レスリー・キー
Photo:Kisa Toyoshimaレスリー・キー

フォトグラファーの枠に収まらない領域へ、レスリー・キーの挑戦

「日本のファッションに育てられた」と語る、キーの新作展覧会がキャットストリートで開催

Mari Hiratsuka
編集:
Mari Hiratsuka
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タイムアウト東京 > アート > インタビュー:レスリー・キー

テキスト:たまさぶろ

シンガポール出身のレスリー・キー(Leslie Kee)は、東京をベースとしながらニューヨークなど世界的に活躍するフォトグラファー。レディ・ガガ、マリア・シャラポワなど数々のセレブを被写体とし、キーに取り上げられていない有名人は「真のセレブではない」とされるほど。

自ら「ダイバーシティ(多様性)」をテーマとし、それを具現化する街として常に渋谷を挙げ、自身もその地に居を構える。その渋谷でおよそ5年ぶりに展覧会を開催。今回はフォトグラファーとしてのみならず、140年の歴史のある「朝日新聞社」ファッションサイトのナビゲーターを務め、「X8 GALLERY」と5年のキューレション契約を結んだ。2022年10月25日、そのオープニングレセプションでキーに話を聞いた。

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キャットストリートでの新しい挑戦
Photo:Kisa Toyoshima

キャットストリートでの新しい挑戦

「東京の中でも、渋谷の中でも、多様な文化交流ができるのがキャットストリート。そこに誕生したこのギャラリーは、多くの人々にとって交流の、コミュニケーションの場になります。朝日新聞協力のもと半年かけて撮った作品をここで発表することができましたが、これを年2回やりたい。この空間にいろんなジャンルの方を集め、ファッションとアートの交わるギャラリーにする。それをプロデュースするのが、私にとっての新しい挑戦です」とキャットストリートを選んだ理由と自身の新しい試みについて語った。

新型コロナは世界を舞台に活躍するフォトグラファーにも、大きな影響を与えた。被写体を追いかけ世界を飛び回っていたのに、海外に出ることすらままならなくなった。人が多く集まる写真展の開催もはばかられた。昨年、ダイバーシティの企画展として羽田空港に出展したものの、レセプションを行うようなイベントは「VOGUE Taiwan」の20年分の非公開カットを世界初展示した2019年10月以来。個展という形では、2017年パルコで開いた「モードとミューズ」以来となり、実に5年ぶりのこと。

これまでは依頼を受け仕事をこなして来たものの昨年、50歳を迎え、「これからは自分で企画して撮影するのにチャレンジする」と心を新たにし、またフォトグラファーの枠に収まらない領域に活動を広げようと決意したという。

パリコレクションがきっかけに
Photo:Kisa Toyoshima

パリコレクションがきっかけに

今回の個展にはあるきっかけがあった。2008年「ヨウジ・ヤマモト」の依頼を受け初めてパリコレクションに同行。以来、コロナ禍となる直前19年の秋まで11年半にわたり、チームの一員としてコレクションを撮り続けて来た。その傍ら、コレクションを覗き見して来たが、行動や時間の制約もあり、その目にできたのはごく一部。「いつかはコレクションすべてを観てまわりたい」と考えたが、これまでその機会を得ることはなかった。

そんな中、朝日新聞が2020年7月に世界のコレクションを特集する華やかなファッション・サイトを立ち上げた。すると同サイトのプロデューサーから、キーに相談が舞い込んだという。朝日新聞がファッションとは、意外に思われる読者もいるかもしれないが、「ニューヨーク・タイムズ」紙などはファッションに大きくページを割くことも多く、昔から豪華版で知られる日曜版などは「ファッション・ウィーク」という別刷りが入ったものだ。新聞とファッションは、決してかけ離れた存在ではない。

いわゆる「パリコレ」などのコレクションは、誰もが見られる舞台ではない。ファッション誌の編集長、著名ファッション評論家、ミュージシャンや俳優などのセレブ、そして大手メディア。こうしたメンバーから優先的に招待されるため、なかなか機会は巡って来ない。

だが、キーが朝日新聞デジタルのファッションサイトのナビゲーターになれば、活動の幅が広がる。こうしてキーは、新聞社とともに自身の作品をファッションの新たなプラットフォームで展開するプロジェクトをスタートさせた。渡航が許されるようになった今年3月以降、東京はもちろん、パリ、ミラノ、ニューヨークなど数々のコレクションを観覧。そのショーの数、実に100本以上とのこと

コレクションはおよそ一週間にわたり期間内でブランドごとのショーが一日に6本、7本と展開されることもざら。かつ、ひとつの場所だけではなく、街中のユニークなヴェニューに散らばっているケースもあり、ショーを追い移動するのもひと苦労だ。中にはショーのスタートに間に合わず、どんな著名編集長や評論家でも一度や二度は、締め出しを食らった経験があるという。

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ショーの数々から多くのインスピレーションを受けた
Photo:Kisa Toyoshima

ショーの数々から多くのインスピレーションを受けた

それだけの苦労の中、「コレクションのコンセプトを生で観れば生で観るほど緊張感と刺激がある」と、ショーの数々から多くのインスピレーションを受けて生まれたのが今回の作品群。コレクションに出品されたまったく異なるブランドの衣装を、ひとりの人物にすべて着こなしてもらい被写体としている。これを具現化するには、気の遠くなるような交渉と調整が必要だった。

ブランドにはそれぞれの世界観があるにもかかわらず、その衣装をたったひとりの被写体に着せるために各ブランドを説得。そして世界に1点しかない衣装を一箇所に集め、スタイリストもそれぞれ呼び寄せ、多忙なモデルのスケジュールと合わせ、そのたった1日を調整する。こうして初めて撮影におよぶことができる運びだ。

キー自身、この衣装選びについてはショーのみならず、ショー後の衣装が展示される「RE-SEE」にも足を運び、バッグなどの付帯品やそのテクスチャーまで実物を間近で見て厳選。その場で各ブランドのPR担当に貸し出しの依頼を行った。世界中からファッション関係者が一点物の貸し出し依頼するため、ぐずぐずしていると撮影日程すら取れなくなるのだそうだ。

閉塞的な日本社会の打破
Photo:Kisa Toyoshima

閉塞的な日本社会の打破

こうして半年以上かけて生み出された作品が、キャットストリートに面したギャラリーに一堂に会す。プラットフォームは朝日新聞のデジタルサイトではあるもののキー自身、フォトグラファーとして紙媒体に育てられたという思いも大きい。そこでデジタルサイトと写真展に加え、今回の作品群を「Super X8」という同名の写真集として発表にもこぎつけた。キーは「何万人の手に渡らなくてもいい。数千人の手元に作品として残ることに意義があります」と24のテーマを設けた力作についても語った。

多様性を受容し生かしあう考え方である「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」を体現するキーと老舗新聞社の組み合わせ、これにはそれなりのハードルがあったことは想像に難くない。しかしフォトグラファーとして、大きな仕事については「5年、10年と続けていくしかない。新しい取り組みは、最初はルールに決められた枠の中からスタートさせ、それから少しずつルールを変えて新しいものに挑戦して行く。これしかない」と一朝一夕ではなし得ないと熱を込める。

シンガポール出身のキーを大きな存在に変えたのは日本、そして東京。その恩返しをいつも心に秘めている。ゆえにキーは近年の日本を憂う。

「私は70年代、80年代の日本のファッションに育てられました。ヨウジ・ヤマモト、イッセイ・ミヤケなどなど先輩方がハングリーさとパッションでヨーロッパの壁を超え、ヨーロッパのスタイルさえも変えた。この10年は特に、そのパッションが日本にない。アイデア出しの前に『失敗しないように』と問題ばかりを考える。一流のファッション、アートには、(今の日本社会で感じるような)Frustratabilityを破るエネルギーが大事」と閉塞的な日本社会の打破を訴える。

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Photo:Kisa Toyoshima

今回の試みについても「私たちのプロジェクトにみんなを巻き込んでいる。それは私の情熱だけ。『日本でもできるよ』という姿勢を見せたい。みんなあきらめずに新しい挑戦の可能性があるならやるべき。(1990年代までの)ゴールデンタイムの日本のパワーはどうだった? その時のスピリッツや青春は取り戻せる」と日本を鼓舞した。

ファッションに関わるすべての人たちの協力により実現したという本イベント。ぜひ、キャットストリートに足を運び、キーのあふれる情熱を浴びてほしい。なお、本展の会期は11月15日までとなっている。

ライタープロフィール

  • バー
  • 西麻布

イギリス人建築家ナイジェル・コーツが、1990年台初頭に手掛けた西麻布「アートサイロビル」の地下1階にあるウイスキーバー。元週刊プレイボーイの編集長であり、現在は作家として活躍する島地勝彦がオーナーを務めており、2020年に新宿伊勢丹からこの地に移った。

6メートルの高さを誇る天井には、フレスコ画の青空が描かれ、島地が蒐集した開高健やバスキア、横尾忠則などの、貴重な絵画や蔵書などが飾られている。猫好きということで猫をモチーフにしたアート作品が多く見られるのも特徴的。

最初の一杯には、サロン ド シマジの定番メニュー「スパイシーハイボール」がおすすめ。タリスカー10年をサントリーの山崎プレミアムソーダで割り、スコットランド産のピートで燻製したブラックペッパーをかけたものだ。

執筆:たまさぶろ
たまさぶろ

執筆:たまさぶろ

1965年、東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。「週刊宝石」「FMステーション」などにて編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。このころからフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社にてChief Director of Sportsとしての勤務などを経て、帰国。

「月刊プレイボーイ」「男の隠れ家」などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで1,500軒超。2010年、バーの悪口を書くために名乗ったハンドルネームにて初の単著「【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR」(東京書籍)を上梓、BAR評論家を名乗る。著書に、女性バーテンダー讃歌「麗しきバーテンダーたち」、米同時多発テロ前のニューヨークを題材としたエッセイ「My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)」。

「あんたは酒を呑まなかったら蔵が建つ」と親に言わしめるほどの「スカポンタン」。MLB日本語公式サイトのプロデューサー、東京マラソン初代広報ディレクターを務めるなどスポーツ・ビジネス界でも活動する。

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