生きた本棚が作るゲイコミュニティ

二丁目のブックカフェ、オカマルトのマーガレットに聞くアーカイブ
オカマルト
作成者: Kosuke Shimizu |
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言わずと知れたゲイタウン新宿二丁目。その深奥にある、とりわけディープな一角「新千鳥街」の中でブックカフェ「オカマルト」は営業している。店主の小倉東(おぐら とう)は、ドラァグクイーン「マーガレット」の名でも知られる、日本のアンダーグラウンドなゲイシーンにおける最重要人物の1人だ。かねてより雑誌編集や文筆業でも豊富な知識と鋭い洞察力を披露してきた彼が、2016年末にオープンさせた店とあって注目が集まっている。同店の本棚に並ぶのは、通常のブックカフェとは異なり、ポルノ雑誌からアカデミックな研究書まで、ゲイやクィアカルチャー、同性愛などにまつわるものばかり。二丁目というコミュニティ内でゲイ資料をアーカイブしていく意義とは何なのか。平日昼間のオカマルトで話を聞いた。

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入り口すぐの階段を上りカウンター席のみの店内に入ると、まず壁一面の本棚が目に入る。「ここ(店内)でだいたい500〜600冊が棚に入っています。蔵書としては1万点を超えるものが倉庫に入っています。ホモ本だけで1万冊と言うとみんなびっくりするけど、実はあらゆる領域にいるのよ、ホモって。そのへんを拾っていくとこれくらい簡単になっちゃうの」と小倉は話す。「例えば」と続けて、「チューリング(Alan Turing)、ヴィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein)……」と挙げられる名前は、コンピュータ科学の父から、大哲学者まで、実に広い射程を持つ。

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しかし、「ただのゴシップになっては嫌なので、本人が『ゲイだ』と公言している、または『彼はゲイである』という記述が残っている」などの選択基準を設けているという。小説家の場合、作家のセクシュアリティは作品のすべてではないが、読み方に対して見過ごすことのできない1つの視座を与えてくれることは間違いない。「みんなが知ってて手っ取り早いのがトーヴェ・ヤンソン(Tove Jansson)」。バイセクシュアルである彼女の代表作『ムーミン谷』シリーズには、パートナーをモデルとした「おしゃまさん」ことトゥーティッキという、一見して性別不詳なキャラクターも登場している。「そう考えるとスナフキンはゲイキャラなのよ」。孤高の詩人である彼の、ムーミン谷のコミュニティに親しみを覚えつつも一線を引いてしまう距離の取り方には、ムーミンへの恋愛感情を読み取ることも確かに可能だ。小倉は「つまりスナフキンはデブ専なのよ(笑)」と、オチをつけることも忘れない。

「オカマの東郷」こと政治活動家の東郷健に関する企画展示が行われていた。以前の企画展示としては絵本特集なども「オカマの東郷」こと政治活動家の東郷健に関する企画展示が行われていた。以前の企画展示としては絵本特集なども開催されていた東郷による直筆メッセージ東郷による直筆メッセージ


幼少期を振り返って、「ホモだから子どもなのに三島(由紀夫)とか読むわけよ、全然分からないのにさ」とおどけるものの、博覧強記ぶりからも分かる通り、若いころから多くの書籍や雑誌に触れてきたことには間違いない。ただ、「ゲイ文化における貴重な資料」として意識的に集めるようになったのは、ある人物の死が影響している。

『さぶ』や『薔薇族』といった伝説的な雑誌などに多く作品を掲載し、数多くの少年たちに自身の性的嗜好(しこう)を気づかせてきた人気イラストレーター、木村べんが鬼籍に入ったのは2003年のことだった。彼が資料として持っていた男性ヌード写真の載った雑誌などを親戚が処分しようとしていた折、それらを譲り受けないかという話が、小倉のところへ友人から舞い込んできた。その時のことを「べんさんほど活躍なさっていた人でも、親族にとっては『男の裸を残されても嫌』なんだと思うの。捨てちゃうんだな、と。そういう運命にある本たちを少しでもサルベージできたらいいかなと思って、それからは積極的に『集める』という目的を持って集め始めた」と真剣な面持ちで振り返る。「いずれは僕も死ぬから、べんさんからもらったというより、べんさんからお預かりしているという感覚がすごくある」。

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では、なぜブックカフェなのだろうか。小倉のコレクションについては、いくつかの大学から寄贈してもらえないかという問い合わせが来たこともあるという。「でもそうなると選ばれちゃう。嫌なのよ。当然選ばれるのは、ミシェル・フーコー(Michel Foucault)などの頭の良さそうな本だけで、『問題SM小説』とかは捨てられちゃうわけじゃん。でもそこにこそ真実のゲイの姿が描かれていたりすると思うの」。

昨今でも、地域の蔵書家や有名な思想家から蔵書の寄贈を受けた図書館が、止むに止まれずコレクションの大部を廃棄するといったニュースが飛び交い、その賛否を問う声がSNSにも溢れ返る。公的な機関の場合、予算の都合上しかたのないこともあるのだろうが、そこで憂き目に会うのは、例に挙がった『問題SM小説』のような、まだ学問的価値の整理されていない、しかしこれから評価される可能性も持った資料たちだ。「取りこぼされちゃうものに、実はすごく大事なことがあったりする」。

それぞれの書籍に権威的な序列をつけない姿勢は、店の本棚にも表れている。雑然と並ぶ本を来客が自由に手に取り、また思い思いに書棚に納めるため、それこそフーコーとSM小説が隣り合うような雑多な、言い換えるならば生き生きとした本棚ができ上がっている。そんな自由な棚が横にあるからこそ、オカマルトでは、1冊の本を媒介にして客同士の会話が生まれるようなコミュニティが日々生まれている。

下北沢に店舗を構える書店、ほん吉の店主が来店した際に言ったという「ここはいいですね。本が生きている、棚が生きている気がします」という言葉に惜しみない賛意を表したい。ちなみに、看板に掲げた「ごはんの炊き方から人生の危機まで」というコピーでさりげなくメッセージを送っているほん吉は、その店舗の奥にフェミニズム関係の書籍をしっかりと揃えた信頼できる古本屋だ(書棚にはDV被害を相談できる機関の連絡先を記した紙片も置かれている)。

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ほん吉の店主の言葉を借りるならば、確かにブックカフェを自称する店舗のなかには、本が「死んだ」インテリアとしての役目しか果たしていないものも多い。公立図書館の運営権を勝ち得た民間企業や、知的な雰囲気を演出したいだけのブティックのために、インテリアとしての洋書が、壁の大きさに適するようセンチメートル単位で売られている日本では、いたしかたのないことだろうか。本が「生きている」オカマルトでの光景は、これらとはまったく異なる。

実際に、「僕が初めて手にしたゲイの本を探しているんですけど」という客がやって来たことがあった。タイトルも分からない、著者も分からない本だったが、特徴を聞いているうちに、たまたま思い当たるものがあり、店の本棚から「これですか?」と見せた本がまさにその本だったということがあった。その客がそれ以降オカマルトをよく訪れることになったことは言うまでもない。「多くのゲイの人にとって、(周りには打ち明けられない)自分のセクシュアリティに、最初に向かい合えるきっかけが本でしょ。自分のアイデンティティを発見するものだから思い入れがすごく強い」。

小倉が手にするのは、日本初のゲイ雑誌とされる『アドニス(ADONIS)』。別冊にはあの三島由紀夫も変名で寄稿していた小倉が手にするのは、日本初のゲイ雑誌とされる『アドニス(ADONIS)』。別冊にはあの三島由紀夫も変名で寄稿していた


アーカイブというと未来への遺産という意識がどうしても強くなる。しかしながら、オカマルトの本棚はそれだけでなく、抑圧されていた日々を支えてくれた本と再会し、自らのアイデンティティを再確認するための場も提供する。過去を慈しみ、未来を想い、現在に笑い合えるコミュニティが、本を媒介にして成立しているここでは、少しでも書物に救われた経験を持つ人々にとっては楽園にも近い理想的な空間ができあがっている。「何よりもやっぱり、それだけ人生に大きい役割を果たしたんだと思うの、一冊の本が」

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レストラン, カフェ・喫茶店

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icon-location-pin 新宿二丁目

日本最大のゲイタウン、新宿二丁目の中でもとりわけディープな一角、新千鳥街にあるブックカフェ。ドラァグクイーンのマーガレットとして知られる小倉東(おぐら とう)が運営しており、ゲイ雑誌や同性愛の研究書など、ゲイやクィアカルチャーの資料を集めた膨大なコレクションの一部が公開されている。常時500〜600冊が書棚に並んでいるほか、倉庫にも1万点を超える本や雑誌があり、不定期的に入れ替えられる。1時間半1,500円の時間制で、料金にはワンドリンクと茶菓子が含まれている。

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