[category]
[title]
親子で踊ることで生まれる新たなつながり

障害の有無や年齢、性別、国籍などの違いを超えて、多様な人々がともに踊る「インクルーシブダンス」は、1980年代から欧米を中心に数多く試みられてきた。それは、ダンスという身体表現を通して社会の中に存在するさまざまな境界や固定観念を問い直し、異なる体が共存することの可能性を探る実践でもある。
「2025年日本国際博覧会」(大阪・関西万博)でオランダの公式プログラムの一つとして上演された『UNUM』も、その実践から生まれた作品の一つ。オランダと日本、それぞれ異なる文化や背景を持つ人々が集い、誰もが参加できる社会とは何かを問いかけた。
振付を手がけたのは、オランダ最大級のバレエカンパニーの一つであり、インクルーシブダンスの先駆的な活動に取り組むINTRODANSの振付家兼演出家、エイドリアン・ルテイン(Adriaan Luteijn)。そして、日本国内で同様の活動を推進してきた「LAND FES」のアーティスティックディレクター・松岡大である。
それぞれの場所で活動を積み重ねてきた2人のアーティストが交わり、UNUMは生まれた。その背景にあったのが、大阪・関西万博でオランダパビリオンが掲げた「コモングラウンド」というテーマだ。異なる文化や価値観を持つ人々が出会い、互いに分かち合いながら新たな価値を生み出すという考えは、2人の創作活動とも重なっている。
両者がコラボレーションのテーマに選んだのは「親子」の関係性だった。誰にとっても身近である関係を入り口に、異なる他者とどう関わり、互いの違いを認めながらともに生きていくのかを考えられるのではないか――そんな問いから制作は始まった。
作品作りには、日本とオランダ、それぞれの国の親子たちが参加。障害のある家族を持つ親子や、プロフェッショナルのダンサー、そしてダンスを専門としない参加者も加わった。制作の場では、上手な人が教え、できない人が合わせるのではなくそれぞれが身体感覚や経験を持ち寄り、交換することで一つの作品を作り上げていったのである。
「違いがあるからこそ衝突が生じ、そこから新しい身体表現が生まれる」。ルテインは、そんな考えを振付に取り入れる。日常的なスキンシップが比較的少ない日本と、より身近なオランダ。それぞれ異なる親子関係はダンスにどのような影響をもたらしたのか、彼は次のように語る。
「オランダと日本では、親子関係における文化的な違いがたくさんあります。でも、どちらの国にも親子だからこそ生まれる、言葉では簡単に説明できないつながりがあります。文化が違っても、親子の間にある愛情は変わらないのです。
母親や父親と一緒に踊ることを想像できますか? 父親をリフトしたり、息子の上に座ったり、娘と一緒にクレイジーなダンスを踊ったり。親子で踊ることは、ダンサーにとって、とても興味深い旅になります。UNUMの制作過程では、親と子が手探りで体を動かしながら少しずつ互いの距離を縮め、関係を深めていく姿が見られました。それは、日本でもオランダでも同じです」
親と子の間の身体的接触は、日常生活の中では時に少し気まずく感じられることがあるが、それをダンスに置き換えることで、次第に異なる意味を帯びていくという。ダンスを創作する際に重視されているのは、境界を取り払うことではなく、むしろ、制作の過程で自分自身の身体的・社会的な境界など、さまざまな境界に出合うことなのだ。
松岡とルテインは、そうした境界を身体的に少しずつ押し広げるよう、ダンサーたちに慎重に働きかけた。その過程で、親子それぞれが語った絆についての物語からインスピレーションを得て、ダンスにも取り入れられた。
「ダンスという芸術は、現実の境界を押し広げることで、より豊かな表現を生み出す力があります。もし境界が押し広げられなければ——あるいは少なくとも問い直されなければ、あらゆる芸術は装飾的なもの、あるいはキッチュなものになってしまいます」
親と子はダンサーとして共に体を動かし、互いに反応しながら、松岡とルテイン、2人の振付家に導かれて動きの素材を作り上げていく。そのプロセスこそが、UNUMの核心をなしているのだ。
UNUMをはじめ、インクルーシブダンスの制作を通して、異なる体や文化を持つ人々がともに表現を作る可能性を探ってきた松岡。経験を重ねる中で見えてきた課題と目指す社会について、彼は次のように語る。
「このような活動に関わる中で見えてきたのは、文化芸術の世界には、障害のある人が関わる余地がまだ少ないということです。障害のある人が舞台に立つだけでは、本当の意味でのインクルーシブとは言えません。
舞台上だけでなく、ステージ裏で舞台を支える人や、振付や演出、意思決定をする役割に関わる人の割合も、まだ低いのではないでしょうか。まずは関係人口を増やし、窓口を広げるという意味でもUNUMのような作品を観ることで偏見や差別がなくなるといいなと思います。ダンスを続けることで、そこを担う人も自然と増えてくるのではないでしょうか」
UNUMを通して境界を押し広げたのは、パフォーマーたちだけではない。日本とオランダ、異なる文化背景を持つ2人のアーティストにとっても、今回の国境を超えたコラボレーションは、互いの表現や価値観を広げる機会となったという。
松岡にとって、UNUMは海外の振付家と共同演出する初めての経験だった。異なるスタイルと国籍を持つルテインと、互いの強みを尊重しながら制作を進めた2人は、競争意識にとらわれることなく互いを「兄弟」と呼び合うほどの信頼関係を築き、対話を重ねながら作品を作り上げていった。
ルテインにとっても、日本の文化や芸術、そして仕事への向き合い方に触れることは、非常に特別な経験となったと話す。異なる背景を持つ2人が互いの境界を押し広げ、そこから新たな表現を生み出したUNUMは、その制作プロセスにおいてもコモングラウンドを体現したといえる。
2025年5月21日に大阪・関西万博での初演を経て、神戸・京都へと巡回し、各地で公演を行ったUNUM。そして今、ルテインが願っているのは、この作品をオランダでも上演することだ。
親子という身近な関係から始まり、さまざまな身体的特徴を持つ人々が一つの作品を作り上げた同作。最も身近な存在だからこそ生まれるぎこちなさや戸惑いも、表現を通して互いを知ることで少しずつ変わっていく。
体を単なるダンスの道具ではなく、人が世界を経験し、他者とコミュニケーションするための媒体として捉える。UNUMが示したのは、そうした体の可能性なのである。
関連記事
東京の最新情報をタイムアウト東京のメールマガジンでチェックしよう。登録はこちら
Discover Time Out original video