音楽人のサバイブ術

若林恵、柳樂光隆、曽我部恵一が語る都市と音楽の未来

テキスト:
Kunihiro Miki
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写真:Kayo Sekiguchi


2018年6月8日、スペースシャワーTVが主催する音楽とカルチャーの祭典『TOKYO MUSIC ODYSSEY 2018』にて、トークセッション『TMO SESSIONS』が渋谷WWWにて開催された。

登壇したのは、元WIRED編集長で今年4月に『さよなら未来 エディターズ・クロニクル 2010-2017』を上梓した若林恵と、ロックバンド サニーデイ・サービスの曽我部恵一、21世紀以降のジャズをまとめたムック本『Jazz The New Chapter』シリーズで知られる音楽評論家の柳樂光隆。異なる立ち位置から世界の音楽シーンを見据えるプロフェッショナル3人を迎え、「都市と音楽の未来~あたらしい届け方~」をテーマにディスカッションが行われた。

ハイスピードで変化し続ける音楽の形態、市場、メディア...…。ツイッターでは最新の音楽情報が秒ごとに更新され、ほんの少しタイムラインから離脱しただけで、世界から取り残されたような気分になる。息継ぎの間も与えられない激流の中を、ミュージシャンたちはどうやってサバイブしていくのだろうか。このトークセッションでは、そのヒントが提示されていた。

情熱を持っている裏方の数で、山の高さが決まる

柳樂光隆

3人はある比較対象を置くことで、日本の「音楽文化」の欠陥部を洗い出していた。それは「アメリカ」だ。

柳樂は、ニューヨークにおけるアンダーグラウンドな音楽の扱いに着目する。

「マンハッタンにあるニュースクール大学にはジョン・ゾーン(前衛ジャズ奏者)が運営していたクラブが入っていたのですが、格安料金で一流のジャズライブが見られるんですよ。そのように、ニューヨークの商業ベースに乗らない音楽を学校が保存していくという文化は、割と積み上げられています」。

さらに若林はブルックリンの音楽ホール ナショナル・ソーダストを例に挙げ、次のように続けた。

「2015年に倉庫を改造して造られたナショナル・ソーダストは、音楽家のためのキュレーションセンターで、ジョン・ゾーンや坂本龍一、ラフトレードの社長といった、ジャンルを越えた音楽家たちが行き来していて、実験と探求の場として使用されているんですね。元々、現代音楽家のために作られた施設なんですけど。商業にのらないような音楽を守っていく風潮は、確かにあるんですよ」。

若林恵

東京の現状を省みるに、羨ましい話だ。東京では騒音問題などの課題が多く、どうしても会場は地下や人口の少ない埋立地に限定されてしまう。また、2016年に風営法が改正されたのは良いものの、最近は立地規制によってクラブやバーが摘発される事案が多発している。

音楽が生まれる現場を守っていくために、何が必要なのか。鍵を握るのは、音楽に情熱を注ぐビジネスのスペシャリストの存在だ。

「ナショナル・ソーダストのファンディングが成立できた背景には、不動産開発のプロフェッショナルの存在が大きかった」と、若林は指摘する。

ナショナル・ソーダストの発起人である、ケビン・ドランは税金のスペシャリストで、税にまつわる著書も発表している。施設を設立する上で、彼は複雑な集金システムを開発し、5年間で16億円の調達を成し遂げたのだ。

「商業的でない音楽を守っていくためには、お金を集め、ビジネスのプロフェッショナルが必ず周りにいるんです。音楽やカルチャーの発展には、圧倒的な情熱を持っている裏方の数で、山の高さが決まるところはあると思う」。

弁護士の存在がアーティストには絶対的に必要
Photo by Kayo SEKIGUCHI

弁護士の存在がアーティストには絶対的に必要

2004年にメジャーレコード会社から独立し、自主レーベル「ローズ・レコーズ」を設立した曽我部は、早くからミュージシャンによるセルフマーケティングのスタイルを確立した一人として、複雑な版権問題やマーケティング事情を語る。

「ストリーミング文化の本場であるアメリカでは、大手レコード会社に所属せず、個人で活動するアーティストが増えてきています。例えば、YouTubeに入る広告は、自身の番組だったらYouTuberに広告収入が入るんだけど、それがミュージックビデオになるとその音楽の版権所有者の元、つまりレコード会社に収入が100パーセント行くんですよ。作詞作曲をしているミュージシャンではなく。だから、自分たちが版権を持っていないと、お金にはならない。版権元がどこにあるかを明確にして、自分で保持していくことが重要」。

しかし、契約書を見ただけでは、素人にその見極めは難しい。そこで必要になってくるのは、ミュージシャンを搾取から守る弁護士の存在だ。

「海外のレコードを見ると、弁護士の名前がクレジットされていたりする。ディレクターやプロデューサーのように、弁護士の存在がアーティストには絶対的に必要なんですよ。日本ではその関係性はまだ少ないんじゃないかな」(曽我部)

曽我部は、サニーデイ・サービスの最新アルバム『The City』(2018年)を18組のアーティストが再構築するプロジェクト『The Sea』を展開しており、そのプレイリストをストリーミングサービスSpotifyで順次配信している。

「Spotifyにはミュージシャンが閲覧できるページがあって、今週はどこの国で、何歳の人がどうやって聞いているかが細かくセグメントされたリスナーデータが確認できるんです。サニーデイ・サービスの場合、特に数字の高かった地域は東京、大阪、台湾の3ヶ所。台湾でライブを行ったところ、国内以上の盛り上がりがありました」。

日本のミュージシャンの海外進出について若林は、韓国のアイドルグループBTS(防弾少年団)が全米で1位を獲得した事例を挙げ、英語以外の言語の音楽に対するハードルが以前より低くなっているのではないかと推測する。ミュージシャンにとって、至極フラットな戦場が用意されているとも言える今は、数多あるプラットフォームの見極めと最適な利用方法を見つけることで、勝機が見えてきそうだ。

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ミュージシャンになるだけが音楽に関わるということじゃない

「都市と音楽と未来」というテーマについて若林は、都市における音楽文化の重要性は世界的に高まっているという。今年のサウス・バイ・サウスウエスト(アメリカ オースティンで行われている世界最大規模の複合型カンファレンス)でも、「これからの都市の最大の問題は孤独である」ことをテーマにしたトークセッションが行われたそうだ。

「住民たちの孤独を癒すため、音楽をどのように活用するか。そのソリューションを、民間からも行政のレイヤーからも作っていかなければならない。既にヨーロッパの都市では、コンサルティング会社が政府にそうした働きかけを行う動きもある。東京で今後、都市の音楽文化を作り上げていくためには、もう少しマクロな視点で、シティプランニングの段階から考える必要があります。もし、都の役員が音楽にめちゃめちゃ詳しい人だったりすると、面白いことが期待できるんだけど」

そして、20代が大半の観客たちへ語りかけるように、次のように述べた。

「音楽が好きな若い皆さんには、ミュージシャンになるだけが音楽に関わるということじゃないということを知ってほしい。経済学部とか法学部を出て、音楽家をサポートする仕事に就く。例えばエンターテインメントローヤーになるとか、デベロッパーとしてミュージシャンを支えていくとか。区役所の役員になって、町のあらゆる場所でフリーライブが行われるような町づくりをするだとか。そういう人材が、音楽の未来を築いていくのに、とても重要だと思うんですよ。そしてそういう人たちが、できるだけほかの業界に逃げていかない仕組みができると良いと思います」

つまり、ミュージシャンと、ミュージシャンを支える音楽以外のプロフェッショナル、そしてリスナーひとりひとりが連携を図ることで、「才能のあるミュージシャン」が活躍できる社会の仕組みを作り、音楽文化と共生する都市の未来を築くことができるということだ。

現在はあらゆる時代の音楽を簡単に入手できる。レコメンド機能などで、一曲から音楽の系譜を、無意識的に辿ることもできる。デジタルネイティブ世代にとって、音楽の「文脈」という概念はもはや無いのかもしれない。だからこそ、今私たちが時代レス、ジャンルレスで触れられている音楽が、先人によって守られてきた事実をきちんと知るべきであり、同時に、自分たちも「音楽の一部」として、これまでとこれからの音楽を、残していかなければならない。「残る」のではなく、自分たちで「残す」のだ。

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