神社)に祀られている大物主大神は祟り神と言われています。神社というのはしばしばやっつけた側が鎮魂のために建てるもので、その存在を忘れると今度は祟るという共同幻想があるわけですよね。そういう畏敬の念、畏れ多いという気持ちも持っています。
―怖さが分かっているから、自分が怖いものにもなれるというところもありますか?
そう。擬態だね。ガーッ!と、愉しくやっていますよ。
―今回はバレエ、舞踏、歌舞伎など様々な演者が集まりました。バレエダンサーとの共演はいかがでしょう?
面白いですよ。よく跳ぶなぁ、綺麗だなぁと、その身体哲学を楽しんでいます。でもバレエだって、もともとはある種の見せ物ですからね。鳥になりたい!とか。
―トウシューズを履いて天上の存在に近づく、とか。
バレエは重力に反対しようという欲望が強いですね。僕は重力に逆らわない。焼けた鉄板の上で熱いからピューっと跳ぶ、とか、あるいは死の舞踏じゃないけれどチリチリと焼けていく、とか。
でもバレエも20世紀初頭のヴァツラフ・ニジンスキーあたりになると、跳ぶのをやめて牧神のような四つ足になって、発想が舞踏ですね。
―内股ですしね。今回、麿さんがバレエの身体と出会ってどうなるのか気になります。
フラミンゴみたいだな、ちゃんと飯食ってるのかなあ?、なんて思っています。そういうある種の限界に挑戦をしている人たちの美しさに、舞踏の持つ土俗的なものを、簡単に対峙させるというより、違った形で化合する、その化学反応に興味がありますし、そうなることを期待していますよ。
―麿さん自身の今後のビジョンも聞かせてください。
死ぬまでどうやって踊ろうかと、それだけですよ。はた迷惑かもしれないけれど、舞台で「死んでるの? 踊ってるの? どっちか分からない」みたいな。あるいは「死んでいました!残念でした!!」みたいなね(笑)。
