安藤忠雄の稀有な才能の証は世界中で見られるが、最も多くの建築を楽しめるのは彼の故郷・大阪とその周辺だ。 打ち放しコンクリートを特徴とし、光と空間と自然を戯れの相手にする「安藤の大阪」。そこには子どものための図書館があり、街の歴史へのオマージュがあり、アートのすみかがある。
だが何より重要なのは、それらが未来の世代を形作るために構想された場所であるということだ。 自分を育ててくれた街への、安藤なりの恩返しである。
W大阪
中之島から御堂筋を南へ下ると、 大阪屈指のきらびやかな近代建築が並ぶ。その通り沿いでも際立つ存在感を放つのが「W大阪」だ。安藤が外装を手がけた27階建てのホテルは、全面ブラックガラスのファサードで知られる。
それは、大阪の旧商人階級が富を隠すためにまとった、質素な黒い羽織へのオマージュだ。だがその羽織の裏地には、贅を尽くした絹が張られていた。ホテルも同じ精神を踏襲している。豪華かつ遊び心に満ちた内装は、光のインスタレーションに包まれた幻想的な通路を通り抜けなければ、姿を現さない。
全337室の客室では、床から天井までのガラス越しに大阪の夜景が壁紙となり、桜色や大阪湾ブルーのムードライティングが空間を染め上げる。
周辺エリア
心斎橋駅から徒歩数分。約400年の歴史を持つ心斎橋筋商店街を歩けば、そのまま道頓堀へとつながる。「たこ焼き十八番」では、だしとミルクを合わせた生地に天かすを混ぜ込んだ、外はカリッと中はクリーミーな大阪の味を堪能したい。
「上方浮世絵館」で、江戸時代の木版画を鑑賞しながら刷り体験ワークショップに参加するのもいいだろう。ちょうちんに照らされた石畳の「法善寺横丁」では、各々の技と工夫をこらしたお好み焼きや串カツを一軒ずつ巡りながら、「法善寺」のこけむした「水掛不動尊」に詣でたい。
こども本の森 中之島
この子どものための図書館は、安藤作品の根底にある社会貢献の精神が最も明快に表れた建築の一つだろう。2020年夏に開館し、約2万冊の蔵書を擁する。安藤が設計し、大阪市へ寄贈されたものでもある。
都心の中之島に位置するこの建物は、周囲に対して穏やかな対位法として機能している。蛇行する川の流 れに沿って弧を描く低層のコンクリート。東半分は堅固で守られた印象を与え、西半分は川沿いの広々とし たテラスへ開かれる。内部では3層にわたる天井高の書架が吹き抜けを包み込み、月のような天窓を持つ円筒形の休憩室ではプロジェクションマッピングが本の世界に命を吹き込んでいく。
子どもの好奇心が自然に導くまま、本を手に取れる場所だ。
周辺エリア
図書館から東へ1.5キロメートル、水辺に沿って大阪最古の「中之島公園」が延びている。隣接する赤れんがのネオ・ル ネサンス様式が目を引く「大阪市中央公会堂」では演奏会や展覧会が催され、西へ向かえば「国立国際美術館」と「大阪市立科学館」がある。
また、「アクアライナー」の水上バスで中之島を周遊すれば、世界最長級の桜並木も眺められる。安藤が発案し、造幣局の桜の通り抜けに3000本の樹木を加 えて実現したプロジェクトだ。
VS.(ヴイエス)
2024年9月、「うめきた公園」内に誕生した文化施設「VS. (ヴイエス)」。高性能の音響・映像設備を完備し、アート・先端テクノロジー・伝統工芸など国内外の文化を結ぶイベントを開催している。
約1400平方メートルの大半は地下に収められているが、地上にはツタが絡み始めた2つのキューブが顔を出す。 建物を地下に沈めた設計は、大阪に緑を取り戻そうとするうめきた公園全体の構想に奉仕するものだ。
周辺の北公園は2027年春ごろに完成予定で、 在来種など165本の木々が植えられた「うめきたの森」は2026年11月に初公開される。
周辺エリア
VS.を囲むうめきた公園には4万5000平方メートルの芝生と水景施設が広がり、全長120メートルの大屋根が日よけとイベントスペースを兼ねる。数分歩けば「タイムアウトマーケット大阪」に到着する。ここには大阪を代表する名店が軒を連ね、シェフのコラボレーションや限定メニューが楽しめる。
西へ15分歩けば「梅田スカイビル」にたどり着く。空中庭園展望台からは大阪湾まで一望できる。北の中津エリアには、ガラスタワー群とは半世紀以上隔たったかのようなレトロな商店街と個性派カフェが共存している。
兵庫県立美術館
安藤は、修業時代を過ごした神戸を「第二の故郷」と呼び、震災からの復興に深く関わってきた。 2002年に開館したこの美術館は、1995年に発生した「阪神・淡路大震災」からの文化復興の象徴として構想された。
美術館全体が一つの芸術作品として設計されており、時刻や季節によって表情を変える。白い花崗岩(かこうがん)の基壇の上に3つのコンクリートの箱がガラスに包まれて乗り、街側には閉じた表情を、大阪湾側には開放的な顔を見せる。
内部では光と影が交差するガラスの回廊とらせん状の「円形テラス」の階段が訪れる者を導く。建築的なクライマックスは、3階にある「海のデッキ」だ。安藤によるモニュメント『青りんご』が海を見渡すその場所は、座右の銘であるSamuel Ullmanの詩『青春』に繰り返し登場するモチーフに由来する。
2019年に増設された「Ando Gallery」は無料公開されており、スケッチや模型の展示のほか、安藤の著作や建築関連書籍を閲覧できるライブラリーコーナーもある。
周辺エリア
隣接する「人と防災未来センター」は、阪神・ 淡路大震災の記憶を真摯に伝える施設だ。海側の「なぎさ公園」のハーバーウォークへとつながるウォーターフロントのプロムナードで、ヤノベケンジの彫刻『サン・シスター』など見どころが点在する。
全長1.2キロメートルの「ミュージアムロード」を北へたどれば、「神戸市立王子動物園」と「BBプラザ美術館」が待つ。灘の酒蔵地帯では「白鶴酒造資料館」が無料で見学でき、最後には試飲も楽しめる。

