東京下町と海外クリエーターの交差点

テキスト:
Miroku Hina
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201810月、アーティスト・イン・レジデンス、オールモストパーフェクトALMOST PERFECT)は、台東区小島の一角にひっそりと誕生した。アーティスト・イン・レジデンスとは、芸術制作を行う人を一定期間受け入れ、滞在しながら作品制作をしてもらう事業で、日本でも地域おこしなどを目的に各地で取り入れられている。同館も、最短2週間の滞在期間の間に、併設のギャラリーで作品展を開くことが条件だ。 

夫婦でこの場所を運営するのは、スペイン出身のイラストレーター、ルイス・メンドと、エシカルファッションブランドINHEELS元代表の岡田有加。2人はこれまで、イギリスやフランスなど、各国から訪れた10組以上の海外アーティストたちと生活を共にしながら、彼らの東京での制作活動をサポートしてきた。

アーティストたちにとっては、必要なアドバイスをもらいながら東京で個展を開けるという内容は魅力的らしく、滞在予約は20204月まで埋まっているという(2019年6月現在)。下町で海外のクリエーターと日本をつなぐ2人に、オープンへの思いを聞いた。

 せっかく日本に来ているのに、作品を発表せずに帰ってしまうのはもったいない

新御徒町駅から徒歩3分。オールモストパーフェクトは、工房や小さな商店が点在するのんびりした雰囲気の通りに佇んでいる。築100年の元精米店をリノベーションしており、壁面には「浅井精米店」の文字が残る。歴史の深さが感じられる外観と、スタイリッシュな看板や内装の調和が見事だ。

関東大震災直後に建てられた3階建て 

 「銀座や原宿のような中心地ではありませんが、伝統的なものづくりの工房がたくさん残っていて、道も広く歩きやすい。蔵前にあるカキモリという文具店にルイスとよく通っていたのですが、散策するうちに、こんな街で暮らしたいと考え始めました」(岡田)。

そうして、同エリアの知人に紹介してもらった家は、3階建てと2人暮らしには広い。2人はかねてから友人の海外アーティストらが日本を訪れるたびに、周辺を案内していたため、空きフロアをアーティスト・イン・レジデンスとして活用することに決めた。

「ルイスはヨーロッパのクリエーティブコミュニティーとつながりが深く、以前から日本に来るクリエーターから連絡を受けては、毎週のように行きつけの店に案内していたんです。それならいっそ、彼らが自宅に滞在できるようにしようと。

また、せっかく魅力あるクリエーターが来日しているのに、日本のクリエーティブコミュニティーと交流したり、作品を発表したりすることなく帰国してしまうのはもったいないと感じていました。ルイスはオランダなどで長年アートディレクターとして働いていたため、作品制作や発表をサポートできると考えたんです」(岡田)。

例えば、フォトグラファーが日本で「高層ビルを見下ろせるスポットで撮影したい」と考えても、日本語が得意でなければ調べるだけで時間がかかり、日本人の知人に尋ねても、クリエーティブな分野に詳しくなければ適切なアドバイスを得られないかもしれない。画家が資材を調達しようとするときもしかりだ。その点、ここに滞在すればルイスや岡田にいつでも相談できるので、クリエーターは作品制作に集中できるというわけだ。 

職人たち息遣いの残る下町が、海外クリエーターの刺激になる

ルイスは、「近所を散策するだけで、活版印刷や箔押しなどの職人の作業風景が見られる環境もクリエーターの創作意欲を刺激する」と話す。

「職人たちの工房にはさまざまな機械や工具、材料などが並んでいますよね。それらは一見雑然として見えながら、彼らにとってはきちんと理由があってそこにある『整理されたカオス』なんです。カナダやヨーロッパでは、街中でものづくりの過程を見る機会なんてなかなかないので、そうした風景は海外クリエーターたちにとても新鮮に映ります。

彼らも手を動かして作品を作る人たちなので、日本の職人たちの技にインスパイアされ、新しい作品が生み出される。渋谷や港区では、こうした化学反応は生まれないでしょう」(ルイス)。

今年滞在したカナダ人のイラストレーターは、近隣の工房をいくつか訪問してスケッチし、滞在期間の終わりにそれらの作品を1階のギャラリーで展示した。描かれた職人たちも作品を見に訪れ「こんな作品になるのか」と、感嘆してくれたという。海外クリエーターの視点を通した作品に触れることで、日本人も日本の下町やものづくりの魅力を再発見できるようだ。

作品展やパーティーには、日本人、外国人を問わずさまざまな人が訪れる 

ギャラリーや生活空間にも、古いものを大切にする2人の工夫が至るところに見られた。サステナビリティをポリシーのひとつに掲げており、家具は近隣から調達した木片などをアップサイクルしたものが多い。電子ピアノの掛板も、閉店した呉服屋からもらってきたという。 

使用するものはできるだけ近所で仕入れ、それができないときはフェアトレードやオーガニックなど、エシカルなものを選ぶ。電力も全て再生エネルギーだ。

1階のギャラリースペースには以前使用されていた精米機が残り、空間を唯一無二のものとしていた。 

ギャラリーでは、これまでに滞在したクリエーターの絵画やポストカードなども販売している。

 1階奥にあるキッチンで使用する石鹸なども、オーガニックのものを選んでいる。

 2階が滞在者用のレジデンスとシェアスタジオ。隣はルイスのアトリエだ。

レジデンスは障子と畳が美しい和室。下町情緒の残る路地を見下ろしながら窓際でスケッチするのもいいだろう。

 人懐こい看板猫のセニョール

どのスペースも、新しいものと古いものが美しく融合しているのが印象的だった。滞在は海外アーティストに限らず、地方に住む日本人クリエーターらも歓迎している。

作品展の情報はInstagramから確認できる。滞在者の作品展では1日はパーティーを開き、作品の説明をしてもらう時間を取っているため、作品についてアーティストに直接尋ねることも可能だ。

「小さな会場なので、いつもリラックスした雰囲気で参加者全員と話せます。国内外のクリエーティブな人たちに出会いに、ぜひ遊びに来てください」(ルイス)。

ALMOST PERFECTの詳細はこちら

テキスト:飛田恵美子(公式HP 言祝ぐ)
写真:豊嶋希沙
 

What is Almost Perfect? from Almost Perfect on Vimeo.

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