大江ノ郷自然牧場
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鳥取の辺境リゾート「大江ノ郷自然牧場」に年間36万人が訪れる訳(後編)

NEXTOURISM、連載企画「観光新時代〜多様性を切り拓く挑戦者たち〜」第3弾

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Io kawauchi
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タイムアウト東京 > Things to do >鳥取の辺境リゾート「大江ノ郷自然牧場」に年間36万人が訪れる訳(前編)

鳥取のナチュラルリゾート「大江ノ郷自然牧場」。食と体験が楽しめる複合施設で、辺ぴな立地にもかかわらず、年間約36万人が訪れる。同施設を手がけたひよこカンパニーの創業者、小原利一郎に人気の秘密を聞いてみた。

前編では、同施設の礎である、自然にこだわった養鶏業の始まりを紹介。その後、カフェ「ココガーデン」を開業した。スイーツが好きではなかった彼が、人々が喜ぶものを提供し、地域に観光客を呼び込もうと努力する。

卵の味にこだわりを持ち、無添加のスイーツを追求。配達員をシェフに起用するなど、大胆な選択が続き、試行錯誤しながら店は大成功を収める。施設は拡張し、観光客の数がぐんと増加した。後編では、大江ノ郷自然牧場の成長と発展を小原から聞く。

なお当記事は、一般社団法人日本地域国際化推進機構が提唱する「観光新時代」(NEXTOURISM)を実際に体現している取り組みを、全国のさまざまな地域から取り上げる連載企画「観光新時代〜多様性を切り拓く挑戦者たち〜」から転載したものである。

同連載の企画・取材・執筆は、ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀(まれ)な人」を追う「稀人ハンター」こと川内イオが担当。川内は、書籍「農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦」(2019年、文春新書)を皮切りに、農業や食の領域を中心に、既成概念に捉われない、多様化する担い手たちやビジネスの在り方を紹介しており、その視点は観光領域において、観光の多様化に着目してきた機構の活動と重なっている。

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卵の配達スタッフを抜てき
Photo: Io Kawauchi

卵の配達スタッフを抜てき

大胆な決断は続く。小原は、添加物を一切使わず、卵の味で勝負するスイーツを目指していた。そのシェフとして、「食べるのが好き」と聞いていた卵の配達スタッフを抜てきしたのだ。「人を呼べるスイーツを作ろう」と考えた時、未経験であればプロにメニューの開発を依頼する人が大半ではないだろうか。小原は、そう考えなかった。

「専門家を呼ぶのは嫌でした。僕は、きらびやかなお菓子とかとかプロの技術を生かしたものじゃなくて、卵を軸にしたお菓子を作りたかったんですよ。専門家が来ると、その人が作りたいお菓子になるでしょ。それはちょっと違うなと」

菓子など作ったこともなく、数日間だけ菓子教室で学んだその男性スタッフは、ほぼぶっつけ本番でスイーツを作り始めた。いざ、実食。「それが、おいしくなかったんです!」と小原。

「プリンは、カフェを開く前から作り始めていたからまあまあおいしかったんです。シフォンケーキも、近所の料理好きの方からレシピを聞いて作ったから、おいしかった。でも、バウムクーヘンとシュークリームは、おいしくなかったですね」

しかし小原は、ほかの人に替えるという発想はなく、そのスタッフに任せた。それは、難しいことに挑戦していると分かっていたからだ。

「当時は無添加でバウムクーヘンを作っている人がいなくて、バウムクーヘンのメーカーさんに作り方を聞いても、分からないと言われたんです。そこを自分たちで一から開発しましたからね。それに、技術というのはやれば上達していくんですよ。だから、段々うまくなって、おいしくなりました」

原宿でパンケーキを食べる
Photo: Io Kawauchi

原宿でパンケーキを食べる

素人同然だったシェフの腕が上がるのと比例するように、ココガーデンの無添加スイーツを求める客も増えていった。大きな転機になったのは、2012年。それから12年たった今も大ヒット商品として君臨するパンケーキの提供を始めたのが、この年だ。実は、パンケーキを出すと決めたのも、偶然のたまものだった。

秋冬の鳥取は寒い。「温かいスイーツも出したいな」と、ワッフルや焼きドーナツの導入を検討していた小原は2010年のある日、経営の勉強会に参加した際に、人気のパンケーキ店に寄った。この時、「パンケーキって、ホットケーキのことか」と知ったぐらい、小原はパンケーキに興味がなかった。

その店を出て移動の車中、同乗していた二人の男性がパンケーキ談義を始めた。二人は盛り上がり、聞き役に回っていた小原に、「原宿にいい店ができたから、行った方がいいよ」と勧めてきた。

その店は、2010年3月にオープンしたばかりの「エッグスンシングス(Eggs 'n Things)原宿店」。ハワイにあるパンケーキ店の1号店で、オープン以来、行列の絶えない店として話題になっていた。何となく気になった小原は、上京した際、一人で原宿店に足を運んだ。

若い女子たちと一緒に並んで1時間、ようやく席に着くと目についたメニューをいくつも注文した。目を丸くした店員から、「本当にひとりで食べるの?」という心の声が伝わってくる。小原は、エッグシングスのサイズ感を知らなかったのだ。必死で食べつつ、写真を撮る。この時、パンケーキのおいしさに……目覚めなかった。

「僕の口には合いませんでした(笑)。だからこそ俯瞰(ふかん)して、これだけの人が並ぶのはなぜだろうと考えました。きっと、パンケーキの高さやボリューム、たっぷりのったクリームに人は引かれるんだなと感じられたのがよかったです」

鳥取に戻った後、カフェのスタッフに写真を見せながら「うちもやってみようか?」と話すと、スタッフたちも喜んだ。それから、「ベーキングパウダーを使わず、ちゃんと卵の味がするパンケーキを作ろう」と開発に乗り出す。

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想定外のパンケーキデビュー
Photo: Io Kawauchi

想定外のパンケーキデビュー

同じタイミングで、10席しかなかったカフェを拡張する計画も動き始めた。そして2012年11月、店内72席、オープンテラスを含めると100席ある「ココガーデンカフェ」のプレオープンを迎えた。店が一気に広くなったので、客が減る冬の間、スタッフがオペレーションに慣れるための「プレオープン」だ。

事前に顧客へダイレクトメールを送り、開店の告知もした。この日は、ふわふわを超えてトロトロの柔らかい生地から、濃厚な卵のうまみがしみ出してくるパンケーキのデビュー戦でもある。そわそわしていた小原は、次第に青ざめた。

その日、まったく客が来なかったのだ。なぜ?どうして?とはてなマークが頭の中に充満する。「小原!」と呼ばれて誰かと思ったら、中学時代の恩師だった。客がまばらな店内で、二人で写真を撮った。

どういうわけか、それからしばらく閑散とした日々が続いた。客足が上向き始めたのは、年が明けてから。スタッフが検索をかけると、ココガーデンカフェに来た客が、SNSにパンケーキの写真をアップし始めたことが分かった。その数が増えていくのに比例して、客が戻ってきた。なぜ、2カ月近く、ヒマが続いたのか。明確な理由は分からないが、もしかするとパンケーキのクオリティーだったのかもしれない。

「味はおいしかったんですけど、最初の頃は技術が足りなかったんです。膨らんだ生地がすぐにぺちゃんこになったりしてね。これは何とかしなきゃいけないと思ったまま、開店したんです。それからもスタッフは工夫をして、改良しながら、どんどん進化していきました」

2008年にスイーツを出した時と同じように、プレオープンの営業がスタートした時、パンケーキも未完成だったのだ。小原は、料理人やパティシエではない。どちらかといえば、商品を市場に出して反響を見ながら、どんどん改善していくスタートアップの経営者の感覚で、スイーツやパンケーキを売り出したのだろう。ちなみに、小原が尊敬する経営者はスティーブ・ジョブズだ。

その成果は、春に出た。スタッフもオペレーションに慣れ、パンケーキもよりおいしくなった3月、「グランドオープン」の告知をすると、目を疑うような数の客が押し寄せたのだ。ここから、休日は1、2時間待ちが当たり前、多い日には1日に1400枚の注文が入るようになる。

スペインの市場をイメージした「大江ノ郷ヴィレッジ」
Photo: Io Kawauchi

スペインの市場をイメージした「大江ノ郷ヴィレッジ」

最初にスイーツ店をオープンした2008年からの5年間で、大江ノ郷自然牧場の売上は約3倍になった。さらに雇用者数は30人から65人となり、2013年には10万人が訪れている。スイーツとカフェが起爆剤となり、小原が望んだ「人が来てくれる場所」が実現したのだ。

この勢いに乗り、2016年に建てた新棟が「大江ノ郷ヴィレッジ」。1階には自家製酵母を使ったハード系のパンが中心のブーランジェリー、牧場スイーツだけでなくおすすめの調味料やワインまで取り揃えたビオマルシェ、コーヒー・ビール・スムージーなどが飲めるカフェバル、ジェラートなどを販売するスナックスタンド、だし巻き卵が名物のアグリキッチン、国産小麦を使ったうどん店が入る。2階は、オムライスやパスタ、肉と魚料理などを提供する本格レストラン。もちろん、卵を使っていない商品もあり、食のテーマパークのような雰囲気だ。

「ここにレストランを作ると決めていたんです。でも、レストランに行く時間がない人もいるじゃないですか。それに、パンケーキも1、2時間待たないといけないので、ファストフード的に早く食べられるものがあった方がいいなと」

それまで、パンケーキの待ち時間にはすることがなかった。パンケーキ目当てで来ても、待ち時間が長くて帰ってしまう客もいた。その人たちが何か別のものを食べたり、土産を買ったりできるような場所として、「大江ノ郷ヴィレッジ」は機能している。

イメージしたのは、スペインのマドリードにある「サン ミゲル市場」。1916年に建てられたガラス張りの建物の中に、30店舗以上の多様なバルが集っていて、一大観光名所になっている。デザインを考えている際にたまたまサン ミゲル市場のことを知り、一目ぼれしたそうだ。

ちなみに、1階の店は売り物もデザインも違ってにぎやかな雰囲気だが、実は全て小原が考案したオリジナルブランド。働いている人たちは全員、大江ノ郷自然牧場の従業員である。

この施設ができてからさらに客足が伸び、2019年には年間36万人に達した。

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強みは立地
Photo: Io Kawauchi

強みは立地

次に手がけたのは、宿泊業。廃校を買い取り、2019年に宿泊施設「オオエバレーステイ(OOE VALLEY STAY)」を開いた。もともと「24時間、お客さまに対して責任を持つ宿はハードルが高い」と思っていた小原の考えを変えたのは、住民の声だった。

地域の小学校が廃校になり、それを活用しようと名乗りを上げた時、住民から「ゲストハウスをやってほしい」とリクエストがあった。それがきっかけで全国のゲストハウスの視察に出てみると、意外な発見があった。

東京のゲストハウスに一人で泊まった時、外国人旅行者やゲストハウスのスタッフと話をしたのが、思いのほか楽しかったのだ。それで「山の中で、いろんな国の人が酒を飲んだりご飯を食べたりしながら交流できたら面白い」と思い、新事業に踏み切ったという。

宿を作る際には、「誰でも泊まれる宿」をイメージして手頃な料金の部屋からジュニアスイートまで用意。建築やインテリアなどは鳥取の企業や職人とコラボレーションし、細部にまでこだわった。校庭は全面芝生にして、たき火ができる場所も設置。雨の日も遊べるよう、体育館にはボルダリングの壁なども作った。

その結果、「予算が大幅にオーバーしました」と苦笑する。完成から数カ月後に新型コロナウイルスのパンデミックが始まったのは想定外だったが、現在は企業研修などを受け入れて活性化を図る。

コロナ禍にはカフェや飲食店も大きな影響を受けたものの、それを補って余りある活躍を見せたのが、EC事業。コロナ禍で時間ができた時、小原自身がECを徹底研究した結果、売上が右肩上がりで伸び続け、現在はコロナ前と比べて10倍の規模にまで成長した。

客も徐々に戻り始め、2023年はおよそ36万人が「大江ノ郷リゾート」を訪れている。小原は、ここまで人を引きつける場所になった一つの理由として、立地を挙げる。

「都市部にこの建物があったら埋もれるでしょう。山の中に目新しい建物を作ったから、お客さんにとっても新鮮だったと思います。何もない所にあることが、強みなんです」

一人も観光客が来ないような場所だった鳥取の田舎に、これだけの人が足を運ぶ。たった一人で養鶏業を始めて30年、誰も想像しなかったようなことを実現した小原は、日本の地方に大きなポテンシャルを感じている。

「日本中、ここより立地がいいところばかりだと思います。地方だと集客が難しい、という固定概念に縛られてはいけません。自分たちの地域の可能性を信じた方がいいと思います」

画像提供:川内イオ

川内イオ

稀人ハンター

1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人ハンターとして取材、執筆、編集、企画、イベントコーディネートなどを行う。2006年から2010年までバルセロナ在住。全国に散らばる「稀人」に光を当て、多彩な生き方や働き方を世に広く伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」を目指す。この目標を実現するために、2023年3月から、「稀人ハンタースクール」開校。全国に散らばる27人の1期生とともに、稀人の発掘を加速させる。近著に「稀食満面 そこにしかない『食の可能性』を巡る旅」(主婦の友社)。

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