高橋彩子
舞台芸術ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材し、「SPICE」「AERA」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆。第10回日本ダンス評論賞第一席。年間観劇数は250本以上。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜」を連載中。

タイムアウト東京 > カルチャー >東京、5月に観るべき舞台5選
今月は人間の歴史に思いを馳せる壮大な作品が多く上演される。 シェイクスピアの『リチャード三世』は薔薇戦争の時代のイギリスに実在した人物が主人公だし、K-BALLET TOKYOの『パリの炎』はフランス革命に材を取ったバレエ。文学座が上演する秋元松代『かさぶた式部考』は和泉式部の伝説に想を得た演劇だ。
一方、『ハムレット』は主演の市川染五郎が、祖父・松本白鸚、父・松本幸四郎も演じた役を継承するところに歴史を感じることができる。 また、フランス人俳優ジャン・レノの自伝的な一人芝居『らくだ』が日本で世界初演されるのも見逃せない。数々の映画での名演も忘れ難い彼の歴史と思いを味わうことになるだろう。
歌舞伎俳優の市川染五郎がシェイクスピア『ハムレット』のタイトルロールに挑戦する。初めてのストレートプレイ出演で主役を演じるかたちだ。
デンマークの王子ハムレットはある日、亡き父王の亡霊と出会い、衝撃の事実を聞かされる。それは、母ガートルードと再婚し王となっている叔父クローディアスが、父王を毒殺したというものだった。亡霊から復讐を求められたハムレットは逡巡しながらも、狂人のふりをして周囲をうかがい、自らの正義へと向かっていく……。
シェイクスピアの四大悲劇の一つであり、多くの名優が演じてきたハムレット役。染五郎にとって、祖父の松本白鸚が18歳だった1960年にテレビドラマで演じ、父の松本幸四郎は1987年に14歳で演じたほか、1991年には歌舞伎版『葉武列土倭錦絵』でハムレットとその恋人オフィーリアにあたる役を一人二役で勤めて英国公演も行うなど、ゆかりの深い演目だ。染五郎自身も2018年に幸四郎が構成した抜粋の台本で朗読しているが、今回、満を持しての全幕上演となる。
演出は、『ETERNAL CHIKAMATSU』『黒蜥蜴』『道』『テラヤマキャバレー』など日本でも数多くの舞台を手掛けている英国の演出家デヴィッド・ルヴォー。「『ハムレット』は何よりもまず、若者の悲劇です。そして、政治のシニカルな『現実』に支配された世界における、若者の命そして想像力の浪費の物語です」「若者の喜び、愛、そして社会に対する視線は、これまでも、そしてこれからも、シニシズムという津波に対する揺るがぬ存在であり続けるのです」とコメントを寄せている。
世界を埋め尽くすシニシズムに抵抗する若者の真っ直ぐな力が、舞台で炸裂する!
※5月9~30日/日生劇場/昼の部は12(13)時から、夜の部は17時から(日によって異なる)/休演日は12・18・25日/料金は9,000円から(席によって異なる)
フランス人俳優ジャン・レノの自伝的な一人舞台『らくだ』が、日本で世界初演される。映画「グラン・ブルー」「レオン」など多くの代表作を持ち、現在77歳のレノは、「自分で書いたテキストを人前で語る」「自分の人生を語る」「一人で舞台に立つ」など、これまでやったことないことに挑戦してみたいと考えたという。こうして今回の公演が実現した。
舞台では、レノの幼少期に始まり、悩み多き無名時代からどのように道を拓き、今に至るかが、家族、友人、恋愛、仕事などにまつわる様々なエピソードと共につまびらかにされる(あの映画の知られざる裏話も!)。極めてレアな、そして自身の人生哲学が詰まった内容を、レノはどのような表情で、居住まい・佇まいで語るのか。なお、舞台では音楽家のパブロ・ランティがピアノを演奏し、レノが歌も披露する。
演出は、日本では昨秋の『飛び立つ前に』などフロリアン・ゼレールの戯曲を東京芸術劇場手がけているフランス人演出家ラディスラス・ショラー。映像も使いながら、ミュージカルのように見せていくという。なお、タイトルのらくだは、レノにとって自身を重ねる“トーテム”の動物だから。私達もゆっくりじっくりとその世界に浸りたい。
※5月10~24日/東京芸術劇場シアターウエスト/昼の部は14(15)時から、夜の部は19時から(日によって異なる)/休演日は11・18日、16日は貸切/料金は12,500円
俳優の吉田羊がシェイクスピア『リチャード三世』に主演する。吉田はPARCO劇場で2021年の『ジュリアス・シーザー』、2024年の『ハムレットQ1』(『ハムレット』の原型とされる戯曲を使用したもの)と、いずれも森新太郎の演出でシェイクスピア劇に挑んでおり、今回はこのタッグの3作目となる。
15世紀、共にエドワード三世の血を引くランカスター家(赤薔薇)とヨーク家(白薔薇)は、イギリスの王位継承をめぐって争う(薔薇戦争)。一度はヨーク家が勝利しエドワード四世が即位して情勢が落ち着くが、ヨーク家の末弟であるグロスター公リチャードは王位を狙い、言葉巧みに周囲を陥れていき……。
これまで吉田が演じてきたのは、共和政ローマに実在した英雄ジュリアス・シーザーにしろ悩めるデンマークの貴公子ハムレットにしろ、運命に翻弄される側だったが、今回演じるリチャードは、卑劣な手段を厭わず権力の階段を上る悪人。運命を自らの手で切り拓き、周囲を翻弄する点で、これまでの役とは大きく異なる。緻密な森の演出のもとで、悪の華をいかに咲かせ/散らせるのか。その際、吉田が女性であることはどのように生きるのか。興味は尽きない。
※5月10~31日/PARCO劇場/昼の部は13時から、夜の部は18時から(日によって異なる)/休演日は12・18日、25日は貸切/料金は11,000円
昨年9月、バレエ団を率いてきた熊川哲也が芸術監督から総監督となり、宮尾俊太郎が芸術監督に就任したK-BALLET TOKYO。新芸術監督が手掛ける初の全幕プロダクションとして、バレエ『パリの炎』が全幕上演される。ソ連時代の1932年にワシリー・ワイノーネン振付で初演された作品だが、このワイノーネンの振付および2008年のアレクセイ・ラトマンスキーによる改訂版を踏まえて宮尾が演出・再振付を施し、オリジナルストーリーも追加。リアルでドラマティックな独自のバレエが誕生する。
舞台は1792年のマルセイユ。つまり、1789年7月14日のバスティーユ襲撃後、1791年憲法が制定され、王が一度は立憲君主となるも市民の不信を招き、やがて共和制が樹立されて処刑される前夜。フィリップやジャンヌが率いる革命義勇軍が町に帰ってくる。迎える人々の中には若き日のナポレオンもいる。
ジャンヌの兄ジェロームは身分違いの恋仲にあるボルガル侯爵の娘アデリーヌを侯爵に連れ去られてしまう。自由と尊厳のため今こそ立ちあがるべきだとフィリップが皆を奮い立たせ、ジェロームとナポレオンは義勇軍に参加。軍はパリへ向かう。そのパリでは、 ルイ16 世とマリー・アントワネットを中心とする宮廷が、ボルガルの忠告も虚しく危機感なく踊りに興じている。そこに義勇軍が到着し……。
宮尾は従来の『パリの炎』には登場しないナポレオンやロペスピエール、フェミニズム運動の先駆者と言われるオランプ・ド・グージュを登場させたり、マリー・アントワネットとルイ16世に踊りの見せ場を作り処刑されるまでの姿にも焦点を当てたりと、工夫を凝らしている。ジャンヌ/マリー・アントワネット、フィリップ/ルイ16世という対極的な役をそれぞれ一人のダンサーが踊るのも面白い。個性あふれるキャラクターたちが躍動する壮大なドラマをしかと見届けよう。
※5月23・24・30・31日、6月5〜7・13・14日/Bunkamuraオーチャードホール/昼の部は12時30分から、夜の部は16(18)時30分から(日によって異なる)/料金は9,000円から
人間への深い洞察に基づく重厚な世界で、戦後日本を代表する劇作家に数えられる秋元松代。その代表作の一つ、『かさぶた式部考』が、文学座により上演される。
本作の「式部」とは、平安時代の歌人・和泉式部のこと。和泉式部には全国各地に伝わる民間伝承があり、そのうちの一つに、瘡(かさ=皮膚病)に罹った和泉式部が宮崎県にある法華嶽寺に参籠し、歌を詠んで眠りに就いたところ、起きた時には平癒していたというものがある。和泉式部が初代住職だったと伝えられる京都の誠心院はかつて、和泉式部の説話を語りながら全国を巡り、仏教を広めて歩く集団の拠点であったという。
物語は、六十八代目和泉式部を名乗る智修尼を教祖に戴く金剛遍照和泉教会の信者が、巡礼の途中で農家に立ち寄るところから始まる。そこには、炭鉱の事故で知能に障がいを負って母・伊佐と妻・てるえの庇護のもとに生きる豊市がいた。やがて豊市は、美しい智修尼に心を奪われて巡礼団に加わるが……。
事故により息子/夫が別人のようになり生活が一変した伊佐とてるえ。聖女のように振る舞う人生を生まれながらにして背負わされた智修尼。紋切り型とは対極にある三人の女性の人物造形は、作者の真骨頂だろう。
決して希望に満ちあふれた物語ではないが、演出を手がける松本祐子は「物語の中心となっている大友家の人たちも信者たちも生きることへの渇望に満ちていて、時にあっけらかんと行動しています。人間の持つ底力も“神”も、実は自分の中にあるのではないかと感じていただきたい。そのためには俳優それぞれが持つ人間力を、多角的に花開かせてほしいと思っています」と語る。老舗劇団だからこその演技力とアンサンブルに期待したい。
※5月29~6月6日/紀伊國屋ホール/昼の部は13時30分から、夜の部は18時30分から(日によって異なる)/料金は7,000円
高橋彩子
舞台芸術ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材し、「SPICE」「AERA」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆。第10回日本ダンス評論賞第一席。年間観劇数は250本以上。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜」を連載中。
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