Photograph: Andy Parsons
Photograph: Andy Parsons

ロンドンの老舗店が語る、危機の乗り越え方

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ほんの数週間前、ロンドンの街は人々であふれていた。今は空っぽになってしまったこの大都会を満たしているのは、静寂だ。何もかも止まってしまい、地元経済は不確実な状況に直面している。しかし、ロンドンで古くから小売業を営む人の中には、今回の危機は、また起こった一時的なものだと考える人もいる。

自分たちの店の長い歴史からすると、だ。なかには2つの世界大戦だけでなく、干ばつや金融危機、さらには「ロンドンの大疫病」 を目の当たりにして生き抜いてきた店もある。ロンドンで長く商いを続けられているサバイバーたちが、どうやってこれまでの難局を乗り越えて来たのかを聞いた。難しい今の時期を生きるヒントがあるかもしれない。 

ジェームス・スミス&サンズ(James Smith & Sons
創業210年

2世紀近く、ロンドン市民を雨から守ってくれている傘店。ニュー・オックスフォード・ストリートにある店鋪は、両大戦を経て、雨天でも、晴天でも、傘の骨組みを作るための鋼が不足している時も、営業を続けている。店長のフィル・ネスビッツが、店の生き残り方について話してくれた。

ネスビッツ:猛暑があった1976年は、傘で商売をしていた多くの会社が終焉(しゅうえん)を迎えました。当時のオーナーによると、その年は、店がカウボーイ映画で出てくる町のように空っぽで、回転草すらないような状況だったそう。でも、その年に他社で解雇された多くの人を雇い、迎え入れました。当時の店には、おそらく世界で一番傘の知識が集まっていたと言えます。

生き残れるのは、仕事をするのがとても楽しい場所で、ほかにはどこにもない店だから。ここは、一歩足を踏み入るだけで、場所の持つ雰囲気が感じられる、100年前とほとんど変わっていない店です。今回が歴史の中で初めての閉鎖。大変な時期ですが、この店は切り抜けられると確信しています。

Borough Market

 

Borough Market shot for London's best MarketsPhotograph: Rob Grieg

 

 

ボロ マーケット(Borough Market
創業1000年

ロンドンを代表する食の迷宮は、1000年もの歴史があり、1086年に作られた土地台帳にも掲載されている。長い歴史の中で、このマーケットはさまざまな側面を見せてきた。中世の頃は半ば違法な商売が増えた場所であり、1754年には一時閉鎖にも追いやられたが2年後に再開。その後は、繁栄する卸売市場となり、衰退を経験し、今ではロンドンの食文化を体現している。ボロ マーケットのマネージングディレクター、ダレン・ヘネガンは、この歴史あるランドマークが20世紀にどのように繁栄してきたかを語ってくれた。

ヘネガ:30年前、このマーケットはひどい苦境にありました。金もなく、理事会が場違いなフリーマーケットを開催していたほどで。そのうち、キース・フロイドのような先駆的なセレブシェフの影響で、人々が良質な果物や野菜を求めるようになりました。ちょうどその頃に、今のような一般客向けの商売がスタートしたんです。それから20年余り、このマーケットは存在感を増し、今ではロンドンのシンボルにもなっています。

マーケットの存続にとって非常に重要なのは地域社会。テムズリンク(鉄道)の計画がマーケットの未来を脅かした時、この場所の保護活動や公開調査を行うことを働きかけてくれたのは地域の人々でした。2017年にマーケットで起きたテロ事件の後はたくさんの手紙をもらい、この場所が地域の人々の生活で果たしてきた役割を実感しました。手紙の中には、マーケットでプロポーズした人、子どもができた報告をした人などもいました。人々はマーケットにとても親しみを感じています。それが、自分がここでの仕事を光栄に感じる理由でもありますね。

 

Photograph: Andy Parsons

 

Photograph: Andy Parsons

 

パクストン&ウィットフィールド(Paxton & Whitfield
創業278年

ジャーミン・ストリートでは、1896年から、チェダーとスティルトンの香りが漂っていた。これはロンドンを代表するチーズ店の歴史の長さを物語るエピソードだ。しかし、その歴史はマーケットに出店した1742年までさかのぼることができる。それから280年近く経った今でも、同店はロンドンの人々に最高級のチーズを提供している。マネージングディレクターのロス・ウィンザーがその秘策を説明してくれた。 

ウィンザー:私たちの過去には浮き沈みがありました。店を存続できたのは、顧客の声に対応し、商売の中心にしっかりとした信頼性を保ち続けることができていたのだと思います。守ってきたのは質の高さと、誰かに追従するより先導するということ。2000年以前からオンラインでのチーズ販売をしています。2つの世界大戦中はチーズが2種類しかなく、何でも売る食料品店になったこともありました。そして、多少の運もあったかもしれないですね。

 

Arthur Beale, shop, Tottenham Court Road

 

Photograph: Arthur Beale

 

 

アーサー ビーレ(Arthur Beale
創業520年

なぜ、ヨット用品店がロンドンの劇場街であるウェストエンドの真ん中にあるのだろうか。それは、この店が創業した1500年、近くにあるセント・ジャイルズ・イン・ザ・フィールド教会の周辺は、船に使うロープの材料になる植物がたくさん生えていたからだ。ヨット用品を売る前まで、この店は何世紀にもわたり、探検家アーネスト・シャクルトンも使っていたアルパインクラブ向けのロープを作り、2つの世界大戦中はアンテナマストも作っていた。現オーナーの一人、アラスデア・フリントが500年たってもなおこの店が今も劇場街にある理由を教えてくれた。

フリント:まず、1940年代にナイロンが発明され、私たちのロープへのニーズが落ちたので適応しなければならないという事がありました。ビジネスの中心をヨットにシフトしたのは賢明な動きだったと思います。ヨットが本格的に普及したのが、1950年代、60年代だったからです。

しかし、その後は時代についていけなくなりました。前のマネージャーまで経理は手書きで、店にはウェブサイトもメールアドレスもありませんでした。私が店を訪れたのは倒産寸前の時。自分が熱心なヨットマンで、この店を復活させることができる立場にありました。立て直しは好きだからこそできる仕事でした。大きく変わったこともありますが、昔の店の雰囲気を残すように気をつけています。

売り上げの90%は店頭で得ているので、今回の危機の影響は計り知れないです。しかし、「ロンドンの大疫病」があった時は、店はすでにかなり古くなっていました。犠牲者の何人かは向かいの教会に埋葬されているよ。我々はその危機でも生き残れたんだから、今回も乗り越えるつもりです。 

原文はこちら

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