曽根崎心中2024
試演会より(撮影:小川知子、提供:国立劇場)

文楽×アニメーションが生み出す新たな「曾根崎心中」

映像の山田晋平と人形遣いの吉田簑紫郎が語る、斬新な試み

編集:
Time Out Tokyo Editors
テキスト:
Ayako Takahashi
広告

タイムアウト東京 > カルチャー > 文楽×アニメーションが生み出す新たな「曾根崎心中」

国立劇場が文楽入門公演「BUNRAKU 1st SESSION」として新たな試みを行う。「となりのトトロ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」など数々のジブリ作品で美術や背景を担当したことで知られるアニメーション作家、男鹿和雄に背景画を依頼し、その絵をもとに映像作家の山田晋平が映像を制作するというもの。舞台美術ではなく映像の中で文楽を上演することで、従来とは異なる美しさを実現するだけでなく、海外公演なども行いやすくなる。

BUNRAKU 1st SESSION | Trailer1

演目は、近松門左衛門が生んだ文楽屈指の名作、「曾根崎心中」より天神森の段。醤油屋の手代の徳兵衛と遊女のお初が森に入り、心中するという、物語のクライマックス部分だ。映像の山田と、今公演で初めてお初を「遣う」(つかう、文楽で人形を操作すること)人形遣いの吉田簑紫郎に話を聞いた。

テキスト:高橋彩子

関連記事
STAGE CROSS TALK 第4回(前編)
STAGE CROSS TALK 第4回(後編)

イメージを練り上げて背景画を依頼
山田晋平

イメージを練り上げて背景画を依頼

映像作家・山田晋平に聞く Vol.1

これまで、現代劇、コンテンポラリーダンス、オペラ、バレエなどさまざまな舞台芸術の映像を手がけてきた山田晋平は、今回の企画の初期段階から大きな役割を果たしているキーパーソンの一人だ。

「私が劇場のプロデューサーの方から今回のお話をいただいた時、男鹿さんに話は行っていたけれど、作業の内容や分量がわからないと返事ができないと言われていました。そこで僕が男鹿さんに引き受けてもらうための具体案を作ることになったのです。

そのために床本(ゆかほん)や過去の映像で勉強したほか、国立劇場の美術スタッフの方からこれまでの美術の資料を見せていただいて。その結果、従来の「曾根崎心中」の書割(舞台背景)でも、町のようなものが描かれた時代もあれば森の中から始まる時代もあり、川が描かれた時代もあれば橋だけで表現した時代もある、といった変遷があることがわかりました。

また、男鹿さんの絵にはさまざまな魅力があるので、画集を見ながらどこを出していただけるかということも考えました。今回、映像監修を務める桐竹勘十郎さんから『男鹿さんは自然の造形物が素晴らしい』とうかがって、なるほど、と。

そうしたことを全て考慮した上で、男鹿さんには大きくは4つのシーンをお願いすると決め、絵コンテのようなものをお渡ししたところ、『それなら、自分一人でできます』と快諾くださいました」

そこからさらに、イメージをすり合わせる作業を行った。

「時間は何時ごろなのか、木の枝ぶりはどうなのか、森の中から空は見えるのか、など、男鹿さんが描きやすいよう、細かい情報を決めていきました。男鹿さんが描かれるのは4シーン分で、僕がそれに新たなものを付け加えることはないのですが、横に長い絵を描いていただいて登場人物と一緒にスライドして使用するところもありますし、人魂などを動かすところもあります。

ただ、映像でなければできないことをやる瞬間は限定しようと考えています。今は、足し算よりも引き算を考えている段階。文楽は基本的にはやっぱり、人形を見る芸術ですから」

文楽の本質を曇りなく届け、更新したい
映像を調整する山田のPC (https://www.youtube.com/watch?v=0si35YpgX3I&t=54sから)

文楽の本質を曇りなく届け、更新したい

映像作家・山田晋平に聞く Vol.2

昨年の9月と11月には途中の段階の絵と共に文楽を試演し、さまざまな調整が行われた。

「9月に決めなければいけなかったのは、人形と背景のサイズ感。例えば灯籠が、人形に対して大き過ぎたり小さ過ぎたりすると一気に世界感が崩れるので、大きさの検証を行って。その時は確かまだ鉛筆画でした。11月には色のついた絵が出てきて、舞台の暗さや絵の色味の試行錯誤を重ねました。

そしてつい先日、男鹿さんから本番用の絵が届いたんです。今までの絵と違い、こちらは幾つかのレイヤーに分かれたものになっています。というのも、通常のアニメーションと同じように、絵が移動するシーンでは、手前のものは早く動くし、奥にあるものはゆっくり動くわけなので。

絵を見た瞬間、ゾワッとしましたよ。森のひんやりした感じや、そこに立った時に地面が湿って靴に水滴がつくような感覚、息を吸った時にひんやりするような森の温度感などが伝わってくるようで。背景というか、空間を描くとはこういうことか!と感嘆しました。

今回、すごく特別なのは、通常のアニメーションと違って、男鹿さん一人の筆で一点一点描いていること。それが、こんなところまで描いてあるのか、と驚くような密度で。もちろん、ただ細かく描けばいいわけではなく、男鹿さん流の足し算と引き算をして、そうなっているのでしょう。詳細は明かせませんが、ラストの絵の工夫にもぜひ注目していただきたいです」

山田が文楽を観るのは、大学生の時以来で、約20年ぶり。今回改めて、その魅力を感じているという。 

「当時観た演目はもうわからないのですが、とにかく人形の動きが凄まじいし、唯一無二の表現形式で、すごい芸術だなと興味を持ちました。その後も観ればよかったのですが、現代的なお仕事が多く、遠ざかってしまって。今回の試演では、人形遣いの方が人形を持ってちょっと振りをさらっているその動きの見事さや、置いてある人形を『さあやるぞ』と持った瞬間に命が吹き込まれる様子に、いたく感動しました。人形自体も文化財レベルのものだと思いますが、やっぱり持って動かすことで生命が宿るんですよね。

文楽はある意味シンプルというか、現代劇のような細かい台詞や細かい動きがそんなになくてもちゃんと伝わってくる。少し前に観た『仮名手本忠臣蔵』の城明渡しの段は、長い沈黙の時間の中で『はつたと。にらんで』の短い言葉だけで大星由良助の思いを伝えせる。昔は動きも言葉ももっとあったけれど、上演されるうちに減っていったと聞きました。 

『引き算の美学』というか、本当に必要なものだけが抽出され、研ぎ澄まされて伝わってくるその感覚が僕はすごく好きで、美しいと感じています。現代演劇の人もぜひ観て参考にしたらいいと思いますし、この文楽の良さを、曇りなく届けたい。文楽の本質はぶれないようにした上で、人形と背景の関係を何かしら更新したいですね」

広告
新たな背景を得て見つめ直す人形の動き
KYOTOPHONIE2023「Out of Hands」の吉田簑紫郎(©️Yoshikazu Inoue )

新たな背景を得て見つめ直す人形の動き

人形遣い・吉田簑紫郎に聞く Vol.1

今回、お初を遣う吉田簑紫郎は、中学1年生で三世吉田簑助に弟子入りし、今年で芸歴36年になる人形遣い。文楽では、人形の頭部と右手を操る主遣(おもづか)いの指示に従って、人形の左手を扱う左遣い、両足を担う足遣いが連携して動くため、「足10年、左10年」と言われる長い修業を行う。簑紫郎は近年、主遣いとして大きな役を任されることも多い期待の人材だ。普段の文楽公演に加えてアジアを巡る「バックパッカー文楽」など自主公演も積極的に行うほか、自ら撮影した文楽の写真集を刊行するなど、多彩な活動を展開している。

「僕自身、普段から写真や映像を撮ったり、歌舞伎俳優の尾上右近さん(右近の自主公演『研の會』で上演した『色彩間苅豆〜かさね』)やピアニストの中野公揮さん(KYOTOPHONIEの一環として上演した『Out of Hands』)と共演をしたりしながら、人形をどう見せるかを模索しています。実は、現代アートの方の映像やアニメーションで公演をする構想も温めていたので、今回の企画は、自分がやってきたことややりたいことと、かみ合っていたんです」

人形遣いは本番中に後ろの映像を見ることはできないが、通常とは違う色や光を受けながら試演してみて、どんな感触を得たのだろうか?

「背後でこういう絵が動いている、ということをどこかイメージしながら遣ったところはありました。正確には、映像そのものというより、映像に合わせた照明が、いつもとは違う明るさになることが大きいかもしれません。その時の感覚からしても、収録した映像を観ても、通常の公演より暗め。本番でもその陰影を意識して遣うことになると思います。

もともと僕は陰影のある舞台が好きで、アジアツアーで『伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)』火の見櫓の段を上演した時などは通常の公演よりも少し照明を落としましたし、『研の會』の『色彩間苅豆〜かさね』も右近さんと意見が合ったのでいつもより暗めにして。その意味で、今回は自分好みの空間になりそうです。

そして、映像の雰囲気から考えて、自分の動きをもう少し柔らかく流れるようにする必要も感じています。僕の動きは少しクドいので(笑)、5のうちの3くらいに抑えるような意識で遣ってもいいのかな、と。もちろん、振付は決まっているのでその辺の折り合いは難しいけれど、この機会に女方の遣い方を一回リセットできたらいいですね」

思い入れの深い作品に、念願の初主演
試演時の様子。左端が玉助、右端が簑紫郎(撮影:小川知子、提供:国立劇場)

思い入れの深い作品に、念願の初主演

人形遣い・吉田簑紫郎に聞く Vol.2 

今では文楽の代名詞的演目となっている「曾根崎心中」だが、実は長らく上演が途絶え、1955年に復活上演されて人気を博した。その後、初世吉田玉男の徳兵衛と簑紫郎の師匠である三世吉田簑助のお初がゴールデンコンビとして名を馳せ、動きを練り上げていった。だが今回は映像監修の桐竹勘十郎の要望で、復活当時の澤村龍之介の振付で上演される点にも注目だ。

「先代の玉男師匠とうちの(簑助)師匠が公演回数を重ねて熟成させていって今に至るのですが、それをいったん、オリジナルに戻そう、と。僕が師匠の足を遣い、勘十郎兄さんの左を遣っている間にもかなり変化しているんです。例えば、出るタイミングも違いますし、一つ一つは微妙な違いでも全体を通してみるとかなり雰囲気が変わる。遣っている立場からすると、澤村さんの振付は一つ一つの振りの意味が明確で、現行のものはいい意味で「流れ」として洗練されています。

時間をかけて完成されてきた作品だけに、戻すと言ってもどこまで振付の意味を再現できるかは未知数で、意味ばかり主張するのもおかしいし、その辺りはさじ加減ですね。ともあれ一度原型をみつめて、徳兵衛の(吉田)玉助さんと僕で新たなものを作る。その一方で、僕が師匠のお初の足、勘十郎の左を遣ってきた経験は身体に染み込んでいるわけで、そういう師匠方から受け取ったエッセンスも自然に出てくるはずです」

誰もが憧れる曾根崎心中のお初を、簑紫郎が遣うのは今回が初めて。 

「文楽の人間として、近松門左衛門の代表作の主役を遣えるのは、やはり素直に嬉しいです。簑助師匠はお初という役をとても愛していたので、僕としてもやるたびに師匠との思い出が蘇ってくる演目でもあって。一緒にいろいろなところに行って上演しました。20歳くらいで初めて師匠とパリに行って、字幕スーパーもない時代に曾根崎心中がすごく評価された時には、人形の動き、太夫の声、三味線の演奏による文楽の力を実感したのを覚えています」

今回、相手役の徳兵衛を遣う玉助は、入門が8年ほど上の先輩で、ボーカロイドとの共演や「刀剣乱舞」「戦国BASARA」とのコラボレーションなど新たな挑戦にも意欲的な人形遣いだ。

「以前、『壺坂観音霊験記』で夫婦役をさせてもらった時にも感じたのですが、一緒にやっていると玉助さんの存在は消えて、役そのものがそこにいるような感覚になるんです。役としての思いがダイレクトに伝わってくる。それだけすごい技術と情熱を持っていて、玉助さんにしかできない工夫をされるので、勉強になります。

今回の試演でも、ラストで、お初が徳兵衛の胸にもたれたあと、僕がもたれた頭を一度離して徳兵衛の顔を見てしまっていたら、『離さずに見た方が(意識が)切れないよ』とアドバイスをくださって。ずっと離れず見つめ合うほうが、確かに恋人たちの思いが伝わりますよね。徳兵衛を遣う立場ならではの視点でいろいろと教えてくださるのが楽しみですし、僕もしっかり応えなくては、と。

そのラストシーンではそれまでと違う雰囲気の映像が展開し、男鹿さんがお初と徳兵衛のことを大事に見守ってくれているのが伝わってくるようです」

もちろん、最終的に届けたいのは、文楽の素晴らしさ。

「映像と組むことで、人形の可能性が広がればと願っていますし、今まで曾根崎心中を何度も観てきたお客さんにも初めてのお客さんにも、文楽という、人形劇を超越した、比べるものがない異次元の世界を、味わってもらいたいです」

Contributor

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。「エル・ジャポン」「AERA」「ぴあ」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

もっと読みたいなら……

  • ステージ

2023年4月22日、四谷荒木町に「お座敷文化」を伝えるライブスペース「津の守(つのかみ)」がオープンした。店主は、昨年まで「ふみ香」の名で活動する赤坂芸者でもあった塩見文枝だ。

その人脈を生かして、5月7日までの「津の守 お披露目公演」では赤坂芸者から長唄、常磐津(ときわづ)、清元、琵琶(びわ)、落語、狂言、文楽など、さまざまな演者たちが登場。本記事では、そのうちの地元商店街やパートナー企業向けのクローズドの会のレポートを紹介する。

  • ステージ

700年近い歴史を刻み、ユネスコ世界無形文化遺産にも選ばれた、日本の伝統芸能、能。圧倒的に男性が多いその世界で、性差を感じさせない芸と存在感で光彩を放っている女性能楽師が、観世流シテ方の鵜澤久(うざわ・ひさ)だ。国際女性デーを迎える3月、そのインタビューを届ける。

広告
  • ステージ

舞踊・演劇ライターの高橋彩子が共通点を感じる異ジャンルの表現者を引き合わせる『STAGE CROSS TALK』シリーズ。

第4回は、文楽人形遣いで、2021年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された桐竹勘十郎と、舞踊家で、愛知県芸術劇場芸術監督の勅使川原三郎が登場。共に1953年生まれの同い年で、どんな動きをもこなす優れた演者であり、また、「人形」「絵画」といった共通点も持つ二人。前編では、それぞれの原体験を聞いた。

  • ステージ

華やかな舞台を陰で支える舞台スタッフたち。その世界は長らく男性社会といわれ、中でも舞台監督は男性が多い仕事だったが、現在では女性の活躍も増えている。3月8日の「国際女性デー」に際して、舞台監督の下で経験を積み、近年は「ステージマネージャー」の肩書きで新たな仕事の在り方を追求しつつ舞台作りに携わっている徳永泰子に話を聞いた。

広告
  • ステージ

狂言師であり、俳優、あるいは演劇の演出家としても活躍している野村萬斎が、オペレッタの演出に初挑戦。手がけるのは、銀行家のアイゼンシュタイン夫妻が互いに浮気をしたりだまし合ったりと荒唐無稽なドタバタ劇の末に「全てはシャンパンの泡のせい」と大団円を迎える、ヨハン・シュトラウスⅡ世の喜歌劇「こうもり」だ。

洒脱(しゃだつ)で流麗な音楽に彩られたウィーン発のドラマを、萬斎は日本の物語へと大胆にアレンジする。果たしてその内容や狙いとは?

おすすめ
    関連情報
    関連情報
    広告