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温泉は日本のリラクゼーションの定番だが、近年、北欧のサウナ文化が急速に浸透している。スチームサウナは、「2025年日本国際博覧会」(以下、大阪・関西万博)にも波及。同博覧会で入場するのが最も難しいのは、日本が誇る優秀な科学者たちが手がけた壮大な「シグネチャーパビリオン」ではなく、サウナなのだ。
「太陽のつぼみ」と名付けられた万博内のサウナ施設は、フィンランドのサウナを独自にアレンジしたもので、花びらのつぼみのような空気膜のクッションが光に向かって伸びている。1セッション14人だけが体験できるこのサウナのチケットは、時に30倍超の抽選倍率を誇り、サウナー垂涎(すいぜん)の的となっている。
しかし、大阪・関西万博に「ハテクサウナ」を建設するというアイデアは、どこから生まれたのだろうか。リラックスを目的とした同プロジェクトは、より良い未来社会を願う万博のメッセージといかに共鳴するだろうのか。
タイムアウト東京の英語版編集部が太陽のつぼみを開発を担当した太陽工業の代表取締役社長・能村祐己にインタビュー。また、同社が専門とする最先端素材が、大阪・関西万博で最も壮観なパビリオンにどのように生かされているのか、についても聞いた。

蒸気むんむんの「儀式」を通して生まれるつながり
大阪湾岸にそびえ立つ真珠のような白と半透明の建造物群である「太陽のつぼみ」は、大阪・関西万博会場内の「グリーンワールド」の片隅にひっそりとたたずむ。太陽工業が軽量で耐久性と省エネ性に優れた樹脂素材「ETFEフィルム」を用いて建設したこのサウナは、自然の要素と先進技術が見事に融合している。

太陽のつぼみは、汗をかいてクールダウンするのを繰り返す、ありきたりなものではない。 そこで行うのは一連の儀式、つまり参加者全員が行う11の連続した「プロセス」とでも言えばいいだろうか。「通常のサウナ入浴がアラカルト料理を注文するようなものだとしたら、私たちのサウナはコース料理です」と能村は話す。
感覚を刺激し、つながりを促すことが目的だ。「最後には、14人の入浴者全員が、自分自身、ほかの参加者、そして地球と再びつながる境地に達するのです」と能村は説明する。
「サウナは五感を高めます。リラックスすると、鳥のさえずり、風の音、空の青さなど、これまで気づかなかったものに気づくようになるでしょう」
太陽のつぼみには強いスピリチュアルな側面があり、日本の太陽神である天照大御神の物語が11部構成の「儀式」の基盤となっている。しかし、能村がサウナを通して伝えたい核となるメッセージは、より普遍的なものだ。
「サウナ入浴には平和を促進する力があると思います」と笑顔で語る。 「大阪・関西万博には、アメリカ人・ロシア人・イスラエル人・パレスチナ人・インド人・パキスタン人など、世界中から来場者がやって来ます。私たちのサウナは、誰もが再びつながり、絆を築く場を提供します。そして、その絆が未来の平和へとつながっていくのです」
「祭り」にフォーカス
万博サウナの試みは太陽工業にとって新たな道を切り開くものだが、大阪に拠点を置き膜製品を開発・製造する同社は、万博では馴染み深い存在である。 能村の会社は「1970年 日本万国博覧会」が大阪で開催されて以来、万博において重要な役割を果たしてきた。当時、同社は現在の「万博記念公園」となっている広大な敷地に、複数のパビリオンを建設・運営する支援を行った。
同社の世界的なメガイベントへの関与は、これだけにとどまらない。長年、「FIFAワールドカップ」をはじめ、スポーツの祭典のスタジアム建設に携わっている。現在は、初の3カ国共催となる「2026 FIFAワールドカップ」の会場の一つ、アメリカ・テキサス州ヒューストンにある「NRGスタジアム」の膜屋根改修工事を請け負っている。

能村にとって、これらのイベントには共通する魅力があるという。「どれもお祭りです。太陽工業にとって、楽しいお祭り以上に素晴らしいものはありません。お祭りには、人々を結びつけ、興奮させ、感動させる力があります」と話す。
祭りの楽しさこそが、まさに今、日本、そして世界が必要としているものなのかもしれない。「万博のようなイベントは、文化、技術、そして社会全体を活性化させることができます」と能村は主張し、こう続ける。「世界最大級のお祭りの一つなので、国際的な雰囲気を味わえます。世界中の人々が互いに知り合い、友情を育み、より良い未来を目指して共に歩む機会なのです」
素材が生み出した新たな世界
能村の万博への情熱は、現在開催中の大阪・関西万博への太陽工業の関与の深さに表れている。同社は、太陽のつぼみに加え、メディアアーティストの落合陽一が手がけた「シグネチャーパビリオン「ヌルヌル(null²)」などの建築物にも大きく貢献している。

「ヌルヌル」の鏡面外装は振動し、ゆがみ、見る者の感覚をねじ曲げる。その印象的な外観は、同社が開発した新しいシート状素材によって実現され、同社の設計者と施工者によってパビリオンに取り付けられた。
だが、落合のパビリオンの反射面は、同社にとって最も困難な課題ではなかった。「私たちが本当に苦労したのは、『西陣織』でした」と能村は言う。
住宅メーカーの飯田グループホールディングスと大阪公立大学による共同出展館は、ハマグリのような形のパビリオンであり、京都の伝統織物である巨大な西陣織が覆う。メビウスの輪を応用した曲線だらけの構造物に織物を取り付けるという骨の折れる作業を任されたのが、太陽工業だった。

「人が身に着けることを前提とした織物を建築資材に転用するのは、途方もなく大変でした」と能村は語る。「西陣織独特のマットな質感と風合いを保ちながら、風雨への耐性を持たせる方法を考え出さなければならなかったからです」
建物の曲面に織物を貼り付けるのは、さらに頭を悩ませる作業だった。「ほんのわずかな誤差でも、完成した建物の花柄がずれてしまうので、位置合わせは完璧に行う必要がありました。何晩も眠れぬ夜を過ごし、なんとかうまくいったのです」
大阪・関西万博が紡ぐ驚異の日々
大阪・関西万博の舞台裏で長年過ごしてきた能村は、まさに万博の神髄を知る人だ。建築業界に身を置くにもかかわらず、この一大イベントで彼が最も気に入っているのは、特定のパビリオンや展示会ではなく、参加国が毎日開催する「ナショナルデー」だ。
「ナショナルデーは素晴らしいですね。毎日違う国が、ちゃんとしたお祭りを開催しているのを見ることができるんです」と彼は言う。「トップレベルのアーティストやパフォーマーが出演し、主催国の文化を肌で感じられます」

素晴らしいグルメの数々も、忘れてはいない。「できれば、万博で食べられるものは全部食べたいですね」と能村は笑いながら言う。「各国からシェフが招かれていて、料理に力を入れています。パビリオンを巡って食べ歩くだけでも、最高の体験になりますよ」
そしてサウナも一緒に楽しめれば、忘れられない万博の一日が過ごせること間違いなしだろう。
太陽のつぼみは、大阪・関西万博のデジタルチケットサイトから予約できる。万博のチケットの購入方法は公式ウェブサイトをチェックしてほしい。
能村祐己(のうむら・ゆうき)
1983年大阪市生まれ。大学で起業経験を積んだ後、2008年に太陽工業へ入社し、上海万博などの大型工事を担当しながらデジタル化推進に取り組む。2017年、グループ会社TSP太陽社長に就任し、5年で売上を約1.5倍に成長させた。2022年3月に太陽工業株式会社の代表取締役社長に就任し、創業100周年を迎えた同社の事業再構築を担う。「膜技術」を核に、防災、環境、宇宙、風力発電など多分野での活用を推進し、次の100年を見据える経営を展開中。
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