インドの古典が歌舞伎に。「マハーバーラタ戦記」

尾上菊之助が語る、インド叙事詩と歌舞伎の意外な共通項
Bhagavad Gita kabuki
提供:松竹 撮影:加藤孝
作成者: Hiroyuki Sumi |
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日印文化協定発効60周年の今年、古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』が、『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』のタイトルで新作歌舞伎となり、2017年10月1日(日)~25日(水)、歌舞伎座で上演される。脚本は劇作家の青木豪、演出は宮城聰。演劇ファンならずとも楽しみなこの舞台を企画したのは、歌舞伎俳優の尾上菊之助だ。その菊之助に、作品のビジョンと意気込みを聞いた。 

テキスト:高橋彩子(演劇・舞踊ライター)

絵解きのように、古代インドの物語が動き出す

 ー今回、『マハーバーラタ』を歌舞伎化しようと思った理由を教えてください。

2014年、宮城聰さんが演出された劇団SPACShizuoka Performing Arts Center)の舞台『マハーバーラタ~ナラ王の冒険~』がアヴィニョン演劇祭で上演され、その凱旋(がいせん)公演を神奈川芸術劇場で拝見したんです。神々と人間の話であり、ナラ王が森をさまよって、最後は妃(きさき)のダマヤンティーと再会し結ばれるところもいいなと感じました。しかも、森をさまよう理由は、賭けに負けたから(笑)。シリアスな部分と荒唐無稽な部分がない交ぜになった複雑な面白さも、(英雄が流浪しながら成長していく) 貴種流離譚」になっているところも、歌舞伎に通じます。これは歌舞伎にできるのではないかと、宮城さんに相談しました。

SPACの舞台は白い切り絵のような世界でしたが、歌舞伎ではどのような世界になるのでしょうか。

奈良時代の日本人が『マハーバーラタ』を考えたらこうではないか、という視点で作っています。登場人物それぞれを、既存の歌舞伎のキャラクターにうまく当てはめることができましたので、作品世界を歌舞伎の様式に落とし込んだ舞台となります。義太夫(※1)が入る場面もあれば、世話場(※2)も舞踊も、さらにはクスッと笑えるチャリ場(3)もある。歌舞伎が蓄積した技術を駆使し、歌舞伎のレパートリーに残すつもりで作っています。一方で、着物の柄一つとっても、日本人から見てインド風と思うような生地を使ったり、キャラクターによっては梵字を入れたりしています。また、今回の美術は書き割りではなく屏風絵なのですが、そこにもインドのテイストが入り、歌舞伎の大道具との折衷になっています。

ー屏風絵というのは、長大な絵巻物のような『マハーバーラタ』の世界をイメージしたのですか。

その通りです。劇の冒頭は、寺院のお堂のような設(しつら)えになっており、奉納された絵画の絵解き説法が始まるよ、というかたちになっています。18尺くらいある巨大な屏風で美しい絵を見せていくほか、屏風が回ったり六角形を作ったりもします。

ーさらに音楽にも、従来とは異なるテイストが入るとか。

今回は、SPACの音楽監督の棚川寛子さんにもご参加いただいています。先日、宮城さんと、(歌舞伎囃子方の)田中傳左衞門さん、(長唄三味線方の)杵屋巳太郎さん、棚川さんと音楽の方向性を打ち合わせたのですが、傳左衞門さんが色々とアイデアを出してくださって。黒御簾(みす)の鳴物の音楽で始まり、そこに棚川さんの音楽がオーバーチュア(序曲)として華やかに入り、そこから荘重な義太夫が入ったり、場面によっては棚川さんの音楽と巳太郎さんの音楽とのセッションになるなど、様々なかたちで音を作っていきます。SPACの音楽には楽譜がなく、俳優の台詞に合わせて音作りをされるそうで、今、SPACの皆さんが稽古場に色々な楽器を持ち込んで作ってくださっています。

ー『マハーバーラタ』には様々なエピソードがありますが、今回は、菊之助さんが演じる迦楼奈という人物を中心とする物語になるそうですね。

『マハーバーラタ』は戦の話が多く、SPACの公演ではそのうちの戦の部分ではないナラ王の物語の部分を上演なさったのですが、今回は歌舞伎の戦を描く技法を使って、パンダヴァ家とカウラヴァ家の物語を描こうということになりました。物語は、神々が、争いばかりの人間界を終わらせようとするところから始まります。赤ちゃんのころに母である汲手姫によってガンジス川に流された迦楼奈は、父である太陽神から、対立するパンダヴァ家とカウラヴァ家の争いを止めるために生まれてきたのだと言われ、使命を全うするために突き進んでいく。自己犠牲も伴う迦楼奈の生き方は、源氏と平家の間で誰にも相談することなく犠牲的な行動を取る『熊谷陣屋』の熊谷直実と重なります。

ー『マハーバーラタ』というと日本では、SPACの公演のほか、ピーター・ブルックの舞台が有名です。さらに近年、ブルック自身が同じ題材から『Battlefield』という作品を生み出しましたが、ブルックの年齢ゆえか、あるいは現代を映してのことなのか、悲しみや諦観も感じさせる世界でした。今、この題材を扱うことを、どう考えますか。

ピーター・ブルックさんの『マハーバーラタ』は観ていないのですが、『Battlefield』は観ています。あの作品は、世界が終わった後どうするか、というところから始まっていましたよね。見方によっては現代も、いつ世界を揺るがすようなことが起きてもおかしくない時代。戦や権力争いが繰り返される中で、人間はどのように生きて行けばいいのか…。でも、もう1回観たいと思っていただけるような祝祭性、希望をもって終わるようなラストを考えています。  

※1
太夫による語りと三味線による音楽の流派の一つで、舞台上手で演奏される。もともとは人形浄瑠璃(文楽)において竹本義太夫が創始し「義太夫節」として確立したもので、それが歌舞伎に移され「義太夫」または「竹本」と呼ばれている。

※2
写実的な演技で見せる場面

※3
滑稽なキャラクターなどが登場する愉快な場面

提供:松竹 撮影:加藤孝

提供:松竹 撮影:加藤孝

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通し狂言ならではの楽しさを

ー今回の公演の取材として、8月にインドのニューデリー、オールドデリー、ハリドワール、リシケシを訪ねたと聞きました。

『マハーバーラタ』で神が出現することに舞台で説得力を持たせられるかどうか、半信半疑だったところもあるんです。しかし、インドに行ってみると、寺院やガンジス川で人々が熱心に祈られている姿を見て、人間が自然を通して神に繋がっていることを、本当に身近に感じることができました。

ー2000年に出演された蜷川幸雄演出『グリークス』も、神が登場する舞台でしたね。

「神々よ!」と訴えかけていましたからね。公演前、蜷川さんとギリシャに取材に行ったのですが、古代劇場で、私が演じるオレステスの台詞をギリシャの青空に向かって言ったことを今でもよく覚えています。芝居の舞台になっている場所に行き、その場の空気を肌身で感じると感覚が変わってくるので、できるだけ現地に足を運ぶようにしています。

ー『マハーバーラタ戦記』は、その蜷川さんと作られた2005年の『NINAGAWA十二夜』以来、久々に菊之助さんがイニシアチブを執って作られる新作歌舞伎となります。

12年前は蜷川さんと父がリーダーシップをもって現場を動かしてくれ、私は役に集中すればよかったのですが、その時よりは成長していないといけません。宮城さんは「こういう時、歌舞伎ではどうするのですか」「歌舞伎ではこういうことはおかしいですか」と聞いてくださる。かつてよりは私も答えられるようになっていると思うので、現代劇の演出家と歌舞伎役者と、意見を出し合って、お互いの良いところを活かしていきたいです。

ー宮城さんが今回こだわった点の一つが義太夫だとか。今の歌舞伎の観客には、義太夫の語りを深く理解することは難しい人も多いかもしれませんが…。

『マハーバーラタ』の挿話 『バガヴァッド・ギーター』の哲学的な内容など、説明が難しい箇所も、台詞ではなく義太夫の語りでならば、お客様に伝わりやすいと思うのです。確かに義太夫は、1回では聴き取れないかもしれませんが、耳が慣れてくると自然に言葉が入ってくるところが魅力です。さらに今回は、脚本の青木豪さんが、いつもの義太夫の言葉よりかなり分かりやすい言葉にしてくださっているので、1回でも聴き取れる確率が高いと思います。

ー台詞でも義太夫でも『マハーバーラタ』の世界を語るというわけですね。長大な内容を、いかに説明臭くならずに見せていくかが鍵になりそうです。

それは、脚本を作る段階から、たびたび議題に挙がりました。実際、歌舞伎の身体と技術をもって、型やこなしで見せれば、説明は要らないところもあります。今回は通し狂言ということで、11時に始まり、お客様のお時間を長くいただくので、各場に多様な要素を入れ、飛躍する箇所あり、じっくり見せる箇所あり、と、長く感じさせないように作っているつもりです。(複数の作品の名場面を見せる)見取り狂言と違い、ストーリーが分かるのも通し狂言の良いところ。ぜひ、普段、歌舞伎をご覧にならない方にも構えずに来ていただき、楽しんでいただきたいですね。

Camera

高橋彩子

舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。『The Japan Times』『エル・ジャポン』『シアターガイド』『ぴあ』や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。
http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

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