高橋彩子
舞台芸術ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材し、「SPICE」「AERA」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆。第10回日本ダンス評論賞第一席。年間観劇数は250本以上。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜」を連載中。

タイムアウト東京 > カルチャー >東京、3月に観るべき舞台5選
春、到来。3月に上演される注目作のうち、20世紀初頭に欧米で『蝶々夫人』の主役を2000回以上こなした実在のオペラ歌手を題材とする新作オペラ『奇跡のプリマ・ドンナ -オペラ歌手・三浦環の「声」を求めて-』と、小説「椿姫」にも影響を与えた宿命のヒロインをバレエ化した『マノン』は、ともに社会に翻弄されながら懸命に生きた女性が主人公だ。
一方、『るつぼ The Crucible』は、現代にも通じる魔女狩りを扱った演劇。スリリングな展開に息を呑みながら、人間の本質や社会の課題について考えさせられること間違いなし。ケラリーノ・サンドロヴィッチが書き下ろす『サボテンの微笑み』もまた、巧みに人間の本質を突くものになるだろう。
また、海外のダンサーたちによる「フレンズ・オブ・フォーサイス」は、舞踊の歴史を語るうえで欠かせない振付家ウィリアム・フォーサイスの近年の試みを知ることができる企画。
新たな季節とともに、舞台を通して新鮮な感覚・感情と出会おう。
日本オペラ協会が新作オペラ『奇跡のプリマ・ドンナ -オペラ歌手・三浦環の「声」を求めて-』を世界初演する。歌手、オーケストラ、合唱などの総合芸術であるオペラにおいて新作が上演されることは日本では決して多くないが、同団体ではこれまで、美内すずえの漫画「ガラスの仮面」に基づく『紅天女』や、倉本聰の同名作を題材とする『ニングル』などを初演し、話題を呼んできた。
今回はその『ニングル』と同じく、「利家とまつ」「毛利元就」などのNHK大河ドラマで知られる作曲家・渡辺俊幸が音楽を手掛け、同名の伝記ノンフィクションを著した大石みち子自身の脚本、オペラ演出の第一人者・岩田達宗の演出で、実在したオペラ歌手の生涯に迫る。
裕福な家に生まれ、結婚を条件に東京音楽学校への進学を許された環は、歌の才能を開花させ、離婚、恋愛スキャンダル、再婚と、人々の注目を集めながらも歌うことを貫く。やがて夫とともに欧米へ渡った彼女は、プッチーニ作曲『蝶々夫人』のタイトルロールを2000回以上務める国際的な歌手となり……。
厳格な父・熊太郎、環を精神的に支える母・登波、芸術家としての妻を認める夫・政太郎らが物語を彩るほか、環を追い詰める新聞記者・安井、時空を超えて環を見守るプッチーニが、好対照をなすように主人公の人生に影を落とし/光を差し込む。『ニングル』でも情感豊かな音色を響かせた渡辺俊幸の音楽は、今作でも健在。環の起伏に富む人生を多彩に描きながら、やがて、感動の渦へと観客を巻き込むラストへと向かっていく。
環役にはWキャストで佐藤美枝子と相樂和子。このほか、藤原歌劇団の歌手たちが集結して紡ぐ、彼らの先輩でもある女性の物語を味わいたい。
※3月7・8日/新宿文化センター 大ホール/14時から/料金は3,000円から(席によって異なる)
15~17世紀にヨーロッパと米国で無実の女性達が罪を着せられ処刑された魔女狩り。それは人類史の汚点と言っていい。しかも二度と起きない過去の出来事ではなく、形を変え、今も起き得る、あるいは起きている。だからこそアメリカの劇作家アーサー・ミラーは1953年、17世紀の終わりにアメリカで実際に起きた魔女裁判を題材に『るつぼ The Crucible』を書いた。この『るつぼ The Crucible』が、上村聡史演出、坂本昌行主演で上演される。
マサチューセッツ州の村セイラムで、少女たちが夜の森で踊っているのを目撃された。そのうちの一人が原因不明の昏睡状態に陥ったことから、森の中で何をしていたかを巡って騒動になる。信心深い人々が悪魔との関連を囁く中、呪術的な遊びに興じていたために窮地に追い込まれた少女らは保身から、村の大人たちを次々に魔女として告発。そして、少女たちの中心人物であり、かつて雇い主のジョン・プロクターと不倫に陥ってジョンの妻エリザベスから追い出されたアビゲイル・ウィリアムズは、ジョンとエリザベスを陥れる。
苦難の中でも信義を貫こうとするジョン・プロクターを坂本が演じ、エリザベス・プロクターに前田亜季、ジョン・ヘイル牧師に松崎祐介、アビゲイル・ウィリアムズに瀧七海。
ミラーが本作を書いた背景には、当時のアメリカで吹き荒れていたマッカーシズム、いわゆる「赤狩り」があった。あるたくらみやデマが、人々の悪意と善意、あるいは智謀と無知の両方によって増幅し、さらに個々人の事情や感情が入り乱れて、気がついた時には止めようのない集団ヒステリーに至る恐ろしさ。それは今起きているSNSでの炎上やネットリンチなどとも重なるだろう。スリリングな展開に息を呑みつつ、様々に感じ、考えさせられる作品だ。
※東京公演 3月14〜29日/東京芸術劇場プレイハウス/昼の部は12時(13時)から、夜の部は17時30分から(日によって異なる)/休演日は16・23日/料金は12,000円
新国立劇場バレエ団が6年ぶりに『マノン』を上演する。英国の振付家ケネス・マクミランがバレエ化し、1974年に英国ロイヤル・バレエ団で初演した作品で、ドラマティック・バレエの最高傑作とも言われる傑作だ。
原作は1731年に刊行されたフランス人作家アベ・プレヴォの小説『マノン・レスコー』。本作は、アレクサンドル・デュマ・フィスの『椿姫』にも大きな影響を与えている。 バレエのあらすじは以下の通り。
美しい少女マノンは、兄レスコーによって、大金と引き換えに老富豪ムッシューG.M.の愛人にされそうになるが、神学生デ・グリューと恋に落ち、駆け落ちする。しかし二人の住まいにムッシューG.M.がやってくると、贅沢に目がくらんだマノンは留守にしているデ・グリューを置いて去る。やがて再会した二人は、いかさま賭博でムッシューG.M.の金を巻き上げようとするが、いかさまは発覚。逃げようとするがマノンは捕まり、アメリカに流刑。デ・グリューもマノンを追ってアメリカに渡るが、看守に襲われたマノンを助けるため看守を刺してしまう。二人は沼地に逃げ込むが、疲れ果てたマノンは息絶える。
演劇の国で生まれた作品にふさわしく、マクミランの振付は、登場人物たちのまさにそこで生きているかのように、雄弁でドラマティック。アクロバティックなリフトを含む複雑でハードな動きがダンサーの演技とあいまって生み出す高揚感は格別だ。
マノンとデ・グリューには、既にこの役を持ち役としている米沢唯&井澤駿、小野絢子&福岡雄大に加え、柴山紗帆&速水渉悟がともに初役で挑戦する。それぞれに描き出す愚かしく美しい愛のドラマは必見!
※3月19〜22日/新国立劇場オペラパレス/昼の部は13時(14時)から、夜の部は18時(18時30分)から(日によって異なる)/料金は4,950円から(席によって異なる)
従来のバレエ・ダンスの常識を覆す斬新な発想で、狭義の舞踊言語のみならず作品やダンサーのあり方に至るまで大きく発展・更新させたアメリカ人振付家ウィリアム・フォーサイス。
彼が長く芸術監督を務めたフランクフルト・バレエ団は来日公演を重ねたほか、今では日本を含む複数のバレエ団がフォーサイスの作品をレパートリーにしているが、フランクフルト・バレエ団退任後に彼が設立したザ・フォーサイス・カンパニーが2015年に解散してからは久しくその近作を見る機会はない。2022年に予定されていた『THREE QUIET DUETS』がパンデミックで中止になったのはつくづく惜しまれる。今回、新国立劇場が招聘する「フレンズ・オブ・フォーサイス」は、2023年に世界初演され、フォーサイスの最近の活動に触れることのできる公演だ。
ただしこれは、フォーサイスがダンサーたちに振り付けた1つの作品ではない。フォーサイスはいわばこの企画のキュレーターであり、フォークダンス、ヒップホップ、バレエなど様々なバックグラウンドを持つダンサーが動きとコミュニケーションを探求して舞台を作り上げている。そしてその舞台は作品としてまとめ上げようという意図のもとに構成されたものではなく、ダンサーたちはある種淡々と空間に出ては入り、動いていく。とは言え、決してワークショップやその場の即興といったようなものでもなく、精度の高い見応えある動きが展開する。
多様で、対等で、フラットで、中心も終わりもない、ストイックな世界。観客も、常の舞台とは違う感覚をもって鑑賞することになるに違いない。
※3月25・26・28・29日/新国立劇場小劇場/昼の部は13時(14時)から、夜の部は18時(19時)から(日によって異なる)/料金は4,400円から(席によって異なる)
劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)と俳優の緒川たまきによる演劇ユニット「ケムリ研究室」が、新作『サボテンの微笑み』を上演する。
2020年の旗揚げ以来、再開発を目論んで貧民街に入り込む裕福な女性の心の変化を描いた旗揚げ作品『ベイジルタウンの女神』(20年・24年)、安部公房の同名小説をもとにした『砂の女』(21年)、管理・抑圧されたディストピア的世界を通して他者の記憶の複製や所有の問題を扱った『眠くなっちゃった』を上演してきた同ユニットが今回上演するのは、大正、昭和初期の日本を舞台とする物語。
執筆途中の新作ゆえまだ全貌はわからないが、赤堀雅秋演じる兄と緒川演じる妹が一緒に暮らす家を訪れる人々の人間模様となるという。どうやら「サボテン」はこの兄のかつてのあだ名でもあるようだ。兄と妹と聞くと、どこか恋人のような特殊な関係として描かれることも多いが、この兄妹はどうなのだろうか。実際の兄と妹である瀬戸康史と瀬戸さおりが、兄妹ではない役で、兄妹の家の訪問客となるのも面白い。なお、「ナイーヴな人たちの小さな物語」とキャッチコピーがつけられているが、小さな物語も濃密な会話の中でいかようにも大きくなるのが、芝居の醍醐味だ。
自身が主宰する劇団ナイロン100℃では、ともに岸田國士戯曲である『犬は鎖につなぐべからず』(07年)と『パン屋文六の思案』(14年)の演出で、やはり大正・昭和の物語を手掛け、昭和モダンの世界をポップな色彩と共に現出させたKERA。今回はどのような情景を見せてくれるだろうか?
※東京公演 3月29日〜4月19日/シアタートラム/昼の部は13時から、夜の部は18時から(日によって異なる)/休演日は3月31日、4月6・13日/料金は平日9,800円、土・日曜12,000円
高橋彩子
舞台芸術ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材し、「SPICE」「AERA」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆。第10回日本ダンス評論賞第一席。年間観劇数は250本以上。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜」を連載中。
Discover Time Out original video