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東京を創訳する 第11回『鮨の謎 3ーsushiの進化論的解釈』

文化人類学者、船曳建夫の古今東京探索

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テキスト:船曳建夫

 

鮨について2回(第9回第10回)書き、鮨の謎は解き明かされた。それでも残る疑問がある。どうして、ついこの間までは「生の魚なんて」と言っていた外国人たちが鮨を食べるようになったのか。日本人としては、嬉しいような恥ずかしいような、それでいて悔しいような。名誉毀損の訴訟にやっと勝ったと思ったら、鮨がfishy(生臭い、あやしげ)な食べ物と、不名誉の烙印を押されていたこと自体、誰も覚えていてくれていない。そんな感じだ。われら日本人は、「生の魚を食べる変な人たち」と「人種差別」されていたのだよ。そのことを謝罪してもくれずに、「美味しいね」なんて、反省が足りないんじゃないか、と腹が立つわけだ。しかし、この不名誉に関する「歴史認識」を、後に続く日本の若者たちは持っていないようなのだから、いまさら怒っても仕方ない。

そもそもこの怒りには大きな誤解がある。まず、世界の人は鮨を食べているわけではない。食べているのは、sushiなのだ。「え?と言うことは、sushiは鮨ではない?」はい、鮨はsushiだが、sushiは必ずしも鮨ではないのだよ。それは、日本の喫茶店のナポリタンは和食であって、ナポリのスパゲッティ料理ではないと言えば、勘のいい人は「あ!」と分かるだろう。順を追って書こう。

生物の進化の歴史と同様、文化も進化するのだ。「ある時……」、というのは進化の定番の語りだが、4、50年前に、カリフォルニアで、「カリフォルニア巻き」とその後呼ばれる、アボカドやマヨネーズを使った鮨の新種が生まれた。ついで、新しもの好きの欧米人に、鮨が興味を持たれ、折しも「健康」とか「ダイエット」という進化上の好条件が備わり、「米飯(rice)に魚片のようなものを乗せた固形食」がいろいろな地で、同時発生した。中には、日本列島のオリジナルな鮨に回帰しようという動きもあったが、進化に後戻りはない。また、その進化プロセスで、とうてい鮨とは思えないsushiも生まれたが、ーー私も1990年前後、北欧のある日本料理店で息子の誕生日祝いにとんだsushiを食べるはめになったことがあるーーそうしたひどいものは次第に淘汰され、「鮨」からは遠ざかりながらも、それなりの味のある新種が多数生まれて今に至る。

そうした新種群は「maki」と「nigiri」を下位カテゴリーとし、全体としては「sushi」となって、現在も拡大中である。時間軸としては、源流に鮨があって、その原種の「鮨」は今に続いているのだが、sushi全体から見るとその一部となった。「鮨はsushiだが、sushiは必ずしも鮨ではない」とはそのことである。実は日本原産の鮨だって、納豆手巻きなんて邪道な亜種さえはらみながら、少しずつ劣化、いや進化しているのだが、そのあたりは気付かずに「江戸前」なんて自称して悦に入っているところもある。しかし、まぁそれは趣味の問題で、進化論的見地からは、特にいちゃもん付ける必要はない。

こうした、鮨が見せた食物文化の進化は今までにも例のあることだ。たとえばサンドイッチ、たとえばタコス、たとえばハンバーガー。サンドイッチを定義すれば、「パンとパンの間に肉、野菜などを挟みこんだ固形食」で、あらゆるパンの種類、あらゆる挟み込みの具材、形状も非常に薄いのからとうてい頬張れない厚みのものまで、世界各地に今も新種が増殖している。今となっては語源のサンドイッチ伯爵への敬意はすでになく、「サンドイッチ」という言葉はプロレスにおける「サンドイッチラリアット」に至るまで普通名詞化している。sushiも今後、サッカーでゴールが決まったときに、次々と人が重なって喜んでいる様を、sushingと呼んだり……ま、それはないかな。

タコスとハンバーガーについては、紙幅の都合上、トルティーヤの代わりに餃子皮のタコスもあることを指摘するにとどめたいが、賢明なる読者はすでに私の言いたいことはお分かりであろう。

さて論理的な誤解は解けたが、それでも怒りがくすぶるのはなぜか。ニューヨークのsushiが鮨でないことは当たり前なのに、なぜ、そんなことに私は不満を持ったのか。そこには、日本文化の閉鎖性と文化アイデンティティ、という大きな問題がある。

サッカーはイングランドで確立し、世界に広がっている。しかしイングランドは長らくワールドカップで優勝していない。さらに、南米や、宿敵スペインのスタイルに、サッカーというスポーツの神髄があるように言われたりする。イギリス人はどんな気分なのか。おそらく、イングランドの「文化アイデンティティ」は少々侵され、「なぜイングランドのサッカーは勝てないのか」、といった話題も英国では盛んなのだろう。しかし同時に、どこかで「われわれが源流なのだよ」と進化上の位置を確認して、ささやかな優越感で心を静めてもいるはずだ。

私に足りなかったのは、そうしたイギリス人の、手慣れた偽善であった。ニューヨークの「米飯(rice)に魚片のようなものを乗せた固形食」に腹を立てる必要はなかった。むしろ、「ここまで進化は来たか、あの日本原産種の鮨が」と、その発展を喜ぶべきだった。あそこでゆったりと現状を認める大人ぶりを、偽善でも発揮できなかったのは、いわゆる日本列島の文化の閉鎖性があるのかもしれない。イギリスだって島国で、ヨーロッパからは離れた島国なのだが、外に出ていく歴史が日本より数百年早かったので、サンドイッチもサッカーも早くから世界に進化していって、そうしたことに慣れている。

もちろん日本文化が外に出ていくことはこれまでにもあった。しかし、それはエキゾチックなもの、変わったものとしてであった。鮨も同じく珍奇なものであったのが、あるときからsushiに変化した。柔道がjudoになったように。これからはそうした日本文化が変化しながら外の世界で受け入れられることが多くなるかもしれない。その時も、「これは鮨ではない」、「柔道は一本勝ちが正統だ」といった文化的アイデンティティから来る憤懣をまきちらすより、源流であることを名誉とし、自分たちも餃子タコスやおにぎりバーガーを食べ、「日本式サッカー」の完成を夢見ているのを鑑みれば、差し引きプラス、と考えるのがよい。

船曳建夫(ふなびきたけお)
1948年、東京生まれ。文化人類学者。1972年、東京大学教養学部教養学科卒。1982年、ケンブリッジ大学大学院社会人類学博士課程にて人類学博士号取得。1983年、東京大学教養学部講師、1994年に同教授、1996年には東京大学大学院総合文化研究科教授、2012年に同大学院を定年退官し、名誉教授となる。近著に『旅する知』(海竜社)を2014年8月2日に発売。サンクトペテルブルグ、ニューヨーク、パリ、ソウル、ケンブリッジ、ロンドンを巡り、今、世の中ではどんな変化が起こっているのか。その変化には実は予兆があったのではないか。そしてその先にはどのような未来が待ち受けているのか。著者が文化人類学者として40年近く地球を旅する中で体感した、20世紀と21世紀をまたぐ、世界の文化と歴史を縦断する旅エッセイ。

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