野村裕基
Photo: Keisuke Tanigawa
Photo: Keisuke Tanigawa

インタビュー:野村裕基『第一回 狂言イデアの会』

「心の目」で舞台を見る

広告

タイムアウト東京 > カルチャー > 野村裕基『第一回 狂言イデアの会』

テキスト:高橋彩子(舞台芸術ライター)

人間国宝の野村万作を祖父に、野村萬斎を父に持つ狂言師の野村裕基。2023年に演じた萬斎演出『ハムレット』タイトルロールも記憶に新しいが、このたび、自身主宰の会として「第一回 狂言イデアの会」の公演を行う。祖父、父をはじめ多くの能楽師が華を添える中、裕基は、難曲『金岡』と、沢山のカラフルなキノコたちが登場する『茸(くさびら)』の2曲で、シテを勤める。大きな挑戦を控える今の思いを聞いた。

野村裕基
Photo: Keisuke Tanigawa

初の自主公演、多彩な番組

―初の自主公演、おめでとうございます。主催に至った経緯を教えていただけますか?

ありがとうございます。もともと自分の会は、狂言の卒業論文とされる『釣狐』を初めて勤めた、つまり「披(ひら)いた」あとに考え始めるものだととらえており、それが2022年でしたので、近いうちにとは思っていました。そんな折、父が春と秋に主宰する狂言の会のうち、春の日程で自分の会をやってみたらどうかという提案が一昨年、父からあったんです。

まずは試演のような形で昨年、「第零回イデア狂言」を開催したところ、有りがたいことに大変大きな反響があり、チケットが一瞬でなくなってしまいまして。ぜひ大きな会場でという声をいただいたので、国立能楽堂という、客席数が最も多い会場で、開催させていただく運びとなりました。

―第1回にふさわしい豪華な番組となっていますね。まずはやはり『金岡』を上演することが決まったのでしょうか?

そうです。狂言の世界においては「習(ならい)」といって、芸の節目に演じる特別な曲のひとつであり、許可があって初めて上演できます。『釣狐』の次は『金岡』、そして『花子』という風に階段を上がっていくものなので、4年前に『釣狐』を終えた今、次の目標に挑戦したいと考え、祖父の万作と父の萬斎にうかがったところ、「主催公演の第1回に華々しくやるという意味で、『金岡』をやるのは良かろう」とお許しいただきました。

その一方で、初めて狂言をご覧になる方にも分かりやすいものをいう思考もあって、全体的には比較的分かりやすく面白い演目になっています。

―初めに観世宗家の御子息である観世三郎太さんの舞囃子があり、万作さんの至芸を楽しめる狂言があり、裕基さんがなさる『金岡』と『茸』もかなり趣が異なる狂言で……と、ヴァラエティに富む内容ですね。

三郎太さんは同い年で学校も一緒で、普段から仲良くさせていただいています。第1回ということで三郎太さんに、おめでたい時に上演する「脇能」である『養老』を、舞囃子というダイジェストの形式でお願いしたところ、「水波之伝」という、物凄い緩急がつき、スピード感を楽しんでいただける小書(こがき ※特殊演出のこと)をつけてやっていただけることになりました。

この「水波之伝」はある意味、お囃子方にもご注目いただきたいものでして、お囃子方のうち大鼓(おおつづみ)は、僕自身も習っていた亀井広忠先生にお願いしています。一方で小鼓(こつづみ)は、上演される機会の少ないこの小書を若い方に経験していただきたいという思いもあって、18歳の大倉伶士郎さんにお願いしました。

『舟渡聟』は祖父、萬斎、石田幸雄の3人しか出てきませんけれども、素朴なようでいて結構ドラマティックな狂言です。さらに従叔父の野村昌司の『菊慈童』は仕舞というお囃子もない究極にシンプルな形で上演し、『金岡』があり、最後にカラフルな茸が出てきて視覚的にも楽しんでいただける『茸』で盛り上げよう、と考えまして。

出演者は、上は祖父94歳、下は『茸』出演の6歳まで、幅広い年齢層となっています。

野村裕基
Photo: Keisuke Tanigawa

修士論文!?の難曲『金岡』

―平安時代の宮廷画家・巨勢金岡(こせのかなおか)が御殿で美しい女官に一目惚れし、狂乱してさまよい、心配した妻から「女が美しいのは化粧のためだから、私の顔に得意の絵筆で彩色すればいい」と言われるが、同じにはならず……というお話ですね。記者会見で、萬斎さんが「『釣狐』が卒業論文なら『金岡』は修士論文か博士論文」とおっしゃっていました。どの辺りが難しいのでしょうか?

謡(うたい)、舞、台詞と、とにかく狂言の基礎がどれだけできているかが試される曲であることは、今、稽古をしていてもひしひしと感じます。中でも非常に難しいのが、「物狂(ものぐる)い」といって、恋にうつつを抜かして相手を想う余り周りのものが見えなくなって、現世にいるかいないか分からないような状態を表現するところでしょうか。

―能狂言、そして歌舞伎でも、ただおかしくなっているというではなく美しく描かれるのが、「物狂い」の特徴ですね。

そうなんです。普通の人がただ恋に落ちた相手に会えないから悲しいというものとは違って、宮廷絵師が御殿で絵を描いているのを見に来た宮中の女性に恋をしてしまうわけですから、身分の違いもありますし、自分が普段いないような場所で絵を描いている緊張感の中で恋心を抱いてしまったという状況も無視できません。

物語自体が高級かと言われると分からないですけども、下世話にならないよう、格を持って演じることも大切であり、難しい部分なのかなと思います。家には『金岡』でしか着ない装束をふくめ古いものも幾つかありますので、そこから合うものを選びたいと考えています。

―この物狂いでは、「ユリ」という特殊な謡など、様々なしどころがあると聞きます。

通常の謡とはかなり違う難しい謡で、グニャグニャと歌っているように聴こえるかもしれません。それがある意味、狂っている状態を表しているとも考えられますね。さらに謡いながら舞もします。しかも笹を持つのですが、これは能狂言では狂っていることをシンボリックに表します。

そんな金岡は妻から「私の顔に絵を描いてその人を表してみてください」と言われ、「お前の顔に描いたってしかたがない」と答えるものの、そこは宮廷の絵師ですから「描いてみようじゃないか」となる。この時、実際に絵の具の入った箱を持ってきて、筆を2本持って謡を謡いながら相手役の顔に絵の具を塗るのも、『金岡』の特徴です。

けれども、やっぱり、自然に感じた美しさに勝るものはないのでしょうか、どう自分が描いてもうまくはいかないのです。

―なるほど。ただ単に美人ではない人に塗っても……という小さな話ではなく、自然な状況の中での感情と、プロであっても人工的なものからの感情とは違うという話だと考えれば、芸術を巡る壮大なテーマを見て取ることもできますね。

そんなところもあるかと思います。結局、その時どれくらい宮廷の女性の顔を見続けたか分かりませんけれども、実際の顔よりも美化されていると思うんですよね。その瞬間の記憶に基づいた人間の想像力には、どんなに上手い画家の力をもってしても敵わないのかもしれません。

―古典芸能には、現代の感覚からすると女性蔑視ではないかと感じるものもありますが、ある様式の中で、しかもそういう風に象徴的な意味としてとらえることができると、また違う景色が広がります。

そもそも自分の奥さんに絵の具を塗るということ自体、普通に考えたら変な話かもしれませんが、宮廷の中の話も美しく語り、絵を描くところも所作に基づいて動いて、きちんと一つの芸術、芸能として美しく昇華できるのも、狂言の良さの一つのなのかなと思います。

―今、お稽古ではどんなご注意を?

ご注意だらけで、どうしようという感じですが……(笑)。男の役ではあるんですけども、恋にうつつを抜かすというようなキャラクターでもありますので、男性らしさというよりは艶っぽい、狂言における女性的な要素が必要になってきます。

それを声に表すためにも、普段の謡とはまた違う技巧的な部分があります。一字一句どころか、呼吸のタイミング、ここの息を吸う時間が長い・短いといったことが、0.0何秒の世界で繊細に決められていますので、それを忠実にできるかというところになってきます。

―きちんとこなさなければならない決まり事が細かくあって、でもそれをこなせばいいというわけではない、というところですよね。

一番大事なのはそこです。悩んで悩んで、その先へ向かう。芸の世界はみなそうなのではないでしょうか。『三番叟』も『釣狐』も既に2回以上させていただいていますが、最初に演じた時と2回目とでは全然違うものだと感じています。

祖父は1月に福岡でこの『金岡』を演じています。祖父や父の『金岡』には格式があり、それでいて面白さもあり、切なさも伝わる。僕自身、祖父の『金岡』で地謡(じうたい ※コーラスのようなもの)を謡ったり、父の金岡の時に妻を勤めたりしていますが、同じ空間にいて、お客さんに届けるということの大切さをすごく感じますね。

祖父はもはや違う領域にいる部分がありますが、父は僕と声質が似ているからこそ、声が似ていて技巧的に同じようにやったとしても、経験値や表現力が違うということを痛感します。僕には祖父や父のオーラはありませんが、20代のやる『金岡』として、フレッシュさのようなものをご覧いただけたら嬉しいですし、一つの同じ演目を様々な年齢が演じる面白さも、感じていただけたらと思います。

―夫婦のやりとりは従兄弟同士でもある太一郎さんと、愉しくなさることでしょう。

そうですね。太一郎さんは女性の役をされることが多いですし、先輩ですが年も近いので、胸を貸していただくつもりです。地謡をまとめる地頭(じがしら)は、父に頼みました。

野村裕基
Photo: Keisuke Tanigawa

僕を狂言師にしてくれるもの

ー裕基さんといえば、2003年、3歳で初舞台として『靱猿』の子猿役を演じるまでを追ったNHKのドキュメンタリー「小さな狂言師 誕生〜野村萬斎・親子三代の初舞台〜」での、しなければならないでんぐり返しをせずに萬斎さんに叱られる姿が忘れられないという人は多いでしょう。あの可愛い狂言師が、こんなに立派になって会をされることが感慨深いです。

23年前ですね。「あのちっちゃかったお猿さんが」とよく言われます。あれも国立能楽堂でした。おかげさまで、今では祖父よりも父よりも背が高くなってしまいました(笑)。

―もう一つ忘れられないのが、2013年に萬斎さんが出演されたテレビ番組「オデッサの階段」です。萬斎さんは、裕基さんから「どうして狂言をやらなければいけないの?」と聞かれた時に答えられなかったとおっしゃり、その後涙を流されていました。

裕基さんご自身、生まれた時からほぼ道が決まっているという環境の下、楽しかったり充実していたり辛かったり、色々な思いをされてきたと思います。その中でこの道でと、ご自身の中で決まったのはいつなのですか?

僕の場合、気づいたらやっていたというところがあります。ただ、高校生の時にイギリスに留学したのは一つの転機と言えるかもしれません。それ以前は、体育祭や運動会を休んででも舞台に出るなど、学業と狂言とがぐちゃぐちゃになっていました。でもイギリスにいる間は学校に行って学業に集中し、日本に帰ってきたら狂言に出演してきちんと狂言と向き合うといった具合に、気持ちの整理をつけることができたんです。

その上で、高校を卒業するタイミングで『三番叟』、その次に『奈須與市語』という、一つのステップアップと言える曲を披くことで、「何故、狂言をやらなければいけないんだろう」といった気持ちはなくなりました。3歳から続けてきて、段階を踏んで節目の曲に挑戦することが、お客さんから喜んでいただけたのも、続けてくることができた要因だと思いますね。

近年は舞台で祖父や父の相手を勤めたり大事な役を任せていただけるようになったりという中で、責任は増しましたが自信もついたことが、今回のように『金岡』と『茸』を両方やってみよう、という気持ちに繋がっています。

さらに、大学やカルチャーセンターで人に教える機会が増えたのも、自分の学びになっています。それまでは本能的にやっていたことを言語化し論理的に考えることで、客観的に見ることができるようになりました。それを僕は「イデア」ととらえて今回の会を名付けたのですけれども。

―今話に出た「イデア」はプラトンの定義に由来するそうですが、かねてからプラトンがお好きだったのでしょうか。

僕は大学では法学部政治学科に進んだのですが、日本でただ暮らすだけでなく、どのように日本という国が存在し、どう動いているかといったことを俯瞰的にとらえることを学びました。

そして今、自分自身のことも、狂言についても、ひいては古典芸能というものの日本におけるポジションなども、客観的に見ることが大事なのだと考えた時、たどり着いたのが、大学で出会ったプラトンの「イデア」という言葉です。

この言葉を説明するのは大変ですが、僕は「イデア」=「心の目」というイメージでとらえています。 狂言というのは本当にシンプルな芸能で、能舞台では人が下から出てくることもなく、場面転換で背景がガラッと変わることもないですから、お客さんの想像力に任せなければいけないところがあります。狂言にはパントマイム的なところがありますが、それはお客さんに“それ”があると信じていただかなければ成立しません。

だからこそ、僕らはお客さんにどう映るかを把握して動かなければいけない。それを世阿弥は演じる僕らの側の意識として「離見の見」(演者が自己中心的な視点ではなく客観的な視点で自身の演技を見ること)と呼んだわけですが、観ている側のお客さんからすると多分、イデア、心の目でご覧になっているわけです。それを、年齢や経験によっても違うお客さんそれぞれの目で好きなように見ていただき、狂言というものを楽しんでいただければと思っています。

―初舞台から23年。若い頃はお仕事でも苦しいことも多いと思いますが、今、楽しさと苦しさ・辛さとは何割くらいですか?

難しい質問ですね! 必ずしも辛いことが多いというわけでもありません。半分半分くらいでしょうか。第零回の時もそうでしたが、若い人が会をやることに意味があるとおっしゃっていただいたりすると励みになりますし、そうやって観てくださる方、応援してくださる方の声が、僕を狂言師にしてくださっているのかな、と感じます。

第一回 狂言イデアの会

第一回 狂言イデアの会
画像提供:万作の会

チケットは、プレイガイド・カンフェティで販売中

キャンセル待ちは、万作の会

Contributor

舞台芸術ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材し、「SPICE」「AERA」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆。第10回日本ダンス評論賞第一席。年間観劇数は250本以上。

現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜」を連載中。

おすすめ
    最新ニュース
      広告