高橋彩子
舞台芸術ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材し、「SPICE」「AERA」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆。第10回日本ダンス評論賞第一席。年間観劇数は250本以上。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜」を連載中。

タイムアウト東京 > カルチャー >東京、4月に観るべき舞台5選
変化の4月。浮き立つ心やざわつく心に、さらなる刺激を与えてくれるような演目をご紹介する。
悲劇的な死を迎えるスコットランド女王とその死をもたらしたイングランド女王を描いた『メアリー・ステュアート』は、演じる俳優二人の演技も見もの。
ある女性が赤裸々にその人生を語る『ガールズ&ボーイズ』と、作者の実体験や内面にフィクションの要素を加えた虚実皮膜の“オートフィクション”の『ナルキッソスの怒り』は、どちらも一人芝居。そこで語られる内容に、観客は息を呑むことだろう。
『マライの虎─ハリマオ』は、シンガポール人俳優と日本人俳優が今の感覚で日本のプロパガンダ映画をユーモラスに検証し、それぞれの現在地に光を当てる。
巨匠がタクトを振る『ドン・ジョヴァンニ』では、モーツァルトの珠玉の音楽に載せ、稀代の女たらしとその周囲の人々を、終末的な雰囲気で描く。
イングランドの王位継承権を巡るライバル関係にあった従姉妹のエリザベス一世によって処刑されたスコットランド女王メアリー・ステュアート。彼女の波乱万丈の人生や美貌は多くの作家を刺激し、様々な作品が生まれている。
その代表例が、ドイツの作家フリードリッヒ・シラーによって1800年に発表された戯曲『メアリー・ステュアート』(『マリア・ストゥアルト』)。史実ではないメアリーとエリザベスの対面シーンを入れているのも特長となっている本作は大いに話題となり、1835年にはイタリアの作曲家ガエターノ・ドニゼッティによってオペラ化もされている。
現代において上演される同テーマの舞台の多くも、このシラーの戯曲に基づくものだ。そして今回、1986年生まれの劇作家ロバート・アイクが翻案し2016年に初演された作品が、栗山民也演出で日本にお目見えする。
物語は、エリザベスによってメアリーが幽閉されてから処刑されるまで。彼女の存在を消したい者と救いたい者が入り乱れ、メアリーは希望と絶望を行き来し、エリザベスは苦悩する。
最大の見どころはやはりなんといっても、そんな二人の女王、メアリーとエリザベスの心の動きや、生き様・死に様だ。メアリー役の宮沢りえ、エリザベス役の若村麻由美は、唯一お互いを理解し得る孤独な女王同士であり従姉妹同士でありながら敵でもあった二人の女性をどう体現するだろうか。魅力的な2つの女性像を通して、人間の自由とは、尊厳とは何かについても考えさせられることだろう。
※東京4月8日~5月1日/PARCO劇場/昼の部は13時から、夜の部は18時から(日によって異なる)/休演日は9・13・20・27日/料金はソワレ11,000円、マチネ12,000円
赤裸々な告白は、多くの人を惹きつける。回顧録で、インタビューで、記者会見で、リアリティショーで語られる真実に、私達は息を呑んだり呆れたり共感を覚えたりするのだ。1970年生まれのイギリスの劇作家デニス・ケリーが書き、キャリー・マリガンが演じて2018年に初演された『ガールズ&ボーイズ』の観客も、初めはそんな興味と共に見ていくことになるだろう。
劇はいきなり、「わたし」のあけすけでユーモラスな自分語りから始まる。「ヤクまみれ、ヤリまくり、飲みまくり生活」をしていた女性が、「このままじゃだめだ」と旅に出て、空港で一人の男性と出会う。だが、場面はそこから今度は子どもたちと接する母親、あるいは誰かへのチャット?……と変わっていく。劇が進むにつれ、それらの点は線となり、思いがけない展開を迎えることになる。一人の女性が語ってきた道のりは、“旅”の初めには想像もしなかったものであり、深い感慨を誘わずにはおかない。
新国立劇場主催の演劇公演では初めての一人芝居となる本作。共演者もなく出ずっぱりで演じる一人芝居では、世界観の全ては演じる俳優の技量や個性に委ねられている。
今回、Wキャストでこの作品に挑むのは、真飛聖と、公募オーディションで選ばれた増岡裕子。宝塚歌劇団では男役トップスターを務め、退団後も様々な作品で主要な役を演じてきた真飛と、文学座の俳優で主役も一人芝居も初めてという増岡では、当然ながら滲み出るものも世界観の見え方も異なるはず。人間の複雑さに焦点を当てた作品の立体化にも定評ある演出家・稲葉賀恵のもと、二人がそれぞれ語る話の聴こえ方/見え方に注目したい。
※4月9日~26日/新国立劇場小劇場/昼の部は13(14)時から、夜の部は19時30分から(日によって異なる)/休演日は14・21日/料金は3,300円から(席によって異なる)
ウルグアイ出身でフランスを拠点に活動する劇作家セルヒオ・ブランコの『ナルキッソスの怒り』が日本初演される。
本作は、
セルヒオは学会で“ギリシャ神話の美少年ナルキッソスの眼差しは芸術家の眼差しのメタファーである”という発表をするため、スロベニアの首都リュブリャナを訪れる。と同時にマッチングアプリでイゴールという現地の美青年と知り合い、情事に溺れるセルヒオ。しかし滞在するホテルの部屋にある無数の血の染みに気がつき、調べるうち、過去が今を、虚構が現実を侵食し始め……。
劇中では、オスカー・ワイルドの有名な小説『ドリアン・グレイの肖像』も言及される。自身の肖像画に老いと罪を引き受けさせて若さと美を保っていた青年ドリアンが、快楽と退廃に溺れ、最後には絵を破壊することで老いさらばえた姿となり絶命する物語であり示唆的だ。
泉に映った自分の姿に恋焦がれて死に、水仙に姿を変えたとされるナルキッソス。社会の様々な事象を巡る自分の体験や感情・感覚に端を発して作品を作る芸術家=セルヒオ。そのセルヒオを演じながら彼の作品を具現化する成河。日本版上演にあたり、成河自身が翻訳家の仮屋浩子や演出家の藤田俊太郎と共に上演台本を作っている点も見逃せない。まるで自我とその目に映る世界が鏡によって無限に反射し合うかのような“オートフィクション”を堪能あれ。
※4月18日~30日/東京芸術劇場 シアターウエスト/昼の部は13(14)時から、夜の部は17(18)時30分から(日によって異なる)/休演日は20・27日/料金は8,800円、原作本付指定席10,400円
静岡県舞台芸術センター(SPAC)が毎年、ゴールデンウィークに開催している国際的な演劇祭が、名称を「ふじのくに⇄せかい演劇祭」から「SHIZUOKAせかい演劇祭」に改め、今年も開催される。
上演演目の1つ、『マライの虎─ハリマオ』は、多民族都市国家シンガポールの中でマレー演劇の確立を目指して活動する劇団テアター・エカマトラの創設30周年にあたり、劇作家アルフィアン・サアットが書き下ろし、モハマド・ファレド・ジャイナルが演出した作品だ。
題材となっているのは、戦時中の日本で制作されたプロパガンダ映画『マライの虎』。戦前のイギリス領マレーで家族と理髪店を営んでいた主人公の谷豊が、共産党員や現地勢力を利用したイギリス当局の陰謀によって妹を殺されて復讐を誓い、義賊ハリマオとしてイギリス人から財産を奪い民衆に分配し、さらには日本軍のスパイとして活躍するという物語だ。
多国籍な人々の多くを日本人が演じたこの映画を、マレー系と中華系のシンガポール人俳優3人と日本人俳優2人が、自分たちの感覚で再現しようとする。プロパガンダ映画ならではの欺瞞や矛盾や荒唐無稽さ、更には演じ手それぞれのバックグラウンドや感覚の違いもあって生じる疑問や戸惑いを、一つひとつ片付けて進んでいくそのプロセスは、ユーモラスで示唆的。やがて彼らは、映画の単なる再現を遥かに超えた地点へとたどり着くーー。
映画が撮られてから80年以上の歳月が過ぎた今、私達がいる現在地をみつめ直すことを促す作品だ。
※4月25・26日/静岡芸術劇場/13時から/料金は4,600円
モーツァルトの傑作オペラ『ドン・ジョヴァンニ』が、イタリアが生んだ巨匠リッカルド・ムーティの指揮で上演される。貴族ドン・ジョヴァンニが女性を次々と誘惑し、その悪行と傲慢がたたってやがて地獄に落ちるまでを描いた作品だ。
彼がドンナ・アンナの部屋に忍び込んで抵抗に遭い、
彼女から逃れたドン・ジョヴァンニが今度は婚約したての農民の娘ツェルリーナを誘惑したため、婚約者マゼットとの間に騒動が起きる。更にドンナ・エルヴィーラの侍女を口説くため、従者レポレッロにエルヴィーラを誘い出させたドン・ジョヴァンニは、彼の正体に気づいて追いかける人々にレポレッロを押しつけて逃げる。やがてドン・ジョヴァンニに、騎士長の墓に建つ銅像が声を掛けた。不遜にも彼を食事に招いたドン・ジョヴァンニは、やってきた騎士長の亡霊によって地獄へと引きずり込まれるのだった。
演出は、リッカルド・ムーティの娘でもあるキアラ・ムーティ。ドン・ジョヴァンニを惑星、彼を取り巻く6名をその周りの衛星とするキアラ。廃墟のようなこの舞台では冒頭、6名が上から降りてくる衣裳を舞台上で身につけ、最後はその衣装が上方へと引き上げられる。果たしてドン・ジョヴァンニは彼らの操り手なのか? 終末的なその世界に救いはあるのか?
84歳になるムーティが、日本でオケピットに入るのは10年ぶり。そして会場の東京文化会館は東京のオペラ上演を語る上で欠かせない劇場だが、5月7日から約3年間の改修工事に入る。様々な意味で忘れられない公演となるに違いない。
なお、チケットは売り切れにつき、2026年4月1日(水)にウェブサイトでS席のみ2次発売される。
※4月26・29日、5月1日/東京文化会館大ホール/14時から/料金はS席59,000円
高橋彩子
舞台芸術ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材し、「SPICE」「AERA」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆。第10回日本ダンス評論賞第一席。年間観劇数は250本以上。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜」を連載中。
Discover Time Out original video