緒川たまき
Photo: Keisuke Tanigawa
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インタビュー:緒川たまき 『サボテンの微笑み』

小さな心の変化が紡ぐKERAの劇世界、探し求める役の魂

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タイムアウト東京 > カルチャー > 緒川たまき 『サボテンの微笑み』

テキスト:高橋彩子(舞台芸術ライター)

劇作家・演出家・音楽家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA)と俳優の緒川たまきが2020年に立ち上げた演劇ユニット「ケムリ研究室」が、第5回公演『サボテンの微笑み』を上演する。

本作は、大正末期から昭和初期の劇作家・小説家である岸田國士が描いた兄妹の物語にインスピレーションを受けつつ、独自に展開する作品だ。妹役でもある緒川が語る、ユニットのこと、戯曲や役への思いとは。

緒川たまき
Photo: Keisuke Tanigawa

挑戦の場である「ケムリ研究室」

―ケムリ研究室としての作品は、今回が第5弾ですね。毎回、作品のテイストには異なるところもありますが、ユニットとして大事にしていることや共通するテーマはありますか?

緒川:長い劇作家人生を歩んでいるKERAさんが、傍にいる私から見て、一人の観客としては好んでいるにもかかわらず、劇作家としては照れくさい、ガラではないと避けているようなジャンルやテイストがあります。そこで私が背中を押し、KERAさんはできるだけ素直に新しいことに挑戦してもらいながら、ある種のもがきや実験を含めて作品の魅力に組み込めたらというのが、2人にとってのケムリ研究室の存在意義なんです。

1作目の『ベイジルタウンの女神』は、華やかな印象の立ち上げにしたくて、たくさんの素敵な方々に出ていただきました。KERAさんの得意な群像劇でありつつ、作り上げた幸福感を途中で裏切ることを好むKERAさんの傾向を封印して「あくまでもおとぎ話のようなハッピーなものにしよう」と2人で決めました。それを踏ん張って貫いた点が、実験と言えたかもしれません。

2作目の『砂の女』は、少人数で男と女のディープな物語なのですが、ケムリ研究室を立ち上げる前から2人の間で何度も「安部公房の小説を舞台化してみたい」と話していたんです。考えれば考えるほど難題で尻込みしていたのですが、あえて「やる」と宣言しました。どうすれば自分たちの興味と作品の持っている魅力とを融合できるかを、2人の間ではもちろん、スタッフの方々にも随分相談に乗っていただいて。

3作目の『眠くなっちゃった』は、運命というものが一人一人にあるとしたら、その個人の運命と、全体を巻き込んだ大きな運命とが攻めぎ合っているような世界を目指しました。私の中ではアリアが鳴り響く「死に向かっていくオペラ」のような世界観が浮かんでいて、“あらかじめ失われた物語”に取り組みたいという気持ちがありました。KERAさんにとっても、群像劇のスタイルにせず、主人公がいて、そこに人々が深く関わっていくという形でのディストピアものを作り込むことは挑戦だったと思います。とても悲しく痛みのある作品で、今思い出しても胸の奥がグーッとなる感じ。余韻が深く、貴重で素敵な体験でした。

4本目は、『ベイジルタウンの女神』の初演がコロナ禍でのユニット立ちあげ作となり、悔しさもありましたので、さらにブラッシュアップして多くの人に観ていただきたいという思いから再演しました。

―そうやって一作一作、お二人なりの挑戦をなさったことで、劇作家としてのKERAさんや俳優としての緒川さんに変化は生まれましたか?

どうなんでしょう。このユニットではKERAさんも公言している通り、私も一緒に脚本作りをしていて、違うなと思ったら遠慮せず「こう直しましょう、この後の会話はこんなふうにしませんか?」と提案をしています。ただ、回を重ねる中で、KERAさんも自分のガラではないと思うようなものにも、ケムリ研究室だからこそやってみようという姿勢に、より変わっていったのかもしれません。

今回の『サボテンの微笑み』では、劇の"吸引力”を、出来事の展開からではなく、登場人物のごく小さな心の変化から作りたいというもくろみがあります。ある瞬間に登場人物のたたずまいが、日常から非日常的なものへと変わることに挑戦しているところです。

KERAさんは「自分の癖で、笑わせる方向に持っていってしまう」と苦笑していますが、それもアクセントとして活かしつつ、今までとはまた違うところのある作劇を楽しんでいるという感じでしょうか。

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岸田國士の戯曲に想を得た『サボテンの微笑み』

―KERAさんは、少し前のSNSに、『サボテンの微笑み』が岸田國士の戯曲『温室の前』の後日談になると書いていましたね。『温室の前』は、孤独な環境で一緒に暮らす兄と妹それぞれにときめきを覚える相手が現れるが……という話です。途中まででき上がっている『サボテンの微笑み』は、これと相似形をなす物語のように思われます。

兄妹のものを含めて名前は全て違いますが、兄妹の元を訪れる男女は同一人物なのでしょうか? それとも、違う人だけれども同じようなことが起きているということなのでしょうか?

構想時には後日談もありかなとは話していたのですが、その方向はやめました。両親がもういなくて、どうやら働かなくても食べていけるだけの財産持ちであるらしい兄妹が2人で暮らし、引きこもりの傾向があるらしい——というベースは一緒で、別の物語としてとらえていただければ、と。

―なるほど。『温室の前』には、ロシアの劇作家アントン・チェーホフ(Anton Chekhov)の戯曲のような雰囲気がありますね。兄妹が何もできないところなど、モスクワに憧れながらも行くことができない『三人姉妹』のようですし。

そうなんですよ。シーンによってはですが、短いせりふの掛け合いではなく、一人がたくさんしゃべって次の人もたくさんしゃべって、という台本の在り方も似ています。また人物としても、彼らには満たされないところがありつつ、本当に生活に追われているのとは違う優雅さや、だからこんなことに悩めるんだという貴族のようなところもあって。

―そしてだからこそ、思い切って外に出ることができず同じ場所をぐるぐると回っているという感じですよね。この『温室の前』とはまた違う要素も、『サボテンの微笑み』には入るのでしょうか?

演出家としてのKERAさんが、稽古開始時とは好む方向性が少々変わってきているように感じます。

当初は飄々としてほのぼのとした、でも甘さよりも「しょっぱさ」が胸に残るような雰囲気を志向していたのですが、今はどちらかというと兄妹のグロテスクさを探る方向にかじを切っている印象があって。最終的にどういうさじ加減になるのかは、まだ分かりませんけれども。

―なるほど。ほかに家族もおらず兄妹2人で暮らしているとなると、夫婦のような役割分担になっていたり相互依存がすごかったりしそうですね。

まだ"ホン”もない稽古開始前のビジュアル撮影の頃、兄役の赤堀雅秋さんが「兄だけれども、妹に叱られる感じなんだろうな」とおっしゃっていたんです。確かに異性の兄妹というと、どちらかがどちらかをサポートしたりおもんぱかって身を引いたりといった関係性を思い描きがちですよね。

そういう作品も素敵だなとは思うのですが、この兄妹に関しては、干渉し合い過ぎてお互いの足を引っ張っているようなところがある。もちろん愛が強いからなのですが、相手に対する愛情を隠さず、当たり前であるかのようにそれが繰り広げられるところが、一歩引いて見るとグロテスクだという印象につながるといいなと思っています。

―実際、この兄妹のもとにどんな女性、男性が来ても絶対にうまくいかないのだろうと思ってしまいます。仮に、見かけ上は結ばれるとしても。

おっしゃる通りです(笑)。ですからこの作品に感じていただける魅力というのは、うまくいきそうなものがうまくいかないハラハラ感ではなく、うまくいかなさそうなものに対して当人たちが舞い上がっているところ。そんな兄妹が気の毒に映るかもしれないし、もしかしたらかわいらしく見えるかもしれないし、そこにどれだけ独自の味わいが出せるかが課題ですね。

緒川たまき
Photo: Keisuke Tanigawa

夢想する役の魂

―緒川さんは、出演される立場でもありますね。KERA作品に描かれる緒川さんの役は、劇作家が演じ手を熟知しているからか、いつも本当に魅力的です。

稽古では、うまく役を立ち上げられていない苦しい時間や、どうにか掴めるといいなと必死で願う時間が長くて、今まさにそうなんです。共演者の皆さんの役が作品の中でどんどん良くなっていたり、この人のこの感じがピタッと(役に)はまった!と頼もしさを覚えたりする瞬間はたくさんあります。でも、いざ自分はとなると「まだ掴めてない」といつもジリジリしていて。

時々ヒントのようなものが見つかっても、次の日にはまた見失って、という繰り返し。これまでもだいたい、小屋入りする直前までそういう気分を味わっているから、今回もきっと大丈夫だよと自分を慰めてもいるのですが……。

―緒川さんが共演者の方に対して「ピタッとはまった!」と頼もしく思うように、共演者から見たら緒川さんも“はまって”いるということはないのでしょうか? どうなのでしょう……。

例えば共演者の方と稽古を重ねるたびに、キャッチボールがすごく充実しているとお互いに感じ合える時間はもちろんあります。けれども、役が持っている魂みたいなものの手触りとか質感とか量感とか、そういうものが、もっともっと自分の中にくっきりと欲しいんです。

―今、役の魂とおっしゃいましたね。例えば古典や再演なら戯曲が完成していて、全貌もある程度つかんだ状態で稽古に臨めるわけですが、戯曲がまだ最後までできていない状況で稽古する新作の場合、役の魂とはどこから来るのでしょう?

どんな戯曲であっても、稽古や本番で演じながら、自分では出せないものを役にもらっている感じがする時があるんです。そして、自分一人でホンを読み込んで人物像を思い浮かべることはあっても、基本的には声に出したり動いたりして、この人のこういうところが好き、嫌いと肌で感じるあの感覚は、共演者の方と一緒に立たないと受け取れないものです。

―結末はまだ分からなくても、途中までの稽古をする中で魂はなんとなく育っている。つまり、結末とは関係なく魂があって、ホンの続きが届くと、それに合わせて魂を持っている役が動いていくということなのでしょうか。

そんな感じがします。乱暴な言い方をすると、違う結末や違う夢想を、役が勝手にしていて、それなのに実際にはこうなっちゃった、という感覚が、演じ手の私にはあるんです。

―だとすると、それは非常にリアルな感情ですよね。思っている人生ではなかったという、ある種のショックのようなものが本当に生まれるわけで。

まさにそうなんです。さっきお話に出た『眠くなっちゃった』では、それがすごく痛くて。幸せな役は夢を見るのも幸せなら実際にたどり着くのも幸せですが、つらい結末の役の時は素敵な夢想をたくさんするから辛くなります。

―今回はどうなるのでしょう。つまり端から見たら「ああ……」という感じだとしても、本人たちは満足なのか、どうなのか。

ある種のグロテスクさはありながらも、慕っている兄と運命共同体で生きているというよりどころは揺るがないはずなので、土台のところはすごく幸せなのではないかとは思っています。今のお話で言うと、いろんなことを想像すること自体が当人たちにとっての娯楽になっていて、現実にはうまくいかなかったとしても一番大事な喜びの部分は十分に味わっている。そこがこの作品に関しては持ち味かもしれませんね。

―となると、夢想する力、想像する力のようなものを、観客も大いに感じられそうですね。

誰かが何かを楽しみにして夢物語を語っている様子ってちょっと滑稽に見えることもあるし、一方で誰もがそういう時間を過ごしたことがあると思うんですよね。後になって振り返ると、あの時あんなに舞い上がってちょっと恥ずかしいなとか、でもかわいらしいなとか、そういうところを楽しんでいただけたらうれしいです。……こうお話ししているうちに、稽古をしている今は、すごく楽しい時間なんだなと思えてきました(笑)。

Contributor

舞台芸術ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材し、「SPICE」「AERA」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆。第10回日本ダンス評論賞第一席。年間観劇数は250本以上。

現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜」を連載中。

劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)と俳優の緒川たまきによる演劇ユニット「ケムリ研究室」が、新作『サボテンの微笑み』を上演する。

2020年の旗揚げ以来、再開発を目論んで貧民街に入り込む裕福な女性の心の変化を描いた旗揚げ作品『ベイジルタウンの女神』(20年・24年)、安部公房の同名小説をもとにした『砂の女』(21年)、管理・抑圧されたディストピア的世界を通して他者の記憶の複製や所有の問題を扱った『眠くなっちゃった』を上演してきた同ユニットが今回上演するのは、大正、昭和初期の日本を舞台とする物語。

執筆途中の新作ゆえまだ全貌はわからないが、赤堀雅秋演じる兄と緒川演じる妹が一緒に暮らす家を訪れる人々の人間模様となるという。どうやら「サボテン」はこの兄のかつてのあだ名でもあるようだ。兄と妹と聞くと、どこか恋人のような特殊な関係として描かれることも多いが、この兄妹はどうなのだろうか。実際の兄と妹である瀬戸康史と瀬戸さおりが、兄妹ではない役で、兄妹の家の訪問客となるのも面白い。なお、「ナイーヴな人たちの小さな物語」とキャッチコピーがつけられているが、小さな物語も濃密な会話の中でいかようにも大きくなるのが、芝居の醍醐味だ。

自身が主宰する劇団ナイロン100℃では、ともに岸田國士戯曲である『犬は鎖につなぐべからず』(07年)と『パン屋文六の思案』(14年)の演出で、やはり大正・昭和の物語を手掛け、昭和モダンの世界をポップな色彩と共に現出させたKERA。今回はどのような情景を見せてくれるだろうか?

※東京公演 3月29日〜4月19日/シアタートラム/昼の部は13時から、夜の部は18時から(日によって異なる)/休演日は3月31日、4月6・13日/料金は平日9,800円、土・日曜12,000円

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