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東京を創訳する 第7回『キモノの謎』

文化人類学者、船曳建夫の古今東京探索

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テキスト:船曳建夫

 

日本では、日常の生活を「衣・食・住」の3つに分ける。その順にこれから何回かに分けて、東京の衣食住の話を、外国から訪れた人を読み手と想定して書いてみよう。日本の伝統的な衣服はキモノである。キモノには沢山の謎がある。普通の日本人は謎があるとは思っていないが、実はあるのだ。この文の中に出てきた謎に、Q1、2と番号を付けて、最後にすべて答えることにする。

キモノはどこに行ったら買えるか。デパートや、銀座などにあるキモノ専門店(呉服屋という名前)でそれは売っている。ただし非常に高い。しかし、中古になるとぐっと安くなる。100万円した、金糸銀糸の豪華なものが、いまでも見た目は立派なのに、5万円くらいで買えたりするのだ。(Q1:どうしてそんなにキモノの中古品は安くなるのか?) 

買うのではなく、ただ見たい、それも、実際に着ているところを見たいのならばどこに行けばよいか。バッキンガム宮殿やバチカン大聖堂に行くと衛兵たちが、鮮やかな古風な衣装で立っていて、撮影するのに格好の対象だが、日本では、皇居にも、国会議事堂にも、サムライ姿の日本人は立っていない。(Q2:なぜサムライ姿は、観光資源になっていないのか?)

サムライの男性のキモノ姿を見たければ、劇場(歌舞伎座、新橋演舞場、国立劇場)に、歌舞伎を見に行けばよい。舞台に現れる役柄には、天皇の宮廷の貴族や江戸の町人もいるが、現れる大半の男役はサムライであり、彼らの見事なキモノ姿を見ることができる。しかし今の東京で、男たちは日常の生活の中では、もはやほとんどキモノを着ない。女性のキモノ姿を見るには、同じく歌舞伎を見に行く方法がある。そこでは舞台の上だけではなく、観客の2割くらいはキモノを着ている。ただし、彼女たちのキモノは地味なのが多い。(Q3:なぜ日本の男性はほとんどキモノを着ないのに、女性はキモノを着るのか?)

華やかなキモノ姿の女性を見るには、ひとつには料亭で芸者を呼ぶことである。しかし、これは非常に高い。飲食代を除いて、芸者にお酌をしてもらうには、聞くところによると、ひとり2時間/3万円くらいする。京都の舞妓さんや芸子さんを3人セットで呼ぶと、10万円か、それ以上かかる(この高額なことは「日本文化の謎」なので、別の機会に)。もっと簡単に、なおかつタダで美しいキモノ姿を見るには、結婚式場に行くと良い。そこで観光したり、写真を撮ったりすることが許されるかどうかはデリケートであるが、ホテルの宴会場のあたりの廊下に立っていれば、季候のよい春と秋で、かつ「大安」という幸運な(benevolent)日ならば、キモノの花嫁姿を見ることができる。

少し脱線するが結婚式の多い大安の日は、7日サイクルの曜日よりは少し早く、6日に一度くらいやって来る。だから、6日に1度くらいは、宴会場のあるホテルで花嫁姿のキモノが見られる。「くらい」というのは5日でやってくる時もあるからで、この「曜日」がどのような原理で成り立っているのか知っている日本人は非常に少ない。しかしながら、これを守らない人も非常に少ないのだ。たとえば、「大安」ではなく、不吉な(malevolent)日である「仏滅」に結婚式をする人は、日本の人口の1%もいないのではないか。

日本の女性がキモノを着る機会は生涯で4度あり、普通は結婚式が最後で、その前に、3歳と7歳の11月に、その年齢まで無事に育ったことのお礼に、神社へ参拝する2度の機会、そして、20歳の成人式の時である。かつては大きな産業であったキモノ業界も、いまでは、この成人式を迎えた娘のために親がキモノを買うことが、最大の販売機会となっている。だから、幼い女の子のキモノ姿を見るには、11月初旬の神社に、20歳の女の子のキモノを見るには、1月前半の祝日である「成人の日」に各自治体の成人式会場に行くと、大量のキモノを見ることができる。近年では、そのキモノが、古典的なものではなく、キモノカーニバルの様相を呈し、男の子も派手な和服を着ていたりするのも、現在の日本を見るのに格好な場所である。

さて、次回はキモノの大きな謎、「なぜ、キモノという『モノ』はしぶとく生き残っているのか」を説明するが、今回のすでに挙げた小さな「謎」に答えを出しておく。

Q1:どうしてそんなにキモノの中古品は、安くなるのか?
キモノは今では、フォーマルな衣服とされている。ウェディングドレスと同様、1回着られるか、成人式の後に数度着られるだけである。人は買うかレンタル(rent)する。誰かが「私物」として着たフォーマルなキモノは、たとえ見た目はほとんど新品でも、「着る」という行為における価値が大きく減じる。むしろ、次回に説明するが、キモノは何十年も前のものでも、洋服の古着とは違って「衣服」としての価値は残る。それ故、母から娘に渡され、50年ほどは使用価値があったりする。そこで、市場に出た中古品を着るのは、たとえ「衣服」として価値があっても「家族の伝統を相続(heirloom)」するという付加価値がないので、格段に安くなるのだ。観光客が買うのには打ってつけである(ただし、近年は日本人の考え方も変わり、人が着た中古のフォーマルなキモノでも値段が高くなってきている)。

Q2:なぜサムライ姿は、観光資源になっていないのか?
日本の近代化は、新しい西洋文明がサムライ文化を駆逐したことによって成立した。明治の文明の中心である天皇は、サムライ以前からの古代の衣服か、近代に移入された洋装をすることで伝統と近代文明の両方を体現し、フォーマルなサムライ姿は「公式」には滅びの姿となった。その理由から、天皇は日本の象徴なのに、決して「日本の(サムライの)キモノ」を着ないのだ!もしそういう写真があったらとてもレアで大変なことになる。例えて言えば、英国の王子がナチスの軍服を着るくらい。ただし、女性皇族はキモノを着る。しかし、衛兵交代のようには使われないが、サムライ姿は「滅びの表現」として観光資源にもなり得るはずだ。いまはハリウッド映画の「味付け」に使われるだけだが。

Q3:なぜ日本の男性はほとんどキモノを着ないのに、女性はキモノを着るのか?
これは、定番の「女性性」の問題として答えられるだろう。女性は見られる存在として「美しい」女性性の強い衣服を着る。その場合、江戸時代の女性のセクシュアリティは、日本男性にとって、いまだにノスタルジアを伴って、魅力的なのである。150年も経てば、江戸時代を自分の過去として回顧する人もいないはずだが、受け継がれたノスタルジアとして、キモノの魅力は男性の感情の中で、更新されながら生きているのだ。女性皇族がキモノを着るのも、男性と女性の「見る・見られる」関係が皇族に対してですらあるのだ。ただ、それも現在では、新たに女性が積極的に自分の表現として、キモノのセクシュアリティを表現することが意識されてようになった。若い女性の中で、経済的余裕ができると、キモノを買って着てみようという人が増えているのは「女性性」で理由付けるとしても、受け身の女性性ではなく、積極的な女性性であるといえる。

船曳建夫(ふなびきたけお)
1948年、東京生まれ。文化人類学者。1972年、東京大学教養学部教養学科卒。1982年、ケンブリッジ大学大学院社会人類学博士課程にて人類学博士号取得。1983年、東京大学教養学部講師、1994年に同教授、1996年には東京大学大学院総合文化研究科教授、2012年に同大学院を定年退官し、名誉教授となる。近著に『旅する知』(海竜社)を2014年8月2日に発売。サンクトペテルブルグ、ニューヨーク、パリ、ソウル、ケンブリッジ、ロンドンを巡り、今、世の中ではどんな変化が起こっているのか。その変化には実は予兆があったのではないか。そしてその先にはどのような未来が待ち受けているのか。著者が文化人類学者として40年近く地球を旅する中で体感した、20世紀と21世紀をまたぐ、世界の文化と歴史を縦断する旅エッセイ。

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