東京、注目の若手シェフの店10選

フレンチ、イタリアン、和食など、東京のフードシーンの新たな担い手たち
Takashi Arisawa, Le Ginglet
作成者: Time Out Tokyo Editors |
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テキスト:望月実香子
写真:豊嶋希沙、谷川慶典

世界一ミシュランの星を多く獲得し、世界一多くの飲食店を擁し、世界一多様な国の料理を堪能でき、おそらく世界一、食への関心が高い都市、東京。そんな美食都市には、海を超えてその名を轟かすシェフも多数存在する。しかし今回紹介するのは、まだ海外ではあまり知られていないが、食通たちがこぞって称賛するとっておきのシェフたちだ。確かな技術と経験、豊かで自由な発想を持つ彼らが今、次のレストランシーン、さらには新しい食に対する価値観を形作りつつある。彼らは、食と人への愛情に溢れ、肩肘張らずに自然体で、食を通して周りの人を幸せにしたいと強く願っている。若い人にも食の魅力を知ってほしいと、価格はできるだけ抑える。これまで一部の人たちに限られた美食体験を、もっと日常にカジュアルに。新世代シェフたちが拓くレストラン最前線へと誘う。

レストラン, ビストロ

キキ ハラジュク/野田雄紀

icon-location-pin 原宿

若者や観光客でごった返す原宿その喧噪から離れた裏通りには、静かで小洒落た店が多く存在する。明治通りから路地を入った裏通りに、ガラス張りが開放的なこじんまりとしたビストロ風の店がある。シェフ、野田雄紀のレストラン、キキ(kiki)だ。旬のフルーツをふんだんに使ったフレンチを、カジュアルなスタイルで提案する。オープンから6年目を迎え、野田の料理にはファンが増え続けている。22歳で渡仏した野田は、名店タイユヴァンなどで学び、帰国。その後、ルグドゥノム ブション リヨネのクリストフ・ポコシェフの右腕としてスーシェフを務め、2011年に独立した。

格式高いフレンチの名店で学びながらも、自身の店はリーズナブルでカジュアルだ。これまで敷居の高かったクラシックなフランス料理を、食材も技術もハイクラスのまま気取らない日常の一コマへと落とし込む。若い人たちにも食の魅力を体験してほしいとの考えから、5皿3,800円という安価で、素晴らしいコース料理を提供する。コースで出される『リヨン風サラダ』ひとつとっても、その願いが込もっているのが分かる。一流農家から取り寄せるカラシ菜やルッコラ、ビーツなどの瑞々しい野菜に、イチゴやラズベリーといった果物の酸味をアクセントに加え、ベーコンやヒヨコマメ、ブラウンマッシュルームでコクと厚みを持たせている。さらにトウモロコシとローズマリーのケークサレが添えられる。ひとつひとつの素材の味が濃いから、ドレッシングはほんの少しだけ。あらためて食の楽しみ方を教えてくれる一皿だ。

フルーツに限らず、野田は日本の各地に伝わる食材を使う。「和の食材の、和ではない側面を見せる」ことこそが、日本のフレンチの意義だと考えるからだ。時間があれば、あちこちの農家や漁港を訪ね、「本物」と思えるものを自身の血肉とし、店に帰って早速試してみる。「産地に行くと必ず何か発見があり、世界が広がるんです。食材の意外な組み合わせを思いついたり、レシピが浮かんだりとインスピレーションを受けます」。「もっとレストランは自由であるべき」という考えが、彼を厨房の外へと向かわせ、レストランは日々広がり深化する。野田はコースだけでなくアラカルトにも力を入れており、コーヒーやデザートだけでも寄ってほしいと言う。モーニングの開始も構想しているそうだ。

レストラン, 日本料理

伊勢 すえよし/田中佑樹

icon-location-pin 西麻布

シェフ、田中佑樹の懐石料理店、伊勢 すえよし。そこは、東京にいながら美味なる日本の四季を堪能できる場所である。カウンター5席、テーブル6席だけの小さな店に、海外からの客も我先にと予約を入れる。2015年に自身の店を構えた田中だが、経歴は少し異色だ。専門学校卒業後、日本を代表する高級料亭、菊乃井で4年間、日本食をみっちり身体に叩き込んだ。その後、醤油と昆布を持って世界を巡りながら各地で料理を学ぶ旅に出た。訪問先は、カナダやアメリカ、メキシコ、グアテマラ、ペルー、スペイン、モロッコ、フランス、イタリア、トルコなど15国以上。旅の途上で痛感したのが、その土地が育んだ食材がその土地の食文化を作る、ということだった。「和食を日本文化としてもっと発信していきたい」。そんな思いで帰国した田中は、地元の三重県で食材の生産者との交流を深めていった。

海山の自然に恵まれ、古くから「美し国(うましくに)」と呼ばれ、食材の宝庫として知られる三重県。土地の食材を深く知り、体験した上で作り上げる彼の一皿は、その時々の季節だけでなく、古来から伝わる日本の景色、味わいを語りかけてくる。田中が懐石料理を通じて目指すもの。それは「生産者と消費者の心の交流」だという。そのために、料理教室や産地へのツアーを開催したり、ブログで和食や食材の歴史、背景を綴ったり、生産者たちと食材のストーリーを伝える本まで制作した。日本の食文化という歴史を背負った若き料理人、田中の伊勢 すえよしは、日本人にすら縁遠くなってしまった大切なものを教えてくれる。

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レストラン, フランス料理

グリ/鳥羽周作

icon-location-pin 代々木上原

「誰にでもストレートに伝わる美味を追求したい」と屈託なく話す鳥羽周作。彼のいる小さなレストラン、グリ(Gris)は、夜ごと熱気に包まれる。鳥羽が食の世界に飛び込んだのは32歳。少年時代から目指したサッカー選手の夢を諦め、料理人として再出発した。都内のイタリアンやフレンチの名店で食を知り、料理を学び、ひたすらに腕を磨いてきた。海外修行経験はなし。だからこそ日本人シェフとしてのアイデンティティを何よりも大切にし、ここでしか味わうことのできない、日本料理とフレンチが見事に融合する、新たな一点へと向かう。

醤(ひしお)や酒粕、味噌といった日本古来の調味料や食材を積極的に取り入れた、自由で豊かな発想から生み出される料理は、食す人皆に驚きと幸福のひとときを与えてくれる。この店のスペシャリテ、盆栽をイメージした『カカオニヴ フォアグラ 桜』。フォアグラのムースとマカロンをベースに、桜の塩漬けや味噌、蕎麦の実などの和の食材を加え、カカオニヴのほのかな苦味をふりかけた一皿だ。口の中でカカオの優しい苦味や桜の香りから、フォアグラのコクのある甘みへとゆっくりと変化していく。小さなピンポン球ほどの球体に、味わい深い四季が詰まっているようだ。

鳥羽の目指す究極の「美味」には、食材を作り育てる生産者たちへの深い敬意と、それを次の世代に伝えていくという使命が凝集されている。『越田さんのものすごい鯖 グリーンピース 葡萄』はそれを象徴する一皿だ。『ものすごい鯖』とは、サステイナブルシーフードに取り組む越田商店が作るサバの干物のこと。彼がコースに取り入れてから、客や周りのシェフたちにも広まったとか。「世界で評価されれば、若い子たちがもっとレストランや食に興味を持ってくれる」。そう信じる鳥羽は、東京で勝負することにこだわる。このレストランは、訪れる人々を間違いなく幸せにし、食に対する新たな視点を与えてくれる。情熱と愛情、そして野心あふれる料理人、鳥羽のドラマティックなディナーは、東京を訪れたら必ず体験したい。

レストラン, フランス料理

ラ ボンヌターブル/中村和成

icon-location-pin 日本橋

ラ ボンヌ ターブル(LA BONNE TABLE)の扉を開けるとき、これから始まる特別な時間を思って、自然と笑みがこぼれる。西麻布のレフェルヴェソンスのカジュアルラインとして、2014年にオープンしたこのレストラン。シェフの中村和成は、長年レフェルヴェソンスのシェフ、生江史伸の右腕として、その不動の地位を支えてきた人物だ。「Farm to Table, Whole foods, Chef to guests」をテーマとし、畑や漁港から直接届く新鮮な食材を最大限に生かした彼の料理には、ファンも多い。

中村は、誰よりも食材への敬意と愛が深い。「生産者たちの想いを大切にしたい。だから、少しも無駄を出したくないんです」。まっすぐな眼差しでそう話す彼は、これまで捨てられていた部分を華麗なフレンチの一皿へと変えてしまう。例えば、『原木椎茸 ブータンノワール 奈良漬け』。シイタケの軸の部分に細かく切り込みを入れて、香ばしくカリッとオーブンで焼き上げる。そこにブータンノワール、奈良漬けという和と洋が自在に組み合わされ、見事な調和を見せるこの一皿は、食材の新たな可能性を教えてくれる。「食材は限りある資源。だから、サステイナブルな食を料理人として発信していきたい」。カジュアルなレストランだから、高級店では使えない食材や部位でも調理次第でいかせる。実はそんな食材や部位が、本当に美味しかったりするそうだ。オープンから3年経って、中村はより深く食材と生産者に向き合うように、より自由な発想で料理に向かえるようになったという。生産者とゲストとの距離が近くなればなるほど、彼の料理は進化していく。美食にとどまらない、いつまでも記憶に残る特別な食体験を与えてくれるのだ。

「うちのスタッフの竹澤が畑を始めたんです。今度そこでシロウリを育てて、自家製の奈良漬けを作ろうと思っているんです。3年はかかりますけどね(笑)」と、くだけた笑顔をみせる。食材の知識や生産者への理解を深めるために、できるものはすべて自家製にしたいという。このレストランに訪れると、きっと「美味しい」の向こう側を体験できるはずだ。

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レストラン

パス/原太一&後藤裕一

icon-location-pin 代々木八幡

代々木上原に、朝から晩までひとときの美食を求める人でごった返す場所がある。シェフの原太一とパティシエの後藤裕一が2年前にオープンしたレストラン、パス(Path)だ。ミシュラン二つ星のフレンチ、キュイジーヌ[s] ミッシェル トロワグロでともに修業時代を過ごした2人。原は、渋谷にビストロ ロジウラをオープンして独立した。後藤はフランス、ロアンヌの本店でアジア人初のシェフパティシエを務め上げた。そんな2人が後にオープンしたレストランは、かしこまった白いクロスやコックコートのない自然体の店だ。丁寧で精緻な手仕事、職人たちの魂が感じられる空間がなんとも心地良い。

パスを一躍有名にしたのは、毎朝丹誠込めて織り上げるクロワッサンと、まさに「発明」と言えるような『ダッチパンケーキ』が食べられるモーニングだ。クロワッサンはジューシーなバターのコク、歯を立てただけで崩れそうな皮ともっちりとしたクラムが特徴。東京の食通なら知らぬ者はいないほどの人気ぶりで、昼前には売り切れてしまうこともしばしばだ。ダッチパンケーキは、「発明」と言いたくなるような逸品。絹のように柔らかく滑らかな食感のダッチパンケーキの上には、店の近くで手作りされるブッラータチーズと自家製の生ハムが乗り、その上からメープルシロップをたっぷりかけて食べる。ふわりと甘い生地とメープルシロップ、とろけるようにクリーミーなチーズに、ほどよく塩味のきいた生ハムが、口の中で渾然一体となる。ディナーは、2人の合作を楽しめるコースとアラカルトもある。モーニングからも想像がつくように、2人の料理は一流で、その上、驚きと楽しさに満ちている。原の自由で大胆な料理と、後藤の緻密で斬新なデセール。四季が移り変わるように、コースの内容も少しずつ変化していく。パスは間違いなく、今最も東京に愛されるレストランのひとつだろう。

レストラン

ジュリア/nao

icon-location-pin 恵比寿

東京にレストランは数あれど、女性シェフはごくわずか。2017年3月にオープンしたモダンアメリカンキュイジーヌ、ジュリア(JULIA)のシェフであるnaoは、早くも新世代を担う女性シェフとして注目を浴びる。ジュリアは、キッチンと一体となった12人がかけられる大きなコミューナルテーブルだけのレストラン。そこは噂を聞きつけたグルメなゲストたちが席を埋めにぎわう。元々レストランPRをしていたという彼女が料理人になったのは、ともにジュリアをオープンさせたサービスマン本橋健一郎との出会いがきっかけだ。リゾートホテル立ち上げのプロジェクトで一緒になった彼の仕事ぶりに惚れ込み、2人でレストランをオープンすることを決意したという。フレンチレストランなどで経験を積み、2012年に本橋ワイン食堂をつくば市内にオープン。そして今年、ジュリアとして恵比寿に移転オープンした。

「愛情が込もったお母さんの料理が一番おいしい」。そう話す彼女の料理は、モダンアメリカンの斬新さもありながら、口にしてみると懐かしさを感じほっとする料理が多い。彼女のスペシャリテは『スライダー』だ。ジュリアのエッセンスが詰まったこの小さなハンバーガーは、もしかしたら世界一美味しいハンバーガーかもしれない。スモークした香り高く濃厚な脂感あるプルドポーク、食感と爽やかな甘さで存在感を放つリンゴに、パインジュースやトマト、醤油などから作った特製BBQソースと、もちっと軽やかな自家製バンズがすべての素材を完璧にまとめあげる。

モダンアメリカンキュイジーヌに、和の要素が巧みに取り入れられ、醤油やワサビ、大葉や昆布に鰹節、出汁といった日本独特の素材が新しい可能性を見いだす。毎月替わるコースの8皿は、家族を想う母たち同様、旬の食材を選び、食べる人を想ってメニューを構成する。レストランだからといって気負わないよう、ほとんどがナイフフォークを使わないでつまんで食べられる。8皿を通じて、自然体でよく笑い、研究熱心で、愛情溢れる彼女の人柄が伝わってくる。食事の楽しさと、和の新たな可能性を教えてくれる新鋭レストラン。シェフのnaoとソムリエの本橋の息がぴったりあったディナーは、ここ東京での一夜を特別な時間に変える強烈な魅力を放っている。完全予約制。

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レストラン, イタリア料理

ドンブラボー/平雅一

icon-location-pin 調布

新宿から京王線で30分ほど。これまであまり知られていなかった国領という場所が、イタリアンレストラン、ドン ブラボー(DON BRAVO)の出現によってにわかに注目を集めている。ロッジを思わせる温かみのある店内に、厨房には大きなピザ釜、ダイニングの中心にはグラスを並べたテーブル。カジュアルな造りながらどことなく凛(りん)とした空気が流れる。「日本でしかできないイタリア料理をつくる」。そう熱く語るのは、シェフの平雅一。天才の料理人と謳われたACCAのシェフ、林冬青の下でキャリアをスタートさせた彼は、イタリアで数々の星付きレストランで研鑽(けんさん)を積み、帰国後も名店の立ち上げに携わり、最先端で自己を試し続けてきた。

2012年、地元の国領にレストランをオープンし独立。ここでしかできない料理、自分にしかできない表現。そのために食材は日本のものを使い、イタリア料理の伝統に新たな光を当てる。世界一の美食都市、東京でシェフになるということ。それには「感覚ではなく、緻密な理論の上に皿を構成する」ことが必要だと話す平。イタリア料理の伝統が身体の芯まで叩き込まれているからこそ、ぶれずに独自の一皿へと昇華させることができる。

平が自身の料理を通して伝えたいこと。「魂のこもった食材を知ってもらうのもレストランの役割。少しずつ日本の食のあり方が変わっていけば」。彼の一皿一皿には、そんな真摯(しんし)な願いが込められているのだ。だから、最高に食材をいかす調理法を追求し続け、提供するタイミングは常にベストでなければならない。そんな彼のストイックな姿勢がこの店の心地よくも、端正な雰囲気を作っている。日本でしか食せないイタリアン、もっといえば国領でしか体験できない平のイタリアン。足を延ばしてみる価値は多いにあり。

レストラン, フランス料理

アビス/目黒浩太郎

icon-location-pin 青山

魚介フレンチレストラン、アビス(Abysse)。2015年にオープンし、わずか1年でミシュラン一つ星を獲得。この彗星(すいせい)のごとくあらわれたレストランのシェフ、目黒浩太郎は弱冠32歳だ。あどけない笑顔とは対照的に、魚介を緻密で美しい一皿に生まれ変わらせ、美食家たちの話題をさらっている。ミシュラン三ツ星のフレンチレストラン、ル プティ ニース、カンテサンスなどで経験を積み、キャリアを重ね、技術を磨いてきた。しかし、自身の料理で世界を目指すにはアイデンティティが必要だった。そこで、目黒は日本の四季を表現できる魚介に絞ろうと決めた。ハウス栽培で年中同じ野菜が食べられる今、魚の方がより季節感を表現しやすい。

特に好きだという魚は、マナガツオ。彼の手にかかれば絵画のような美しい一皿に変わる。『真魚鰹 白味噌 ヘーゼルナッツ 万願寺甘とう』は、ポワレしたマナガツオの真っ白な身が驚くほど柔らかくなめらかで、煮詰めたホワイトバルサミコと合わせた白味噌のソースが味を引き立てる。万願寺甘とうのほのかな辛味、ナスタチウムの酸味、カシューナッツの香ばしさと食感がアクセントに加わり、絵画が音楽へと変化していくようだ。それは、1匹の魚が釣り上げられた瞬間から始まっている。しめ方、保存方法、温度、火入れなど、魚介に関する膨大な知識と経験、試行錯誤の末に生み出された一皿は、誰をも魅了する。

店を始めた頃は知識不足だったという彼は、「日本の漁師たちの処理技術は世界一」と言う。古来から魚食文化のある日本は、「生でいかにおいしく食べるか」を追求してきた。それゆえ、漁師たちの魚介に対する知識量が圧倒的に広く深いのだという。彼が東京でフレンチをやる意義は、そんな日本の宝とも言える漁師たちの知恵と、季節ごとの海の恵みの価値を伝えていくことなのかもしれない。

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レストラン, ビストロ

ル ジャングレ/有沢貴司

icon-location-pin 飯田橋

飯田橋に日本中の「うまい!」を集めた店がある。フレンチ出身のシェフ、有沢貴司が作る居酒屋、ル ジャングレ(Le Ginglet)だ。「素材の力を信じている」と話す有沢の料理は、極力手数を減らした、シンプルなものが多い。それでも東京のグルメな客たちが連日この店に集うのは、シンプルの奥に隠された未体験の美味を発見できるからだ。東京フレンチの名店、オーハラ エ シーアイイーの厳しい現場で鍛えあげた有沢の腕は、素材を最高の状態で提供する方法を知っている。築地市場には必ず毎日通い、常に食材の情報を頭と身体に叩き込む。ワイナリーや酒蔵、畑や牧場、果ては猟にも同行し、食材がやってくる現場を熟知しようとする姿勢を崩さない。

同店の名物のひとつは、有沢が日本一の猟師と絶賛する北海道の松野譲が捕った鹿肉を使った『エゾ鹿のハンバーグ』。食感はふんわりと綿のように軽いのに、肉汁とともにエゾシカ肉の旨味が口中に広がり、とろりとした甘みを感じる極上のハンバーグなのだ。ドリンクのセレクトにも彼の食に対する姿勢が表れている。セラーに並ぶ約2000本のワインは、約9割がナチュラルワイン。冷蔵庫には季節の日本酒が約50種類。彼がナチュラルワインや地酒をセレクトするのも、そこにも連綿と受け継がれてきた人に語るべき哲学やストーリーがあるからだ。「料理もお酒も昔からあるものを提供したい」。長い年月を経て、研ぎすまされた料理をさらに深めていくことを自身の使命とする有沢は、味だけを伝えるのではなく、食を通じて歴史や人々の物語も語り継いでいる。

レストラン, 多国籍料理

サーモンアンドトラウト/森枝幹

icon-location-pin 下北沢

下北沢の駅から少し離れたところに、一風変わったレストランがある。その名も、サーモン&トラウト(Salmon & Traut)。日本語に訳すと「痛風」という意味だ。一見自転車ショップのような店構えだが、扉を開けるとエプロン姿のシェフがカウンターに向かう。東京で最も発信力が高い新世代シェフ、森枝幹だ。著名な食文化研究家を父に持ち、自身の料理スタイルを「パンク料理」と公言する。オーストラリアのTetsuya’sや、表参道の湖月、日本橋のタパスモラキュラーバーなど、多様なレストランで腕を磨いてきた。自身の店を構えてからは、同世代のシェフやソムリエたちと斬新なイベントを次々と開催し、バーのプロデュースやレシピ開発、フードマガジンの編集も手がける。食文化を研究しに年5、6回は海を渡り、興味を引けば国内ならどこへでも飛んでいく。クリエイター、編集者、研究者、旅人……。こんなマルチに活躍するシェフはそういない。

そんな彼が作る料理は、いつも見事に期待を裏切ってくれる。「地球温暖化が進んだ今、日本を亜熱帯の東南アジアの一部と捉えています」。ハーブや魚醤などの東南アジアの調味料を積極的に取り入れ、香りと味が新たに融合する一点を模索する。素材そのままの味わいを大切にし、淡く繊細な味わいの和食から、素材を分解、再構築して生まれ変わらせるビビッドな「パンク料理」へ。「日本人の舌はそんな味わいにもなじむようになっているはず」。そう言って出してくれたのが『発酵トマトとスイカのスープ』だ。器に入った真っ赤なスープをティースプーンですくって口に含むと、まったく新たな味に出会う。発酵トマトの酸味の奥にはかすかに出汁のような旨味と、まるでスイカをかじっているような爽やかな甘味の見事な均衡。スープに浮かべたフレッシュカモミールオイルのシャープな香りや、白いイチゴのピクルスの鮮烈な酸味がアクセントに加わる。

「ネガティブなイメージで食べられてこなかったマイナー食材を積極的に使うようにしている」。それは、サステイナブルな食を考えてのこと。「人間はこれまで多様なものを食べて進化し、食文化を形成してきた。昨今は、マグロなどひとつの食材があまりにも全世界で多く食べられすぎて偏っている。これでは食、環境は進化するどころかいつか破壊されてしまう」。だから、料理人としてこのメッセージを伝えるために、レストランではブラックバスなどのマイナー食材をメイン料理に使い、寝る間を惜しんで店の外へと活動の場を広げ、あらゆる伝達の手段を模索する。そんな彼のもとには純粋に食を愛する人たちが今夜も集い、語らっている。

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