photo/師岡

インタビュー:白石康次郎

世界に挑む海洋冒険家

テキスト:
Shiori Kotaki
広告
インタビュー:東谷彰子

日本で『ヴァンデグローブ』(Vandee Globe)というヨットレースを知っている人はどのくらいいるだろう。4年に1度開催される『ヴァンデグローブ』とは、フランスでは数多くのメディアで取り扱われるほか教科書にも掲載されており、開催されるたびに毎回大きな注目を集めるヨットレースだ。また、単独無寄港で世界一周を目指すという、ヨットレースの中でも最も困難なものだとされている。そして今、これまでに成功した者が200人にも満たないこの究極のレースに、日本人、そしてアジア人として初の出場を果たす1人の男がいる。彼の名は白石康次郎。「僕の競技ってね地球儀をくるくる回さないと分からない競技なんだよ。非常に珍しいでしょ」と、まるで好奇心や冒険心に満ち溢れた少年のように地球儀を回したかと思えば、真剣な眼差しでヨットに対しての想いを語りだす。そんな彼は、まぎれもなく日本を代表するスキッパーだ。ここでは、世界に挑戦し続ける白石のスキッパーとしての想いや、彼の育った背景などを聞いている。今年で8回目を迎える『ヴァンデグローブ』は、2016年11月6日(日)にフランスのレ・サーブル=ドロンヌよりスタート。ヨットは、まだ日本ではあまり馴染みのない競技かもしれないが、『ヴァンデグローブ』へ出場するということはものすごい名誉あること。このインタビューを読んで、1人でも多くの人がヨットという競技に興味を持ち、そして白石の活躍に注目してくれたら嬉しい。

これ以上エキサイティングなレースはないよ

ーまずは、『ヴァンデグローブ』がどのようなものか教えていただけますか。

簡単に言うと1人でヨットに乗って世界一周するレースです。それからノンストップ無寄港です。フランスを出発したらアフリカ大陸の下を回ってオーストラリアとニュージーランドの南側を抜けて、南米大陸のホーン岬と南極大陸の間にあるドレーク海峡を抜けてまたフランスに戻ってくる。南極一周レースみたいな感じだね。普通ヨットっていうのは12、3人でやるんだけど、たった1人で、ノンストップでっていうところが一番究極かな。

ー本当に世界一究極のレースですよね。

究極だろうね。でも何が一番すばらしいかっていうとね、人類の最小単位でしょ、1人って。人類の最小単位でこのでっかい地球を一周してくるんだから、これ以上エキサイティングなレースはないよね。しかも風だけだから。

ーほかにも白石さんが出場した無寄港のレースってありますよね。

あれはね、レースじゃなくて記録だね。これは26歳のとき。つっぱってるころね。そのときは自分でバスくらいの船を作って、食料とか水を入れて一周してきたの。その後は、港に寄るレースに2つ出場しました。今はその港に寄るレースがなくなっちゃって『ヴァンデグローブ』しか残ってないんだけどね。でも、今メジャー大会みたいな感じで、僕の世界で一番盛り上がるトップレースは『ヴァンデグローブ』なんですよ。僕は第1回が開催されたときからずっと『ヴァンデグローブ』に出たいと思ってたんです。次に開催されるのが第8回。ぜひそこに日の丸を揚げたいなと。

ーどうして今まで日本人もアジア人も出場してこなかったんですか。

まず、今までに1人で世界一周に成功した人って200人に満たないんだって。宇宙飛行士より少ないんだから相当大変なんだよね。

ーもちろん。

だから「出場してこなかった」というか「出場できなかった」んだよね、出たくても。このレースに出るには、もちろん世界一周できる技量と、それだけの資金を集めなくちゃならないでしょ、何億円という。お金持ちが世界一周できるかっていうとできないし、ヨットはできるけどお金持ちかっていったら違うでしょ。だから、丘の冒険と海の冒険両方できる人ってなかなかいないんだよね。

広告
©YOICHI YABE

©YOICHI YABE

訓練どうこうじゃなくて、人生全部使えるんだよね

『ヴァンデグローブ』に向けて、白石さんご自身はどういう準備をするんでしょう。

いつでも準備できてます。船用意したから明日出てくれって言われたら僕は明日すぐ出られます。

ーいつも最高のコンディションということですね。具体的には何をしてるんですか。

何してるっていつも機嫌良くしてるの。悟りを開いたわけじゃないから不安定なときもあるんだけど、いつも機嫌良くするように努めています。もし嫌なことがあってもね、僕は良い方に見る、見られるんだよね。ほとんどの人は嫌な方を見ちゃうの。あいつがどうのこうの、こいつがどうのこうのってね。でも僕は向きを変えられる。そしたらいつもハッピーでいられるの。こんな感じで。だから1人でもハッピーなんだよね。

ー船で一周するのにだいたいどれくらいかかるんでしょう。

80
日から90日くらいかな。トップで80日切ってくるんじゃないかな。

ーその間1人でも寂しくないと。

全然寂しくないですね、まったく。いつもなんかおもしろいことないかなーって思ってる。

ーすごいですよね。精神面の鍛え方とかってあるんですか。

居合道やってるから生き死にはそこで勉強するけど、あとは特にやってないね。座禅もちょっとやるけど、普通にジムに行って、ゴルフやって、テニスやって。みんな真剣にやるけどね、楽しく。あとは普段からいろんな人に会ったり。そのくらいかな。

ーだって自然の中を一周してるうちに何が起こるか分からないじゃないですか。雨も嵐も雷も。そういうときの対処の手法みたいなものは訓練できると思うんですけど、気持ち的にはそこにどう耐えるんですか。

考えたことないな。そういうものだって理解できるからね。耐えようとかあんまり思わないんだよね。

ーそのままを肯定していく感じなんでしょうか。

そうだね。まあ、今までも3周してるし全部で5レース走ってるし。やってきたすべてが訓練になってるのかな。これまでの人生すべてが。このレースっていうのはさ、自分を尽くせるんだよね。人に頼ることもできないし。訓練どうこうじゃなくて、人生全部使えるんだよね。

広告

東洋の思想で戦いたい

ーなるほど。ご両親はどういう教育だったんですか。

そのまんまの教育。それに感謝してるかな。

ー勉強しろとかもなく。

ないね、ゼロ。直接聞いたことはないんですが、親父が何かの雑誌でインタビューされたときに2つだけ言ってましたね。「子どもっていうのは、親の言うことを聞かない。親のすることをする。俺は子どもの邪魔はしない」って。これがうちの親父の教育方針。で、僕はあーせい、こーせいって言われたこともないし、親子喧嘩が一度もない。それから、僕に反対したことも1度もないです。子どもに対して反対も賛成もないです。

ー賛成もないんですか。

お前が決めろだけですね。

ーアドバイスも。

聞けば答えるけど、聞かない限りないです。

ーなるほど。

それから、親父が泣いてる姿、愚痴ってる姿、人の悪口を言ったりと芯を乱してる姿は一度も見たことがない。まさに言ってることとやってることにブレがひとつもないわけですよ。ただ、しつけは厳しかったよ、物凄い。すごい厳しかったけど、でも怒られることはなかったな。だから僕が何をしようが、学校から悪い成績を持ってこうがなにも言わない。親の恐れを子どもに植え付けなかったっていうのがポイントです。恐れっていうのは、「お前勉強できなくて将来どうするんだ」、「お前大学に行かなくてどうするんだ」、「ヨットなんかやって食えんのか」という親の心配ね。心配が募ると恐れになる。心配=愛じゃないんだよ。だから勉強ができなくても僕は恐れないわけよ。勉強ができなくて大変なことになるぞって言われたことないから。ただ、人のせいにはするなって言われたんだよ。将来勉強できなくてお前が困っても絶対人のせいにするなよって。それで、さすがの俺も「分かった、人のせいにしない、これからも遊ぶ」ということでそれからもバーって遊んで。いっこうに成績は上がらなかったんだけど、ここでもう一つポイントがあるんだよ。親父は一言も言わなかった。ほとんどの親っていうのは好きにしなさい、勝手にしなさいって言ってるんだけど態度が言ってない。好きにすると怒るわけ。親っていうのは未熟なんだよ。自分がこうなったらどうしようという自分の恐れを抑えられない。それで子どもに言っちゃうんだよね。そうすると子供は親の影響力があって恐れるわけ。「勉強しなかったら自分はダメな人間なんじゃないか」ってなっちゃう。だから勉強できなくて落ち込んじゃうわけ。でも俺は勉強できなくても毎朝一番に学校行ってたんだよね。もう楽しくてしょうがなかった。好きだったのよ。勉強できなくても俺の中に恐れはないんだよね。英語ができなきゃ海外行けないなんてないよ、俺世界何周もしてるよ。

ー本当ですよね。

フランス語分かんなくたってフランスの女性と付き合ったよ。だから恐れないんだよね。うちの親父は尊重してくれたの、子どもの生き方を。そうすると、こんな男ができるわけ。

ーそれでは最後に、日本人としてヨットをやっている価値というか日本人だからこそというのはありますか。

あのね、師匠もそうだけど東洋の思想で戦おうと思ってるのよ。前回2位になったときも、師匠が優勝したときにもそれがあって。何かを征服しよう、成し遂げようというより一体感を僕は目指しているんだよね。地球との一体感。これ非常に東洋の思想なんですよ。たとえば西洋人に水っていったらH2Oなんだよ。物質だよね。でも東洋人っていうのは水のあり方を考える。上善如水ってあの老子の言葉ね。水がなきゃ暮らせないし、水は決して争わない。岩に穴をあけるくらいの勢いもある。でも、人の嫌がる一番下を流れるわけ。ただの物質としてだけじゃなくて、そこまで感じることができるのは東洋の思想だよね。テクノロジーはやっぱりフランスがナンバーワンですよ。それは僕とても大好きなの。ただ、思想は東洋の思想で戦いたいなと思ってるね。そっちのほうが気持ち良いし。それがほかのスキッパーとはちょっと違うところかな。

おすすめ
    関連情報
    関連情報
    広告