イベント自粛の裏で、PAエンジニアたちの苦闘

テキスト:
Kunihiro Miki
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※現在、2020年3月31日に行われる記者会見に向けて、新型コロナウイルス感染拡大防止のための文化施設閉鎖に向けた助成金交付案のための署名運動「#SaveOurSpace」が行われている。

「約20年、PAの仕事を続けてきたけれど、初めて廃業を考えている」

そう語るのは、フリーランスのPAエンジニア(音響オペレーター)の男性だ。都内の小さなジャズ系のライブハウスから数千人規模のアイドルイベントなど、大小の現場で仕事をしてきた。

「毎年この時期(3月)に依頼をもらっていたアイドル系のイベント数本は全て中止になってしまいました。イベント系はトラ(臨時要員)案件での依頼も多く、その場合は開催の2週間前など直前にオファーが来ます。そのため、今年はオファーされる前に無くなってしまったと思われる潜在的な商機が多いです。

ライブハウスに関しては補償はありました。ひとつのハコは3月分でトんだ案件についてはギャラは100%もらえました。しかし、4月からは50%になります。もう一方のハコは3月から50%でした」

終わりの見えない「自粛」

新型コロナウイルスの感染拡大対策にまつわる国内のイベント開催については、2月20日に安倍晋三首相が「イベント等の主催者においては(中略)開催の必要性を改めて検討」するよう求める方針が発表されたことに始まり、2月26日には政府の専門家会議が、大規模イベントの自粛については3月19日ごろまで継続すべきだとの見解を公表していた。

3月20日に再び厚生労働省の公式サイトにて発表された内容は、「これまでの努力を続けなければ、クラスターの大規模化や感染の連鎖、さらには全国のどこかの地域で患者の急激な増加、いわゆるオーバーシュートが生じる可能性(中略)主催者がリスクを判断して慎重な対応が求められる」というものだった。東京都では、3月23日に小池都知事が4月12日まで引き続きイベント開催を自粛するように要請した。

これによってすでに全国で数えきれないほどのイベントが中止や延期をしているが、感染症は興行中止保険の対象にならないことなどから、損害を負担する主催者はチケットの払い戻しや出演料、関係各所への支払いなどの対応に追われている。終わりの見えない「自粛」に、エンターテインメント業界は今、かつてない苦境に立たされている。

「つぶしがきかない」不安

収入源が断たれスケジュールが白紙になってしまったのは、プロモーターや演者だけではもちろんない。舞台を影で支える音響、照明、ローディー、テクニシャン……無数の裏方たちも同様だ。

日本の全国の音楽ライブのPAオペレーションやPAレンタルなどを手がけてきたhod sound works代表の原 HARA-CHIN 優介は、PAという専門性の高い仕事ゆえの「つぶしのきかなさ」に不安を募らせている。

「例えばミュージシャンの方々はこの白紙期間を制作に当てることができますが、我々はイベントがなければなにもできない。同業者を見渡しても、中止になった案件で裏方にまでキャンセル料などがすぐに支払われるケースは今回はあまりないように思います」

ライブ配信を新たなチャンスに

そんななか、新たに依頼が増えてきている仕事は、打開策として広がっているライブ配信だという。無観客状態の会場でアーティストやミュージシャン、DJがパフォーマンスをネット上で生配信する。音楽ライブの配信と言えばこれまでは無料のものが多かったが、今回の騒動をきっかけに有料配信の普及を進めていくべきという機運もある。

すでに、チケット販売プラットフォームの『ZAIKO』がライブ配信の電子チケットの販売をスタート、ライブハウスの代官山UNITはアーティストや主催者向けに配信業務をパッケージで受け持つ「LIVE STUDIO DAIKANYAMA UNIT」を立ち上げるなど、企業、個人を問わず配信を活用する動きが各所で出ている。中止が決定したフェスティバルのひとつ『Rainbow Disco Club』は開催予定日に会場から有料配信を実施、また、ベルリンでは24時間オープンのバーチャルクラブ『United We Stream』なるものも登場した。

Zaiko

Zaiko

「中止になったイベントを配信に切り替えて実施するというパターンが今のところ多いですが、このまま有料配信のモデルが定着すれば、騒動が収束した後にも新たな可能性が拓けると思います。

例えば通常のワンマンライブで数千人のキャパを必要とするアーティストがいたとして、有料配信との両建てでやればもっと小さな箱でも興行が成立するかもしれない。そうすれば場所代や人件費も抑えられますし、集客の上限も実質無くなります」(原)

ライブ配信に必要なノウハウを伝授

得てして、苦境は業界にある種の新陳代謝をもらたす。特効薬とまでは言えないが、配信イベントを積極的に実施することで、環境の整備が進むだけでなく裏方仕事の雇用も生まれる。取材の最後に原は、ライブ配信未経験の同業者に向けて、通常のライブの仕事とは異なる作業、注意すべきポイントを教えてくれた。専門的な内容だが、本記事を読んでいるPAエンジニアの人、または配信イベントを計画している主催者は、ぜひ参考にしてほしい。

「ライブ配信では、音声の送り先が普段のPAに配信用を加えて2つになります。そのため、配信セクションへの音声信号の渡し方を事前に打ち合わせする必要があるでしょう(PA卓の2mixのみ、または2mix+エアーマイク、またはチャンネルパラか、など)。 PAエンジニアと別に配信用ミキサー(音声さん)が来る場合はパラで送ることが多いはずです。

音声さんが来ない場合は、音と映像のズレを考慮して音声にディレイをかけてあげることもあります。どれくらいのタイムラグがあるかは、テスト配信して合わせていく必要があります。

また、ライブハウスや店舗のインターネット回線を使って配信する場合は、本番中その回線は基本的に使えないので自分のモバイルWi-Fiルーターを持っていると便利でしょう。それによって、本番中に配信の映像プレビュー、音声モニターができます。

そして、バンドの転換中も配信する場合はBGM音を送らないように要注意です! うかつにCDやYouTubeなどを再生すると、AIパトロールに検知されて警告が出ます。そうなった場合、最悪配信ストップもありえます。

ここに挙げた以外にも、現場ではさまざまな事が起こるでしょうから、カメラマン、配信管理など各セクションとのコミュニケーションを大事にしながら進めるのが良いでしょう」

原 HARA-CHIN 優介
LIVE&EVENT PA / PA RENTAL / RECORDING&MIXING
主にライブハウス、ホール、野外などライブ・イベント会場にて音響オペレートや機材貸出しを行うhod sound works代表。
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