アジア人初、「世界一究極な」ヨットレースに挑む白石康次郎

テキスト:
Shiori Kotaki
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野球、相撲、サッカーなど、ここ日本でも多くの人に親しまれているスポーツ。プロによる試合はテレビでも放送されており、スポーツに興味がなくても「野球を知らない」、「相撲を知らない」という人はなかなかいないだろう。しかし、日本人にはまだあまり馴染みのないスポーツ、ヨットで世界に挑戦しようとしている白石康次郎という男を知っているだろうか。「生まれてからずっとこのまんまなの」と本人も語るように、衰えを知らない好奇心や純粋さはまるで少年のよう。しかし、ヨットのこととなると真っ直ぐに、真摯に語りだすその姿は、正真正銘のプロのスキッパーである。そんな彼が、「いつかこの舞台に立ってみたい」と、30年近くも出場を夢見てきたという世界一究極なヨットレース『ヴァンデグローブ』(Vandee Globe)に、日本人、そしてアジア人として初の出場を果たすことが先日決定した。ここでは、4月7日(木)八芳園にて開催された白石康次郎による出場表明の記者会見をレポートする。

まず、『ヴァンデグローブ』を簡単に説明すると、1人で(単独)、どこにも寄らず(無寄港)、誰からも援助を受けず(無補給)にフランスから南下して世界を一周し、再び元のスタート地点まで戻って来るというヨットのスピードレース。レースにかかる時間はおよそ2000時間(約80日間)で、ヨットも我々がイメージするヨットではなく、「IMOCA60」というバスぐらいの大きさのヨットを使用する。本来であれば10人くらいで扱うようなヨットを1人で操り、約80日間、たった1人きりで戦い抜く究極のヨットレースなのだ。実際かなり過酷なレースだが、どうやら白石は過酷ななかにも楽しみを見つけているよう。船の上で落語を聴いていることや満点の星空の下でクラシックを楽しんでいること、そして今後はDVDの時代とのことで、『男はつらいよ』シリーズの制覇を目指していることや、スコールが来たときに「洋上流しそうめん」に挑戦してフランス人の度肝を抜こうと企んでいることなど、笑い話を交えながら船の上での楽しみを語り、会場を沸かせてくれた。

このどんなに辛い状況でも常に上機嫌でいる姿勢や、笑顔でいられる強いハートを持つことは、ヨット名『スピリット・オブ・ユーコー』の名前の一部ともなっている白石の師匠、多田雄幸(ただ ゆうこう)から学んだことだ。今でも脳裏に焼き付いている多田とのエピソードとして、かつて白石が苦しくて辛くてどうしようもなく、「もうだめだ」と思い船舶のハッチを開けたとき、多田が笑いながら餃子の皮を伸ばしていたという話も披露してくれた。今ではクスッとしてしまうような話だが、多田のこのような明るさやゆとりのある心に白石は感化され、今日の彼自身を作り上げたのだろう。 

笑い話を交えつつ船上での楽しみを語ってくれたが、ここは勝負の世界。そして、『ヴァンデグローブ』は彼が長年想い続けてきた夢の舞台だ。会見中は、「康次郎、そろそろ海で戦ってこい」と背中を押してくれた人々や、東洋人を迎え入れてくれたフランス、そしてアジア人初として出場できることへ感謝の気持ちを表すとともに、出場するからには表彰台を狙っていきたいと、内に秘めている挑戦的な姿勢やハングリー精神も覗かせていた。白石が乗るヨットは中古艇であるが、これまでに何人もの人がこのヨットで世界を回ってきたという中古艇ならではのメリットも多くあるという。新艇が不調だという今、彼自身もどのくらいの結果が残せるか楽しみだと語っていたが、世界を舞台にどこまでやってくれるのか、期待したいところである。

しかし、ヨットでスピードを競うことだけが白石の人生の目的すべてではないという。もちろん上を目指したいとは話していたが、白石は『ヴァンデグローブ』に出場することによって世の中を明るくしたいとも語っていた。フランスでは、教科書でも取り扱われるほど広く知られている『ヴァンデグローブ』。勝負であるから、当然1位の人もいれば最下位の人もいるが、スタート地点兼ゴール地点のレ・サーブル=ドロンヌでは、最後の1人がゴールするまで、夜中でも早朝でも街から人が出てきてゴールの瞬間を拍手で迎えるそうだ。厳しい戦いに挑んでいるスキッパーたちを身近に肌で感じている地元の子どもたちは、大自然に向き合う彼らから人生を学んでいる。白石自身もこのレースを通して、夢を追い求めることの大切さや、冒険の必要性を子どもたちに伝えたいと話してくれた。

2016年の『ヴァンデグローブ』は、11月6日(日)にフランスのレ・サーブル=ドロンヌよりスタートする。海の上に約80日間たった1人。きっと辛いことや大変なことも多くあると思うが、無事にレースを完走し、持ち前の笑顔でゴールを迎えられるよう応援したい。しかし、このレースは事前の準備が勝敗や選手の安全面を左右するため、今後もヨットのメンテナンスに使用する資金が必要になるとのこと。2016年5月16日(月)から2016年9月9日(金)まで、クラウドファンディングでの支援の呼びかけも行うようなので、ぜひこちらも覗いてみてほしい。また、タイムアウト東京では白石へ敢行したインタビュー記事も掲載中。世界に挑み続けているスキッパーとしての想いや、彼の育った背景などを聞いているので、ヨットや白石康次郎という男についてより深く知りたいという人はこちらもチェックしよう。

『インタビュー:白石康次郎』の詳しい情報はこちら

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