音楽サブスクリプション元年を振り返る

KKBOXはアジア市場への箱舟となるのか

テキスト:
Kunihiro Miki
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2015年12月7日(月)、タイムアウト東京が主催するトークイベント『世界目線で考える』の「クールジャパン編#5」が開催された。今回は、アジア最大級の音楽配信(サブスクリプション)サービス、『KKBOX』の日本代表を務める八木達雄をゲストに迎え、現場のリアルな意見とともに同サービスが狙う音楽サブスクリプション市場の突破口が語られ、また、セッション後半には、タイムアウト東京株式会社 代表取締役の伏谷博之も参加し、日本の市場にフォーカスした議論が展開された。伏谷は、前職において、日本初となる定額制音楽配信サービス『ナップスタージャパン』を2005年に立ち上げた経験を持つ。

『LINE MUSIC』や『AWA』といった新規サービスが登場した2015年は「音楽配信サービス元年」が叫ばれたものの、著名アーティストの楽曲配信や有料会員化など、クリアすべき壁はいまだに大きく、ブレイクスルーには至っていない。この現状をいかにして打破するのか。八木と伏谷が「グローバル&ローカル」な視点で語り合う。

 

『着うた』からサブスクリプションへ

伏谷博之:今日は、『世界目線で考える』というタイムアウト東京が2011年からシリーズでやっているトークイベントに、アジア最大の音楽配信サービス『KKBOX』の日本代表を務める八木達雄さんを迎えます。今年は「定額音楽配信サービス元年」と巷で言われている中、アジアで1千万人以上の会員を持つKKBOXのサービスに日本のアーティストが乗っかって、アジアに出て行ける可能性はあるのか、など。そういったことも伺ってみたいと思います。

八木達雄:はい。ありがとうございます。KKBOXの話をする前に、まずはぼくのバックグラウンドから簡単に説明していきたいと思います。僕は昔、旅行会社におりまして、そのあと1999年にDDI(第二電電株式会社)に 転職しました。そのきっかけになったのが、『イリジウム』という衛星携帯電話サービスでした。「通話エリアは地球です」というCMを観て、これは夢があるなと思って、DDIが設立したその日本イリジウムに入ったんですよ。

で、そしたら入って5ヶ月くらいの99年の11月に会社が潰れてしまいまして(笑)。そこから半年くらいは会社の清算事業に追われていました。そのあとにDDIに戻るんですけど、行き場所がなかったんですね。そうしていたら、『EZweb』をやってくれと言われた。

当時は通信キャリアの競合がいなかったので、やることなすこと上手く行ったんですね。なので、やりたいことをやれたんですが、そこでまずは、『EZmovie』というサービスを立ち上げました。この時に音声コーデックにMP3を採用したんですね。そこに目を付けたのがソニーミュージックさんだった。「CD音源を着信音にできないか」ということを実現したのが、2002年に始まった『着うた』でした。

そして2004年には『着うたフル』がスタートします。当時は、巷では『着うた』が盛り上がっている時になぜ「着うたフル」をやるの?ということで結構レコードメーカーさんからは怒られた。それで、結論から言うと、あまりコンテンツが出なかった。配信楽曲が数千曲くらいしかなかったのかな。でも、やっぱりちょっと先へ先へ行かないと存在意義がないと思っていて、当時PHSとかでも色々トライされていたけど、誰も上手く行ってなかったので、そのタイミングでやってみかった。

で、次は『LISMO』をスタートさせます。これは発想としては、ガラケーをiPodにしてしまおうということでした。PCソフトでリッピングした楽曲を携帯で持ち歩けるようにしたかった。けれど、誰もその中身を理解している人がいなくて、結局この「リスモ君」のキャラクターだけが一人歩きしていって、マーケティングに使われるようになっていった。だから、リスモって、マーケティングでは成功したけど、サービスでは全然成功していない。

ちょうどこの年、ビッグニュースがこの方からありました。タワーレコードをやってらした伏谷さんが、『Napster Japan』を発表します。僕は、「なんでタワレコさんがやるんだろう?」と思ってました。

さらに2007年には、『iPhone』の登場というさらに衝撃的なことが起きます。この後「リスモ君」毒リンゴを食べて死亡のニュースが出るわけですが、とにかく『iPhone』の登場で僕らは金魚鉢のなかから大海原に放たれたというか……とにかくこの時期の僕の心境は「どうしていいかわかんない」という感じで。

 

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一時期は900億円くらいあったモバイル配信事業も、『iPhone』が出てからはどんどん下がって行っちゃった。その時に初めて、音楽サブスクリプションに意識が行くようになったんですね。この時にやっと、伏谷さんの考えを理解しました。

『LISMO』は認知度が非常に高かったので、『LISMO』のブラウザを活用してサブスクリプションの画面にできないかと思った。当時、ブラウザでサブスクリプションを展開していた会社が1社だけありまして、それがアメリカの『Rdio』でした。今『Pandora』になっちゃいましたが。僕の中では、鍵はグローバル&ローカルだとしつつ、それらに勝てる気がしなかったんですね。キャリアの中でサービスを作って行くことに限界を感じていた。こういったことを『LISMO』という傘の下でやるのは無理だろうと。(『Rdio』や『Spotify』のようなサービスに)スピードでは勝てないなと。

そこで出会ったのが、『KKBOX』でした。決め手になったのは「アジア」でした。Jポップがいきなり欧米に行くというのは難しいので、台湾などの親日の国から進出していくのであればいけるだろうと。

まずは『レコちょく』さんと『LISMO unlimited』というサービスを100万曲からスタートしました。その時は1,480円でしたね。その年、2012年にauからiPhoneが発売されました。僕はずっと『LISMO』から『KKBOX』にサービスを変えるチャンスを狙ってましたので、ここがチャンスだと思い、名前を変えて『KKBOX』を正式にスタートさせたんですね。これが、『KKBOX』に至るまでの流れです。

アジアオールインワンのプラットフォームと、オープンなサービスたちを相手にものすごいスピードで戦っていくにはKDDIという傘の下では難しいということで、『KKBOX』に行き着いたわけです。『KKBOX』は2004年にサービスをスタートしていて、ユーザーは1500万。500を超えるレーベルと連携をとって、配信楽曲数は日本は現在1500万曲。そして、「Listen With」というソーシャル的な機能と、歌詞が見られる「ダイナミックリリックス」という機能もあります。

「メディア力」と「マネタイズ力」

「メディア力」と「マネタイズ力」

「サブスクリプション元年」という話が出ていますが、現状は、市場で大きな売り上げのある主要なアーティストさんの楽曲は、まだそのほとんどが『KKBOX』で配信できていない状況です。(画像:赤字は未配信のアーティスト)

まだ、市場的には盛り上がってないと言えます。そんな中、海外は第2、第3フェーズには入っていて、レーベルに所属しないアーティストが増えている。『YouTube』や『SoundCloud』では、『Apple Music』や『Spotify』よりもそういった無所属のアーティストの楽曲がたくさんあり、それが他社サービスとの差別化コンテンツとなってきている。日本と海外ではずいぶん状況に差が出てきてしまってるので、日本も早く一歩先を行っておかないと、これから先ほどの主要な著名アーティストの楽曲が配信できるようになったとしても、市場を一気に盛り上げることはできないかなと。

サブスクリプションに求められるのは、「メディア力」と「マネタイズ力」。今は結構「メディア力」のほうが求められていると思うんですが、『KKBOX』はそこはまだ日本では弱いです。『KKBOX』が提供できるのはやはりアジアのマーケットに日本のアーティストをどんどん送り込めること。今はそこを徹底的にやっていきたいと思っています。最近ではSEKAI NO OWARIさん、来年はONE OK ROCKさんのコンサートチケットの取り扱いを台北でやらせて頂きます。

また、プレイリストの重要性という点では、タイムアウト東京さんと『TOKYO MUSIC BOX』という企画を始めています。これは色々なミュージックバーやカフェをそこの店長さんやスタッフが作成したプレイリストとともに紹介するという取り組みなんですが、そうしたライフスタイルとリアルな店舗をどうくっつけていくかということをやっていきたいなと。

僕らは、音楽は「キングオブコンテンツ」であると思っているんですね。「Music Brings Us Together」というテーマを掲げて、音楽を介して人が繋がっていくというシチュエーションをたくさん作っていきたい。

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まだゲートは開いていない

まだゲートは開いていない

伏谷:2005年に『Napster Japan』を始めた私としては今年が「音楽サブスクリプション元年」というのは遅すぎるんじゃないの?とも思うんですが(笑)。でも早過ぎた私が馬鹿だったのかなと(笑)。八木さんに伺いたいのは、実際のところ、音楽サブスクリプションの現場での盛り上がりはどうなんですか。

八木:先ほども言いましたが、まだゲートは開いていないという感じは正直あります。他社さんもアプリのダウンロード数が相当いっていても、なかなか有料会員に繋がっていない。サブスクリプションって、ユーザーからのアクションって検索なんですね。ファーストステップの検索で応えられるか。聴きたいアーティストが引っかからなかったら辛いかなと。主要アーティストの配信もなかなかできていないですが。

伏谷:なるほど。その辺の状況は10年前となにも変わってない印象ですが、それはなぜなんでしょうね。

八木:これは僕らの努力が足りていない部分もあるんですが、マネタイズの構造が分かりづらいんですね。「CD売っていくら」だったのが、再生回数に応じての分配制になったわけですから。このビジネスモデルをしっかりと提示することと、業界全体でマネタイズできるということを結果で示すことが必要ですね。『Apple Music』がどうだという競争軸ではなく、市場を作っていかないと、という。

伏谷:世の中的には、音楽サブスクリプションというサービスがある、ということは今年、結構浸透してきたのかなと思います。来年以降でなにかサブスクリプションの魅力を伝えるための施策は考えていますか。

八木:そうですね。曲がないと嘆いていても仕方がないので、さっきの『TOKYO MUSIC BOX』もそうですが、ライフスタイル込みで音楽の魅力をちゃんと伝えていくということもしていかなくてはと思っています。あとは、アジアがポイントなのは、日本のアーティストが市場を広げたいと思った時に、台湾や香港はファーストステップとしてとても良い場所なので、そこを力添えできればと思います。

伏谷:KKBOXが台北アリーナで開催している『KKBOX Music Awards』には2回ほど行ったことがあるんですが、ものすごい規模でした。台湾の知人に聞くと、出ているアーティストも『紅白歌合戦』級に豪華なラインナップであると。アジアにああいう音楽のマーケットがあるということを日本でももっと伝えていったらいいのになと思うんですが。

八木:認知を上げるのは大事ですよね。『KKBOX』の個性としてアジアというのは打ち出していきたいですね。

伏谷:実際にアーティストから『KKBOX』を使ってアジア進出をしたいという申し出はあるんですか。

八木:ありますね。既にやったものだと、SEKAI NO OWARIさん。彼らは現地ではCDを発売していないので、『KKBOX』だけがプロモーション媒体だということで結構緊張したんですが、結果1200人キャパの箱が2デイズ即完売という結果になりました。

伏谷:彼ら、リリースはなくても現地で知名度はあった?

八木:正直、向こうでの彼らの知名度はなかったですね。

伏谷:では、『KKBOX』が推している日本のアーティストとして広がった?

八木:そうですね。

伏谷:それで2デイズ完売はすごいですね。そういうことをもっとやっていくと。

八木:今回でノウハウもできましたし、やっていきたいですね。あとはライブ配信の仕組みもあるので、日本の小さな箱でやって、6ヶ国で配信するとか。

サブスクリプションサービスはインフラ化している

伏谷:配信楽曲が100万曲とかだった10年前と違って、今は1000万曲とか2000万曲あるわけで、それだけあるともう大体のものが聴けるという感覚じゃないですか。各社、提供している楽曲での差別化というのができなくなっている。そういう意味ではサブスクリプションサービスがインフラ化しているというか。インフラ化すると価格も下がってしまうし、なかなか競争するのが難しくなっていくなかで、『KKBOX』はライブ配信とかチケッティングで勝負していくということですか。

八木:イメージとしては、フィットネスクラブです。入り口はひとつだけど、中で色々な体験をしてもらう。

このあたりで、Napsterの時のことを聞きたいんですが。なぜあの時タワーレコードがNapsterをやったのか。

伏谷:2005年だと『iTunes』も始まってて、これから音楽市場はどうなるんだろうと考えると、もう音楽配信をやらないとまずいよね、というタイミングだったんです。だから、早かったと言われることも多いんですが、今始めないとAppleに負けちゃうじゃんという気持ちの方が強かったのが本音ですね。

なぜCDを売っているタワレコが音楽配信をやるのかですが、タワレコには、音楽ユーザーにとっての「The best place to find music」になりましょうという会社としてのミッションがあったんです。音楽に出会う最高の場所を作りなさいという。ネットが広がる中でユーザーが音楽配信で音楽を手に入れる時代になれば、当然、音楽配信で「音楽に出会える最高の場所」を実現するというのがタワレコの役割という考えでしたね。

タワレコは、ファウンダーのラス・ソロモン(Russell Solomon)が「世界中のレコードをできるだけ集めた店を作りたい」ということでスーパーマーケット式のレコードショップを作ったのが始まりですが、世界中で発売されているレコードを置けるだけ置くということ、できるだけ営業時間を長くとって、ユーザーが欲しいと思ったときにいつでも買えること、そして上がったり下がったりせずいつでもリーズナブルに買えるという3つのポイントがありました。

この3つの柱は、音楽サブスクリプションサービスと同じわけです。ネットのサービスだから在庫は無限に置ける、24時間いつでも買える、定額制なので値段はいつも同じ。だから、タワレコの思想を新しいデジタルの音楽流通の流れの中で一番実現できるのがサブスクリプションサービスだと思ったんですね。あとは、八木さんのやっていた『着うた』とかの携帯有料サービスで、月額定額数百円というスタイルは日本人に浸透しているということもありましたね。

ではどうしてNapsterだったのかですが。カンヌで毎年やっている『MIDEM』という音楽見本市に参加した時に、Napsterが『Napster To Go』という、携帯で音楽を持ち歩けるサービスを発表していたんです。これを知った時に、私も八木さんと同じように、これで携帯電話を『iPod』にできるじゃないかと思いました。音楽配信でAppleとどう競合するかということを考えるときには、どうしてもiPodにかわるものはどうしたらよいのかということがあって。だから『Napster To Go』を知って、すぐにNapsterのブースに会いに行ったんです。

 
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音楽にお金を払うユーザーが馬鹿にされる状況を野放しできない

音楽にお金を払うユーザーが馬鹿にされる状況を野放しできない

八木:伏谷さんの目には、音楽サブスクリプションに関する現状はどう映っていますか。

伏谷:音楽にお金を使う人がいなくなってきているのに、なぜマスに向けてテレビCMをバンバン打つのかなとは思いましたね。私たちは当時、まずは音楽にお金を使う人たちに向けてやっていたから。だって、ほとんどの人が『YouTube』で無料で済ませてしまっているなかで、何億円もかけてマスに向けてやっているのはなぜ?と感じますね。

八木:なるほど。僕は『LINE Music』の「音楽をシェアしよう」というCMを見た時にこれは素晴らしいと思ったんですね。でも、そこはリアルファクトではなくて、みんな音楽はシェアしてなかった。可能性はすごく感じたんですけどね。

伏谷:確かに感じましたね。しかし、みんな音楽にお金を使わなくなってきたというのは、彼らを長い間放置というか、置いてきてしまった結果なのかなという気がしています。

八木:そうなんですよね。2014年に渋谷でお金かけて広告打ったときも、当時「神アプリ」と呼ばれていた無料の違法アプリと比較されて、有料の僕らは「ゴミアプリ」だと(笑)。要は、音楽にお金を払うユーザーが馬鹿にされる状況を野放しにはできない。音楽にお金を払うことがかっこいいって言ってもらわないと、無理だなと。違法を超えるサービスを作る、ということなんですけど、そこはもう地道にやっていくしかないという気はしていますね。

『Spotify』の不在が象徴するもの

『Spotify』の不在が象徴するもの

イベント参加者からの質問:『Spotify』に代表されるような、フリーミアム(無料サービスをユーザーに提供し、高機能または追加された特別な有償サービスによって収益を確保するビジネスモデル)のサービスについてはどのようにお考えですか。

八木:フリーミアムは、いきなり『Spotify』さんのようにフルで始めなくても、日本式で始めればいいと思います。たとえば『LINE Music』さんが800万ダウンロードあったけど、有料会員化となったときにみんなアプリを削除してしまう。そこでもう一度ダウンロードを、となると事業者側の体力がなくなるんだと思うんです。フリーミアムがあれば、それを維持できるので、そこはすごく重要だと思います。

伏谷:『Spotify』のようなモデルが可能であるということが、本当に音楽サブスクリプションサービスを楽しみたいというユーザーにとってはすごく大事なポイントだと思うんですが、日本の市場の中では最もハードルが高い部分かもしれない。音楽サブスクリプション元年なのに『Spotify』がいないというところに象徴されているのかなと、外側から見ていると思いますね。

八木:『Spotify』は入ってきてほしいですよ。『Spotify』が入ってきて、それで僕らの存在価値がなくなるのならそれはしょうがないと思ってます。

伏谷:なんでそんなに後ろ向きな……(笑)。

八木:いや、前向きですよ(笑)。一番音楽を愛している人たちが良いと言っているサービスですし、市場を盛り上げるのに『Spotify』がいないってのは、どうなんですかって感じですよ。

伏谷:もしかしたら、そこはやはり日本型の、いわゆるガラパゴスなサブスクリプションサービスみたいなものを生み出さないと、難しいのかもしれないですね。

八木:日本型のものに1回トライしてみるべきだと思いますね。

伏谷:タイムアウト東京を始めて実感することが多いんですが、日本は市場規模が世界で2番目に大きいということはもちろんのこと、これほど多様な音楽ジャンルにファンが形成されていて、それでいてすごく濃縮されているような音楽市場で。これって世界を見渡してもほかに無いと思うんですよね。海外の人が見たときに、こんなに多種多様な音楽が揃っているんだよっていう、日本の音楽文化のレベルの高さと奥深さを伝えていかないといけないなと。だから、八木さんには、この日本の豊かな音楽の資産を、『KKBOX』を通じてアジアに、そして世界に持っていってもらえたら嬉しいなと思っています。

八木:そうですね。来年を本当の「元年」にしたいと思います。

 
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