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「食を通じて旅をする」というのは陳腐な表現かもしれないが、それでも真理といえるだろう。食事は、その土地の文化・歴史・人とのつながりを実感できると同時に、心踊る体験を提供する。だからこそ料理は旅の体験と切り離せない。
世界各地にホテル&リゾートを擁するマリオット・インターナショナルが、バンコクやジャカルタを含むアジア太平洋地域7都市で展開しているダイニングイベント「ラグジュアリー ダイニング シリーズ」。今回は2025年7月11~13日に、ホテル「セント レジス 大阪(The St. Regis Osaka)」で開催された。「忘れられた味(Forgotten Flavors)」をテーマに、同ホテルのシェフたちが国内外の料理の専門家たちとチームを組み、食を探求する。
メニューは「忘れられた味」という言葉を自由に解釈。食の分野ではインスピレーション源が通常比較的自由に扱われるが、同イベントでは日本の、そしてさらに世界のダイナミックな食の風景について興味深い洞察を提供していた。2回のディナー、関東・関西の違いを強調したランチ、異文化交流のアフタヌーンティーとゲストバーテンダーによるホテルバーでの体験を得て、5つの印象的な発見があったので紹介したい。
1. 食の世界が均一化される中で忘れがちな食材の起源
セント レジス 大阪のイタリア料理「ラ ベデュータ」のシャンデリアの下で、シェフの吉田道昭は、ミシュランの星を獲得した香港の名店「アンドー(Andō)」のシェフ、アグスティン・バルビ(Agustin Balbi)とタッグを組む。そこで日本の高品質な食材をたたえる、イタリアと日本をミックスさせたテイスティングメニューを表現した。
クリーミーなボタンエビが、イタリアの古典的なアクアパッツァを思わせるシソ風味のトマトスープで登場。シーアスパラガスの塩味、ゆっくりとローストされたトマトと「南高梅」をブレンドしたうまみで味付けされていた。

次は、トウモロコシのパンナコッタに蒸したカニを乗せ、キャビアをトッピングした上品な一品。料理は手間のかかる工程で作られている。トウモロコシは塩に包まれて焼かれ、キャビアはコンブで燻製(くんせい)。それぞれの自然な風味を際立たせるためだ。
付け合わせの食材を調味料として活用する独創的な手法は、従来の塩やこしょうの代わりとして絶妙なものだった。一方、ワインのペアリングも調和がとれており、全てがジューシーで生き生きとした味わい。かつ、風味が濃縮されていた。

しかし最も目立ったのは、料理にトマトが繰り返し登場したこと。シェフのバルビは、至る所で用いられているトマトを、前菜のトウモロコシとともに、南米が起源であることを思い出させてくれた。たとえ現在トマトが全世界で料理の基盤となっていても、だ。イタリア料理にトマトが使われていなかったり、世界中のストリートマーケットでトウモロコシが売られていないことを想像したりするのは難しいだろう。
今回使用されたトマトとトウモロコシは日本の農場で収穫されたものであるが、食材が元来どこから来たのかを忘れず、その文化的な影響を認識することの大切さを学んだ。明らかに、その方が食品の価値は高まる。
2. 日本の食材は多様な世界の料理を表現する最適な素材
日本が世界有数の高品質な農産物を有することは、周知の事実。新鮮で風味豊かであり、季節感に富んでいるからであるが、その品質の素晴らしさは、皿に盛り付けられた際に特に際立つ。

ラ ベデュータでの日本とイタリアが融合されたメニューにおいて、マイタケはクリーミーな米料理に肉のような食感をもたらし、日本の夏の定番であるアユはリエットに加工され、天ぷら風に揚げられていた。2つの国の風味の融合は、まるで一つに溶け合ったかのように自然で、区別がつかないほど。シェフのバルビが指摘したように、日本料理とイタリア料理はどちらも食材重視の料理であり、自然な組み合わせといえる。
そして、品質は多様性を生み出す。ホテルのブラッスリー「レジーヌ(RÉGINE)」のシェフの皆川和國と、東京のミシュラン二つ星レストラン「リューズ(Ryuzu)」のオーナーシェフである飯塚隆太が手がけたメニューは、複雑なフランス料理の中でも、日本の食材がその存在感を発揮していた。

例えば、大阪の「泉州水ナス」とアナゴのベニエの組み合わせが挙げられる。泉州水ナスは、その堅い食感と繊細な風味が非常に珍重される品種で、アナゴのベニエの軽さを引き立てるため、生で提供された。もう一つの注目すべき素材、京都「七谷鴨」は、その品質を際立たせるため2つの方法で調理する。一つはドライエイジングとロースト、もう一つはコンフィにした後にフライパンで焼き、完璧なカリッとした皮の仕上がりを実現した。
3. まだまだ未知な日本料理
醤油を使わない日本料理を想像できるだろうか。そこで明かされる事実を知るまで醤油なしの日本料理を想像できなかったが、シェフたちは日本には醤油よりも古い歴史を持つ調味料が存在し、静かに再注目されていることを明かしてくれた。
それが「煎り酒(いりざけ)」と呼ばれる調味料で、日本酒・梅干し・かつお節・塩から作られており、マイルドな風味は魚と絶妙にマッチする。メニューのカリッとしたウロコのイサキにトリガイと「伏見唐辛子」を添えた一品のように、シーフードの新鮮さを損なわない。

面白い事実としてもう一つ、大阪で独自のワインが生産されていることを知っているだろうか。鉄板焼きコースでは、「鉄板焼 和城」のシェフ・北野嵩人と、「ザ リッツ カールトン東京」の鉄板焼料理長である大江侑基が、地元のワインと料理をペアリングした。
大阪の河内ワインが造る「KONTOKUYA(コントクヤ)」シリーズの、赤の「マスカット・ベイリーA」は特に印象的。その滑らかな口当たりと柔らかいタンニンが、日本料理の清らかで繊細な風味を損なうことなく調和していた。

次に、西日本最古のワイナリーである大阪府柏原市を拠点とするカタシモワイナリーのスパークリングワインには、驚くべきことがあった。デラウェア種を原料に、大阪で最も有名なストリートフード・たこ焼きに合わせられるように特別に造られた「たこシャン」というワインだ。本当においしかった。
4. 実はかなり顕著な関東・関西料理の違い
関東と関西の友好的なライバル関係は、特に食文化において顕著に現れるが、それは「どちらが優れているか」という競争ではない。むしろ、東京を代表する関東と大阪を代表する関西の2つの地域は、同じ食材を異なる方法で調理し、それぞれの特徴を際立たせている。

前述の鉄板焼き料理において、大阪のシェフ・北野と東京のシェフ・大江は地域の違いを最も明確に示した。その料理はウナギ。関東ではウナギは背中に沿って切り、関西では腹側から開かれる。もう一つの重要な違いは調理方法にあり、関東のウナギはまず蒸してから焼かれるのに対し、関西では甘い醤油のたれを塗りながら直接焼く。

この違いについては事前に知ってはいたものの、それぞれのウナギが並べて提供された際には、その違いがはっきりと現れた。関東は事前に蒸すため柔らかく、繊細な身は舌の軽い圧力だけでほぐれる。一方で大阪のものはやや歯応えと弾力があり、スモーキーでカリッとした皮が特徴だ。
5. 食事もドリンクも楽しくあるべき
もちろん、技術・産地・高品質な素材は素晴らしい食事の基盤である。しかし時に細部に夢中になり過ぎて、食事もドリンクも「楽しくあるべき」だというシンプルな真実を忘れがちではないだろうか。
その精神は、「シンガポール エディション(Singapore Edition)」のエグゼクティブペストリーシェフ、アレックス・チョン(Alex Chong)が手がけたアフタヌーンティーに表れていた。

彼は、故郷の東南アジアの風味を織り交ぜ、クラシックなホテルの儀式に遊び心あふれるアレンジを加える。伝統的なスコーンには香りの良いパンダンリーフとパイナップルチャツネでトロピカルにアレンジ。一方で餅は、「オンデオンデ」という口の中で弾けるもち米のスナックに形を変え、筆者の大好きな風味の組み合わせであるココナツとパームシュガーのモラセスを詰め込んだ一品となっていた。
また、週末を通じて「東京エディション虎ノ門」の「ゴールド バー アット エディション(Gold Bar at EDITION)」を率いる齋藤秀幸が、ホテルの格式ある「セントレジスバー」をジャックし、楽しい雰囲気のカクテルを提供した。リースリングとブレンドした焼酎に、ジャスミンティーで仕上げたドラマチックなプレゼンテーション。もう一つは「サルサ・クラロ」で、クラシックなマルガリータに透明なトマトジュースとハバネロの辛みを加えた一品だ。
ホテルの専属シェフとゲストシェフが提供する創造的な料理を振り返りながら、ゆっくりと楽しむのに最適な夜のドリンクであった。

なお、「ラグジュアリー ダイニング シリーズ」は、以下の日程で国外で開催予定。詳細は公式ウェブサイトを確認してほしい。
・8月15日(金)~17日(日)オーストラリア「ザ リッツ カールトン パース(The Ritz-Carlton, Perth)」
・8月29日(金)~31日(日)「セント レジス シンガポール(The St. Regis Singapore)」
・9月11日(木)~14日(日)「セント レジス ジャカルタ(The St. Regis Jakarta)」
・9月25日(木)~28日(日)「ザ リッツ カールトン バンコク(The Ritz-Carlton, Bangkok)」
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