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アートセンター×観光案内所の誕生は必然だった? 12月開業のshibuya-sanのコンセプトとは

テキスト:
Kunihiro Miki
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2020年の到来を目前に控えた2019年の年末、渋谷には新たな大型商業施設が次々に開業し、街はさらなる変身を遂げる。

リニューアルする渋谷パルコ(11月22日オープン)や、渋谷ストリームの隣に誕生する渋谷スクランブルスクエア第1期棟(11月1日オープン)、そして旧東急プラザなどの跡地にできる渋谷フクラス(商業ゾーンは11月、そのほかの施設は12月にオープン)。「100年に1度」と言われる大規模な再開発を主導する東急グループは、渋谷スクランブルスクエアの第2期棟が完成する2027年を当面のゴールとしている。

開発の中で生まれるこれらの施設はいずれも、単なるショッピングセンターとしてだけではなく、人々の交流が生まれる拠点として機能的・有機的な作用が生まれる空間づくりを意識した構造になっている。

そのなかでも特にユニークなのが、渋谷フクラス内に12月5日(木)に開業するshibuya-sanだ。アートセンターを併設した日本初の観光支援施設である。同施設の開業を見据え、9月17日にはタイムアウト東京が主催するトークイベント『世界目線で考える。〜文化は混ざることで生まれる。観光案内所とアートセンター編〜』が開催された。

登壇したのは、空間デザインを担当した建築家の青木淳と、施設のネーミングやコンセプトワークも担うコピーライターの高木基、東急不動産で本施設を担当する若津宇宙、総合プロデュースを担当するタイムアウト東京代表の伏谷博之の4人。

この異色の観光案内所はどのようなコンセプトのもとに誕生したのか。総合プロデュースを手がけた伏谷は、スマートフォンの普及により単なる「観光案内所」の存在意義が薄れつつある中、次の時代の「観光案内所」として同施設の構想を組み立てた。

伏谷博之

中継地点ではなく『目的地』に

「2018年4月にKITTEの地下にある東京シティアイという国内最大級の観光案内所でタイムアウト東京が開催した『Love Tokyo Lounge』という訪日外国人向けのイベントがアイデアの元の一つになりました。

このイベントで、観光案内所には本当にたくさんの国と地域から多様な人たちが訪れるのだということを実感したのと同時に、シティアイにはKITTEで働いてる人たちや日本人の来訪者も多いのですが、こういう人たちと訪日外国人が接点を持てるとお互いに面白い体験になるのではないかと思ったのです。

観光案内所は、比較的駅近の良い立地にあって多様な人々が世界中から集まる場所。こんな場所はほかにないから、ちょっと違う角度から考えるとユニークで面白い場所になるのではないか。それで『観光案内所は多様性社会の小さなプロトタイプ』というコンセプトが浮かび始めていたところに、今回の渋谷フクラスの観光支援施設の話がきました。

訪日観光客が増えていき、案内所の数も増加傾向にある一方で、観光案内所への来訪者数は伸び悩んでいる。これからは観光案内所が中継地点ではなく『目的地』として機能することが重要です。

例えば、トリップアドバイザーは、観光客が高く評価した施設に『エクセレンス認証』という認証機能を付与していますが、観光案内所もこの認証を得られるような場所にしないと、人は来ない。わざわざ観光案内所に行く、という行動を促せるような施設にするには複合的な機能を持ったものにする必要があり、その中でもコミュニケーションが生まれる場所づくりは特に意識しました」

東急フクラスの開発に携わってきた東急不動産の若津は、shibuya-sanは「情報や文化の混ざる空間」であると述べる。 

若津宇宙

「駅前の開発が進み、どんどんビルが建っていく中で『昔の渋谷が失われていく』と言われることはあります。ただ、shibuya-sanは、国籍や世代に問わずコミュニケーションが生まれる場所として、昔の渋谷のような人間味が残るような場所という位置付けにしたいんです」

空間デザインを担当した青木もまた、昔の渋谷、つまり渋谷という街が元々持っていたキャラクターについて考えをめぐらすことで、shibuya-sanがアートセンターを併設することの意義を説いた。

青木淳

渋谷で起きている有象無象にたどり着くためのハブ

「渋谷といえば、レコード屋と演劇が頭に浮かぶ。昔はとにかくレコード屋が多かった。しかも、エル・スール・レコーズなどのかなりディープなお店が。学生運動がピークの1960年代の終わりには、唐十郎と寺山修司の乱闘事件がありました。当時、『天井桟敷』は渋谷にありました。

1970年代に入ると、それまでディスクユニオンくらいしかもなかった通りにパルコが建設され、劇場のこけら落としは安部公房スタジオの『愛の眼鏡は色ガラス』だった。公園通りという名前はその頃(1972年)に名付けられて、当時この通りにはジァン・ジァン(アンダーグラウンドな芸術の発信地となった小劇場。2000年4月閉館)があって、イヨネスコの一人芝居『授業』を10年以上、中村伸郎さんが定期的に演じていました。そんなことを思い出したんですね。

今や、たいていの観光情報はネットで手に入ります。ネットで手に入らないのは、生身の人間の思いであり、行動でしょう。そういうものに偶発的に遭遇することを僕はアート体験と呼んでいますが、渋谷という町には今でもきっと、今言ったような出来事が起きていると信じます。

そういう遭遇へのきっかけを期待しないなら、わざわざある特定の空間を訪ねる必要もないんじゃないかな。という意味で、shibuya-sanが新たな可能性を生むというより、もとよりそうでないとそもそも存在する意味もない、と思っているんです。

shibuya-sanで展示していくものは、アートといっても美術作品とかすてきなデザインのプロダクトとかは全くイメージしていません。渋谷のいろいろな所で、今起きている有象無象、それもお金もうけのためというよりは、誰かがただやりたいからやっていること。それがここで言うアートの意味ですが、それらにたどり着くためのハブにshibuya-sanがなれればいいかなあ、と思ったんですね」

渋谷という街が持っている特性や歴史と、広義のアートが親和的につながった結果の「アートセンター併設」という答えのようだ。shibuya-sanのネーミングやコンセプトワークを担当した高木も「東京、日本のカルチャーそのものをアート」として捉えていると話す。

高木基

静止したアートの閉じた世界ではない

「アートセンターとあえてしているのは、本来アートセンターがあるべき姿として、そこから文化が生まれるべきだと捉えているからです。

アートとは何かといったとき、我々はアーティストが作り出すものももちろんそうであるし、市井の人々の営みそのものもまた文化であると考えています。タイムアウトが取り上げるディープな街や店、その全体がアート。寿司も、駄菓子も、喫茶店も、バーも、庭園も、建築も、音楽も、映画も、キャラクターも、スナックも、言い出したらきりがないくらいその領域は広いと思っています。

このユーラシア大陸の端にあって、そのさらにスリバチ状の谷の底の渋谷の真ん中にshibuya-sanはあります。それは何を意味しているのかといえば、世界中のありとあらゆる文化がこの島国にたどり着いて、ありがたいものとして文脈も分からないまま混ざり合う中で生まれていく、文化のアリ地獄ということです。

世界のものがこの島で熟成した結果、面白いことになってしまった文化を、体験していただくとともに、当たり前と思っている日本の方にもその価値を改めて認識できる展示を展開できたらと思います。アートがアートなのではない。こういうものの方が文化だよねという提案が一つでもできたら。静止したアートの閉じた世界ではない。混ざり合うことで文化を生み出していく、そんな装置に成り得たらという気持ちでいます」

shibuya-sanには観光コンシェルジュとして留学生スタッフも常駐する

12月5日にオープンを迎えるshibuya-san。伏谷はアートプログラムの構想を含めた将来的な展望を語り、会を締めくくった。

「タイムアウト東京の読者調査では、ファインアートやミュージアムは旅行時に体験したいことの第3位。ツーリストの文化芸術への関心の高さも今回のアートセンター併設構想を後押ししています。路地裏でもどこでも人が集まるところから何かが生まれるので、多様な人たちがshibuya-sanで混じり合い、そこから何か文化が生まれる。そんなことへの期待も大いに持っています。

アートプログラムは、レジデントのプログラムだけでなく、渋谷や東京、日本、そして世界のアート拠点とのネットワークも作っていきたいと思っていて、世界のさまざまなアートに関する人と情報の交流もshibuya-sanがハブとなって盛り上げて行けたらいいなと」

shibuya-sanはすでに、北千住のカフェ併設アートスペースBUoYと、蔵前のアーティストインレジデンスのオールモスト パーフェクト、そして横浜・伊勢崎町にあるクリエーティブ拠点のTHE CAVEといった施設との提携を結んでいる。この3施設の芸術監督やオーナーたちによる「アートをきっかけに繋がりを生む」をテーマにしたトークについては、後日公開する記事でレポートしているのでこちらもチェックしてみてほしい。

shibuya-sanの詳しい情報はこちら

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