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2023年、クラブの安全性はどう変化するか?

ハラスメント問題に対するクラブとプレイヤーたちの声

Hisato Hayashi
編集:
Hisato Hayashi
寄稿:
Nozomi Takagi
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クラブシーンの安全性が国内で問題提起されるようになってから、数年が経過しようとしている。コロナ禍での休業と時短営業期間を経て、再びフロアに大勢の人々が集うようになった現在、「セーフスペース(safe space)」に対する人々の考え方は、どのようにアップデートされているのだろうか。

本記事ではプレイヤーのDazzle DrumsmoemikiCYKと、渋谷のヴェニュー「clubasia」を運営する鈴木将に話を聞いた。

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ヨーロッパ、そして国内クラブの現在と過去
Dazzle Drums

ヨーロッパ、そして国内クラブの現在と過去

海外のクラブではセーフスペース対策をどのように行っており、現在どのような状況にあるか。日本のクラブについて話す前に、まずは直近で現地を訪れたプレイヤーの意見を紹介したい。

「女性トイレで『Ask for Angela』をはじめ、ハラスメント対策についての張り紙を見かけました」と語るのは、国内外のハウスシーンで活躍するB2BユニットのDazzle Drumsの2人。2022年の夏、Dazzle Drumsは1カ月間のヨーロッパツアーを開催した。

「Ask for Angela」とは、性的暴行から人々を守るためのキャンペーンだ。「身の危険を感じたら、カウンターのスタッフにアンジェラを呼び出してと伝えよう」。2016年、イギリスのバーでこういった文言のポスターがトイレに掲示されたことをきっかけに、キャンペーンに賛同する店舗が、欧米圏のナイトカルチャーを中心に広まっていった。

ハラスメントの観点では対策が進んでいるように見えるヨーロッパのクラブシーン。Dazzle DrumsのKeiは、今回のツアーを通して見えてきた日本国内の課題を次のように語る。

久々にヨーロッパを訪れ、改めて日本国内はハラスメント――特にジェンダーハラスメントに関して、まだまだ理解が足りていないと感じました。クラブの中に限らず、日本は個性や人と異なる点を認めにくいです。だからこそ、周囲の気付いていないうちにハラスメントが起きてしまうのだと思います。(Kei/Dazzle Drums)

現在、日本のクラブではセクシュアルハラスメントの事件に焦点が当てられることが多い。セクハラ、そしてジェンダーハラスメントのほか、暴力行為や言葉におけるハラスメントも多く存在している(2人によると、ヨーロッパではアジアンヘイトが色濃く残る場所もあり、以前は「分かりやすくPAにボリュームを下げられた」こともあったという)。1990年代に活動をスタートさせた2人は、約30年たっての現状をどのようにとらえているのだろうか。

確かにハラスメントに関しては見逃しや見過ごしなど、過去にありました。暴力のみならず言葉でのハラスメントも含め、覚えているだけでもたくさん。それはクラブという環境のみならず、社会全体としてもです。

ようやく被害者や、いわゆる弱者の立場がSNSを通じて訴えやすくなった反面、事実とは異なる誤解も生まれ広がりやすくなっている。国内、海外含め、まだまだ足りない部分が多くあります。(Kei/Dazzle Drums)

その一方、数多くの悪しき状況に遭遇してきてしまったからこそ、Dazzle Drumsは出演する現場や主催パーティーでも、これまで培ってきたコミュニティーの共通認識を活用し、積極的にハラスメントが起こりにくい環境を生み出すようにしていた。Nagiは現場で心がけていることを、次のように述べる。

お金を払って遊びにきて来ているという立場を利用して、スタッフの女性にしつこく話しかけたり、DJに対して「プロならリクエストに答えろ」などの意見を執拗(しつよう)に言ってきたり、というようなことは今もあります。

ただ、私たちの出演現場や主催パーティーはパーソナルなつながりが多く、基本的にハラスメントを許さない空気が生まれているように思います。

活動当初から、私たちの視界に入らないところでそのようなことが起こった時、友人たちが止めたり、場を荒らさないように動いたりしてくれました。(Nagi/Dazzle Drums)

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Photo: Music of Many Colors

可能な範囲での対策を考え「ハラスメントを許さない空気」を作ろうと努めてきた2人。そして徐々に「パーティーに行ってハメを外す」「酔っていれば多少荒いことをしても許される」という認識の人が遊びに行きにくい場所になったのかも、とNagiは振り返る。

では、多くのクラブがより安全性を高く、誰にとっても居心地のいい空間にするために、関係者はどのようなアクションをすべきだろうか。

パーティー主催チームやクラブのスタッフ、セキュリティースタッフでは全てをカバーできないことも当然あります。

それでも隣にいる人に助けを求めることや、相談ができる環境づくりは必要。個人個人で意識的に行うのはもちろん、できればその時、その場所で解決していけるように声を上げやすい雰囲気づくりを大切にしていきたいです。(Kei/Dazzle Drums)

ウェブサイトの目立つ場所にステイトメントを提示するなど、クラブに行かない人々に対して安全性への働きを伝えていくことが大事だと思います。

そのアクションが、多くの日本人が持つ「クラブはハメを外す場所」という安易な認識を変える可能性があるはず。今後の日本のダンスミュージックの発展にも大きく作用すると思います。(Nagi/Dazzle Drums)

被害者の声がクラブの環境を変化させた
Photo: clubasia

被害者の声がクラブの環境を変化させた

2022年現在、真の安全性が保証されているとは言い切れない状況下で、日本国内のクラブはどういった取り組みを行っているのだろうか。

さかのぼること3年前の2019年5月、都内のクラブで起きたセクハラ被害を訴えるSNS投稿を機に、「クラブと音楽を誰もが楽しむために、クラブ内におけるアンチハラスメントのステイトメントを表明・提示することを求める」署名がスタートした。

change.org

change.orgより

署名を通してクラブ運営者やオーガナイザーに求められたのは「あらゆる性別や人種、セクシュアリティーや身体的特徴にかかわらず、全ての人が安全かつ尊重されるべき」というステイトメントの表明。そして表明そのものを来場者へ周知させることだ。

署名サイト「Change.org」では、キャンペーンの開始から1日足らずで500人の署名が集まり、2〜3日ほどで1500人以上の賛同を得た。2019年以前からステイトメントを提示していたクラブは存在していたが、この署名活動をきっかけに、都内で何カ所かのクラブがアンチハラスメントの意思を示している。

渋谷のclubasiaも、この署名活動をきっかけに対応改善を行ったヴェニューの一つ。加えて自発的に新たな取り組みも行っている。2022年9月、clubasiaではステイトメントの掲示に加え、LINE経由でスタッフとのコミュニケーションが取れる機能「HELPボタン」をローンチした。

clubasia

Photo: clubasia

このHELPボタンは、ハラスメント対応だけに特化したものではなく「トイレの紙がない」「酒をこぼしてしまった」「ロッカーのコインが詰まった」など、とにかく来場者の身に困ったことがあれば発動できる。

clubasia

clubasiaの公式LINEの画面。HELPボタンをタップし、自動返信に従って位置情報を伝えるとスタッフが対応に訪れる

clubasia店長である鈴木将は、このサービスを始めた経緯について次のように語る。

2019年以降、ステイトメントの掲示は続けていたんです。でも、clubasiaに限らず、クラブ業界全体でハラスメントの被害報告が断続的に続いているのも見ていました。昨今のSNSでもその現状を目の当たりにしたことをきっかけに、クラブとして何かもう一手、改善につながる一歩を踏み込めないかを検討することになりました。

「ハラスメントが自分の身に起きた時に知らせられるアプリがあればいいのにね」

ある時、Twitterでそんな投稿を見かけました。加えて当時、Twitterのスペース機能を利用して開催されたオンラインディスカッション「クラブセクハラ報告会」でもリアルな声を聞くことができたんです。(鈴木/clubasia)

クラブ側には「知らせるハードルを下げ」「事態を把握しやすく」「スピード感を持って対応できる」ことが求められていると感じた鈴木。clubasia自体のキャパシティーや運用のスムーズさを加味し、「HELPボタン」というスタイルに至ったという。

このアイデアが形になるきっかけとなったツイートを投稿したのは、都内でDJとして活動するmoemiki。彼女はクラブ内でのハラスメント被害をきっかけに、防止対策を積極的に呼びかける。

「HELPボタン」のアイデアのきっかけとなったmoemikiのツイート

moemikiはクラブ環境の現状、そして自身の経験をもとに「声の上げやすさ」をクラブ環境に求める。

moemiki

moemiki

被害に遭った時、声を上げていいのかとためらうなど、自分の被害を矮小(わいしょう)化してしまうことは少なくない気がします。

とりわけクラブという空間では「周囲のテンションを下げてしまう」「誘ってくれた人に申し訳ない」「せっかく今楽しんでいるんだから我慢した方が楽」など、と(考える必要はないのですが!)つい考えてしまって、心理的なハードルが高いと感じます。

clubasiaのHELPボタンをはじめ、機械的に声をスタッフに伝えられるシステムや、「AVYSS Circle」の「トラブルがあれば手首にネオンリングを付けたスタッフまで」という呼びかけは非常に心強い。どんどん広まるとうれしいです。(moemiki)

ただ「声の上げやすさ」を求めるだけでは、根本的な「被害をなくすこと」につながらない。彼女は同時に「加害が発生した時の対応策がより具体化されていくこと」を期待する。

踊りながら割り込んだり「あの人知り合い?」と声をかけたり、フロアにいる我々ができる手助けと、そのベストプラクティスは自分自身も模索中なんです。それを皆で共有できるといいな、とは思います。

一部の機転の利く人のフォローだけではやはり不十分。「このような時はこうする」というマニュアル的なものが、クラブスタッフだけではなくクラブで遊ぶ人たち皆で共有できるようになれば良いと思います。

初めて行ったクラブが安心して楽しめる場所だったからこそ、私は今もクラブへ通えているのだと思います。まだクラブへ行ったことのない人にとっても、さらに門戸が広がればうれしいです。(moemiki)

clubasiaがHELPボタンの運営をスタートさせてから約3カ月が経過しようとする現在。ほかのクラブでも同様の試みが見られるようになり、普及の兆しが見えている。鈴木はクラブの運営側として、今後「起きていることを誤魔化さず、目を背けずに認めること」が重要であると述べる。

「ハラスメントが起きていることを認めること」が理解につながり、未来へ向かうスタートラインに立てると考えます。同時に、10年前の考え、5年前、1年前、はたまた数カ月、数週間、数日前の考えですら、「今」を考える上でのアップデートを遅らせてしまいます。

ましてや経験価値が日々変化するクラブの中ではなおさら。価値観を変化することを恐れず、多くの人にとって居心地の良い空間が作れるよう、成長を続けられればと思います。(鈴木/clubasia)

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ステイトメントの「賛同者」であることを可視化させる
CYK

ステイトメントの「賛同者」であることを可視化させる

2019年の署名活動と同時期に、都内を中心に活動するハウスコレクティブのCYKは、アンチハラスメントにまつわるアクションを起こした。

彼らは2019年の6月、「CIRCUS Tokyo」で開催された「CYK ALL NIGHT LONG」から、エントランスにステイトメントの掲示を開始。ステイトメントに同意した来場者には「I Agree With The Statement」と書かれたリストバンドを巻くという施策を行った。

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ステイトメントを確認した来場者に、賛同の証としてリストバンドを配布しはじめた2019年の「CYK ALL NIGHT LONG」。スムーズな運営方法をクラブ側と検討し、2022年8月にContact Tokyoで実施した企画では手の甲にスタンプを押す形式へ変更した

CYKのメンバーである4人は、アンチハラスメント問題に向き合い始めたきっかけを次のように語る。

2017年、近しい友人が「CYKのパーティーで痴漢被害に遭った」という事実を、後日僕たちに報告してくれたことに端を発しています。

以降、メンバー4人はもちろん、よく遊びに来てくれる友人たちも含めた仲間内で、様子のおかしい出来事やお客さんを見つけたら共有し、さりげなく声をかけたりする、などの対応をしていました。これは今でも意識的に実施しています。

被害にあった友人が僕たちに話してくれなかったら、その当時にこういう対応は取れなかったかもしれないので、彼女の勇気に感謝しています。以降ステイトメントを出す出さないに関わらず、いわゆる「セーフスペース」の概念に近いスタンスでパーティーを運営する、ということは僕たちにとって大前提でした(CYK)

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2020年元日にリリースされたCYKのステイトメント(投稿画像2枚目)。「ステイトメント:クラブに遊びにきてくれる全ての人たちへ」を基に、意見交換を重ねながら作成した

「回り回ってヴェニューや自分たちにとっても重要なことになるので、その時々の最適なやり方を模索したい」とCYK。8月には来場者からも良いフィードバックがあった一方、印象的な出来事もあったという。

外国人のお客さんから「日本のパーティーでは、あんまりこういうステイトメントは見られないよね」と言われたんです。僕たちもそうですが、多くの運営側が当たり前に「安全に気持ちよく遊ぶ」ということを命題としているはず。

お客さんとのコミュニケーションの形を考え、頻繁に実施していくことでパーティー全体の空気が良くなるのだとしたら、僕たちとしてもまだまだ出来ることはあるのではないかと思います。

自分たちやヴェニュースタッフだけでは、見られる範囲も限られてきます。ガチガチに監視するのも違う気がしますし。その観点からも、自然に自治が成立している良い空気を作っていくことにチャレンジしたいですね(CYK)

今後、クラブが「安全に気持ちよく遊ぶ」空間になった先の未来を目指すべく、彼らはどのようなネクストステップを考えているのだろうか。

まずは「いつかこのステイトメントを出さなくてよくなればいい」と思います。まだ先の未来の話かもしれませんが、そのくらい安心して遊べる場所になればいいなと。

あとは、実際に何か起きてしまった時のガイドラインだったり対応方法というのを、事前にスタッフや周囲と確認したりできれば、と思います(CYK)

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2022年12月3日開催「CYK 6th Anniversary. ALL NIGHT LONG "and You!"」のステイトメントより

人によってクラブを訪れる目的はさまざまだ。その目的の多様性を否定することはできない。しかし、それらの目的が周囲に受け入れられるのは、他者に迷惑や不快感を与えない場合のみである。

ここでいう「他者」とは、客同士に限った話ではない。悲しいかな、Dazzle Drumsが指摘した通り、ハラスメントの矛先は(男女関係なく)クラブスタッフやプレイヤーに向いてしまうこともある。

人々がより開放的になるナイトカルチャーの世界。しかし「しょうがないよね」で済まされるうちは未来がない。そして「ステイトメントに効果はあるのか?」と首をかしげることもしかりだ。

日本では2019年の署名活動から、少しずつナイトカルチャーが変わろうとしている。本当の意味で「誰もが開放的になれる空間」に近づくためにも、パーティー、オーガナイザー、ヴェニュー、そして訪れる人々が一丸となって「セーフスペース」を保つことが今、求められている。

もっと踊りたいなら……

  • 音楽

もうすぐ2022年が終わる。慌ただしい年末でも、目の前の音楽に向き合って踊りたい。渋谷「Tangle」の7周年アニバーサリーや、渋谷の新たなクラブ「エンター」の「ENTER OPENING PARTY」、リキッドルームのカウントダウンパーティー、「鴨川 スーパーナチュラルデラックス」でのエクスペリメンタルな音楽家たちによる「SuperDeluxe presents: SupernaturalDeluxe」など気になるイベントがめじろ押しだ。

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