1. 伊勢神宮
    Photo: Keisuke Tanigawa
  2. 伊勢神宮対談
    Photo: Takashi Muso左から高橋政司、音羽悟

日本で千年続くSDGs、伊勢神宮から知る古来のサステナビリティ

伊勢神宮​広報室次長​と数々の世界遺産登録に携わってきた高橋政司が対談

テキスト:
Time Out Tokyo Editors
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国連が2015年に採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」が実現した世界とは、一つに自然な再生のサイクルを可能にし、廃棄物を最小限に抑えた世界である。こうした循環型のアプローチは遠い古代から、日本人の信仰である神道の中心的な考え方であった。必要なものだけを使い、無駄を省き、自然の循環を尊重するという哲学は、多くの日本人にとって馴染み深いものであり、今日の日本社会や日本人の精神性の多くの側面に影響を与え続けている。

21世紀の私たちは、日本の伝統的な持続可能性の考え方から何を学ぶことができるのだろうか。

それを探るため、神道の中心であり、最も神聖な場所の一つである「伊勢神宮」の神宮司庁広報室次長の音羽悟と、元外交官で複数のSDGs関連業務や「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」といった遺産の登録に携わってきたオリジナル株式会社顧問の高橋政司による対談を実施した。

伊勢神宮が1000年以上にわたって自然の循環について考え、実践してきた驚くべき再生の伝統や取り組みなどが語られた。

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式年遷宮で最も大切なのは「繰り返し行うこと」

三重県沿岸部にある伊勢神宮は、御正宮の「皇大神宮(内宮)」と「豊受大神宮(外宮)」に加え、14の別宮と、109の摂社や末社、所管社の125社から成り立つ。また、約5500ヘクタールにおよぶ広大な「宮域林」と呼ばれる神宮の森がある。

神聖な森の中にひっそりとたたずむ内宮は、太陽にたとえられる神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀る神道で最も重要な場所である。江戸時代から庶民の人気の参拝地としても知られ、同時代のおよそ10%の人々が伊勢神宮を訪れたという記録もあるほどだ。

木造萱葺(かやぶき)屋根の社殿は、7世紀に創建された当時とほとんど変わらないように見える。しかし伊勢神宮の主要な社殿は、内宮の入り口にある象徴的な宇治橋とともに、1300年前からの伝統に基づき、20年に一度、全面的に建て替えられている。「式年遷宮(しきねんせんぐう)」として知られるこの慣習は、神道の「常若(とこわか)」の概念を示しており、音羽は「とこわかとは循環であり、原点に戻ることです」と語る。

「20年とは、萱葺の寿命であるとともに新しい世代が成長するのにかかる時間でもあります」と音羽は続ける。式年遷宮では、伊勢神宮の歴史の中で培われてきた建築技術をそのままに、伊勢神宮を再建する。「何度も同じことを繰り返すのは、伝統を受け継ぐためでもあるのです」

式年遷宮は、ただ建て直すのではない。古い建物から出る木材や資材は、神宮とゆかりのある日本中の神社にお頒(わか)ちされ、新しい社殿の建設に再利用する。また、伊勢神宮の職員は定期的に新しい木を植え、環境に優しい方法で森林を管理し、将来の再建に必要な木材を十分に確保している。

さらに、伊勢神宮の林業は、19世紀後半に薪(まき)のために多くの木が伐採され、神宮周辺の森が受けたダメージを回復することを目指しているという。「将来的には、(式年遷宮に必要な)全ての木材を周辺の森から調達したいと考えています」と音羽。神道の「とこわか」の概念は、永遠を追求するために絶え間なく更新しているのである。

直感としての神道

「中世の教えの中で『神気』『神の気』という言葉が使われます。例えば、木々の合間からこもれびが差した時に、何か神様の気配を感じるといったことです。この感覚が一番、神道で大事なのではないかと私は考えています。

私は2013年の遷宮が終わり、神様が10月2日に移られた日の夜、月に照らされた旧宮の社を見た時に『この建物のお勤めが果たされたんだ』という感覚になりました。そんな感覚を古代人も感じていたのではないでしょうか」(音羽)

「2015年に国連が考え出したSDGsの取り組みを、我々日本人は、神道を通じて古の時代から実はやっていたんだということですよね。神道と神宮がこれまで長年やってきた取り組みの背景である哲学や理念を、もっと世界中の人に注目してもらいたいと思っています」と高橋は語る。

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自然とともに生きる

「神社は常に地震や洪水から比較的安全で、災害時に避難所となる場所を選ぶことから始まります。自然災害に対して強靭(きょうじん)であるように建てられてきました」と音羽は言う。

例えば、伊勢神宮を含む日本最古の神社の多くは、2つの川に挟まれた少し高台にあり、水路が交差する場所から少し上流に位置している。「昔の人は川が氾濫しやすいことを理解していたので、水が届かない場所に神社を建てたのです」

「また、交わるというのは『河合淵(かわいぶち)』といって川合のに当たるところは縁起のいい場所であり、大事な場所だとされてきました。神社というのは全て交わるということで、共通してるところがあるんです。

木と木が交わるのを『連理樹(れんりのき)』といい、吉兆の証として、古代から朝廷に報告されていた。式年遷宮の神事である『御杣始祭』では木を切り出す時、2本の木をわざと上で交差させるようにする。

切り出した木を無事に山から搬出するのは危険を伴う作業です。林業に携わる人はとても信心深いので、山の神様へのおまじないとして、祈りをささげているのではないでしょうか。そうした古代人の祈りが、ここにはあるのだと思っています」(音羽)

SDGsも「交わること」が大切だと高橋は続ける。「地球環境や自然の社会は全てが生態系でつながっているため、17項目の点ではなく、線でそれぞれがつながっていくことは今後のSDGsの考え方でものすごく大事なことだと思います」

古来の「いただきます」精神から続く持続可能な食文化

伊勢は内陸と海洋の両方の生態系の恵みを享受している。伊勢神宮の境内を流れる川は、周囲の山々から伊勢湾に栄養分を運び、豊かな海の環境を育んでいる。「森と川と海の相互作用も、この場所が特別な理由だと思います」と音羽は言う。

伊勢湾はまた、伊勢神宮で毎日2回、神々にささげられる神饌(しんせん)の多くが集まる場所でもある。「神事に使う食材のほとんどは地元で調達し、お供えに必要な量だけを取っています。供えたもののお下がりを頒賜(はんし)といって、神様からち賜るもの・賜わりものという意味なんです。神事の後、毎日のお供え物は神様からの賜り物とみなされ、神社の中で消費されます」

外宮に祀られている豊受大御神は、食文化の在り方の大切さを教えてくれるという。毎日、神棚と仏壇に朝一番の食事を供えるという習慣は、日本各地の伝統的な家庭で当たり前に見られる光景だろう。「それは命をいただくという『いただきます』の精神からきているのだと私は考えてます」(音羽)

それに関連して、伊勢神宮の干物などの保存食を供える伝統は、冷蔵庫が発明される何世紀も前に必要に迫られて生まれたものかもしれない。

これらの習慣は全て、永続するためには自然の摂理に従って生きることを学ばなければならないという信念からきている。音羽が言うように「自然は共同体の基盤」なのだから。

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なぜ世界遺産に登録されないのか

伊勢神宮は神道の中心でありながら、世界遺産に登録されていない。そこには、人目に触れられない神仏の存在や、式年遷宮によって建物が定期的に更新されるといったさまざまな理由が挙げられる。それでも、伊勢神宮を世界遺産に登録させようという考えを持つ人もいる。

高橋は、2017年にユネスコの世界文化遺産へ登録された「宗像・沖ノ島と関連遺産群」などの事例を引き合いに出しながら、その可能性に言及する。

「過去にギリシャのアトス山といった女性(厳密には人間に限らない)が入域できない場所も世界遺産に登録されていますが、現在では、国際社会が掲げるジェンダー平等という精神のもと、女人禁制とされていた沖ノ島の登録に際して、はっきりと異論を唱える人々が存在しました。そして世界遺産の登録を機に、沖ノ島への入域は、神職に限定することで世界遺産委員国に理解を得たという経緯があります。世界遺産登録を巡る議論においても、さまざまな時代の潮流の影響を受けています」

しかし、世界遺産に登録されるためにはそうした考え方の変換だけではなく、萱葺の屋根に関する点では、建築基準法の改訂といったことも必要だと音羽は言う。

「そもそも構成資産を保護・保全する義務は、推薦国にあります。世界遺産に登録されると勝手に構成資産をいじることができない、複雑な制限がかかるのではないかという意見を聞くことがありますが、文化であれ自然であれ構成資産の保護・保全の法的措置は、あらかじめ推薦を行う過程で担保されていなくてはなりません」(高橋)

「最終的に登録の可否を決定する世界遺産員会における議論は、時代の流れとともに変化している部分があります。

本来、世界遺産の登録は、何らかの理由で破壊の危機に瀕している文化財や自然環境を守るために始まりました。文化遺産については、世界遺産条約の礎を欧州専門家等が中心となって築いた経緯があり、日本を含めたアジアやアフリカの一部など、石やレンガなどとは異なる建造物の保護・保全への理解は十分ではなかったという経緯があります。

木造建築を有する神社としては、例えば厳島神社がすでに世界遺産に登録されていますが、神宮(伊勢神宮)を世界遺産に登録する行為そのものに私自身は大きな価値を感じていません。むしろ、神宮参拝をはじめ、日本人が大切にしてきた文化、風習、心のよりどころなど、神宮の有形・無形の存在に大きな意義を感じています。そして、この地を訪れるひとりでも多くの人々にそれを感じてもらいたいと考えています」と高橋は語る。

世界遺産に登録されずとも、伊勢神宮の文化的価値が薄れることはない。深刻化する気候危機を克服し、持続可能な開発目標を達成するために、世界中の多くの地域社会が、この古代から連綿と続くSDGsに対する考え方に実践的なヒントを得ることだろう。

対談者プロフィール

音羽悟(おとわ・さとる)

神宮司庁広報室 次長

 

高橋政司

ORIGINAL Inc. 顧問

1989年外務省入省。パプアニューギニア、ドイツ連邦共和国などの日本大使館、総領事館にお いて、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、定住外 国人との協働政策や訪日観光客を含むインバウンド政策を担当し、訪日ビザの要件緩和、医療 ツーリズムなど外国人観光客誘致に関する制度設計に携わる。2014年以降、UNESCO業務を 担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。一般社団法人 日本地域国際化推進機構 理事。

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