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大井町駅西口から立会道路を歩くと、細長い緑道型の「大井町緑地児童遊園」が現れる。地元の人には「猫公園」の名で親しまれている場所だ。その入り口に、2匹の猫のブロンズ像「花子と太郎」が鎮座する。彫刻家・中村辰治が手がけたこの像のモチーフは、詩人・萩原朔太郎(1886〜1942)の詩集『青猫』だ。
「日本近代詩の父」と称される朔太郎が、大井町にやってきたのは、1925(大正14)年のこと。妻子を連れて群馬県前橋から上京した朔太郎が、最初に住まいを構えたのがこの大井町だった。当時の大井町は、れんが工場の煙突が煤煙(ばいえん)を吐き出す労働者の街。朔太郎は散文詩『大井町』で、その光景をこう記している。
「空は煤煙でくろずみ、街の両側には無限の煉瓦の工場が並んでゐた。冬の日の鈍くかすんで、煙突から熊のやうな煙を吹き出していた」(原文ママ)
大井町に住んだのはわずか2カ月。それでも朔太郎はこの街を深く愛した。エッセー『ゴム長靴』にはこんな言葉が残る。
「東京中を探したって、大井町より好い所はありはしない。 私の詩集『青猫』で歌おうとしたノスタルジヤが、丁度そこの工場で、幻燈のように映されて居るではないか。私はすっかり大井町が好きになった」(原文ママ)
朔太郎はすすけた工場街に、都会への渇望と自身の孤独を重ねたのだろうか。
ブロンズ像「花子と太郎」が生まれたのは、1973(昭和48)年。立会川の蓋かけ工事で公園が整備された際に設置され、2012(平成24)年には朔太郎との縁を記した由来碑も加わった。
近代化の波に揺れた大正の大井町と、再開発が進む令和の大井町。その間に流れた100年を、小さな2匹の猫が見守り続けている。かつて詩人のまなざしが捉えた風景の一端を探してみては。
春には桜の木が公園を彩り、花見の名所にもなる。散策のついでに立ち寄りたい。
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