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世界的巨匠から新進新鋭まで、テーマ「EDGE」が鮮烈かつ切実に人間へと迫る

桜、古寺のシルエット、柔らかな黄金色の光――春の京都はいつも映画のワンシーンのようである。そしてそこに加わるのが「KYOTOGRAPHIE」だ。これまで14回の開催を経て、この古都を世界の写真シーンにおける最も魅力的な目的地の一つへと押し上げてきた。
会期は2026年5月17日(日)まで。これまでで最も刺激的なテーマ「EDGE」に挑み、緊張・移行・崩壊・発見その全てが、寺院やギャラリー、迷路のような路地に渡って展開されている。本記事では、「KYOTOGRAPHIE 2026」の8つの魅力を紹介したい。
境界的で、不安定で、電気のように張り詰めた「EDGE」というテーマは、写真が抱える真実と虚構の曖昧さから、社会の周縁に生きる人々、さらには環境危機の限界にまで射程を広げる。
AI生成画像や地政学的な不安定さが広がる現代において、「EDGE」とは崩壊の場なのか、それとも可能性の場なのか。その揺らぎと緊張が、プログラム全体に脈動を与えている。
訪れるならまず軸に据えたいのが、「京都市京セラ美術館」で行われている森山大道の回顧展だ。ブラジル、ベルリン、ヘルシンキ、ロンドンを巡回してきた展覧会を、日本向けに再構成し、約60年に及ぶキャリアを総覧できる。
「PROVOKE」誌への寄稿や代表作『写真よさようなら』(1972年)をはじめ、彼のラディカルな視点を形作った雑誌や写真集に焦点を当て、表現の物質性を前面に押し出す構成。その充実した内容は、まさに「帰還」と呼ぶにふさわしい。
フランス人デュオ、イヴ・マルシャン&ロマン・メフレ(Yves Marchand & Romain Meffre)は、デトロイトの朽ちゆく劇場や長崎沖の軍艦島など、近代化の残骸を20年以上にわたり撮影してきた。今回はその視線とAI技術を用い、京都そのものを対象とする。
大判の廃虚写真に加え、彼らは古都が荒廃し、緑に飲み込まれた姿を想像した新シリーズを発表。崩れゆく町家、ツタに覆われた寺院、儀式の消えた静寂――それは悲しみに満ちつつも奇妙な美しさをたたえ、まだ現実ではないからこそ切実に迫る、失われるものへの思索だ。
また、音楽家のヤニック・パジェ(Yannick Paget)がアーティストとの新たな協働の下、サウンドデザインを手がけている。没入感のある音響レイヤーが加わることで、想像上の崩壊のイメージはより生々しく立ち上がる。
アフリカン・レジデンシーの一環として、ケニア出身のアーティスト、タンディウェ・ムリウ(Thandiwe Muriu)が、代表作「Camo」シリーズと、京都で制作した新作を発表。鮮やかなテキスタイルを用いたポートレートで知られる彼女は、アイデンティティーを多層的で流動的なものとして捉えている。
京都での制作では日本の布地を取り入れ、アフリカと日本の文化の間に思いがけない共鳴を生み出す。そこに立ち上がるイメージは、アフロ・アジア的な視点を通じて「帰属」という概念そのものを揺さぶるだろう。
「嶋臺ギャラリー」では、アントン・コービン(Anton Corbijn)がフェスティバルのコンセプチュアルな側面に対する強力な対位を示す。約50年にわたる活動の中で撮影された音楽家や文化人のポートレートは、鮮烈なモノクロで写し出され、洗練よりも存在そのものを優先している。
U2やローリング・ストーンズ、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)といった被写体を撮影する際も、コービンはアイコン性の奥に潜むもろさ、つまり人間的な無防備さを捉えている。
マンチェスターで1970年代後半のパンクシーンから登場したフォトモンタージュの異端的アーティスト、リンダー・スターリング(Linder Sterling)が、ついに日本で本格的に紹介される。
ロンドンの「Hayward Gallery」での大規模回顧展を経て、そのダダ的でシュルレアリスムを帯びたフェミニズム表現は、今なお挑発的だ。ラディカル・フェミニズムに根ざした作品は、その出発点から一貫して強い存在感を持ち続けている。
同時に、ヨハネスブルグを拠点とするレボハン・ハンイェ(Lebohang Kganye)も日本で初の本格デビューを果たす。写真と彫刻、物語性を融合させた重層的な作品群を通して、5つの主要なシリーズが発表された。
両者の存在によって、本展はデビュー企画としては規模をはるかに超える内容となっている。
アーネスト・コール(Ernest Cole)による1967年の写真集『House of Bondage』は、アパルトヘイト下の黒人の現実を黒人写真家自身の視点で記録した歴史的作品。日本では今回が初公開だ。
併せて、ピーター・ヒューゴ(Pieter Hugo)は、生と死を巡る20年にわたる親密で放浪的な作品群を提示。ハンイェによる重層的なポストコロニアルの物語表現がそれに続き、三世代にわたる構成が完成している。
KYOTOGRAPHIEの強みの一つは、普段は可視化されにくい物語に光を当てる点にある。「KG+SELECT Award 2025 Winner」を受賞したフェデリコ・エストル(Federico Estol)の『Shine Heroes』は、ボリビア・ラパスで働く約3000人の靴磨き職人たちにカメラを向けた作品。彼らは日々、家族にもその仕事を知られないよう変装して働いている。
エストルは、彼らをスーパーヒーローとして再構成した。このプロジェクトは、地域コミュニティーとの真の共同制作によって成立しており、循環型の経済モデルを採用。売上の半分は、被写体である当事者へと還元される。
さらに追悼として、パレスチナ人写真家のファトマ・ハッスーナ(Fatma Hassona)に敬意がささげられる。彼女は2025年4月、わずか25歳で空爆により命を落とした。会場では彼女の作品がスライドプロジェクションとして上映。そこには、「写真」という表現、そしてKYOTOGRAPHIEの本質的な意義が示されている。
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