大阪昆布ミュージアム
Photo: Kyoko Yasui
Photo: Kyoko Yasui

大阪の食について知っておくべき10のこと

自然と歴史に育まれた、食いだおれの街・大阪の真髄

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「天下の台所」大阪。山・川・海と豊かな自然環境を生かし、古くから漁業や農業が盛んで、江戸時代にはその水運を生かし、全国の物資が集う場所になった。北海道と大阪を結ぶ「北前船」によって、北の海で採れた昆布が大阪にもたらされ、料理人たちはその独特のうまみを生かし、今や和食の基本となった「昆布だし」を生み出したことはよく知られている。

漁業や農業は代を変えながら今にも受け継がれている。例えば、大阪府内で100年以上前から栽培されてきた大阪独自の品種は「なにわの伝統野菜」と名付けられ、今日、積極的に取り入れるレストランも増えている。

大阪の食文化の核を成す哲学とも言える「始末の心」も注目すべき点だ。これは、大地や海の恵みに感謝し、一切の無駄を出さずに調理をするという考え方である。大阪の人々は、世界の食の一大トレンドである「持続可能性」への眼差しを古くから大切にしてきた。

ここでは、そんな大阪の食文化や歴史に目を向け、一皿に込められた思いや背景となる要素を紹介する。生産者や料理人たちのクリエーティビティ、そしてそこに根付くストーリーに触れてみてほしい。

1. 米

日本の主食である米は、食材としてだけでなく、経済を動かす「通貨」としても大阪の歴史に欠かせない存在であった。

本格的に通貨の役割を果たし、経済活動の基盤となったのは江戸時代のこと。それは、年貢として徴収され、武士の給与としても米が支給されていたほどだ。その米が集まり、活発に取引されたのが、「天下の台所」として栄えた大阪である。

幕府公認の「堂島米会所」で決まる米の相場は、全国の基準となる影響力を持った。現代の証券会社に近い存在である米の仲買人たちも、顧客からの注文を取り次ぐことで巨万の富を築き上げたという。帳面上だけで米の売買取引を行う「帳合米商」は庶民にも開かれていたため、米を軸とした経済は、商人だけでなく庶民の暮らしも潤し、現在の「食いだおれの街」につながる独自の食文化を花開かせていった。

堂島米会所は今や姿を消したが、その跡地には建築家の安藤忠雄がデザインした大きな米粒の石碑が建てられている。また、現在は耐震工事に伴い休館中だが(リニューアルオープンは2026年3月中を予定)、東大阪市にある鴻池新田会所」では、豪商が米の増産を目指して建てた米蔵の姿に、当時の繁栄と華やかさを感じられるだろう。

2. 昆布

昆布は、何世紀にもわたり日本の食文化の重要な要素として定着してきた。大阪の食文化においては、その基礎を支える最も重要な素材の一つである。この地位が確立されたのも江戸時代。北海道と大阪を結ぶ「北前船」によって、北の海で採れた昆布が大阪にもたらされるようになったのである。料理人たちはその独特のうまみを生かし、今や和食の基本となった「昆布だし」を生み出した。

大阪には道南産の「真昆布」が直送され、「利尻昆布」よりも、まったりとコク深いうまみが好まれた。その真昆布と、紀州・土佐・薩摩に揚がるカツオを加工したカツオ節とが出合い、合わせだしが誕生。江戸時代後期の大阪では、この合わせだしが広く使われるようになったとされる。

この歴史について詳しく知りたい人は大阪の老舗昆布商「こんぶ土居」が開いた「大阪昆布ミュージアム」へ。展示を通して昆布や、 昆布と大阪の関係性について知識を深められるほか、不定期で「だしの取り方ワークショップ」なども開かれている。運良く参加できれば、本場・大阪の味を自宅でも再現できるだろう。

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3. 魚

大阪市とその周辺地域は古くから「なにわ」と呼ばれるが、その由来の一つには、大阪湾が魚介類の豊富な海であったことから「魚の庭」と書いて「魚庭」になったという説がある。

郷土料理にも使われる身近なサバから、冬のフグや夏のハモなどの季節を彩る贅沢な味覚まで、大阪の人々は古くからその恵みを味わってきた。中でもフグは、大阪人にとって特別な存在といえるだろう。なぜならば、日本で消費されるフグの約6割が大阪で消費されているからだ。今や高級食材のイメージが強いフグも、かつては親しみやすい食材で、特に鍋料理の「てっちり」は気軽に味わえる庶民の味だった。

大阪南部・泉南地域の沿岸には現在も小さな港町が点在し、漁師町らしい文化を体感できる。例えば 泉佐野漁協青空市場」ではワタリガニやシタビラメ、シャコなどが競りにかけられ、近隣の料理店へと届けられているほか、市場内の食堂ではその日の捕れたてが新鮮なまま味わえる。

4. 野菜

現在の大阪市を囲む北・東・南の山あいは、かつて豊かな田畑が広がる農業地帯だった。江戸時代には米だけでなく、多彩な野菜が栽培され、大阪の食文化を支えてきた。カブやダイコン、タマネギ、キュウリ、ナス、カボチャなど、多くの野菜が大阪の料理に彩りを添え、味わいと栄養価を豊かにしてきたのである。

大阪の伝統的な野菜には、エビのような風貌の「海老芋」や、細長い姿が印象的な「守口大根」、鮮やかな紅色と甘い香りが魅力の「金時人参」などがある。そんな伝統野菜の中でも「毛馬胡瓜」「田辺大根」「天王寺蕪」「勝間南瓜」は戦後、宅地化や輸入野菜の増加で姿を消したが、昨今、見事に復活を遂げた。

大阪府内で100年以上前から栽培されてきた大阪独自の品種は「なにわの伝統野菜」と名付けられ、積極的に取り入れるレストランも増えている。

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5. 無駄にしない、大阪に根付く食の哲学

1600年代初頭、大阪が日本の商業の中心地として栄え始めた頃、そこに息づいていたのは「勤勉」と「倹約」という商人の美徳だった。その精神は食の世界にも浸透し、大阪の食文化の核をも成す哲学が誕生した。これが「始末の心」だ。

大地や海の恵みに感謝し、一切の無駄を出さずに調理をするという考え方で、野菜の皮や切れ端に加え、魚の骨や皮、内臓といった部分まで、食材を余すことなく使う。これはもはや、伝統的な大阪料理において当たり前のことなのである。

そんな「始末の心」の哲学を象徴する料理の一つが、「鱧皮ザクザク」 という郷土料理だ。大阪ではかまぼこの原料にハモの身を用いるのだが、必然的に皮が残ってしまう。その残った皮をおいしく食べようと、小骨を取り、醤油を塗ってあぶり、キュウリと甘酢で和えて酢の物にしたものである。あっさりと食べられるため、ハモの旬である夏によく合う。

もう一つ、「ホルモン焼き」もまた、大阪ならではの哲学が感じられる料理といえるだろう。本来ならば捨てられてしまう牛や豚の内臓を無駄にせず、下処理や味付けを工夫しながら食べられてきた料理で、今や「スタミナ満点のソウルフード」として、大阪の肉文化に欠かせない存在となっている。

6. 伝統野菜の力

近年、華やかに復活を遂げている 「なにわの伝統野菜」。その立役者として、「浪速割烹 㐂川」の創業者であり、今は食の随筆家やなにわの食文化の語り部として活動する上野修三の功績を忘れてはならない。

「浪速割烹 㐂川」を営む傍ら、大阪の伝統的な野菜について調べ始めた上野は、農家らと会を作って研究し、自身の割烹でも積極的に料理に取り入れるようになる。失われかけていた伝統野菜の魅力を、世に広めていったのだ。

上野の取り組みは、最終的に地元自治体の支援を受けるようになり、認証制度が導入されたり、伝統野菜を栽培している農園の発展がサポートされたりした。現在では約20種類の野菜を「なにわの伝統野菜」として認定し、大阪府内のレストランでも積極的に提供されている。

この伝統野菜を農家から直接購入したいなら、吹田市にある「平野ファーム」へ。広大な敷地で育てられた新鮮な野菜が、毎週火・木・土曜日の午前中に直売されているほか、月に一度「ファームマルシェ」も開催している。

大阪のフードシーンで今知っておきたいこと

7. 新世代・割烹

料理人の手仕事をカウンター越しに間近に見ながら食事を楽しむ――。「割烹」というスタイルは世界的なグルメトレンドであり、世界中の美食家たちを魅了している。

その割烹のルーツがあるのは、大阪。割烹の醍醐味の一つとして、注文が入ってから目の前で魚がさばかれ、美しい「造り身」となって提供されるといった体験があるように、新鮮な食材が手に入る環境であったことも、大阪で割烹が誕生したことに大きく関係しているだろう。

現在、よく耳にする「浪速割烹」の始まりとされるのは、「なにわの伝統野菜」の復活にも一役買った上野修三による「浪速割烹 㐂川」だ。「始末の心」、食べ手の好みに合わせて調味する「喰い味」、用いる食材、独創性、カウンター席のライブ感など、「大阪料理」を軸に「浪速割烹」 のスタイルを確立したのである。

1965年の創業以来、㐂川で修業した料理人は多く、また独立した者も少なくない。さらに現在においては、その独立した料理人の下で修業を積んだ者が独立して構えた店もあり、㐂川の流れをくむ料理人や店はどんどん広がっているという。

彼らは、伝統的な浪速割烹を大切にしながらも、現代の視点から再解釈し、独創性や新たな技術も駆使しながら料理を提供する。それは、伝統野菜や、大阪湾で捕れた海産物など、地元食材をよりおいしく食べてもらうということにもつながっているのだ。

8. ローカルワイナリー・酒蔵

大阪の料理人たちは近年、料理とドリンクのペアリングを考える際に、地元で造られたワインや日本酒などを合わせる傾向が強まっているという。その背景には、環境への配慮に加え、郷土への誇りが感じられる。

例えば、河内地域には小さなワイナリーが点在しており、白・赤・ スパークリングといったワインを少量生産している。地元にあるレストランを中心に、大阪生まれのワインを扱うフレンチやイタリアンもあり、この土地ならではのマリアージュを提供しているのだ。

また、大阪湾の西側には、伝統的な酒造文化を守り続ける老舗の酒蔵が並ぶ。中でも最も歴史があるのが「浪花酒造」。1716年に創業し、現在は11代目がのれんを守っている。

大阪の蔵元でいえば、1886年に能勢町で創業した「秋鹿酒造」 も忘れてはならない。米作りから酒造りまでを一貫して行っており、酒米は自社の副産物である酒かすや米ぬかで作った発酵堆肥を用いて、農薬や化学肥料を使わずに育てられている。

一番人気の「純米吟醸 大辛口 生原酒」や、それに火入れをして一年熟成させた「純米吟醸 大辛口 火入れ原酒」など、秋鹿酒造で製造するのは米、こうじ、水だけで造る純米酒のみ。いずれもピュアな味わいで、料理との相性も抜群だ。

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9. 独自のフードコミュニティ

大阪の飲食業界は極めて競争が激しく、市民の食欲と好奇心を満たせない店は価格帯にかかわらず、数カ月で閉店を余儀なくされることも珍しくない。そんな状況下にいる大阪の料理人たちは、もちろんライバル関係にあるが、交流を通して切磋琢磨する仲間でもあるのだ。

「調理師会」や「協会」といった正式な場はもちろん、閉店後のカジュアルな集まりなどでも頻繁に交流し、情報交換やコラボレーションイベントの企画などもしている。

「一緒にシーンを盛り上げていこう」という意識は、ほかの都市ではあまり見られず、こうしたコミュニティーがあることは、大阪のフードシーンにおいて大きな強みといえるだろう。 

10. OSAKA FOOD LAB

阪急高架下、大阪梅田駅と中津駅の間を歩くと、コンテナキッチンが現れ、そこから香ばしい匂いが漂ってくる。ここが、新進気鋭の料理人たちが新たなアイデアを試す実験空間「OSAKA FOOD LAB」だ。

ポップアップイベントやマーケットなど、さまざまなプログラムが開催されており、地元民と観光客が一緒になって大阪の革新的な料理を楽しめるのも面白い。

例えば、ブルックリン発の大人気フードマーケット「Smorgasburg」 の大阪版や、インド料理の特集、若手シェフとのコラボレーション企画を開催するなど、常に新しいおいしさに出合える場となっている。

施設は不定期営業のため、訪れる際は公式ウェブサイトをチェックしよう。

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