世界目線

統合型リゾートがアートを救う?

IR誘致が日本の文化芸術振興のカギになる

テキスト:
Kunihiro Miki
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テキスト:高木望
撮影:中村悠希

タイムアウト東京が主催するトークイベント『世界目線で考える。』。毎回、さまざまな分野のエキスパートを招いて、グローバルとドメスティック双方の観点から東京が抱える課題や起こり得るイノベーションについて議論を行う。

今回のテーマは「統合型リゾート(IR)と文化振興」だ。ゲストに文化政策研究者の太下義之とKADOKAWA・2021年室エグゼクティブプロデューサー担当部長にして日本型IRビジネスリポート編集委員も務める玉置泰紀、ORIGINAL Inc. シニアコンサルタントの高橋政司を迎え、統合型リゾートの97%を占めるノンゲーミング(カジノ以外の宿泊やレジャー、買い物などのコンテンツ)について、主にその活用による文化振興への可能性を話し合った。司会はタイムアウト東京代表の伏谷博之が務めた。満席となった会場のなかには、IR振興の関係者や、芸術・文化系振興の関係者も多く参加していたようだ。

IRの収益をアートマーケット拡大に
太下義之

IRの収益をアートマーケット拡大に

IR(統合型リゾート)とは、カジノだけではなく、ホテルや劇場、国際会議場や展示会場、ショッピングモールなどが集まった複合施設のこと。すでにラスベガスやマカオ、シンガポール、韓国などでは、IRが大きなメリットをもたらす観光客誘致施策であることが実証されている。日本でも近年注目を集めており、2018年7月に特定複合観光施設区域整備法(IR整備法)が公布・施行されるなど、法整備も進んでいるところだ。

カジノ営業を国の認可した区域に限定させ、ギャンブル依存に対する対策も進めるなど、具体的なルールも徐々に固まりつつある。しかし、カジノにまつわる話題が先行していたこともあり、IRへの一般的な理解や認知は不十分と言わざるを得ない。

そこで、今回の『世界目線で考える』は、IRが生み出すメリットや考え得る展開について、ゲスト登壇者たちのアイデアを聞く場となった。

まず、太下がプレゼンテーションの冒頭で示唆したのは、IRの収益が日本のアートマーケットを活性化させる、という可能性だ。太下はIR事業による収益の用途が、IR事業者の募集要項では明示されていないことを指摘する。

「アメリカではIRの収益が第2の税金といわれているほどの規模を持ちます。なんらかの形で収益が自治体に納付されるはずで、その用途について国会の付帯決議で社会福祉と文化芸術の振興などと明記されています。一方、文化芸術に関連する施策を選択することが、日本のアートマーケットを拡大させるチャンスになり、日本の美術市場を拡大させることにつながると考えます。

では、なぜアートなのか。今、世界の美術品市場からすると、日本の市場は先進国の中でも最も小規模です。例えばアートマーケットの市場規模は1位のアメリカと2位の中国、3位のイギリスが占めており、日本はランキングに名前すら上がりません。世界目線で考えると、ほとんど日本にはアートマーケットがないといっても良い状況です。

美術館や博物館などに充てられる日本の文化予算は年間約1,000億円。政府予算の全体のたった0.1%と、先進国の中では最下位です」

さらに太下は、IRにおけるカジノが占める面積は全体の面積のうち3%以下しか取れない、という条件があることを挙げ、ノンゲーミングの領域におけるスペースの用途が文化の振興に役立つのでは、と続ける。

「カジノ以外のスペースの用途としては、美術館や博物館などといったカテゴリーは提示されていますが、具体的な例は明示されてません。私は、例えばミラノ万博でも人気を集めた日本の食文化に関するミュージアムを作ることが効果的であると考えています」

160億円の初期投資を3年で回収したビルバオの例
高橋政司

160億円の初期投資を3年で回収したビルバオの例

高橋は、IRを美術関連の施設として活用することに賛同した上で、ゼロベースではなく、あえて海外で知名度のある美術館を誘致することの可能性も指摘する。

「スペイン バスク地方のビルバオという都市があります。ヨーロッパのなかでも特に美しい都市として注目されているだけではなく、 “キロメーターゼロ”という地元の酪農家などを巻き込んだ地産地消の食文化振興施策など、街の人が積極的に参加できるような面白い施策も行なっている街です。しかし、80年代当時は荒廃していて治安も悪く、スラム化した街でした。

街が変化したきっかけは、1983年に街を襲った大洪水。州政府が動き出し、街の景観から交通、空間環境、文化施策などすべてを一新させます。

それらの施策のなかでも注目すべきなのは、1997年にアメリカのグッゲンハイム美術館を誘致して開館した、ビルバオ・グッゲンハイム美術館です。当時、グッゲンハイムは年間1,200万ドルもの補助金をビルバオに求めていました。総じて160億円以上もの予算を用意せざるを得ない状況のなかで、それでもビルバオは美術館を誘致しようとした。結果、3年で初期投資を回収し、4年目から黒字になるという成功を収めたのです。

ここで重要なのは、ビルバオはハード面で成功し、ソフト面では挑戦途中である、ということ。博物館という施設を作りつつも、中身は海外の美術館です。持続可能な都市開発を軌道に乗せるためには、そういったハードの面で海外の力を活用しながら、ソフト面、つまり国内の文化振興に貢献することが求められるのではないでしょうか。

そういった意味で、ビルバオが今後ソフト面の充実度を高めていけば、世界的な成功例となることができると思います。その可能性には、学ぶべきところがある」

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IRを美術倉庫にする、そのこころは
玉置泰紀

IRを美術倉庫にする、そのこころは

ノンゲーミングスペースの活用方法に対して、玉置は美術館の収蔵問題について海外の事例を挙げながら、太下が提言した誰もがアートに触れることのできる「アート倉庫」としての使用に賛同する。

「フランスで成功した展覧会を日本に誘致した際に、パリへ取材に行ったことがありました。その時、藤田嗣治の絵を見るためにパリ郊外の巨大な美術倉庫へ連れて行ってもらったんです。結局、フランスのような文化先進国ですら美術館の収蔵庫には収まらないんですよね。日本なら言わずもがなです。

そこでIRのノンゲーミング空間を使い、誰でも保管されたアートを見ることができるようにすれば、文化貢献もできるし、日本のアートマーケットの魅力を高めることにもつながります。作品のほとんどを倉庫に収蔵しているような美術館もあるなか、それをなんとかする予算はIRから取るべき、という考え方もあるかと思います」

太下は玉置の意見を踏まえ、海外で注目されている「保税倉庫」を造ることも、ひとつのアイデアとして掲げる。保税倉庫とは、海外から輸送された美術品を一定期間保管できる倉庫だ。来館者は保税倉庫の美術品を、関税をかけずにそのまま買って帰ることができる。

「来館者にとっても、修復状況を見ることができるなど、新しい鑑賞体験にもなります。一方、日本の美術館はどこも収蔵庫が不足している。たとえば、公立美術館が設置者に対して新しい収蔵庫の要請は出したとしても、予算としては後回しになりがちです」

また伏谷は、国内に収蔵庫を作ることで、富裕層マーケットを開拓する具体的な取り組みが生まれることに期待する。

「富裕層マーケットという言葉は生まれつつも、具体的な取り組みが出てこないのは未だに課題です。保税倉庫的な機能があれば、香港のアートバーゼル(アジア最大のアートフェア)のようなものが実現するかもしれない」

富裕層へのアピール不足については太下も次のように続けた。

「日本はお金を使う機会が少ないから行かない、と世界の超富裕層は言っているそうです。私はアドバイザーとして関わっている地方自治体に対して一人1日100万円の観光プランを組めることを提案しています。それくらいじゃないと、超富裕層は日本へ訪れない」

日本のIR事業はどうあるべきか
伏谷博之

日本のIR事業はどうあるべきか

また、伏谷からは日本では「IRを複数拠点への展開で実現する」施策も検討すべきとの指摘も。

「IR施設、となると特定のエリアに巨大なものを作るというイメージがありますが、日本は広くない。複数の拠点をネットワークして観光客を点々とさせる施策もいいんじゃないでしょうか。日本全国をネットワークを駆使して移動できるようになれば、東京への一点集中も避けられます」

一方、来場者からは「オーバーツーリズム」の問題も、IR事業を進める上での懸念として挙がった。例えば福岡などの観光地に住む人々からは「インバウンドで人が殺到していて暮らしにくい」という声も聞かれるという。IR事業による地域活性も見込まれる一方で、地域住民と観光客との付き合い方は考えるべきところである。

「正直、今は京都や鎌倉以外はノーツーリズムなので、逆に来てほしいというところは多いと思います。とはいえ、インフラの問題は考えないといけません。大阪万博は地下のトンネルを造ることで対策しているものの、一気に2〜3万人が増えれば完全にパンクします」(玉置)

外交官として数々の世界遺産登録に携わってきた高橋は、そうした事態への対策について、熊本県天草市の崎津集落の例を紹介する。

「文化的景観を遺産に登録しているところは、観光バスなどで一挙に観光客が殺到すると、集落の人たちはびっくりしてしまう。そこで、崎津集落では、集落の外にガイダンスセンターを作り、事前にエチケットやマナーを多言語でレクチャーするようにしています。それを受けないと集落に入れない仕組みを作る。集落で暮らす人々の日々の生活を破壊しない仕組みを考えてもらう。このような取り組みは持続可能なツーリズムの観点からも重要です。IR事業を行う上でも、地域の人々への配慮と彼らの協力はは不可欠です。」

IR整備法が施行されて1年。今年の1月には、大阪府・市と和歌山県、長崎県の4自治体3地域が国にIR誘致の申請を予定しており、北海道、東京都、横浜市、千葉市が「検討中」であることが報じられた。

日本にIRが誕生するまではまだ時間がかかりそうだが、今後も多様な観点からIR設置の意義を検証し、より良いかたちでの実現を模索していく必要がありそうだ。

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